天河版バトルロワイアル

映画をもとに書いた小説です。ちょっと…残酷かもしれませんので、
ダメな方はご遠慮を……。


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紀元前13世紀天河名簿
34名

男子 女子
1 イル=バーニ アクシャム姫
2 ウセル・ラムセス アレキサンドラ王女
3 ウルヒ・シャルマ アッダ=シャルラト王女
4 カイル=ムルシリ イシン=サウラ王女
5 カッシュ ウルスラ
6 カパタの髭男 ウーレ姫
7 キックリ ギュゼル姫
8 サッシュ(カッシュ弟) サバーハ姫
9 ザナンザ=ハットゥシリ シャラ
10 シュバス セルト姫
11 ダッシュ(カッシュ弟) ナキア
12 ゾラ ナディア
13 ティト ネフェルティティ
14 ホレムヘブ ハッシュ・ド・ビーフ(カッシュ妹)
15 マッティワザ(黒太子) ハディ
16 ミッタンナムワ ユーリ・イシュタル
17 ルサファ リュイ


〜序章〜

 21世紀が訪れても、地球のどこかで戦争は行なわれている。権力や富みのために、
無数の人が傷つき、血を流して、そして命を失う。いくら文明が発達し便利な世の中になっても
人間は「戦争」をやめなかった。領土、宗教、利害。様々な理由があるにせよ、
人間が直立歩行するころから――いや、もっと前から血を流し合うことは現在完了系であり、
かつ現在進行形であるのだ。
 そこで人間を作った神なる者は考えた。そんなに血を流すことを好きならば、
思う存分戦わせてあげようと……。神様は、無作為に時代、地域を選び、選ばれた地域の者同士で
最後の一人になるまで戦わせることを決めた。これが「バトルロワイアル」である。
人間を憐れんだ神様のとった最後の手段であった……。





 ブロロロロ。大型バスのエンジンの音が響く。重そうな音をたて、バスは緩やかな坂道を
登ってゆく。排気ガスは、バスの車軌を後から追いかけるかのように吐き出されていた。
重たい荷物を背負って、はあはあと息を切らせているようなにも見えた。
 現に、バスにはたくさん人が乗っていた。ご存知、天河キャラの一行である。
町内会の福引で当たった温泉旅行に、フルメンバーで向かっている途中だったのである。

