アリンナコミケ

夏コミ用に書いた作品なのですが、ページ数の都合と内容がいまいち気に入らなかったので
ボツとなりました。コミケネタなので同人とかわからない方はご遠慮を〜(^^ゞ


 古代に残り、カイルと共に生きると決めたユーリ。
タワナアンナとして即位し、だいぶ落ち着いてきた頃、
家族の他にもう一つ現代に未練を残すものがあった。
 古代には(一部)まんが好きには欠かせないコミックマーケットがなかったのだ!
「あーあ、大好きなカイルと一緒にいられるのはいいけど、この世界には
コミケがないからつまんないなぁ。日本にいるときには詠美と、
夏コミ冬コミは欠かさなかったはずなのになぁ」
 妹の顔を思い浮かべながら、もう二度と戻れない世界のことを思い出す。
「○×サークルの新刊読みたいなぁ。それに長寿連載のガラカメや王家の最終回は
どうなったんだろう。気になるなぁ。クール宅急便や時間指定宅急便があるんだから、
『時空間宅急便』っていうのがあってもいいのになぁ。
そうしたら詠美に新刊送ってもらえるのに…」
 ふぅと重いため息をつく。考えるだけ無駄である。
どんなに願ってもコミケはないし、時空間宅急便も存在しないのだから……。
気晴らしに王宮内を散歩しようと思い、自分の部屋から外へ出た。
日差しが強かった。季節は地の季節。ギラギラと照りつける太陽が象牙色の肌を
焦がすようであった。古代も現代も変わらぬ太陽の眩しさに、
黒い瞳に覗く瞳孔はキュっと小さくしぼんだ。
「暑い!」
 汗と一緒に言葉が出た。ユーリは再び建物の中に入り涼しい場所を求めた。
しばらく歩くと王宮の女官たちの休憩室に突き当たった。仕事中のためか、
部屋には誰もいなかった。石のテーブルがいくつかあり、ユーリはその一つに手をついた。
「冷たい」
 冷んやりとして気持ちよかった。手をついたテーブルを見ると一枚の紙が乗っている。
何気なく手にとり、楔形文字で書いてある文章の解読を試みた。
『アリンナ夏のコミックマーケット』 
 日本語に翻訳するとそう書いてあった。
「コミックマーケット! コミケ? 嘘っ!」
 ユーリは楔形文字に向かって声をあげた。あたりに誰もいないことを確認して、
ポケットに紙をしまい、自分の部屋に急いで帰った。

「この世界にもコミケがあったなんて……」
 驚きと嬉しさを天秤にかけたら嬉しさが勝ってしまうだろうか? 
ユーリは頬の筋肉が緩むのを止められなかった。
 少なくとも女官の中に一人はオタクがいることも判明。
「8月11日、ヒッタイト城塞都市アリンナにてオリエント夏のコミックマーケット開催。
そういえば3姉妹って、お盆と年末には故郷アリンナに里帰りしてたよね。
なんとか理由つけて一緒についていっちゃおうっと」
 ユーリは夏コミのチラシを小さくたたんで見つからないように額縁の後に隠した。

「ねえ、カイル。3姉妹がお盆で里帰りするとき、私も一緒に行きたいの」
 説得はまずカイルから。束縛好きな皇帝は寵姫の外出を許すかどうか? 
それが一番の難題であった。
「アリンナへ行きたいだと? そりゃまた急にどうして?」
「え、えっと。アリンナにティトのお墓参りに行きたいのよ。
ティトはこの世界に来て初めて優しくしてくれた人だったし、
夏と冬の年2回くらいはお墓参りにいってあげないとね」
「ユ、ユーリさま。わざわざアリンナへ御越しになるなんてめっそうもございません。
そのお気持ちだけでティトは十分に救われますわ。それに急にアリンナへ行かれるなんて、
カイルさまもお困りですわ。正式にアリンナを訪問するという形を取った方が……」
「だめよ、ハディ! お墓参りっていうのはね。お盆に行ってこそ意味があるのよ。
ティトが浮かばれないでしょ!」
 ハディの言葉を遮り、ユーリは強く言った。
「カイルさま、8月11日と言えば……」
 キックリがカイルの耳元でコショコショと内緒話をする。
うんうんと頷いてユーリのほうへ視線を向けた。
「そんなにティトのことを想うなら、少し急だが行ってきてよいぞ。
3姉妹が一緒なら護衛に申し分はないな。ユーリのことを頼んでもよいかな?」
 カイルはハンサムスマイルを3姉妹に向けた。
「はい、喜んでユーリさまをお守りいたします」
 すぐに返事をしたが3姉妹の表情は今ひとつぱっとしなかった。
どんな理由があるにせよ、皇帝の勅命とあっては断るわけにいかないのだ。


