夢の雫、薔薇色の烏龍
(ゆめのしずく、ばらいろのウーロン)


5.図書館

「もっと本が読みたい! 特にエジプトに関する本が読みたいー!」
 オスマン語を習ったラムセスはもっと沢山の知識を得たかった。
ラムセスに読めるイブラヒムの屋敷にある本は全部読んでしまった。
メフメトにもっと本はないかと詰め寄った。
「そんなこと急に言われても……」
 メフメトは困り顔である。
「本がダメなら、あの大砲とかいう武器を使っているところが見たい」
 メフメトはがっくりうな垂れる。
「大砲なんて勝手に使えるわけないでしょう。本の方なら……なんとかできるかもしれません。
ラムセスの生きていた時代の文献を読むのだとしたら、宮廷の図書館に行くという方法があります」
「宮廷の図書館! そこには沢山本があるのか? 古い本もあるのか?」
 ラムセスはメフメトの襟をつかむ。
「く、苦しいです、ラムセス。宮廷の図書館にはイブラヒム様のお許しをもらわないと行けません」
「そうか、じゃあすぐに許しをもらってきてくれ、メフメト!」
「じゃあ、今晩話してみますね。ダメでも……怒らないでくださいね」
「わかった」
 ラムセスは頷いた。

 翌朝、メフメトはラムセスに答えを持ってきた。
「昨晩、イブラヒム様に聞きました。宮廷の図書館へは、お一人でいくのはダメだということです。
ですが、今日の午後、イブラヒム様が図書館で調べものをする予定があるので、
一緒に行ってもよいと仰っていました」
「ホントか! やったぁ〜!」
 ラムセスは大喜び。
「2時に図書館前で待ち合わせです。僕も行きます。ラムセスのお守り役で」
「え? メフメトも一緒に行くのか?」
「そうですよ」
「そうかぁ〜、まあ、イブラヒムと二人きりってのも緊張するしな。いいぞメフメトも一緒で!」
「ラムセス、本人がいない所でもイブラヒム様を呼びつけにしないでください。イブラヒム様です!」
 メフメトがラムセスに強く言う。
「はいはい、すみません。メフメト様」
 メフメトは腕を組んで頬をふくらませていた。

