[人物紹介] 

***天河版ベル薔薇***

婚姻
デュバリー・ウルスラ夫人
運命の出会い



<序章>
 ある時代のある年、オリエントの3つの違った国々に3人の人間が生まれた。
 一人目はヒッタイトの高貴な家柄の3男として生まれたカイル・フェルゼン・ムルシリ。
のちにバラサイユ中の貴婦人たちの胸をときめかす整った顔立ちを持つ美青年である。
 二人目は砂漠とピラミッドの国エジプトに生まれたユーリ・オスカル・鈴木。
エジプトの中心にあるバラサイユにほど遠からぬ貴族の館で、ユーリは6人姉妹の末娘として
生まれた。男の子の欲しかった父親はユーリを男として育てることを決め、
彼女のミドルネーム?に「オスカル」という男の子の名前をつけた。
名前に比例してか? ユーリは剣も弓も乗馬もパソコンばかりやってる軟弱な
男どもには負けない素晴らしい腕を身につけたのであった。
 三人目は、地中海に浮かぶねね島あるねね’S わーるど王家の王女として生まれた
ラムセス・バラトワネット。ヨーロッパ大陸とオリエントを結ぶ海に浮かぶこの島は、
食物も物資もパロディも(笑)豊かにあり、オリエントの中で1,2を争う強国であった。
そんな豊かな国に生まれたラムセスであるが、オリエントの巨大な歴史の渦に
巻き込まれる、エジプト悲劇の薔薇王妃であったのだ。

<婚姻>

 ヒッタイト、ねね’S わーるど、エジプトを含め、オリエントの情勢は
安定しないものだった。3国とも武力はともにどんぐりのせいくらべであったが、
兵力として鉄を武器に持つヒッタイトは、ねね’S わーるど、エジプトの
それより勝っていたのだ。このままではヒッタイトにオリエントの覇権を
握られてしまうと考えたねね’S わーるど、エジプト両国の王は、互いの国に
同盟を結ぶことを決めた。婚礼による姻戚同盟である。ねね’S わーるどの王女である
ラムセス・バラトワネットとエジプトの皇太子であるミッタンナムワを
結婚させることによって両国の絆を揺るぎないものとし、ヒッタイトに
対抗しようとするのであった。



【ねね’S わーるど】

「ラムセスや、こちらへおいで」
「なんでしょう? マリア・ネネジアお母様」
 薔薇ドレスに身を包み、背中に薔薇を背負った14歳の少女ラムセスは
ねね’S わーるど女王であるマリア・ネネジアのもとに近寄った。
「ラムセスや、ヒッタイトの鉄器により我が国は危険な立場にあることは知っていますね」
「はい」
「そこで我がねね’S わーるどは、同じく危険にさらされているエジプトと
同盟を結ぶことになりました。ラムセス、あなたはエジプトの皇太子
ミッタンナムワのもとに嫁ぐのです。婚姻関係を結ぶことによって
両国の絆は強く、長く続くことになるでしょう」
「ええっ! なぜ私があんなハゲのもとに嫁がねばならないのです。
いやですわ。お母様。私はねね’S わーるどの薔薇の楽園で一生薔薇に
囲まれて過ごしたいのですわ!」
 ラムセスは左右色の違う瞳を潤ませながら母に訴える。
「わがままは許しません。王女として生まれたからには、一国の王妃となることが
一番の幸せなのです。エジプトの現皇帝シュピルリウマ王も
この結婚を望んでおります。あなたは結婚するのです。ドーン!」
 笑うセールスマンの喪黒服造のようにねねはラムセスの蜂蜜色の顔に
鋭く人差し指をさして暗示をかけた。
「それとラムセス。エジプトに行ったら、人民の幸せを一番に
考えなければいけません。ドレスは質素に。薔薇ドレスなんて以ての外です。
薔薇は高価な花なのですから、エジプトに薔薇の庭園をつくろうなんて
考えてはいけませんよ。いいですね」
 
  ――暗転、ラムセス、その場にへなへなとしゃがみ込む。スポットライトをラムセスに。

「そ、そんな。あんなハゲの元にお嫁に……。今のような薔薇に満ちた生活
ができないなんて……。バラトワネットはショックだわ」
 悲劇の薔薇王女にはらはらと涙のように悲しげに赤い薔薇の花びらが
何枚も舞い落ちていた。