「町内会の福引で温泉旅行が当たるなんてラッキーよね♪」
 黒髪のイシュタルが嬉しそうに瞳を輝かせた。女官達にマッサージをしてもらう
ことは苦手なユーリであったが、ゆっくりと硫黄の匂いのする温泉で体の芯から
温まるのは好きだった。
「本当に! ようございましたわ! 紅葉もきれいだし、疲れをとる慰安旅行にはぴったりね」
 しっかり者のハッティ族長女もこの旅行はうれしかった。
季節的にもちょうどよく。暑さの下り坂である秋であった、除々に色づく木々が
心地よい安堵感を与えていた。
「それにしても……、どうしてヒッタイトの町内福引で当たったのに、他国の
連中が乗っているのだ? ラムセスは言わなくてもいつもついてくるので仕方ないが、
ホレムヘブ王にネフェルティティ王太合、黒太子にナディア。
それに死んだはずのザナンザ、ウルスラ、ティト、アクシャム姫、ウーレ姫、サバーハ姫まで……」
 カイルが首を傾げて言う。
「まあ、いいじゃないですか、兄上」
 ポンと肩を叩いたのは、カイルとよく似た面立ちを持つ先々帝の第四皇子のザナンザ。
今日は特別に天国から舞い戻ってきたのであった。
「私もまた、兄上やユーリとご一緒できて嬉しいです。今回はおもいっきり旅行を
たのしみましょう!」
「そうですわ! たのしみましょう!」
 ウルスラはもちろんのこと、皇族の姫君達もザナンザに続いて嬉しそうに言った。
「別にかまわないが……、余分な人数の経費はウチの王宮が持つことになるのか……」
 カイルは自分の懐(ふところ)が痛むことにちょっと不満があった。
「そうですよ! 私の弟のサッシュや妹のハッシュ・ド・ビーフもご一緒させて
頂いていることですし、ここは大人数で日頃のストレスをぶっとばしましょう!」
 戦車隊長であるカッシュは、弟のサッシュ16歳、ダッシュ15歳、妹のハッシュ・ド・ビーフ14歳も
一緒に連れてきていた。弟妹の多いカッシュにとって、食いぶちを浮かせるための
一種の手段とも言う。
「これはハッシュ・ド・ビーフちゃん。こんどまた、おいしいカレーを作ってね」
 食欲大魔王ミッタンナムワが料理の得意なカッシュの妹に話しかけた。
「ええ、もちろんよミッタンナムワさん。でもコレステロールには気をつけてね」
 健康面も考えるハッシュ・ド・ビーフの一言はミッタンナムワにとって少し痛かった。
続けてカッシュの弟のダッシュに顔を向けた。
「ダッシュ君。今度のギリシャオリンピック出場が決定したんだって?」
「そうなんですよ。ミッタンナムワさん。精一杯がんばるつもりです」
 ダッシュの俊足に敵う者はオリエントでは誰一人いない。
 オリンピックで金メダルを取れば、カッシュの家の財政も落ち着くであろう。
「サッシュ君。うちの窓の建て付けが壊れているんだ。今度見に来てくれないか?」
「いいですよ、ルサファさん。僕は将来、窓の取り付けの仕事をしたいと思っているので
お安いご用です。それより、ルサファさんのお姉さん、ルサミさんは今日はご一緒じゃ
ないんですか?」
 ルサファの姉妹はドレミファ家族。父の名はルサド、母の名はルサレ、子供達の
名前がルサミ、ルサファ、ルサソ、ルサラ、ルサシと続くのだ。音楽家のはずなのに、
ルサファ一人だけ兵士になってしまった。散々、両親に反対されたが、近衛副長官まで
出世の階段を上り詰めたのだから、今では誰も文句を言うものはいない。
「ルサミ姉さんは来月のバイオリンの発表会に向けて猛練習中です。本当は
行きたがっていたけど、今日は来られなかったんです」
 ルサファが丁寧に答えた。
「なんだ、ルサミさん美人だから、一緒できるの楽しみにしていたのに……」
 がっくりとうな垂れたのはサッシュだけではなかった。バスの中の男性陣の
ほとんどだったのである。(ルサファのお姉さんなら絶対に美人だと思いません?BYねね)
 このような楽しい会話を一緒に載せながら、バスは温泉のある山の頂上に向かって行った。
 しばらくすると、カイルは妙なことに気づいた。過ぎ行く景色に、武装した兵たちが
所々に映っていたのだった。こんな山奥にどうして兵が……と不思議に思った。
窓の外の景色から、バスの中に視線を戻すと、みんなすやすや眠っていた。
隣にいるユーリも自分の肩に頭を置いて、黒い瞳をまぶたの中に閉じ込めていた。
(おいおい、さっきまであんなにはしゃいでいたのに、みんなどうしたんだ?
はしゃぎつかれたのか? 疲れたにしても、まだ寝るには早いぞ、カラオケとか、
ビンゴとか、いろいろまだやっていないことがあるだろ……)
 そう声を出して言いたかったが、重い睡魔がカイルにも襲ってきたため、
言葉として発することはできなかった。NとSの磁石にでもなってしまったかのように
上まぶたと下まぶたはくっつきたがっていた。磁石がくっつく寸前、正面のバッグミラーを
見ると、運転手が映っていた。防毒マスクをつけて映っていたのだ。

