〜天は有明の海のほとり〜
(有明の海:コミックマーケットの行われる国際展示場のある場所、
すぐ側の海は東京湾)

第一章 修羅場
CGイメージイラストBYさおり
第二章 印刷所
第三章  会場
第四章 売り子

【第一章 修羅場】

「た、大変でございますー。カイル様ーっ!」
 キックリが息を切らせてカイルの元に駆け込んで来た。
「どうした! キックリ!?」
「な、夏コミ(*夏のコミックマーケット。同人誌売り場のことよ)に当選しました。
我が同人サークル『赤い河倶楽部』が、天河で当選したんです」
「な、なんだと! 今年は競争率も激しいとの噂もあってダメだと思っていたのに…。
そうと分かれば、すぐに原稿だ! 元老院を召集せよ!」
「カイル様。元老院は関係ありません。お気確かに!」
「そうだったな! 元老院は関係ないよな。私としたことが…、随分慌てているようだ……。」
 カイルにとって始めてのコミケ参加。興奮と同様が隠しきれないようだ。

「とりあえず、印刷所の〆切は……、約1ヶ月後だな…。人手もあるし、まず大丈夫だろう」
 カイルは印刷所のパンフレットを見ながら、綿密にチェックしていた。
「もちろん、オフセット印刷のカラー入稿ですよね。内容はどんな系統ですか?
シリアスですか? パロディですか?」
「予定では、シリアスあり、パロディありのB5サイズ50Pのオフセット本だ。
ネタはもう出来ている。表紙はもちろん私。私の魅力で、完売間違いなしだな」
「そうですね。カイル様のミニスカートからお見えになる太ももに魅せられる者は多いですけらね。
それと襟足のうなじもセクシーでございます。
「そうだろう。そうだろう」
 カイルはマントの裾を手に持ち、ヒラヒラと左団扇のようにして仰いでいた。
どうやら、自分の本にかなりの自身があるようだ。
「さあ、キックリ! アシスタントを集めるぞ。とりあえず、私の直属の兵である近衛隊を召集せよ!」
「近衛隊を召集するのですか? ちょっとやりすぎでは…」
 キックリは、カイルの同人活動は表沙汰にはしたくなかったらしい。
「何を言う! キックリ! 権力があるなら、こういうときに使わなくっていつ使うんだ!」
 カイルは怒ってキックリに言った。
「はいはい、都合のいいときだけ皇帝ぶるんだから……」
 キックリがボソッと愚痴った。まあ、愚痴りたくなる気持ちも十二分に分かるが……。
 そんなキックリの気持ちなど全く無視して、もはやカイルは次のことを考えてきた。
「あとのアシスタントは…、書記であるイルをペン入れ係りにしよう。
イルの書道の腕は師範級だからな。墨汁を持たせたら右に出るものはいないだろう」
 かわいそうに…、イルも修羅場に巻き込まれるらしい……。
「カイル様。どうぞ私達もお使い下さい。人呼んで『同人誌の三隊長』。
カケアミカッシュ、集中線のルサファ、点描のミッタンといえば巷ではちょっとは有名なものです」
 3隊長は、自ら修羅場に加わることを希望した。

 しばらくすると、ユーリが勢いよく飛びこんで来た。
「カイル! 夏コミ受かったんだって? おめでとう。私もなんか手伝うよ。
日本の中学では、美術部だったから絵には自信あるよ」
 ユーリもカイルの同人活動には賛成のようだ。やる気満々であった。
「ありがとうユーリ、助かるよ。じゃあ、私のほうで一冊作るから、ユーリのほうでも
もう一冊、本を作ってくれないか? ユーリの考えた天河ネタだったらなんでもいいから……」
 1冊では寂しいと思ったのか? カイルは、もう1冊ユーリに作るように命令した。
「えっ?! カイル! 私が一人で作っていいの? 嬉しい!
さあ、そうとわかれば3姉妹をアシスタントとして原稿原稿♪」
 ユーリは原稿にとりかかりに、自分の部屋に帰っていった。