【エジプト】

「父上、皇太子のミッタンナムワさまは地中海に浮かぶパロの島、ねね'S わーるどの
王女とご結婚するそうですね」
 ユーリは腰に剣をさし、利発そうな表情で元気に話しかけた。
「そうだ。マリア・ネネジア女王の末娘、ラムセス・バラトワネットさまを皇太子妃と
して迎えるということだ。喜ばしいことに我が鈴木家が近衛隊を任されることとなった。
ユーリ・オスカル。お前が近衛隊長としてバラトワネットさまをお守りするように」
 げ、何でラムセスなんかを守らなきゃいけないのよ。とユーリは思いつつも
「はい!」と潔い返事を返した。
「私もユーリさまと共にバラトワネットさまをお守りします」
 控えめなルサファ・アンドレがユーリを見つめて静かに言った。
 ベルバラ版でもユーリに忠誠を誓うルサファであった。

***

 数ヵ月後、エジプト皇太子ミッタンナムワとねね'S わーるど王女ラムセスの
結婚が正式に決まり、ラムセスはエジプトに嫁ぐことになった。
 ラムセスは豪華な薔薇衣装を身に付け、シンデレラの魔法使いが出した
かぼちゃの馬車よりもずっと豪華な薔薇のついた馬車に乗って
エジプトで待つ王子様のもとへ向かうことになった。
 エジプト国境まできたラムセスは、これから長い年月を過ごす地を土踏まずで
感じた(ラムセスは偏平足か?)。薔薇の国ねね'S わーるどとは
もうお別れ、これからはエジプト皇太子妃としての未来がラムセス
には開花しているのである。
「はじめまして。ラムセス・バラトワネットさまのお越しをお待ちしておりました。
エジプト王宮女官長のハディと申します。これからラムセス・バラトワネットさまの
身の回りのお世話を担当いたします」
 王宮女官長のハディと名乗るストレートの髪が美しい女は
ラムセスに向かって45度のお辞儀をした。
「ラムセス・バラトワネットだなんて長ったらしい呼び方はやめて。
略してラムトワネットでいいわ。おほほほほ」
 気持ち悪い笑いを浮かべるラムセスは自分を省略して呼ぶように言った。
「ではラムトワネットさま。ねね'S わーるどから身に付けてきた怪しい
……じゃなかった。すべてのご衣裳はエジプト製のものと御召しかえを
していただきます。ドレスも下着もアクセサリーも髪飾りもすべてです」
 ハディは質素なエジプトの胸出しドレス広げてラムセスに見せる。
ラムセスの身に付けている薔薇が豊富についた衣装とは正反対に
胸があらわに出る肌の露出度の高い真っ白なドレスで、純白の花嫁をイメージする
ものだった。残念なことに薔薇は一輪もついていない。
アクセサリーも飾り気のない冴えない石ころだし、髪を結うリボンも
真紅の薔薇色ではなく、真っ白なリボンだった。
「いやですわ! こんな薔薇が一輪もついてない衣装。ウセル泣いちゃう!」
 筋肉の逞しいごつい体をしてこのセリフはさぞかし似合わないものであった。
だが、ハディをはじめとする女官たちは追いはぎのごとくラムセスの
衣装をもぎ取り、無理やり純白の真っ白な胸出しドレスに着替えさせた。
「いやぁ〜ん。胸だしドレスなんてラムトワネット恥ずかしい〜(*^_^*)」
 薔薇を一輪もつけていない薔薇の女王は肋間筋の逞しい胸を両手で隠して
照れ笑いをしながら首をぶんぶんと振っていた。
(そのセリフを吐いているお前の方がよっぽど恥ずかしいわい!)
 ハディをはじめとする女官たちは未来の王妃を見ながらそう思った。