【残り34人】



 
 カイルの意識が覚醒レベルに戻った。戻ると同時に目を開けると、知らない風景が飛びこんできた。
建物の中である。見覚えのない部屋の中であったが、どこかの神殿らしいということはわかった。
石柱が所々に建っており、石で敷き詰められた床がひんやりとして気持ちよかった。
(ここはどこだ?)
 言葉に出さずにグルリと部屋を1周見まわした。首を回したとき、気にかかることがあった、
「こと」ではなく「もの」かもしれない。自分の首に鉄でできた首輪がまいてあったのだ。
「何だこれ?」
 グッ、グッと引っ張ってみても取れる気配はまったくない。
 カイルは首輪に手をかけたまま左右を再び見まわす。
 みんな眠っている。自分と同じ鉄の首輪をつけて。一体どういうことなんだ?
「それ以上いじらないほうがいいわよ」
 聞き覚えのない声がした。コツコツコツコツ。一人の見なれない服装の女が現れた。
カイルの時代にはない服装である。見たことのない服装だったのでカイルには
表現できないが、ジーンズに薔薇模様のTシャツという服装だったのだ。
 その女の後ろから武装した兵が数名マシンガンを持って続いてきた。
 ――パンパン。
 女は手を叩く。
「はーい、みんな目を覚ましてぇ〜」
 モソモソモソと、ユーリをはじめ、みんなが女の声で起き上がった。
「ここどこ?」
「なにこれ?」
「温泉は?」
「どうしたの?」
「…………?」
 様々な疑問符が飛び交った。隣にいたユーリが不思議そうな顔でカイルを見たが、
カイルも今ある状況はまったく理解できず右と左の肩を一緒に上げてわからないの意を示した。
「天河キャラの皆さん、こんにちは! 私はねね'S わーるどの管理者ねねですっ。
この度は皆さん、バトルロワイアルの抽選に、みごと当選なさいました!
おめでとうございまぁ〜すぅ♪」
 ノリノリで言うねねに天河キャラはしらける。キチガイをみるかのように
ねねのことを見つめていた。
「バトルロワイアルって?」
 ユーリが聞いたことのない単語を呟いた。
「あら! ご存知ないんですか? バトルロワイアル。じゃあ、ねねがやさーしく
教えてあげますねっ。古代でも現代でも、戦いや戦争は絶えることはない。そんな
進歩しない人間達にとっての最後の手段を神様はとったのです。そーんなに
戦いが好きならば、思う存分戦わせてあげましょうってね。神様は無作為に、一つの時代、地域を
選んで、その仲間で戦ってもらいうことを決めたんです♪ 
みんなで殺し合いをしてもらうんでぇ〜す!」
 ざわめきが起こった。
「ワタクシは皇族の姫ですのよ。そんなこと許されるわけがないわ!」
 アクシャム姫をはじめ、姫君達はねねに向けて仏頂面をする。
「けっ、何言っているんだよ」
 ラムセスは唾を吐きかける様に言った。
「ラムセス君、うるさいですよー。まだ話は続きます。今度私語をした人には
ねねがおしおきしますからねー。それにアクシャム姫さん。人は身分など関係なく平等です。
皇族だから、貴族だからといって優遇されるってことはありませーん。勘違いしないように
してくださいねー。じゃあ、話を戻しますね。いいですかー。皆さんの今いるところは無人島と
なっています。誰もいません。したがって助けを求めることはできませーん。
ここで3日間、みなさんに戦ってもらいます。最後の一人になるまで殺し合いをしてもらうんです。
反則はありませーん。最後に残った人だけはお家に帰れまーす。あっ、ちなみに
好きな時代好きな場所に帰れますから、泉が壊されて現代に帰れなくなったユーリさんも
希望ならば現代に帰れまーすっ」
 カイルをはじめ側近達がユーリに向けて視線を向けた。
「はーい。よそみしないでぇ」
 パンパンと、ねねは手を叩き自分の方を注目を戻した。
「3日間たっても1人じゃなかったら、皆さんの首についている首輪がドーンと爆発しまーす。
その場合は残念ながら優勝者なしでーす。首輪はハイテク技術を駆使して作った高性能なものでーす。
完全防水、耐ショック性、皆さんの位置、心臓のパルスモニターも記録しちゃいまーす。
あっ、だめですよ。ラムセス君。無理に外そうとすると爆発しますから」
 ラムセスはビクっとして首輪をいじるのをやめた。
 すると、ハッテイ族のティトが姉のハディに向かって小さな声でポソポソと話しかけた。
「そこっ! 私語はするなっていったでしょ!」
 ねねは眉毛を吊り上らせ、白っぽいものを投げた。ねねは学校の先生のような口調? 
で話していたから、チョーク? とユーリは思った。
 ザシュッ!