 午後2時。ラムセスとメフメトは宮廷の図書館入口にいた。5分遅れてイブラヒムがやってきた。
「待たせたな。よし、図書館へ行こう」
「はい」
 二人の小姓は主人の後についていった。
 図書館は広大であった。木製の本棚が数え切れないほどあって、そこに本がぎっしり詰まっている。
 ラムセスは本の数に圧倒される。
「すごい本の数だな。さすがは宮廷の図書館だな」
「そうですね」
 メフメトが本を眺めながら頷く。
「私は調べものがあるから、向こう側にいる。ラムセス、お前の読みたい古代エジプト関連の本は
東の一番奥の本棚にあるはずだ。行ってみるといい。メフメト、ラムセスと一緒に行ってやってくれ」
「わかりました」
 ラムセスとメフメトは東側の一番奥の本棚に向かって歩いて行った。
途中、メフメトが探したい本があるからと言って自分の本を探し始めた。
ラムセスは一人で古代エジプト関連の本棚の前まで行く。
 オスマン語で書かれた本が殆どであったが、他の言語で書かれて本も何冊かあった。
多分、フランス語とかイタリア語ってやつだろう。言語に関係なく、ラムセスは一番古そうな本を
手に取ってみた。本をパラパラめくると、埃っぽいにおいがラムセスの鼻をくすぐった。
所々、ページはシミがついており、小さな虫が紙の上をはっていた。
 ふと、ラムセスはページをめくる手を止めた。その本自体に書いてある言語は読めなかったが、
懐かしい文字が目に入ったのだ。古代オリエント、メソポタミアで使われていた言語、アッカド語で書いてある
ページがあったのだ。エジプトの年表らしきものもある。ラムセスは年表を辿った。
「ツタンカーメン王、アイ王、ホレムヘブ王。次がラムセス1世。俺だ!
でも……老齢で即位したため在位はたったの二年……」
 ラムセスはがっくりうな垂れる。
「次の王は息子のセティ1世、次がラムセス2世。ラムセス2世はヒッタイトのムワタリ王と戦い、
講和条約を結ぶ。ムワタリの娘、ナプテラを妻としてもらう……やった! ユーリとの約束を果たしたぞ!」
 ラムセスは本を片手に満面の笑みでガッツポーズをした。
「ふふふふふふ」
 本棚の向こうから若い女の笑い声がした。鳥の鳴くような澄んだ美しい声だ。
声の方を向くと、頭にベールをかぶり、布で顔を覆った女がこちらを見て笑っていた。
「本を見て落ち込んだり、喜んだりして……あなた、面白い方ね」
 ベールで頭と顔を覆った女がラムセスに話しかけた。若い女だ。
「あ……すごく興味のある本だったんで……」
 ラムセスは少し恥ずかしそうにする。
「私も本は大好きなの。でもあなたのように本を読んで落ち込んだり、喜んだりはしないけど」
 クスリとまた女は小さく笑う。ベールで顔が殆ど隠れていて目元しか見えないが、
すごく懐かしい目元であるような気がした。誰かに似ているような……。
 ――ああ、そうだ。ユーリだ。
 瞳の色は違うがユーリに似ているのだ。 
「ユーリ……」
 ラムセスはそう小さく呟いてしまった。
「はい?」
 女は不思議そうに首をかしげる。
「ヒュッレム様、どなたとお話ししているんです?」
 もう一人ベールをかぶった女が現れた。ラムセスを見るや否やすごい剣幕で怒り出した。
「そこの男! スルタンの寵姫に直接話しかけるとはなんと無礼な!」
「は……?」
 ラムセスは戸惑う。
「サハル、私から話しかけたのよ。彼をそんな怒鳴りつける必要はないわ。ほら、見て。
綺麗な殿方じゃない。瞳も金とセピアのオッドアイよ」
 ヒュッレムと呼ばれた女が穏やかに言う。
「あ……」
 怒鳴ったのはヒュッレム付きの女官であろう。ラムセスをじっと見つめている。
「どうしました!」
 背後からメフメトの声がした。
「これは! ヒュッレム様。この者が何か無礼をしましたか?」
 メフメトはラムセスの腕を無理やり引っ張りひざまずかせる。
「いいえ、メフメト。少しお話ししてただけよ」
「この者は1か月ほど前からイブラヒム様のお屋敷で働いている者です。
まだ宮廷に入って日が浅いのでご無礼がありましたら申し訳ありません」
 メフメトが丁重に謝る。俺も仕方なく、頭を下げる。何もしていないんだが……。
「まあ、イブラヒム様の!」
 ヒュッレムは声を明るくして嬉しそうであった。
「顔を上げて、オッドアイの綺麗な方、名は何というの?」
 ヒュッレムの声に合わせラムセスはゆっくり顔を上げる。
「ラムセスと申します」
「あら、古代エジプトに同じ名前のファラオがいるわね」
 ヒュッレムはラムセスの名前に関心を示す。
「さすがはヒュッレム様、たくさん本をお読みになっているので歴史に詳しいですね」
「そんなことないわ、ジャミーラ。ラムセスってエジプトでは有名なのよ」
 いつの間にかもう一人女官が増えていた。先ほどラムセスに怒鳴ったサハルという女官と
ジャミーラと呼ばれた女官がヒュッレムの両脇を囲む。
「なんだ、何の騒ぎだ」
 後ろから聞き覚えのある声がする。振り返るとイブラヒムが立っていた。
「イブラヒム様!」
 ヒュッレムとメフメトと女官の声が同時に図書館に響く。
「何でもありません。ラムセスと少しお話をしていたんです」
 ヒュッレムは笑顔で答えた。
「そうか、ラムセス、ヒュッレム様に会ったのか」
 ラムセスは静かに頷く。
 すると、なんだか視線を感じた。視線のほうを見ると、先ほどラムセスを怒鳴りつけた女官、
サハルがラムセスをじっと見つめていた。
「あら、どうしたのサハル女官長。顔が真っ赤ですよ」
 ジャミーラと呼ばれていた女官がいう。
「い、いえ……あの、なんでも……」
 サハルは床を見ながら真っ赤になってもごもご何か言ってた。
「じゃあ、行きましょ。ラムセス、また会えるといいわね。ねぇ、サハル?」
 ヒュッレムは面白そうにサハルに振る。
「ええっ! そんな。あの、ええと……」
 サハルは更に顔を赤らめる。
 ヒュッレムはクスリと笑い、女官を連れて図書館の出口の方へ向かった。





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