【ラムセス、ミッタンナムワ、婚礼の間】

 エジプト皇太子ミッタンナムワとねね’S わーるど王女ラムセス・バラトワネットの
婚礼の式が、ベルサイユで行われることとなった。異国の姫を迎えたエジプトの
貴族5000人が列席し、ラムセスの故郷ねね’S わーるど5000人
(そんなにいないって!笑)の読者に想われながら薔薇の姫は結婚することになった。
「私は今回友情出演の神父役を務める黒太子です。新郎新婦、あなたたちは
病めるときも苦しいときも協力することを誓いますか?」
「はい」
 台本どうり、二人は声をそろえて言う。
「すみません、質問です」
 エジプト貴族の一人から黒太子に向かって手があがった。
「私は同じく神父様と同じく友情出演のシュバスと申します。
病めるときとは、夏コミや冬コミに行って同人誌を買うことを
言うのですか? それとも、コミケに参加して、原稿の締め切りに
追われたときに共に助け合うことを誓うというのですか?」
 披露宴の会場は静まり返る。黒太子も考える人のポーズを取り
眉間に皺をよせて悩んでいる。
「えーと、友情出演のシュバスさん。病めるときとはそういうことも
含むかもしれませんね。それは皆さんの判断に任せます。
お互い理解し合えば、原稿の締め切りなんてそんなものは超えられるはずです。
とにかく仲良く、幸せに! それよりも新郎新婦に誓いのキッスを
してもらいましょう! さあ! ミッタンナムワ、ラムセス近寄ってぇ!」
 黒太子はニマニマと嬉しそうな顔をする。出席している貴族たちも
身を乗り出して二人に視線を注ぐ。
「ラムセスとミッタンのキスシーンよ。ここ以外に拝める場所はないわよー!」
「異色の組み合わせですものね。楽しみ〜」
「早くぶちゅーとやってよ!」
 病んだ貴婦人たちが席を立ち目を輝かせて二人をじっと見つめていた。
中には「次回のオフセット本のネタよ」と言いながら
スケッチブックを用意して鉛筆を握っている者もいる。
「さぁ〜、ラムトワネット姫〜」
 ミッタンナムワは台本どうりラムセスと接吻をしようと目を閉じ
唇を突き出している。ミッタンの顔を至近距離で見てしまったラムセスは
後ろにたじろぐ。ラムセスの皮膚はどんどん青ざめ、だっこちゃん人形から
ドラえもんのようになっていく。顔にはちびまる子ちゃんの丸尾くんのように縦線が
何本も入っていた。
「さあ、ラムトワネット姫、目を閉じて……」
「ひいいいいいいい」
 喉から苦しそうな声をあげるラムセスに、ミッタンのたらこのような
唇が近づく。金とセピアのオッドアイから5センチの距離に近づくと
豪華なシャンデリアにミッタンのハゲ頭が反射し、ラムセスは眩しさに目を閉じてしまった。
『ぶちゅううううううう』
 濃厚なキッスが交わされた。台本どうりである。
「きゃあああ、やったわよー」
 病んだ腐女子がきゃーきゃと騒ぐ。たらこに食われてしまったラムセスは
ふらふらとその場に倒れこむ。
「大丈夫ですか? ラムトワネットさま」
 ラムセスの前に象牙色の白い手が差し出された。手の主は
黒い髪、黒い瞳が印象的な近衛兵、ユーリ・オスカル・ジャルジェ将軍であった。
 象牙色の手に蜂蜜色の手を交差した二人はしばし見つめあう。
「私は近衛隊長を務めるユーリ・オスカル・ジャルジェでございます。
男の身なりをしていますが自分は女であります。妃殿下のために
一生懸命働きたいと存じております」
 ユーリはラムセスの右手の甲に軽くキッスをした。
「ユーリ・オスカル将軍ですね。私の愛人になりませんか……おっと、
この台詞は私情だ。覚えておきましょう」
(おお、ミッタンの地獄のキッスの後に天国だ!)
 ラムセスは同性であるが自分にはない神秘的な黒い瞳に魅了されてしまったようだ。
 ラムセスが去った後、自分の部下であるルサファ・アンドレに
顔を向けた。
「ルサファ・アンドレ。ラムトワネットさまは噂どおりの美人でしたね」
「いいえ、ユーリさま、ユーリさまの方が魅力的でおきれいです!」
 黒髪シャギーの部下は本心を含む台詞を熱を入れて言った。