 何かが肉に食いこむ鈍い音がした。チョークと思った白いものは銀のナイフだたのである。
ティトの額にまっすぐ、垂直にナイフが刺さっていた。そんなところにナイフが刺さって
生気でいられるわけがない。ティトは一言も発せず、大きく目を見開いたままバタリと倒れた。
「きゃあああああ」
 ティトのすぐ隣にいたハディが悲鳴を上げた。
「ティト、ティト、2回死ななくても……」
 リュイとシャラの双子も声を震わせていた。
「あらー。ごめんなさい。私が殺したらルール違反ですねー。人の話を聞かない人はダメでーす。
こうなっちゃいまーす」
 部屋は恐怖で静まりかえった。だが、何人かはねねのやることに心を振るわせていた。
その中の一人がザナンザ皇子であった。
「もう、我慢できない! バストロワイアルだか何だかしらないが、こんなの不合理だ!
間違っている!」
 普段は穏やかな人ほど爆発すると怖い。ザナンザは怒りと共にねねに向かって歩いて行った。
「うるさいなぁ、もうっ!」
 ねねはポケットからリモコンのようなものを出し、ザナンザの首輪に向かって
ピッと電波を発した。
 ザナンザはヘイゼルの瞳を見開き、はっとした顔をしたが、それがザナンザの最期の表情であった。
首輪に電流が送られ、ザナンザの頚動脈を攻撃したのだ。心臓から出発した動脈は
頚動脈を通り、脳をめぐって約10秒ほどで静脈として心臓に戻ってくると言われる。
かなりの速さである。その頚動脈が破裂したのだから、酸素を含んだ鮮赤が勢いよく吹き出した。
真っ赤な水たまりを作り、その中にザナンザはバタリと倒れた。
「ザナンザー!」
「ザナンザ皇子!」
 カイルとユーリは誰よりも早くザナンザのもとにかけつけた。
「こ、このやろう! よくもザナンザをっ!」
 弟を失ったカイルはねねに食いかかろうとした。そんなカイルを3隊長達は
必死で抑える。
「はい。皆さん。このように首輪は爆発しますので気をつけてねー。ちなみに島から
脱出しようとしても自動的に爆発するようになっていますからくれぐれも
早まったことしないようにねぇー」
 バトルロワイアル。これは本気のゲームだ。最後の一人になるまで戦わなければならないことは
必須であろう。仲間と戦かわなければ生き残る方法はないのだ。今まで信じてきた仲間と……。
 誰もが恐怖に絶望していた。
「それでは、これから皆さんに出発してもらいます。これから3日間、午前と午後の6時と12時の
一日に四回、全島放送をします。そこで死亡者の名前と、禁止エリアを言います。
皆さんには地図を渡しますので、指定した時間ないには禁止エリアにいないでください。
禁止エリアにいると、首輪が爆破しまーす」
「すみません、質問です」
 イル=バーニが沈黙と恐怖をやぶり手を上げた。
「はい、なんでしょう?」
「どうして禁止エリアなんかもうけるんですか?」
「あら、知力のイル君がこんなこともわからないんですか? 小さな無人島だけど、
隠れる所はいっぱいあるもの。出会うチャンスを多くしなくっちゃゲームが
すすまないでしょ♪」
 ねねはウインクをイルに投げつける。
「皆さんには3日間必要な食料と、水と地図の入ったリュックを渡します。
その中には、安心してください。武器も入っていますよぉ〜。どんな武器かは
リュックをもらってのお・た・の・し・み♪ マシンガンからナイフ、なべの蓋まで
あたりはずれがいっぱいですよぉ〜」
 ねねの楽しそうな口調に不快感を覚えると同時に恐怖も覚えた。
「じゃあ、これからゲームのはじまりよっ! 名前の50音表をこちらで作ったから
男女男女で2分間隔で出発してもらうわね。ちなみに20分後にここは禁止エリアになります。
仲間を待ってようとしたって無駄ですよー。では、まずは男子一番イル=バーニ君」
 イルはとりあえずここは従わざるを得ないということを悟ったのか、
静かにすっと立ち、出口の方にに向かった。出口で武装兵に乱暴にリュックを渡された。
「2分たちましたね。では、女子1番アクシャム姫さん」
「はいっ!」
 と名前を呼ばれたアクシャム姫は緊張した面持ちで返事をして部屋を後にした。
「男子2番ウセル・ラムセス君」
「女子2番アレキサンドラ王女さん」
 …………
 …………
「男子4番カイル=ムルシリ君」
 名前を呼ばれるとカイルはすっと立ち上がった。ザナンザのほうに向き目を閉じた。
 カイルは弟のザナンザをそのままにして去るのが気がかりだったが、
今はどうすることもできない。――バストロワイアル。悪魔ねねの元を一秒でも
早く離れることがの方が先決なのだ。
 …………
 …………
 …………
 …………
「女子17番リュイさん」

