***ボーリング***

 国の中枢である王宮。政治、軍事、財政、すべてを司っているのが皇族であり、
王宮に勤める貴族達であった。また、皇族や貴族達が生活しやすいように勤めているのが
平民であり、彼らなしでは王宮の生活は成り立たないものとなっていた。
 そんな王宮内での親ぼくを深めるために、元老院主催のボーリング大会が開かれることとなった。
 各部署ごとにチームを作り、得点を競い合う大会である。
 もちろん、カイル、ユーリ、イル=バーニ、キックリ、三姉妹、三隊長も
『皇帝陛下側近チーム』としてこのボーリング大会に出場することになった。
 皇帝陛下の名にかけて是非とも優勝したいと思っているカイル。優勝を狙うには、
ぶっつけ本番ではいけない。練習を重ねて、各人のスコアを上げねばならないのだ。
 カイルはハットゥサボーリングセンターで、側近達と一緒に練習をすることに決めた。

「まったく! たかがお遊びのボーリング大会なのに、何で練習なんかしなくちゃいけないのよ! 
かったるいわね!」
 ここは、ハットゥサボーリングセンター。
 カコーン、カーンと軽やかなピンの倒れる音が響き渡っていた。
「まあまあ、ハディ姉さん。おさえておさえて。これも私達の仕事の一つなんだから仕方ないわ」
「シャラ、あんたは妊娠しているんだから、ボーリングなんかやっちゃダメよ。
キックリに怒られちゃうわ」
「わかってるって、その代わりにシャラにがんばってもらうから大丈夫」
「私もボーリングの練習なんてしたくないんだけど……」
 シャラは嫌そうに言った。
 そこへカイルとユーリが来た。三姉妹はピタっと黙る。
「さあ、練習を始めましょう。イルは書記だから得点係ね。ハディ、シャラ、カッシュ、ルサファ、
ミッタンナムワとキックリはボールを選んでシューズに履き替えて!」
 ボーリングの練習は時間外サービス残業だと思うと、カッシュ達もあまり乗り気ではなかった。
 側近達は、自分に合ったボールをしぶしぶ選びに行った。
「私もボールを選びに行こう! ボールって、自分の体重の十分の一の重さがちょうどいいって
言うのよね。私は四十キログラムだから……」
 ユーリはボールを持ち上げて、自分の指にあうサイズを探していた。
「この肌色のボールはどうかしら?」
 ユーリはテカテカ光った肌色のボールを持ち上げた。
「いてててて。何をするのですユーリ様。それはボールではなく、私の頭です」
「ごめん、ミッタンナムワ! あんまりにもキレイにテカッていたから、ボールだと思って……」
 ユーリはミッタンナムワのスキンヘッドをボールと間違えてしまったのであった。
 ボール選びも終わり、グループに分かれてレーンの前に集まった。
「さあ! 練習を始めるぞ!」
 カイルの声と混ざって、隣のレーンから、カーンというストライクの心地よい音が聞こえていた。
 素晴らしいストライクである。灰色の剛速球がピンをめがけて突進していたのだった。
 思わずヒッタイト側近チームは、あまりの早さに、その剛速球に釘づけになった。
剛速球のヌシに目をやると……。
 ―――なんと、ナキア皇太后であった。
「おやおや、これは皇帝陛下とその側近の皆様。大会に備えての練習か? 
一度や二度練習した程度ではあまり変わらんがの! せいぜい頑張るんじゃのぅ。ほーほほほ」
 第一次ボーリングブーム昭和四十年世代であるナキアは、マイボールにマイシューズを持ち、
ボーリングにかけては、ヒッタイト一……、いや、アナトリア一とも言われる腕前だった。
ボーリングの球を持たせれば、右に出る者なし、ストライクとスペアの連続、
華麗なフォームでストライクをガンガン出しているのであった。ヒッタイトボーリング同好会にも
バビロニアから嫁いできた当時から入っているのである。
「知らなかった。ナキア皇太后ってボーリング世代だったんだ。それにしてもそのボール……」
 ユーリはナキアのマイボールに目を止めた。
「おお、これか? これは私の命と帝位の次に大切なマイボールじゃ! 素晴らしいだろう!