<デュ・バリー・ウルスラ夫人>

 結婚式も無事終わった次の日、新しい妃がはじめて出席する舞踏会が
開かれることとなった。用意されたドレスに薔薇の花をつけてもよいと
言われたので、早速ラムセスは実家から嫁入り道具の一つとして持ってきた
薔薇をドレスにくくりつけた。
「ラムトワネットさま、薔薇の花をつけるのは勝手でございますが
一つ注意することがあります」
「なんだよ、ハディ」
「まあ! 皇太子妃ともあろう方がなんと言葉使いの悪い……。
このベルサイユでは、公式の場では身分の低い女性から高い女性に
声をかけることは絶対に許されていません。王妃さまがお亡くなりの今は、
皇太子妃であるラムトワネットさま一番高い女性です。
どうぞ、宮廷の夫人たちに声をかけてやってくださいまし。
みんなラムトワネットさまのお声を待っていますから」
 ラムセスはハディの言った事実にはっとした。自分はこの国の皇太子妃なのだ。
宮廷の女性の中で一番高い地位。一番高い身分。みんな俺…じゃない私から
声をかけられるのを待っている……。
 ――おお! なんて気分のいい、すばらしいことなの!
 ラムセスは心のなかで驚嘆せずにはいられなかった。
「バラトワネットさま、自分に酔っていないで続きの話もお聞きください。
バラトワネットさまの次が、ネフェルティティさまをはじめとする
国王のお嬢様方。次が皇太子さまの叔母にあたられますAさま、
Bさま、Cさま(以下省略)です。わかりましたね」
「はいはい、とにかく俺……じゃなかった。私のオッドアイに
かなう者はいないってことだな」
「……ちょっと違いますけどそういうことになりますわね」
 ハディは一瞬眉をしかめた。
「さあ、ラムトワネットさま、舞踏会で皆様がお待ちです。
早く会場に参りましょう」
 ハディを始め数人に取り囲まれて、ベルサイユ宮殿の舞踏会の会場に
薔薇ドレスを引きずりながら向かった。

 注目の皇太子妃が姿を現した舞踏会の空気はいつもと違ったものだった。
「まあ、ラムトワネットさまよ。お綺麗ね」
「本当に。薔薇ドレスがよくお似合いで」
「お声をかけてもらわなくっちゃね。ラムトワネットさまに
お声をかけて頂いたなんて、社交界で自慢になりますもの!」
 貴族の夫人たちは声をかけてもらおうと満面の笑顔でラムセスを見つめていた。
 光喜の眼差しで見つめる会場の出席者を見渡したラムセスのオッドアイに
ユーリ・オスカルとアンドレ・ルサファの姿が映った。
「こんにちは、ユーリ・オスカルさん。昨日は助けていただいて
ありがとう」
 ラムセスは二人に近寄り、薔薇のついた扇で口元を隠しながらニコリと笑う。
「これはラムトワネットさま。お声をかけていただいて光栄です」
 ユーリはラムセスに向けて腰を低くする。ルサファも主人に習った。
 ラムセスに注目していた貴婦人たちはさっそくこそこそと話を始める。
「まあ、ラムトワネットさまはユーリ・オスカルさまに最初に
お声をかけましたわ。ユーリ・オスカルさまは女性と男性の
魅力を両方お持ちですから、ラムトワネットさまの心を惹いたのね」
 貴婦人Aが満足そうに言う。ユーリは宮廷の貴婦人たちにも
人気のようである。
 ユーリに声をかけた後、ラムセスはその他の貴婦人たちにも気軽に
話し掛けた。話し掛けられた貴婦人たちは嬉しそうに満面の笑顔を
新しい皇太子妃にこぼす。
 しかし、ラムセスに気に入られようと必死な貴婦人たち
の中に、一人だけラムセスのことをよく思わない貴婦人がいた。
目が大きく整った顔立ちの下には豊満な肉体をもつ
現国王の愛妾、デュ・バリー・ウルスラ夫人である。
国王が寵愛を注ぐだけあって、男性10人に聞いたら9人は
美人だと言うであろう美しさだ。
「ねえ、ユーリ・オスカル、あちらの方はどういうお方で?」
 ラムセスはユーリにそっと聞いた。
「ラムトワネットさまがお気になさるようなかたではありません」
 国王の妾など、王家に仕える近衛隊の口から言うことではない。
スラリと流そうとすると、国王の娘であるネフェルティティがすかさず
近寄ってきた。
「ラムトワネットさま、あの女は国王の妾でデュ・バリー・ウルスラ夫人と申すものですわ」
「デリバリーウルスラ?」
「デュ・バリー・ウルスラです! 誰がピザの宅配を頼みました!?
ちゃんとお聞きくださいませ! そんなことよりあの女は、もとは下級階層の生まれで
身分卑しい娼婦だったのです。神から与えられた唯一の武器である肉体と
美貌でデュ・バリー伯をたぶらかし、結婚したあとは夫を毒殺してしまったのです。
その後は国王の妾として贅沢のしほうだい。今までは自分こそ女王面して
このベルサイユに君臨してきましたの」
 ネフェルティティの言葉には彼女の性格の悪さが滲み出ていた。
純真薔薇無垢なラムセスはネフェルティティの言葉をそのまま
受け止めてしまい、驚きの色をオッドアイに映し出していた。
「なんてずうずうしい! そのような女がこのベルサイユに
堂々と姿を現しているなんて……」
「そう、そうなのですわ。でも本当の王女さまであり、未来の王妃である
ラムトワネットさまにはかないません。卑しい身分のあの女の
方からラムトワネットさまにお声をかけるなど、絶対に
できないのですから。せいぜい無視しておやんなさいまし!」
「ええ、このラムセス・バラトワネット。真紅の薔薇に誓って
そのような身分卑しく、いじきたない娼婦には声をかけません!」
 ラムセスはドレスに刺さっている赤い薔薇を1本手にし、
舞踏会のシャンデリアにかざして誓った。