 天河キャラ32名は太陽が真上にくる12時頃に出発を完了した。

【残り32名】


 武器の入ったリュックを渡されたカイルはとりあえず建物から出た。
このゲームでは仲間はみな敵ということになるが、一人になるわけにはいかない。
できれば殺し合いなどしたくはないのだ。
 一緒に行動したい人物、カイルの頭に最初に閃いたのはユーリであった。
心も体も許せるユーリと落ち合わなければいけないと思った。
 50音順にいくと、カイルとユーリの間は遠い。カイルは男子4番に対して、
ユーリは女子16番なのだ。全員が出発してから20分後にここは禁止エリアとなる。
出発の遅いユーリを待ち伏せしたとしても、20分あれば禁止エリアからは出られるはずだ。
 カイルは茂みに身を潜めてユーリの出てくるのを待つことにした。
 ――男子13番ティト、女子13番ハッシュ・ド・ビーフが出てきた。
もうすぐだ。もうすぐユーリは出てくる。ユーリを待ち構えていると、背後から声がした。
「皇帝陛下」
 女の声だ。振りかえるとアッシリアのアッダ=シャルラト王女が立っていた。
「皇帝陛下、どうしましょう。私の首にこんな……もの…が」
 言い終わらないうちにアッダ=シャルラトはカイルの目の前で倒れた。
 アッシリアの王女の首には鋭く尖った太い矢が刺さっていた。王女は目を見開いたまま
ガラス玉のようになった瞳でカイルを見ている。
「うわああ!」
 カイルは短い叫び声を上げると、アッダ=シャルラトの首に刺さっていたものと
同じ矢が頭上から降ってきた。矢はカイルの前髪をかすめ、グサリと地面に突き刺さる。
矢の飛んできた方を見ると――偽イシュタル事件の起こったカパタの兵士、”髭男”が
カイルに向けて弓矢を向けていた。それはただの弓矢ではない。銃床に弓が据えてあるようなもので、
ウイリアムテルの子供の上に乗ったリンゴを落とすときに使った、がっちりした弓矢のようなものだ。
”ボウガン”である。
 カパタの髭男はカイルよりも高い位置にいた。木の上に登っていたのである。
「今までに見たことない随分と丈夫そうな弓矢だから試しに打ってみた。そしたら
近くにいたその王女様に当たっただけだ。次は皇帝陛下、あなただ」
 カパタの髭男の瞳は殺意に満ちていた。もはや冷静に考える。などという言葉は
存在しない。殺さなければ殺される。ねねの言った言葉をそのまま真に受けてしまったのだ。
「や、やめろ!」
 カイルが言うのもまったく無視して、髭男は矢を放った。日頃から鍛えた足腰であるから
瞬発力はすばらしい。簡単に矢は当たらない。矢は茂みをとおり越した。
「痛い!」
 茂みの向こうから声がした。毎日のようにベッドで囁く声。ユーリの声だ!
「ユーリ!」
 茂みをかき分けると、ユーリが地面にへばりついていた。髭男の放った矢が
茂みを通り越し、ちょうど建物から出てきたユーリの足に刺さってしまったらしい。
「大丈夫か!? ユーリ」
「カイル!」
 矢はユーリの左足をかすり、深さ1cm、長さ6cmくらいの深い傷の作っていた。
「これは皇帝ご夫妻おそろいで……」
 髭男は木の上からカイルとユーリをめがけて再び矢を放とうとした。
「やめろっ!」
 カイルはそう言うのと同時にカイルの大きな手のひらにやっと隠れるくらいの石を
髭男のいる木の上に向かって投げつけた。
 ――矢を放つのが速いか? 石が命中するのが速いか?
 目的に向かって2つの物体は放たれた。
「うわああああ!」
 カイルの投げた石はみごと髭男の弁慶の泣き所に辺り、バランスを崩し木から落ちた。
 ――ドスン! という鈍い音がした。身動きしない。しかし、このくらいの
ことでは死んだりしないだろう。
「ユーリ、動けるか?」
「う、うん。なんとか……」
 カイルとユーリは恐る恐る髭男に近づく。髭男は気を失っているようだ。
その側に、先ほど矢で射抜かれたアッダ=シャルラト王女の遺体が横たわっていた。
「きゃああああ! アッダ=シャルラト王女!」
 何も知らないユーリは悲鳴を上げる。
「ユーリ、とりあえずここから離れよう。もうすぐここは禁止エリアとなる。
ユーリのその足では歩くのに時間がかかるだろう。髭男には悪いが、速くここから
離れるのだ!」
 恐怖と怒りとともに、ユーリとカイルは必死にその場を離れた。