 その後、〆切までの約1ヶ月。政治もほったらかしにして、夏コミ原稿一色の生活が始まった。
昼夜逆転の生活、眠気が襲えばモカを一錠。カイルの部屋はトーンでちらかり、顔にはインクがついている。
 そしてあと3日で、印刷所の〆切いう日のこと……、
「ダメだ! このままじゃ原稿があがらない! 近衛隊は思ったより役立たずだし…。ど、どうしよう……」
 頬にインクとトーンをつけたカイルは慌てた。〆切まで近いというのに、まだまだ、原稿は上がっていなかったからである。
「どう? カイル? 原稿は順調?」
 ユーリが、カイル達の様子を見に来た。どうやらユーリのほうは原稿は上がったらしい。
「ダメだ! ユーリ助けてくれ! これじゃ、〆切に間に合わない!」
 カイルはユーリに泣きついた。皇帝陛下ともあろうものが、なんという態度なのだろう……。
「大丈夫? 私に出来ることだったら何でも手伝うよ!」
 ユーリは、困ったカイルを見ていられないらしい。例えそれが同人誌を作っているカイルだとしても…。
「お願いだ! ユーリ、手伝ってくれ! それよりもお前のほうの原稿は上がったのか?」
「もちろんよ。私のほうは、3姉妹の協力もあって、10%オフの時期にちゃんと入稿したわ」
 ユーリは得意げにカイルに言った。
「すごいな! さすがは未来のタワナアンナ! 私の見据えた女だけはあるな!」
 原稿を間に合わすことが、果たしてタワナアンナの器量に影響するのであろか?
「何? 何でもやるよ! 3姉妹もアシスタントするし」
「よし! じゃあ、中表紙のイラスト書いてくれないか? 一応、中表紙は3隊長で飾る予定なんだ。
3隊長が、女子高生のカッコしている構図だ。試しに、モデルになってもらっているんだが…。
カッシュ、ルサファ、ミッタンナムワ。衣装は身に着けているよな? 入って来い」
 カイルに呼ばれると3隊長はユーリの前に姿を現した。
 カッシュはプリーツの入ったミニスカートにリュックを左肩にかけている。ルサファは、赤いリボンの
ついたセーラー服を着ている。ミッタンナムワは、ハゲ頭に大きな花をつけて、女子高生のトレードマーク、
ルーズソックスを履いている。
「良く似合うぞ、3隊長達。じゃあ、ポーズをとってもらおうか!」
 カイルは、まるでアイドル写真家にでもなったかのように、3隊長のポーズを指導していた。
「よし! ユーリ! このポーズで描いてくれ!」
 カイルは、ユーリに命令した。
「う、うん……」
 ユーリは、あまりの構図に少々ビックリしているようである。しかし、愛するカイルのため、
夏コミのため、ユーリはペンを取った。
 
「できた!」
 しばらくして、ユーリが大きな声で叫んだ。
「出来たよカイル。こんなのでどう?
            ↑クリック
「おお、上出来だ! こっちも原稿上がったぞ! あとは、印刷所に持っていくだけだ……。
えっと…今何時だ…? えっ? あと〆切まで1日しかないじゃないか!
急がねば! 早馬だ! ハットッサから、印刷所のあるミタンニまで早馬を出すんだ!」
 すぐに早馬はハットッサを発った。カイルの夏コミ原稿を乗せて……。

 