 それからウルスラに対するラムセスの挑戦が始まった。
ネフェルティティにそそのかされたとうり、宮廷の公式の場でラムセスは
ウルスラに一言も声をかけようとしなかった。
「こんにちは、A夫人、B夫人、C夫人。わたくし、恥ずかしいことに
Aカップですのよ。おほほほほ」
「S夫人、M夫人、L夫人、午後から公園へお散歩に参りましょう。
わたくし、お洋服はMサイズですのよ。おほほほほ」
「ごきげんいかが? X夫人、Y夫人、Z夫人。わたくし、二次関数は苦手ですのよ。
おほほほほ」
「ご、ごきげんよう。ラムトワネットさま……」
 ラムセスに声をかけられた貴婦人たちは、喜んで挨拶を返す。
しかし宮廷の貴族たちも、ラムセスがデュ・バリー・ウルスラ夫人を
無視していることを感じ始めていた。貴族たちの中には、
由緒正しい王家出身の姫が、肉体だけで国王を思いのままにしている
ウルスラを無視するのは当然のことだと噂するようになった。
「国王陛下! わたくし我慢なりませんわ!」
 ウルスラはラムトワネットの態度をを国王に言いつけた。
「何? ラムトワネットがお前を無視している? そんなの誤解だよ。
相手は15歳のバカ……じゃなかったバラな子供だぞ。考えすぎじゃよ」
「いいえ、あの色黒の薔薇娘は公然とこのわたくしを無視するつもり
なのです。国王の側室であるわたくしが無視されたということは、
国王が侮辱されたも同じ事ですわ! 何とかしてくださいまし!」
 ウルスラは大きな魅力的な瞳を吊り上らせ、国王に強く言い寄った。
 始めは相手にしていなかった国王だが、ラムセスはウルスラに
声をかけないのは事実であったし、あまりにウルスラが
うるさいので、ラムトワネット付きの女官、ハディにラムトワネットの
態度を改めるよう注意をした。
「大変でございます、ラムトワネットさま! たった今、国王直々に
デュ・バリー・ウルスラ夫人に対するラムトワネットさまの態度を
改めるようご注意がありました!」
 ハディが血相を変えてラムセスの部屋に飛び込んできた。
さすがのラムセスも一瞬心臓がドキッとした。エジプト一の権力を
誇る国王の警告である。ここで態度を改めなかったら、国王に逆らうことに
なるのだ。元はといえば、ラムセスは故郷ねね'S わーるどから、
シュッピルリウマ王の治めるエジプトと友好を結ぶために嫁いできたのだ。
ラムセスの態度はそのまま両国の友好と同盟に反映される。
さすがのラムセスも思い改まって一言だけ、ウルスラに声をかけることを決めた。
「わかりました……、あの女に一度だけなら声をかけましょう。
でもこれはわたくしの意思ではありません。すべては友好と同盟の
ためです。わたくしはあのようないやらしい女を許したわけでは
ありません。おおおおおおお!」
 ラムセスは薔薇を握り締めおいおいと泣き崩れた。
「ラムトワネットさま……」
 そばについていたユーリが泣き崩れるラムセスにやさしく言葉をかける。
「おお、ユーリ・オスカル。あなただけです。私の味方は!」
 どさくさにまぎれてユーリに抱きつくラムセスを、嫉妬の目で見つめているのは
ルサファ・アンドレであった。