名づけて、『シマシマボール』。別名『シマウマボール』じゃ!」
 ナキアは一本指でボールを支え、見せびらかした。
 黒と白のゼブラ模様のボールであった。このボールをナキアの怪力で投げると、
白と黒が混ざり合って灰色となるのであった。
「灰色……、まるでナキア皇太后の心の色のようだわ……」
 ユーリはボソッと呟いた。
「ナキア皇太后になんか負けてたまるものか! さあ、みんな練習だ」
 カイルはナキアの上手さに焦っていた。
 もともと、カイルの側近は政治や軍事に忙しく、ボーリングなどしている暇はなかったため、
みんなヘタクソだった。
 めちゃくちゃなフォーム、ガータの連続、ストライクやスペアなど、全く出せない。
「あーあ、見てられねーな! 仕方ない俺様が教えてやろう!」
 背後から聞きなれた声がし、カイルとユーリはビクっとした。
 後ろを振り向くと……。
「ラムセス!」
 二人は声を揃えて言った。
 薔薇柄のマイボールを持ってラムセスがVサインで立っていたのである。
「エジプトボーリング協会会長であるこの俺様の華麗なフォームを見せてやろう!」
 ラムセスは、これから投げようとしているルサファをどけて、レーンに向かって立った。
 右手で薔薇柄のボールを持ち、真剣な目つきで真正面の十本のピンを見つめている。
軽く深呼吸したと思うと、ボールを持っている右手を前に出すと同時に1歩踏み出し、
二歩目で前進し、三歩目でボールを体の後ろに持っていき、四歩目で足を滑らしながら反動を
つけてボールを遠くのピンに向かって離した。さすがはラムセス、偉そうにしているだけのことはある。
 ボールは真っ直ぐ、すばやく回転しながら真正面に進み、このまま行けばストライクゾーンであった。
 ボールがピンの直前まで近づき、ピンが倒されようとしたそのとき!
『パア〜ン!』
 風船が割れたような音がした。
 ―――なんと、ラムセスの投げた薔薇柄ボールはピンに当たる直前で破裂し、
中から真紅の薔薇の花が十数本飛び出し、ピンに当たって、ストライクとなったのだ。
 その薔薇の花の散り方がまた綺麗なこと……!
「おー!」
 四方八方から歓喜の拍手があった。
「すごいな、ラムセス!」
 カイルもあまりに綺麗な薔薇の花の散り方に感動したようである。拍手は鳴り止まない。
「すごいけど、かなりボーリングのルールを無視しているような……」
 ユーリは拍手しながらそう呟いた。
 ラムセスは敵将軍だが、ボーリング大会の敵は王宮内の他部署の人間である。
ヘタクソな側近チームは、ラムセスの指導を受けることにした。
 もちろん、ラムセスの贔屓は、皇帝側室のユーリであった。他のメンバーにも、
フォームや投げ方など丁寧には教えてはいたが、ユーリには手取り足取り、特別に教えていたのだ。
 ユーリも上手くなりたいが為、必死にラムセスの説明を聞いている。
 それを見たカイルが怒っているのは言うまでもない。眉間に皺がより、
二人の間にわざと割って入ろうとしていた。
「何だよ、ムルシリ邪魔だぞ! せっかく指導してやっているのに」
「近寄りすぎだ! もう少しユーリから離れろ!」
「何だと! やる気か?」
「望むところだっ!」
 二人は剣を取りだし、ボーリングのレーンを前にして戦い始めてしまった。
いつものことと言えばいつものことである。ユーリはやれやれと手を上げながら、とばっちりを受けないように、
隣のレーンでボーリングの練習をすることにした。
 隣のレーンでは、キックリやシャラ、ハディが練習をしていた。シャラは赤ちゃんがお腹にいるため見学である。
「いいかい、リュイ、力で投げてはダメだ。そのまま押し出すように自然に投げるんだよ」
 側近のメンバーではそこそこ上手いキックリが、丁寧に教えていた。
 手取り足取り……。
 それを見ていた、シャラは……。
「キックリ! 私という者がありながら、何よそのデレデレした表情は!」
 嫉妬か? リュイは近くにあった16ポンドのボールを、勢いよくキックリに向かって投げた。
(妊婦はそんな重いもの持ってはいけません・笑)
「うわっ! 何するんだ、シャラ! 私はただリュイにフォームをおしえていただけだ」
 キックリは双子の妻を持つ身として、同じように接しなければいけなかったのだ。
一夫多妻制の難しいところである。
「今、ベタベタしていたじゃない! 許せないわ!」
 リュイは次々と16ポンドのボールを投げた。
「ひええええ!」
 キックリは逃げ回った。
 すると、シャラの投げたボールの一つが、
ナキアレーンの方向に飛んでいってしまった。運悪く? ナキアの頭にボールは直撃しそうだ! 