                                おり作


【第2章 印刷所】

「た、大変でございますー。カイル様ーっ!」
「どうした? キックリ、一段落と同じ台詞だぞ!」
「大変なんです。早馬で原稿を届けさせたんですけれど…、途中で釣り橋が燃やされました!
岸を繋ぐ釣り橋が、燃え落ちてしまったのです」
「何? で、原稿はどうした? 無事か!?」
 カイルが血相を変えて言った。せっかく仕上げた原稿が、灰となっては今までの苦労が水の泡だからである。
「原稿はとりあえず無事です。このとうり」
 キックリは、カイルの前に原稿を出した。
「原稿は無事ですが……、印刷所のあるミタンニまで行けなくなってしまいました。これではせっかく仕上げた原稿が…。
オフセット印刷が…」
 キックリの細い目にはじわりと涙が浮かんでいた。そうであろう。カイルに降りまわされ、今まで修羅場を
くぐり抜けてきたんだから…。原稿は命の次に大切なものとなっているのだろう……。
「泣くな! キックリ、泣きたいのはこっちだ! 一体、なんで釣り橋が燃やされるなんてことになったんだ?
釣り橋の見張りは何をやっていたんだ!?」
「はい、見張りの話によりますと、釣り橋が燃える直前、金髪隻眼の不信な男の姿があったということです。
どうも、この男が放火した疑いが強いようだと……」
「ウルヒか!」
「はい、多分…」
「くそっ! またしてもナキア皇太后にやられたか! ユーリが日本に還れなくしただけではなく、
私の同人活動まで・・・・・・!」
 カイルは目をギュッと瞑り、くやしそうな顔をした。
「噂によると、ナキア皇太后も夏コミに参加するとか…。それも私達と同じ天河での参加と聞いておりますが…」
 キックリはおそるおそるカイルに言った。
「何! やっぱり…、ライバル潰しにきたか…。相変わらずやることが汚いな」
「で、どうしましょう? これでは原稿が…」
 キックリは不安そうな顔をしている。
「印刷料金が安い(国が滅びたためか?)ミタンニ印刷所に原稿を出せないのは痛いが、まだオフセットカラー入稿印刷の
間に合う印刷所はある! ちょっと賄賂を渡さなくてはやってくれない印刷所なんだが…」
「どこですか? カイル様!」
「エジプトのネフェルティティ凸版印刷所だ。ちょっとここの女主人が厄介な奴でな。賄賂を持って行かないと
夏コミ押し迫ったこの時期じゃやってくれないだろうな…。何を持って行こうか……。鉄剣100丁ほど持って行くかな?」
「カイル様! お気を確かに。いくらこの原稿にカイル様の夢をかけているからといって、
我が国の専売品、鉄を賄賂にするのはお止め下さい。夏コミの日が、我が国、滅亡の日になってしまうかもしれません」
 キックリは細い目を見開いてカイルに言った。
「そ、そうか…、軍事に冷静な私としたことが何と言うことを…。鉄は止めてしわとりクリームでも贈るか…」
 カイルはネフェルティティに、しわとりクリームを用意し、原稿と一緒に郵送で送った。
 しわとりクリームのおかげで、原稿は上がった。ネフェルティティはたいそう喜んだとか…。
 パロあり、シリアスありのオフセットカラー印刷本が出来上がったのである。

 