「じゃあカイル、いってきまーす!」
 アリンナ夏コミで買った本を入れるために、細い体に似合わぬ大きな肩掛け鞄を
かけたユーリは元気よくカイルに手を振った。
「ああ、気をつけてな。ハディ、リュイ、シャラ。ユーリを頼むぞ」
「かしこまりました」
 3姉妹は君主に向かって同時に45度のお辞儀をする。
(夢にまでみたコミケだわ〜。ああ、古代の世界も捨てたもんじゃないかも! 
楔形文字の練習した甲斐もあったな。本が読めるものー!)
 ティトをダシに使って良心が痛んだが、アリンナコミケへの夢と希望のあまり、
痛んだ良心はすっかり修復され、胸が高鳴るばかりであった。


 ――城塞都市アリンナ。
 建前上の目的、ティトのお墓参りをまず済ませた。
残りの滞在の日はアリンナの観光でもしましょうとハディから言われていたが、
今回の一番の目的は、明日のコミケ。
なんとか3姉妹を撒いてコミケに行かなければならないのだ。ユーリはどうやって
ハディたちを撒こうか策を練っていると、申し訳なさそうな顔をして3姉妹が現れた。
「ユーリさま、せっかく私達の故郷に足を運んでいただいたのですが、
明日は急な用事が入りまして、私ハディと双子はユーリさまのお供はできません。
代わりに流水と流風という、腕のたつ双子を護衛につけますから、
どうぞ明日はこの家でのんびりしてらしてくださいませ」
(ハディたちがいない。なんてラッキーなの!)
 ユーリは心の中で喜びのガッツポーズをした。
「そうなんだ。いいよ、別に。ここでゆっくりしてるよ」
 ユーリの性格を把握している強敵がいないとなれば、コミケへ抜け出すなんて
簡単なこと。あまりの嬉しさに、3姉妹の明日の用事とは何なのか
聞かぬままベッドに入ってしまった。


 ――アリンナコミケ当日。
 カイルの束縛もなく(笑)、すがすがしい朝である。
コミケへ行くために早く起きたつもりであったが、3姉妹の姿はもはやなかった。
「あら、もうどっかいっちゃったんだ。まあ、そのほうが好都合。
補助バック持ってコミケにいかなきゃね……」
 3姉妹の代わりについた護衛の流水と流風という双子は、美人で、
その上リュイとシャラに負けないくらいそっくりだったが、大変仲の悪い双子だった。
どうやら、克之という男の取り合いでもめているようだった。
2人がもめている間に簡単に抜け出し、早速コミケ会場へ向かった。