「いよいよラムトワネットさまがデュ・バリー・ウルスラ夫人に声を
かけるんですってね」
「なんでも国王陛下からの直接の注意があったとか」
「同盟のためですものね。ラムトワネットさまが折れたのね」
「今日はどうやってデュ・バリー・ウルスラ夫人に声をかけるか
セリフも決まってるそうですのよ。ほら……噂をすれば……」
 貴婦人たちの視線の注ぐ先には薔薇ドレスに身を包んだ
ラムトワネットが浮かない表情で立っていた。
「ごきげんよう。α夫人、β夫人、γ夫人、わたくしギリシャ文字は
得意ですのよ。おほほほほほ」
 次にラムセスはウルスラの前に来た。ウルスラはとうとう声をかけてもらえると
勝ち誇った顔をしている。
 ラムセスの薔薇扇を持つ手はブルブルと震えていた。元娼婦に声をかける、
負けるなど認めたくなかったのである。
 宮廷中の視線がラムセスとウルスラに集まっていた。由緒正しい王家の
身分を持つものが下級階層の娼婦に負ける瞬間である。
「ご、ごきげん……」
「ラムトワネットさま! もう退出のお時間です。
温室の薔薇たちにお水をあげる時間ですわ!」
 ウルスラを無視するように仕向けたネフェルティティがラムセスの
腕をつかんで出て行ってしまった。
「な、なんと。この国王である私に逆らうとは! たかが15歳の
薔薇娘が私に逆らうとは! エジプト・ねね’S わーるどの同盟は敗れた!
戦争じゃ戦争!」
 自分の命令に従わなかったラムセスに、国王は腹を立てた。
ウルスラに対する侮辱は国王に対する侮辱だったのだ。
「どうしましょう! 同盟が敗れてしまう。ユーリ・オスカル。あなたからも
もう一度チャンスをくれるよう、国王陛下にお願いして。
デュ・バリー・ウルスラ夫人に声をかけます。かけますとも!」
 ラムセスはもう一度チャンスをもらった。今度は邪魔者が
入らないよう、ネフェルティティは縛り付けておいた。
「ご、ごきげんよう。デュ・バリー・ウルスラ夫人……。
今日もベルサイユ宮殿の薔薇はきれいだこと……」
 宮廷中にわっと完成が起こった。貴族たちもラムセスとウルスラの
戦いを好奇心いっぱいに観察していたのだ。
 とうとう高貴な身分を持つ姫が娼婦に負けた!
ベルサイユ宮殿はその話でしばらくのあいだ花が咲いていた。
 一方、皇太子妃を屈服させたウルスラの気持ちは天にも昇るものだった。
王女の身分を持つも者に勝った。勝ったのだ。前より増して
高慢な態度で振舞うウルスラに、オスカル・ユーリは忠告した。
「デュ・バリー・ウルスラ夫人、思い上がるのほどほどになさいませ」
 ユーリに声をかけられたウルスラはツンと聞こえないふりをした。
どうせ、自分の地位と身分を妬む者のたわごとだろうと思ったからだ。
皇太子妃のお気に入りだかなんだか知らないけど、以前からユーリ・オスカルの
ことは気に入らなかったのだ。
「あなたの権力は国王陛下の老齢の上に成り立っているものだと
いうことがお分かりにならないのか?」
 ユーリはルサファを引き連れてウルスラの前を去った。
 ウルスラははっとした。
 ――そうだ。国王陛下はもう62のご高齢。明日にも脳卒中で倒れても
不思議はないのだ。もしものことがあったら、皇太子妃を
屈服させた私は、間違いなくバスティーユ送りか追放か……。
 ウルスラは青ざめた。薔薇小娘などと戦っている場合ではなかったのだ。
 そう遠くもない未来を想像して、ウルスラは皇太子妃に対する態度を
改めた。だが、もちろんラムセスは振り向くはずはなかった。