【第三章 会場】


 コミケには初参加のカイルを代表者とする『赤い河倶楽部』。会場は10:00から。参加サークルは、
参加票を持って、8:00までに入場しなければならない。
「いよいよコミケ当日ね。なんかドキドキするわ」
「そうだろう! 完売めざしてがんばろうな! そうだ! ユーリ、お客が入ってくるとトイレが混むから、
先に行っておいたほうがいいぞ!」
「うん、行ってくる」
 ユーリは元気にトイレに向かって走って行った。
「それにしてもすごいですね。外に待っているお客さん、会場は10:00からだというのに信じられない行列だ。
年に一度のハットッサの新年祭より、人がいますよ」
 キックリはコミケの会場自体に始めて来た。随分驚いているようである。
「徹夜組もいるそうだぞ。なにせ、コミケと言えば、病んでる者にとったら、一代イベントだからな」
「そうですか…」
 キックリの目は点だった。
「えっと…スペースは…R26だから…」
 カイルは自分のスペースを探した。その後ろからキックリが本の入ったダンボールをカートで引いてついてきている。
広いコミケ会場内。カタログなしで目的場所またはサークルを探すのは至難の技だ。
「あったぞ! R26! ここが私達のスペースだ!」
 カイルは自分のスペースを見つけた。
「これはこれは皇帝陛下! 随分遅い到着で……。我らのサークルはもう準備は終わったぞ!なあ、ウルヒ」
「いえ…まだ…ナキア様、ちょっとは手伝ってくださいよ」
 なんとカイルの左隣のサークルは、ナキア皇太后の『黒い水倶楽部』。同じ天河系のサークルだ。
「なんだとウルヒ! この私に手伝えだと!」
「い、いえ…。私独りでやります……」
 ウルヒは独りで、本の準備をしていた。
「皇帝陛下、どちらの本が売れるか競いませぬか? 本の売り上げの良かった方が今後ヒッタイト帝国を
治めるというのはどうでしょう?」
「なんだって?」
 カイルは険しい顔をした。
「おや? そんな顔をしたところを見ると、ワタクシのサークルに勝つ自信がないと見えますな。
まあ、自信がないなら仕方ない。戦わずして、皇帝陛下に恥じをかかさぬよう、ワタクシが気を使ってあげましょう」
 ナキアは嫌味ったらしく言う。
「なんだと! そこまで言われて黙ってられるか! よーし、売り上げの良かったほうが政治の実権を握る。
その勝負受けて…」
 ガバッ、カイルは口を塞がれた。
「何てこと言うんです。同人誌に国をかけるなんて! お止め下さい。ナキア皇太后の口車に乗せられては
いけません」
 キックリが必死で止めた。
「そうだったな…、悪い…私としたことが…。どうも自分で作った本のこととなると理性を忘れてしまって…」
 カイルはやっと正気に戻ったようだ。
「ナキア皇太后! そんな口車には乗らない。国を賭け事にするなんて以ての外! そういう発想があると言うこと自体、
国を治めるものとしての器量が備わっていないと思われますな」
 カイルは真面目な表情でナキアに向かって言った。
 ナキアはプイッとそっぽを向き不機嫌そうな顔をしている。その傍ら、ウルヒは忙しそうに準備をしていた。
「そんなことより、準備するぞ! ボケッとしてないで、ダンボールをあけて、本を並べるんだ、キックリ!」
「はい、わかりました」
 キックリは本の準備を始めた。カイルは隣で見ているだけ、何故なら彼は皇帝陛下だからである。
「あっ! 忘れ物をしました」
「なんだと? 何を忘れたのだ?」
「本の下に引く布…テーブルクロスです。王宮に置いてきてしまいました。どういたしましょう?」
「なんだと!? テーブルクロスがないと、イマイチ本が映えないからな…。どうしよう…、何か代わりになるものは…」
 カイルは持ってきた手荷物を見た。と、そのとき、ユーリがカイルのマントをグイッと引っ張った。
「これだよカイル。このカイルのマントを本の下にひけばいいんじゃない?」
「おお! それは名案だ! ありがとうユーリ。さすがは私の妃だ!」
 カイルは早速マントをとり、テーブルクロス代わりにひいた。
「ああ、カイル様のマントまで病んでゆく……」
 キックリはやりきれない気持ちであった……。