 危ないナキア!
 ―――次の瞬間、
 くるっとナキアは振り向き、
「レシーブ!」
 と言いあの重い16ポンドのボーリングの球をバレーボールのレシーブのごとく、
腕で受けたのだ!
「ふふふ。私を狙おうなんて十年早いわ! 昔バレー部にいた私は、よくバレーボールの代わりに、
ボーリングの球を使って練習したものじゃわい! な、ウルヒ?」
「はい、ナキア鮎川こずえ様、よくアタックNO.1ごっこしていじめられ…いや、特訓しました」
 ウルヒがしみじみと昔を思い出しながら言った。
「それ、また特訓するか! ほれ、ウルヒ! レシーブ、トス、アタックじゃ!」
 ナキアはウルヒに向かって、ボーリングの球を投げ始めた。
「ひいいいい。やめて下さい。ナキア鮎川こずえ様ぁ〜!」
 どうやら、ウルヒの背中の古傷も、このボーリングバレーによりナキアによって
つけられたものだと思われる。(笑)
 一人残されたユーリ、彼女は少し怒り気味であった。
(カイルとラムセスは、ボーリングのことなんか忘れて喧嘩してるし、
キックリとリュイも夫婦喧嘩しているし、全然練習できないじゃない!)
 気がつくと、ハディまでもが、
「私はこのボーリングの球で新体操ですわ!」
 と言いながら、レオタードに着替えて、重たいボールで新体操を始めてしまった。
書記であるイル=バーニの目が、ハディのレオタード姿にチラッと動いた……。
 まともに練習しているのは、どうやらカッシュ、ルサファ、ミッタンナムワの三人だけ
だったようである。
「ねえ、私も練習入れてよ!」
「もちろんです、ユーリ様。ご一緒させて下さい」
 ルサファをはじめ、カッシュもミッタンナムワも喜んだ。
 しばらく練習をしていると、コツもつかめきたため、ピンの倒れる本数が多くなった。
ストライクやスペアもたまに出るようになった。
 調子が良くなってきたユーリが、軽やかなフォームでピンに向かって真っ直ぐ投げたあるとき……、
「あー、惜しい。もう少しでストライクだったのに!」
 ストライクと思いきや、ピンは一本残ってしまったのである。次の一球でスペアを狙おうと、
ボールが出てくるのを待っていたのだが……。
「あれ? ボールが戻ってこない」
 ユーリの投げたボールが、ピンと一緒に後ろに片付けられたままレーンの下を通って戻って
こなかったのである。
「おかしいですね。ちょっと下に見てきましょう!」
 ルサファは、下でボールがどうなっているか見に行こうとした。ユーリもルサファについていった。
「おーい、どうした? もう疲れたか?」
「はい、もうクタクタです。ボーリングのボールは重いですから…」
 古代ヒッタイトでは、現代のように投げたボールが自動的に戻ってくるシステムは
なかったのである。
 なんと! レーンの下でヒッタイト兵達がバケツリレーのごとくボールをリレーして
戻しているのであった。
「仕方ない、俺達も手伝おう! カッシュ、ミッタンナムワ、来てくれ!」
 三人もボールリレーに加わった。
 カイルとラムセスは剣を交えてボーリングのことなどもはや眼中にない。
キックリダブル夫妻は夫婦喧嘩。ついでにシャラも巻き込まれている。
 ハディも「私がハットッサの南ちゃん」と言いながら新体操ごっこをしている。
書記のイルもハディのレオタード姿が気になって、点数つけどころではない。
 カッシュとルサファとミッタンナムワもレーンのしたでボールリレー。
 ……結局、皇帝陛下側近チームは何も練習していないのであった。

                                       おわり