「すごい人。古代も現代も同じね。まんが好きはいっぱいいるのねェ」
 ユーリはタワナアンナという身分上、正体がバレてはいけないと思い、
頭から薄いピンクのマントをかぶって姿を隠していた。
「ええと、まずはどこから回ろうかな。ビックサイトも広かったけど、
このアリンナの会場も広いわねー。カタログがないからどこから回ったらいいか、
わかんないなぁ」
 ユーリの視線の先にゴミ箱が目に入った。そさくさとゴミ箱に近づき中を覗くと、
いらなくなったカタログが何冊も捨ててあった。
「ラッキー。これで買わなくて済むわ」
 皇族ともあろう者がゴミ箱を漁るなど……、イル=バーニが見たらさぞ嘆くことだろう。
「ええっと、行きたいところは……」
 カタログをペラペラめくっているところで、『ハッテイ印刷』という同人誌専門の
印刷所の広告が目に入った。
「へえ、ハッティ印刷所なんてあるんだ。この近くかな? 
住所は……、え? これってハディん家の住所じゃ……。やっぱり! 
社長がタロスってなってる。何なに? 『超お得丈夫な鉄粉入りカラー表紙』。
そりゃ鉄が入ってりゃ丈夫でしょうね。ハディの家って製鉄の他に
こんな裏の仕事もやっていたのねぇ」
「すみません。通路では立ち止まらないでもらえますか」
 やさしくユーリの肩に手をかけたのは、腕章をしているコミケのスタッフであった。
カタログに夢中になっていたユーリは通路の邪魔となっていたらしい。
「あ、すみません」
 チラッとスタッフを見ると……、なんとハディだった。ユーリは咄嗟に顔を隠す。
オタクたちの整理に忙しいハディは、ユーリには気づかずに行ってしまった。
「ハ、ハディがコミケのスタッフをしてるなんて……」
 呆然としていると、「出口はこちらでーす」という聞き覚えのある
ソプラノが聞こえてきた。そうっと声の方を向くとリュイとシャラがいるではないか。
(そうか! 3姉妹がいつもお盆とお正月に里帰りするのは、
コミケのためだったのか。里帰りについて行きたいと言ってハディ達が
浮かない顔をしていたのは、このためだったのね)
 ユーリは正体がバレないように静かにサークルを回った。
興味があったのは、ヒッタイト皇族ジャンル。ヒッタイト皇家に関するコーナーに
ユーリは足を運んだ。
「す、すごい。この同人誌! 『カイル×ザナンザ』、『カイル×キックリ』、
『イル×カイル』、『カッシュ×ルサファ』、『カイル×ジュダ』。
他にも他国絡み編として『カイル×ラムセス』、『黒太子×カイル』なんてのもあるわ!
 きゃああああ! 全部ください!」
 ユーリは1冊ずつ全部買った。自分の夫のや○い本を読んで楽しいのだろうか……。
疑問である。
「あら、私はこの世界じゃ邪魔者なのね。パセリ女……」
 本の中の自分の扱いに納得……いや、驚いたユーリであったが、
気を取り直して次のサークルへ向かった。
 ユーリは会場を歩いて気づいたことがあった。黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌、
首にはチョーカーをつけている自分と似た人をよく見かける。
今もすぐ目の前にいつもの自分とよく似た格好の女の子がいる。もしかして……、
「あっ、イシュタルさまのコスプレだ。すみませーん、一緒に写真撮ってくださーい」
(やっぱり! さっきから自分に似た背格好の人をよく見かけると思ったら、
私のコスプレしてるんだ! じゃあ、マントとっても平気かな?)
 ユーリはそうっとマントをとった。コスプレしている人が多いせいか? 
マントをとっても平気だった。イシュタルコスの他にも、皇帝コスを
している人も何人かいた。しかし、みんなブ男ばかり。本物のカイルと
比べたら月とすっぽん、薔薇とペンペン草の差ぐらいあるようだ。
「さぁ〜て、マントもとって涼しくなたっところで買い物買い物♪」
 機嫌よくサークルを回ろうと思うと…………
「どけどけどけどけ! ラムセスさまのお通りだいっ!」
 台車をものすごいスピードで押しているオッドアイに蜂蜜色の肌を
した男がガラガラと騒音をたてて近づいてきた。
(げ! ラムセス!)
 急いでマントで姿を隠したつもりだったが、黒い瞳とオッドアイは
しっかりと視線が交差してしまった。
「おー! ユーリじゃねえか。お前も同人誌買いに来たのか?」
「ど、どなたでしょう? 私はイシュタルさまのコスプレをしているだけで、
一般市民ですわ」
コスプレイヤーを演じたユーリであったが、すぐに見破られてしまった。
「俺がお前を間違えるわけないだろう。それより頼みがあるんだ。
ちょっと聞いてくれないか?」
「あんたの嫁になんかならないからね!」
「それもいいが、ちょっとこのメモにあるサークルの本を買ってきてくれないか?
俺、忙しいんだよ」
 見せられたメモには50冊以上の同人誌のリストが書いてあった。
「嫌よ。何でそんなことしなきゃならないのよ!」
「おっ、いいのか? ヒッタイト帝国のタワナアンナがコミケに来てたってバラすぜ!」
「そっちこそ、エジプト将軍がコミケでエロ本買ってたってバラすわよ」
 負けじとユーリはラムセスに言ったつもりだったが、
今回はユーリの負けのようである。
「残念だったな。俺はファラオや姉妹に頼まれて来てるんだよ。
そのリストにあるのが姉妹に頼まれたものだ。お前はお忍びできているんだろ?」
 オッドアイが意地悪く光った。エジプト陣営でヒッタイト工作員がいると
叫ばれるのもつらいが、コミケ会場でタワナアンナがいると叫ばれるのはもっとつらい。
ユーリは仕方なくラムセスのメモを受け取ってサークルを回るはめになった。
「ええと、『胸出し服の魅力本』『デジモンや○い本』、ネフェルトの注文だ。
へえ、ネフェルトも同人誌好きなんだ。次は『アタックNO.2 ギャグ本』、
『エースをねらいうち リンダ本』、うーん、わけわからないわね……」
 ぶつぶつ言いながら本を買い占めていたユーリ。――ドン! 大きな体にぶつかった。
「あ、すみません」
「すまん」
 声の方に顔を向けてユーリは一瞬固まった。皇帝陛下にそっくりの
コスプレイヤーが目の前にいたからだ。今まで見た中で一番そっくりな
コスプレイヤーであった。服装はもちろん、体系もルックスも本物の陛下にひけをとらない。
「きゃあああああ。イシュタルさまと皇帝陛下のすごくそっくりな
コスプレイヤーがいるわよー。写真撮らせてください! ツーショットでいいですか?」
 カメラを持ったオタクな少女がユーリとカイルにそっくりなコスプレイヤーに
黄色い悲鳴をあげる。「いいですよ」の両者の一言でツーショットで写真を撮った。
(オタク少女が悲鳴をあげるのもわかる。確かにカイルに似てるな。私は本物だけど、
まさかこのコスプレイヤーも本物……? ううん。この人はエロ本をいっぱい手にしてるもの。
本物のカイルは私一筋なはず。カイルのわけないな)
 ユーリは自分の中で納得してその場を離れた。
 その後、ラムセスと合流し、メモにあった本を渡して会場を後にした。
 ラムセスと鉢合わせしたけど、正体もバレなかったし、久しぶりに病んだ
空気に浸れて楽しかった。古代にもコミケがあるんてヒッタイトの未来も明るいわ。
古代も捨てたもんじゃない。アリンナコミケバンザイ! ユーリは一人、心のなかで拍手をした。
また3姉妹と一緒に里帰りしちゃおうっと。
 ユーリはアリンナを発ち、愛しのカイルの待つハットゥサに帰った。