「どうすればいいんだ。私達は……」
 キックリはリュイとシャラの2人の妻に向かって言った。
 ここは南の外れのがけっぷち。自殺の名所にでもなりそうな急な崖の上に
2つのそっくりな影と、間にはさまれたそばかす男がいた。
 出発のとき、キックリの近くにいたシャラは小さなメモを渡した。
島の南の外れで待っていると……。リュイとシャラは双子なので、お互い何を考えているか
わかる。双子とキックリは建物を出てから無事に落ち合うことができた。
「どうすればって……。私達にはとてもじゃないけど殺し合いなんてできないわ」
 リュイが悲しそうな顔をして言う。その言葉にシャラもコクンと頷く。
「じゃあ、どうすればいいのだ。殺し合いをしなくとも、3日後には首輪が爆発して死ぬのだ!」
 キックリは絶望的であった。小さいときから、カイルに真面目に勤勉に勤めてきたのに
この仕打ちはどうであろう? 悪いことなど何もしていないのに、どうして死ななければ
いけないのだ! キックリはそう大きい声で言いたかった。そんな真面目なキックリの
姿に双子は惹かれたのだ。
「こうするしかないわよ……」
 シャラは武器の入ったリュックを始め、私物を崖の下の海に投げ込んだ。
「そう、私達にはできない」
 リュイはキックリの右腕を、シャラはキックリの左腕をしっかりつかみ
崖に向かってまっすぐ歩いて行った。
「い、いやだ……。死にたくない……」
 キックリの震えた小さな声を最後に、双子とキックリの3人は崖から身を投げた。
 ―――3つの影は激しく波立つ海の底に消えていった。