【第四章 売り子カイル】


 ドタドタドタ、ガラガラガラ。
 本の準備をしているカイルのところに大きなダンボールを持って褐色の男が近づいてきた。
「どけどけー。ラムセス様のお通りだー!」
 カイルの右隣のサークルは、ラムセスを代表とする『赤い薔薇倶楽部』。ナキア、カイルと同じく天河サークルである。
「コピー本をギリギリまで作っていたから遅れてしまった。ワセト、ネフェルト! 早く準備をするんだ!」
「将軍! 承知しました」
「わかったわ、兄さま」
 ラムセスの用意した本は、カイルやナキアのサークルの10倍はあった。ダンボールがいくつもある。
 ラムセス代表の『赤い薔薇倶楽部』は、この道10年の天河系の大手サークル。
(天河10年やってないだろ! というつっこみなしね・爆)
固定ファンもついており、冬コミ、夏コミとなれば1000部は下らないという。
「おう! ムルシリじゃないか! お前やっとこの世界に介入してきたのか。遅いな。
まあ、分からないことがあったら聞いてもいいぞ。俺達のサークルのほうが格が上だからな…」
 ラムセスは嫌みったらしくカイルに言った。
ぐぐぐぐ。カイルは野犬のごとくラムセスに噛み付きそうな表情をしていた。キックリは懸命にカイルを押さえている。
「ダメです。カイル様。この世界は狭いんです。何か問題を起こしたら、この先やって行けませんよ。
それにラムセスの言うとうり、私達は初参加なのですから…。大人しくしていましょう」
 キックリに宥められ、カイルはなんとか落ち着きを取り戻した。

「そういえばユーリ、私はまだ、お前の作った本を見ていないぞ。どんな本を作ったんだ?」
「ふふふふふ。じゃーん!」
 ユーリは、不気味に笑いながら、ダンボールから本を取り出した。
「売れ行き好調、間違いなし! カイルの側室著、『ヒッタイト帝国皇帝陛下の暴露本』よー。
知られざる皇帝陛下の素顔がここに! この一冊であなたもカイルのことがすべて分かっちゃう!」
 ユーリは元気に言った。
「な、何考えてるんだ! ユーリ! そんな本出して私に恥じをかかせるつもりかー!」
 カイルは怒鳴った。
「そうですよ。ユーリ様。カイル様の身辺のことが分かる本なんて…。我が国の存亡にかかわります」
 キックリも驚いた。
「えっ、でも、もう100部も刷ちゃったし…。本の用意もほら! 綺麗に並べちゃった」
 そのとき、10時の会場の合図があった。これからお客さんが入ってくるのだ。
 ドドドドドド。うおおおおおおお!!!!!
 地響きと唸り声が遠くから聞こえてきた。
 大手サークルに駆け込む、病んだお客の足音である。外で待っていたお客が、待ってましたとばかりに
駆け込んで来たのである。
「す、すごい…」
 カイルにユーリ、キックリは大手サークルへ駆け込む意気込みにあっけにとらえていた。
 開場してから、しばらくは天河のような少女系サークルは暇である。まずは、大手サークルへ、自分の欲しい本が
売りきれないように駆け込むのだ。だが……
「すみません! この本下さい!」
 数人の若い女性がカイルのサークルに駆け込んで来たのである。
「はい、どーぞ。一冊450円です」
 この女性達の目的は、ユーリの描いた『ヒッタイト帝国皇帝陛下の暴露本』。
 ユーリは自分の本が売れて、とても嬉しそうだった。
「きゃああああ! 皇帝陛下の暴露本よー。徹夜した甲斐がありましたわね。セルト姫」
「そうですわね。アクシャム姫」
「あっ、バビロニアのイシン=サウラ王女の分も買っておかなくっちゃ! バビロニアまで郵送で送ってあげましょ」
 イシン=サウラの心配をするのは、やさしいギュゼル姫。
「さっ、次のサークル行きますわよー!」
「はい、参りましょう」
 皇女ご一行は、カイルの暴露本をGETすることができ、嬉しそうにかけて行った。
「わー♪ 私の描いた本、凄く売れ行きがいいみたい!」
 開場してから30分。もうユーリの描いた暴露本は残り少なくなっていた。
「うーむ。自分の暴露本が売れるとは…。喜んでいいのか、悲しんでいいのか…。複雑な気分だな…。
まあ、でもユーリの本の売り上げで、ヒッタイトの財政も助かるのでよしとするか…」
 カイルはなんとかユーリの本に納得したようだ。
「本当にいいんでしょうか? カイル様……」