<運命の出会い>

 ウルスラに負けて深い傷を受けたラムセスであったが、若さと生まれ持つ
前向きな性格のため、すぐにその傷は癒された。王宮の外の世界に興味を
持ったのである。
「オスカル・ユーリ。これからテーベへお忍びで行くのよ。
オペラ座の仮面舞踏会に行くの。護衛としてついてきて」
 夕食もすみ、休んでいたユーリに、ラムセスはウキウキした顔で
話し掛けた。
「とんでありません。国王陛下のお許しを得なければ!」
「仮面をつけているんですもの。大丈夫よ。一緒に来て」
「仮面をつけていたとしても、そんな蜂蜜色の肌をして長身で屈曲な
姫がこの世のどこにいるというのです。すぐにみんなにバレます!」
「つべこべ言うんじゃねーよ。台本に仮面舞踏会に行って運命の
出会いをするって書いてるんだよ。早く来い!」
 蜂蜜色の肌をした大柄な姫は、象牙色の肌をした小柄な近衛隊長を引きずって
馬車に乗りこんだ。ルサファ・アンドレもユーリとラムセスを2人きりに
させまいと一緒に馬車に乗り込んだ。

「まあ、ユーリ・オスカル。なんと賑やかで楽しそうなんでしょう!
ちょっと踊ってきますからここにいてくださいね」
 ラムセスは舞踏会の雰囲気に魅了され、薔薇の花のついた仮面をつけて
広間にかけていった。
 仮面をつけたまま、クルクルと様々な人々と踊るラムセス。
窮屈な宮殿と比べて、のびのびと笑うことができ、楽しくて楽しくて
胸が張り裂けそうだった。
(なんと楽しいのでしょう。大好きな薔薇ドレスを着て踊って
笑って、夢のようだわ!)
 ラムセスが胸を躍らせていると、背後から声をかけられた。
またダンスのお誘いだわと思い、ニッコリと笑顔で振り返る。
「私はヒッタイトのカイル・フォン・フェルゼン。どうかダンスの
お相手を」
 すばらしく整った顔立ちを持つ青年だった。女性10人に聞いたら
9人はハンサムだと答えと思われる美青年だ。
(俺のほうがいい男だぜ!)
 ラムセスは内心そう思ったが、今回は女優である。
(なんと美しい青年でしょう! 胸が高鳴るわ!)
 と驚きの表情をした。
「は、はい」
 カイルに手を引かれてラムセスはダンスを踊った。
色男2人のダンス。どこからかスケッチブックを持ったオタクな貴婦人たちが
現れて「色男2人のダンスシーンよ」と言いながらスケッチを始めていた。
「お嬢さん、お名前は?」
「そ、それは言えませんわ! あっ、何をするのです!」
 カイルは名前を言おうとしないラムセスの仮面をはがそうとした。
薔薇のついた仮面は簡単にはがれ、仮面の下からは、金とセピアに
輝く神秘のオッドアイが現れた。
「おお、みごとなオッドアイだ。お名前は……」
(どうしてラムセスに向かって誉めなけりゃいけないんだ)と
内心思いつつ、台本どおりの台詞を口にした。
 ラムセスの仮面がはがされたことに気づいたユーリはすぐに
皇太子妃のもとに駆け寄る。
「きさま何者だ!」
 ユーリはフェルゼンの腕をつかみ、ラムセスの前に立った。
「私はカイル・フォン・フェルゼン。ヒッタイトの伯爵だ。
姫の名をお聞きしたい」
「カイル・フェルゼン。このお方をお話がしたかったら、正式に
ベルサイユに申し込まれるがよい。エジプトの皇太子妃ラムセス・バラトワネット。
略してラムトワネットさまだ!」
「おお! ラムトワネットさま!」
 カイルは両手をパーに開き、歌舞伎役者のようなポーズをとって
大げさな驚き方をした。
 正体のばれたラムセスはユーリと共に馬車に乗って素直にベルサイユ宮殿に
帰った。ラムセスとカイルには共通の想いが芽生えてしまったことは
今はまだ誰も知る由はない。

 宮廷に帰ってしばらくすると、カイル・フェルゼンが正式に謁見の
申し込みにきた。カイルも高貴な身分を持つ生まれの者であり、
ベルサイユに出入りするための相応の身分があったのだ。
「まあ、カイル・フェルゼン。もう一度お会いしたいと思っていましたのよ!」
 夫のある身であったが、喜ばずにはいられなかった。
カイルとラムセスの愛は(うーん、危険な響き・笑)その後、ラムトワネットの
最期の日まで続くことになる。