【残り28人】



 女子2番アルザワ帝国の第一王女アレキサンドラは恐怖に震えていた。
建物を出てから、どこを走っているかはわからない。必死に逃げた。何十分走っただろうか?
家が4、50件立ち並ぶ小さな集落に辿りついた。人のいる気配はない。
 そっとドアのノブをひねった。鍵がかかっている。何件目かのドアのノブが
カチャリと開いた。
 ――開いた! とにかくここに隠れよう。
 アレキサンドラ王女はあたりを見まわし、誰もいないことを確認すると家の中に入って行った。
どこか隠れられる場所を探した。とりあえずキッチンの部屋にあるテーブルの下に
身を隠すことにした。テーブルにはテーブルクロスがかかっており、小さなアレキサンドラ王女の
体をすっぽりつつんでくれた。
 恐怖に怯えて、それから何時間もその場でじっとうずくまっていた。
辺りは暗くなっていた。お昼すぎに建物を出たのだから、もう夜の7時くらいであろうか?
同じ姿勢で固くなっていた体をそっと崩し、渡されたリュックの中身を確認することにした。
食料と地図と方位磁石。ねねの言ったとおりの物が入っていた。もうひとつ、
プラスチックの四角い箱型のものが入っていた。何かスイッチがついている。
試しにアレキサンドラは押してみた。
 ――ガガガガガガガ!
 マシンガンの発砲音に似た大きな音が飛び出した。ビックリしてアレキサンドラは
プラスチックの箱を放す。武器として渡されたものは”スタンガン”であった。
女性が防犯として持つ防犯グッズだ。大きな音を発して襲ってきた者を脅かすためのものである。
 ――今の音で誰か気づきはしないか?
 しばらくの間様子をうかがっていた。誰も自分のいる家には入ってくる気配はない。
近くには誰もいなかったようである。
 安堵するアレキサンドラ。するとふと思い出したことがあった。ヒッタイトの
バス旅行に行く際、もしものことがあったら困るからと、母の女王が
携帯電話を渡してくれたのだ。
「そうだ! 電話! お母様に助けを求めれば!」
 アレキサンドラの表情はパッ明るくなり、携帯電話のプッシュホンをそうっと押した。
 ――プルルルル、プルルルル
 2回のコール音の後に「もしもし」という女の声がした。お母様だ!
「お母様! 私、アレキサンドラ。よかったわ連絡が取れて!
大変なのよ。アレキサンドラを助けて!」
 涙を浮かべながら母に言う。
「――アレキサンドラ王女さん? あなた古代人のくせに随分ハイテクなもの
持っているのねぇ。助けを求めたってダメだって言ったでしょ。
誰も助けに来ないわよ。自分の身は自分で守ってね♪ それと……」
 ねねの声であった。アレキサンドラは恐怖のあまり、話を最後まで聞かずに電源を切る。
 ガタガタと手が震えていた。怖い―、怖い―。どうしよう。
助けてお母様。助けてユーリおねーさま! 
 小さな体を振るわせていると、カチャリ。玄関でドアの開く音がした。
 ――誰か入ってきた! 一体誰が!? こんなに家があるのにどうしてこの家の
なかにわざわざ入ってくるの?
 疑問でいっぱいであったが、アレキサンドラはとりあえず見つからないように息を
殺した。もうゲームは始まっているのだ。見つかったら殺されるかもしれない!
誰も信じるわけにはいかないのだ! 入ってきたのは一体誰?
 アレキサンドラの心臓はバクバク鳴りっぱなしであった。
 カチャリ。キッチンに入ってきた。キッチンの窓から指しこむ月明かりで
女性であることが確認できた。胸があり腰のあたりがくびれていたのだ。
 誰? 誰なの? お願いだから早くこの家から出ていってー!
 アレキサンドラは目をぎゅっと閉じ懇願した。
 ――プルルルル、プルルルル
 先ほどの携帯電話が発信音を放った。驚いてアレキサンドラはボタンを押す。
電源ボタンを押せばそのまま切れたのだが、通話ボタンを押してしまったのだ。