 カイルを代表とする『赤い河倶楽部』の売れ行きは、初参加の割にはまずまずと言ったところだった。
 お隣さんの様子はと言うと……。
 左隣のナキアを代表とする『黒い水倶楽部』の本は全く売れていない。しかし、ナキアのサークルの前には
人だかりが……。ナキアのサークルは、本の他にアクセサリーも売っていたのだった。
ウルヒお手製のネックレスや指輪であり、ウルヒが売り子をしていた。
「いらっしゃい! お買い得な皇太后御用達、ナッキーアクセサリーだよ。
さあ、あなたもナキア様になって、アクセサリーをブチ切ろう!」
 ウルヒが元気に叫んでいる。本よりもずっとナッキーアクセサリーの売り上げのほうが好調のようだ。
 さてさて、右隣のラムセスを代表とする『赤い薔薇倶楽部』では……。
 さすがは大手。お客さんが絶えない。カイルのサークルよりずっとお客さんが多かった。
悔しいが、この道10年のラムセスには敵わないようだ。本を買ってくれたお客さんには
薔薇の花を一輪プレゼントするサービスもある。さすがは大手! 太っ腹!

「大変でございますー。カイル様ー!」
「どうした? キックリ! その台詞、もう何度目だ?」
「おつりが…、つり銭がもうなくなってしまったんです。カイル様の本を一冊450円にしたのですが…。
思ったより50円玉を出してくれるお客さんが少なかったのです。ど、どういたしましょう?」
 つり銭…、同人誌ではこんな心配もしなくてはならない。コミケ会場に銀行なんてない。
すぐにつり銭の用意など出来ないのだ。
「100円玉はいっぱいあるのにー! どうしようか、他のサークルで50円玉が出るように買い物してくる?」
 ユーリが心配そうに言った。
「いや! それでは余計なシュッピルリウマ…冗談言っている場合じゃない。余計な出費だ!
キックリ! 何でもっとつり銭用意しなかったのだ!」
 カイルは怒ってキックリに言った。
「す、すみません」
 キックリは怒鳴られてショボンとした。
「おらおら、これだから初参加は準備がなってないんだよな!」
 ラムセスがにやにやしながら話しかけた。
「50円玉か? 仕方ない、俺様のサークルが両替してやろう」
 ラムセスは、親切にも両替をしてくれるらしい。
「むむむ」
 カイルは苦虫を噛み潰したような顔をした。ラムセスに借りなど作りたくない。でも……。
「あっ、今のお客さんで、50円玉がなくなってしまいました。カイル様、変な意地張ってないで
ラムセスに両替してもらいましょうよ」
「そうだよ。キックリの言うとおり、両替してもらおう」
 ユーリも仕方なく賛成した。
「く、くやしいが仕方ない」
 カイルは50円玉をたっぷり、両替してもらった。
ラムセスはこれでもか! というくらい、たっぷりと50円玉を蓄えていた。
 
 午後も3時をまわり、そろそろ客足も途絶えてきた。コミケ終了は4時。終了と同時に会場を発つと
人が集中し、駅の切符も買えず電車も朝のラッシュよりもっとひどい状態なる。
終了より、少し早い時間に魔の地帯(有明)を抜けねばならない。
「さあ、帰りは混むからな! そろそろ引き上げるぞ!」
「分かりました。カイル様。帰る仕度をします。売れ行きも好調で、在庫も殆どありません」
 カイル達『赤い河倶楽部』はさっそうと会場を引き上げた。
 帰りの電車の中で……
「これで当分の間、100円玉と50円玉にはこまらないね」
 ユーリがカイルに向かって、にこやかに言った。

♪おわり