****************************
「馬に乗りたいですって?!」
 ラムセス付きの女官ハディは目を丸くした。
「ええ、わたくし馬に乗って思いっきり台地をかけめぐりたいの」
「とんでもございません。馬に乗るなど、未来の王妃ともあろうお方が
何を言うのですか!」
 おてんばラムセスが言い出したことにハディは真っ青な顔をして反対した。
「まあまあ、よいではないか。ユーリ・オスカルやルサファ・アンドレも
ついているって言うし、ラムトワネットの好きにさせてあげなさい」
 出番の少ない皇太子ミッタンナムワの一言でハディは
折れるしかなかった。

「ルサファ、馬の手綱をとりなさい。やさしくするのですよ」
「はい、ユーリさま」
 ルサファはラムセス一人を馬に乗せてゆっくりと手綱をとった。
「ラムトワネットさま、しっかり手綱をお握りください。
それと絶対に馬のわき腹を蹴ってはいけませんよ。馬が暴走します。おっと!」
 ルサファは絵に描いたように足元の石につまづき、ラムトワネットの
乗っている馬のわき腹を蹴ってしまった。
「ひひーん!」
 馬はいななき、ラムトワネットを乗せてナイル川に向かって暴走しだした。
「きゃあああああ、ラムトワネットさま!」 
 ハディが叫び声をあげる。ユーリとルサファも真っ青になった。
 すぐさまユーリは愛馬であるアスランでラムセスを乗せた馬を
おいかけた。駿馬であるアスラン。なんとかラムセスにおいつき、
間一髪、ナイル川に飛び込みそうになるとこでラムセスを
抱きとめた。抱きとめられたラムセスは私情を挟み、そのまま
ユーリに覆い被さろうとするが、ルサファが2人を助けるふりを
して仲を引き裂いた。

「ルサファ・アンドレ! 皇太子妃に怪我をさせた罪は重いぞ。
拷問の上、死刑は免れないと思え!」
 落馬したラムセスは軽いかすり傷をおった。しかし、平民が
王族に怪我を負わせるなど、この当時は死刑の罪に相当する。
国王が怒るのも無理はなかった。
「待ってください! 不注意といえど、ルサファ・アンドレに
罪はない。もしアンドレに罪を着せるというのなら、まずは
主人である私が命を絶ちます!」
 ユーリは剣を抜き、象牙色の首に鋭い刃を向けた。
「わたくしもです。お願いします、陛下。悪いのはルサファ・アンドレ
ではありません! わたくしも正義のために死ねます!」
 カイル・フェルゼンもユーリに肩を並べた。
「国王陛下!」
 ラムセスが薔薇ドレスを翻して国王に駆け寄った。
「おお! これを機にルサファとカイルを亡き者にしたいが
そうもいくまい。国王陛下! 誰も悪くはありません。悪いのは
馬に乗りたいなどと無理を言ったこのラムトワネットでございます!
どうか誰もお咎めがないようお願い申し上げます! こんなわたくしの
ために誰かが死ぬなんて、もってのほかでございます」
 ラムセスはオッドアイに涙をためて国王に願った。
「よし、皇太子妃がそこまで言うのなら今回のお咎めはなしに
しよう。さがってよいぞ、ルサファ・アンドレ」
 ほーっとルサファ、ユーリ、カイルをはじめ、皆は胸を撫で下ろした。
「よかったな。ルサファ。皇族に怪我をさせて何のお咎めも
なしなんて、お前くらいのものだぞ」
 ユーリは軽く笑顔をルサファに向けて言った。
「ユーリさま、ありがとうございます。ありがとうございます」
 涙を流しながらルサファは何度も礼を言う。
「泣くな。ルサファ。お前が死んだら、お前のドレミファ家族が
悲しむだろ。ルサド父さん、ルサレ母さん、ルサミ姉さん、ルサソ弟、
ルサラ妹、ルサシ弟のためだ」
 ユーリはルサファを慰めると、カイルと話をしながら国王の前から
下がった。
 ――ああ、いつか私はユーリさまのために命を捨てましょう。
 涙で前方がゆがんで見える瞳でユーリの背中追い求めながら
ルサファは忠誠を誓った。本編とまったく同じ台詞を言っている彼である。



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