***ユーリさま、戻ってきて!***
サブタイトル カイル青ノリ事件



 これはコミックスにすると21、22巻のユーリがエジプトに行っていたときのお話です。

 ユーリのいない夜を寂しく過ごすカイル。主人が意気消沈していると、それに仕える
側近達も気分は暗く沈んでしまう。
「カイルさま、お食事です。ユーリさまはきっとご無事ですわ。
だから少しでもお召し上がりくださいませ」
 ユーリを心配するあまり、食事も喉を通らないカイル。ハディは一国を治める皇帝の
体を心配して、少しでも体力をつけるようにとすすめる。
「カイルさまっ!」
 細身に美しい髪を持つハディとはまったく対称的なミッタンナムワが
カイルの名前を呼んだ。
「どうした? ミッタンナムワ?」
 平坦な元気のない声で答える。
「カイルさまに体力をつけてもらおうと、このミッタンナムワがハゲ頭によりを
かけてたこ焼きを焼いてまいりました。どうかお食べください」
 ミッタンナムワはホクホクと湯気の立つたこ焼きをカイルの前に出す。
まあるいたこ焼きに、かつおぶしと青ノリとソースとマヨネーズがかかっており、
湯気と一緒においしそうな匂いがカイルの鼻を刺激している。
 それに何よりもミッタンナムワがカイルを元気づけようと必死だった。
太陽の光を反射する毛髪の生えていない頭に赤い水玉模様のねじりハチマキをしめ、
割烹着を着てカイルのためにたこ焼きをこしらえてくれたのだ。
腕まくりしてある袖口から見える二の腕も筋肉質でなんとも逞しい。
 自分を励まそうとするミッタンナムワの心カイルは打たれ
「ありがとう」と言いながら、つまようじでアツアツのたこ焼きを食べた。
 ミッタンナムアはもちろんのこと、ハディも食欲の出たカイルに嬉しい気持ちであった。

 食事のおわったカイルの元に、キックリが軍事の相談にきた。
「カイルさま、じつはかくかくしかじかで……、あっ!」
 カイルの顔を見たキックリは説明の途中で声をあげた。
「ん? どうしたキックリ?」
 カイルは不思議そうな顔でキックリを見つめる。
「あ、いえ。何でもありません……」
 キックリはカイルから視線をそらした。

「ハディ、どうしよう」
「どうしたの? キックリ?」
 キックリはカイルに用事を告げるとすぐにカイルの部屋から下がった。
忙しく働くハディの手を止めて相談を持ちかけた。
「カイルさまの前歯に……、青ノリがくっついているんだ」
「えっ!」
 ハディは声をあげた。そのときちょうどカイルが2人の側近の元に来た。
「ミッタンナムワのたこ焼きを食べたおかげで体が温まって元気がでたような
気がするぞ。ユーリが心配なのは変わらないが、対エジプト戦のために
体力も蓄えないとな」
 健康的な白い歯を見せてハディに向かって爽やかなスマイルを見せた。
しかし爽やかな白い歯には、キックリの言うとおり青ノリが……。
 ハディは呆気に取られてしまった。
「どうしましょう。カイル陛下の前歯に青ノリがついているわ」
「本当だわ。歯ノリなんて……カッコ悪いわ」
「青ノリって歯についていてもまったくわからないから……」
「いくら美男子でも青ノリつけていたんじゃ興醒めだよな」
「さっきのミッタンナムワのたこ焼きのせいだな」
「誰か陛下に『前歯に青ノリがついています』と言わなくては……」
 3姉妹と3隊長が一言づつ言った。
「プライドの高い皇帝陛下に誰が『前歯に青ノリがついています』なんて
いうのよ! 言えるわけがないじゃない!」
 ハディが小声だがヒステリックに言った。
「そうよねぇ、言えないわよねぇ」
 リュイとシャラも頷く。
「ミッタンアムワが作ってきたたこ焼きが原因だんだからお前が言えよ」
「嫌だよ。歯ノリとたこ焼きは別物だよ」
「そうだ! 何か水モノを飲めば一緒に流れるんじゃないか?
ハディ、陛下にワインでもすすめてこいよ!」
 カッシュが名案を思いつく。
「そうね。じゃあ早速、陛下にワインを持って行くわ」
 3姉妹は厨房にかけてゆき、ワインの用意をした。

「陛下、ワインなど一口どうでしょう?」
 作り笑顔だが、満面の笑みでカイルにワインを快くすすめる。
「ああ、ありがとう。貰おうか」
 ハディがグラスにコポコポと赤ワインをつぐ。
 カイルはそのままワインを飲み干した。
「うん、うまい」
 ハディはカイルの口の中を注意深く見る。
(ちっ! 青ノリが取れてないじゃない!)
 心のなかで舌打ちをした。
「陛下、もう一杯いかがです?」
 ニコリと笑いながらグラスに2杯目のワインを注ぐ。
「ああ」
 注がれたワインをカイルはそのまま飲む。
(まだ青ノリが……、しつこいわねっ! 青ノリの分際で!)
 カイルの前歯の居心地がそんなに良いのだろうか? 青ノリはペタリと
貼りついたまま、まったく離れる気配はない。
「陛下、もう一杯」
 また注いでカイルに飲ませた。
 まだ取れない。
「陛下、ワインはポリフェノールが豊富で体にいいんですわ。もう一杯!」
 無理やりカイルの口にワインを注ぎ込む。
 まだ取れない。
(きいいいい! なんてしつこい青ノリなのっ)
 ハディは心のなかで叫んだ。
「ちょ、ちょっとハディ。そんなにワインを私に飲ませてどうするつもりだ。
ホステスにでもなったのか? もういい」
 カイルはグラスを手で覆い、ワインを注ぐハディの手を遮った。
「あ……、失礼致しました」
 ハディは我に帰りその場を下がった。

「ちっ! 敵は随分しぶといようね」
 ハディは双子やキックリ、3隊長のもとに戻って舌打ちする。
「そうかぁ、ダメかぁ」
 キックリはがっくりとうなだれる。
 今カイルは青ノリをつけながら読書をしている。側近がこんなに苦労?しているのも
知らずに。
「どうする? このまま陛下自身に気づいてもらうしかないのか?」
「かと言って、こちらからは青ノリがついていますなんて言えないし」
 有能側近たちは首をかしげる。
「こういうときにユーリさまがいらっしゃれば、青ノリのことなど
簡単に言ってもらえるのに……」
 シャラが遠くを見つめた言った。
「そうだな」
 その他の側近達も頷いた。
 結局、気の弱い側近たちはカイルに青ノリのことは言うことができなかった。
夜になってカイルが歯磨きをするまでピッタリと前歯に貼りついていたのだ。
些細な事だが、きっとユーリがいればこんなことで悩む必要ななかったであろう。
ユーリに言われる分にはカイルも何も言えないはずである。
 そこで側近達は思った。
 ヒッタイト帝国のためにも、カイル陛下のためにも、
そして陛下には何も言えない私達側近のためにも、
 ――ユーリさま! 早くエジプトから帰ってきて!

 宵の明星イシュタルに向かって側近達は祈りましたとさ。

♪おわり