「ただいまぁ!」
「おかえりユーリ、アリンナはどうだった?」
「うん、本もいっぱい買えて……じゃなかった。ティトのお墓参りもできたし、
アリンナ観光もして楽しかったよ」
「そうか、それはよかった。ユーリがいなくて寂し……」
「すみません、カイルさま」
「何だ。キックリ」
 カイルはユーリとの会話を遮られてご立腹のようである。
「あのですね……」
 コソコソコソ。カイルの耳元で声をひそめて喋る。
「なんだ、そのことか。適当に処理しておけって言っただろう」
「そうはいいましても、これ以上数が増えると始末におえないと文書庫の長官が
泣いているのですが……」
「私はこの国の皇帝だ! なんとかしろと言っておけ!」
 カイルに怒鳴られたキックリは肩を縮めて下がった。
「どうしたの? まだ求婚の書簡がくるの?」
 妃は自分だけとカイルの口からは聞いているが、ユーリは心配そうに訊ねる。
「あ、ああ、そんなところかな。お前が気にすることないよ」
 皇帝は妃の頬に軽くキスをする。
 一方、カイルに怒鳴られたキックリは……。
「今までにカイル様が買った同人誌、書庫に入りきらないと文書庫の長官が泣いているのに……。
カイルさまの隠れオタクもいいかげんにしてほしいものだ」
 側近の苦労はいつも絶えない……。

おわり