「そうそう、言い忘れたけどアレキサンドラ王女。携帯の電源は切っておいたほうがいいわよ。
発信音がなると誰かにみつかちやうでしょ♪」
 ブチッ。
 ねねが言い終わらないうちにまた電源を切った。
「アレキサンドラ王女?」
 ――見つかってしまった。アレキサンドラは諦めてテーブルの下から出た。
 胸が出ていて、ウエストがくびれていて……。
 ――ウルスラだった。天河キャラ美女NO1を競う。
「わ、わたくし……。怖くてたまらないの。どうしましょう……」
 アレキサンドラはガタガタと震える。
「まあ、私もよ。私も怖くてたまらないわ」
 澄んだ声でウルスラはやさしくアレキサンドラをなだめる。
「もう安心して、私が一緒にいるわ。一緒にゆきましょう!」
「本当に?! 本当ですか? ウルスラさん。わたくし……、本編ではウルスラさんと
接点がなかったからどうしようかと思ったけど、そう言ってくださると嬉しいわ!」
 アレキサンドラは一緒にいてくれる人ができたと思うと安堵の思いであった。
「そうね、私は王女が登場する何巻も前に処刑されているものね。それに
平民出身ですもの。王女様とは身分違いですものね」
 美人の笑顔は絵になる。ウルスラの笑顔は更にアレキサンドラに安心を与えた。
「そんなことはないわ。人間はみんな平等よ!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。ところで王女。王女の武器は何?」
「こ、これなの」
 アレキサンドラは安心のあまりたやすく武器を見せてしまう。
 ――ガガガガガガガ!
 スタンガンはまた大きな音を放つ。
「こんな武器じゃ何にもならないでしょ。わたくし不安だったの……」
 アレキサンドラは不安そうな色を瞳に浮かべてウルスラを見つめる。
「あら、これだって、心臓の弱い年老いた王様くらいだったら、驚いて心臓麻痺くらいは
おこすかもね。立派な武器よ!」
「そう思う? ウルスラさん?」
「ええ、思うわ。それより肩が震えているわ。まだ怖いの? 落ちついて」
 ウルスラは震えているアレキサンドラの肩をそっと抱く。緊張した肩を抱かれ
アレキサンドラはホッと一息つく。人の体温が心地よかったのだ。
「ところでウルスラさんはどんな武器?」
 ――これがアレキサンドラの発した最期の言葉であった。
 ウルスラは右手でしっかりとアレキサンドラの肩を固定し、腰の後ろに
さしていたカマを左手で持ち、アレキサンドラの背後から首にかけてカマを押しつけた。
「あたしの武器これなの。”カマ”。役に立たないと思ったけど、以外に役に立ちそうね」
 アレキサンドラはウルスラの手の中から逃れようと必死に動いた。
体を動かしたことでウルスラの押しつけた”カマ”はアレキサンドラの首に食い込んでいった。
 ウルスラは返り血で真っ赤になった。頚動脈を切られたアレキサンドラは
言葉も出ない。やがて全身の力が抜けると、アレキサンドラは自分の作った血だまりの
中にバタンと倒れた。
「あたし、あんたみたいな何にも苦労していない生まれつきの王女様、大嫌いなのよっ!」
 ウルスラの口元は笑っていた。アレキサンドラなどと一緒に行動するつもりなど
さらさらない。最初から殺すつもりだったのだ。
 ――そうである。ウルスラは”やる気”だったのである
 ウルスラはアレキサンドラの武器であるスタンガンを拾い、キッチンを出ていった。
 ――カチャリ。
 ウルスラが出て言った後、キッチンの勝手口が静かに開いた。
 カッシュの妹、ハッシュ・ド・ビーフが姿をあらわした。
 アレキサンドラの死体に近寄り、彼女が本当に死んでいることを確認した。
 ハッシュ・ド・ビーフは勝手口の鍵穴から、ウルスラの行いを最初から最後までずっと
みていたのであった。

【残り27人】


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