***ピカピカ1年生〜初めてのプール〜***

BYまゆねこ

    

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 1年生になって早2ヶ月がたとうとしたある日先生が言った。
「みなさん、来週はプール開きですよ。水着の用意をしましょう」
 たちまち、わあっとかわいい歓声があがった。
「わあいプールだ。プールだあ!」
「楽しみだねえ」
 ラムセスなんか先頭に立ってはしゃいでいた。
「やったぜ! さっそく用意しなきゃな。アヒルのおもちゃだろ…水鉄砲に
浮き輪もかかせないよなあ」
「ラムセス君! 遊びではないのですから、そんな物はいりません!」
 さっそくラムセスが先生に注意された。
 ユーリがくすくす笑いながらカイルに言った。
「いやあねラムセスったら相変わらずで! ねえカイル君、プール楽しみね」
 しかしカイルのはちょっと浮かない顔をしていた。
「ねえ、ユーリちゃんも早くプール入りたいと思う?」
「もちろんじゃない! こう見えてもあたし小さい頃は海のそばで育ったのよ。
だから泳ぎは得意なの。カイル君は?」
「え? 僕? まあまあかな?」
 カイルはちょっとドキッとしながら答えた。

 その日の帰り道、カイルはラムセスを呼び止めて聞いた。
「おいラムセスちょっと聞きたいんだが…」
「何だよムルシリ? 喧嘩なら今日は買わないぜ」
「いやそんなことじゃないんだ。それがそのう…」
 カイルは何か言いにくそうだった。
「何だよ? 早く言えよ!」
「あのなぁラムセス、お前って泳げるか?」
「何だ! そんなこと…エジプト幼稚園ではスパルタでみんなナイル川に
突き落とされたんだ(どんな幼稚園じゃ!爆)ワニにも追いかけられたしな
だから一通り泳げるぜ! 何でそんなこと聞くんだ?」
「い、いやちょっとな! じゃあさよならぁ」
 聞くだけ聞くとカイルはさっさと帰ってしまった。ラムセスはそんなカイル
を見て「変な奴!」と呟いた。

「ラムセスはもちろんユーリちゃんも泳げる。どうしよう!」
 カイルは心の中で半分泣きながら家路に着いた。
 なぜかと言うとカイルが通ったヒッタイト幼稚園は比較的裕福な家の子達が
多かった(もちろんカイルも)が園の方針なのか、それとも他に理由があるのか、
水泳を全くといいほどやらなかった。そのためカイルは実は泳げなかったのである。
仕方ないと言えばそれまでだが、今までどんなことでも誰にも負けたことのないカイルである。
このままでは彼のプライドが許さない。
「このままでは陸に上がった河童いやそうじゃなくて…海に入ったヒッタイト兵??
になってしまう!」
 そう考えたカイルはプール開きの日までに密かに特訓を開始することにした。

「手始めは洗面器の水からだ! よーし」
 水を張った洗面器に意を決して顔をつけた時である。
変な格好の兄を見つけて弟のザナンザが叫んだ。
「ママァ〜兄上が自殺してる!」
 それを聞いてヒンティママが急いで駆けつけた。
「まあカイル! いったいどうしたの?」
 こうして洗面器作戦は失敗した。しかしこのままでは男がすたる。
 夕食後ザナンザとお風呂に入った時にカイルは弟に言った。
「よしザナンザ、もぐりっこしよう。先に出た方が負けだぞ、12の3!」
 少したってザナンザが先にお湯から顔を出した。しかし兄は出て来ない。
「ママァ! 兄上が溺れたぁ!」
 こうして、すっかりのぼせてしまったカイルは、ヒンティママによって裸のまま
風呂から引き上げられ、お風呂の作戦もあえなく失敗してしまった。

 その後、夕食の時間久しぶりに早く帰ったシュッピリパパがカイルに聞いた。
「カイル、ママから聞いたんだけど、風呂で溺れたって? 泳ぎの特訓でもしてるのか?」
 パパに図星を刺されたカイルは返答に詰まってしまった。
「そういやパパもずっと仕事で泳ぎにも連れてってやったことないしなあ。
よし、今年は海外で夏休み過ごすのやめて、海辺の別荘でも買おうか?」
 さすがに某大会社? の社長は太っ腹である。
(ヒッタイト帝国建設会社社長…とでもしておくか!)
「えっ? パパ本当? わーいわーい!」
 弟のザナンザは有頂天で跳び上がっていた。そんな弟を尻目にカイルは1人
浮かない顔をしていた。
「嬉しいけど…夏休みじゃ間に合わないんだよなぁ」
 果たしてカイルの金槌脱出作戦はうまくいくのであろうか?


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さて自分の考えていた作戦がことごとく失敗に終わったカイルは
困っていた。
「こうなったらプールをやらないですむ方法はないかな? そうだ!」
考え抜いたカイルは部屋にこもって一生懸命何か作っていた。
そこへザナンザが遊んでほしくてやって来た。
「兄上〜遊んで! あれ、何作ってんの?」
「うるさいなあ! あっち行ってろよ。僕は忙しいんだから」
「ちぇっ意地悪!」
 ザナンザに見つかってしまったカイルはあわてて隠した。

 いよいよプール開きは明日になった。
「いよいよ俺様の華麗な泳ぎを見せる時が来たぜ!」
 ラムセスはそう言って泳ぐ真似をしてクラスのみんなを笑わせていた。
「ラムセス君って水泳得意なのね?」
 いつの間にかラムセスの周りには人だかりができていた。
「ああ幼稚園で結構鍛えられたからな!」
「さすがはスポーツが得意なラムセス君ねえ」
 どういうわけか、いつもはカイルファンでユーリを目の敵にしている
アクシャムやサバーハまでラムセスにキャアキャア言っているではないか!
 それを見てさすがのカイルもちょっとカチンときたが、ここは身の
安全のために静かにしている他はなかった。
「でもカイル君だってスポーツ万能だから結構イケルかもよ!」
 やはりカイルファンでちょっとお高いお嬢様グループのセルトが言った。
「そうよねえ! ラムセス君とどっちが得意か楽しみだわ!」
 なぜか矛先はいつのまにかカイルのほうに向けられて来た。
「そうだなあ! おいムルシリ! 明日は競争しようか?」
 頼んでもいないのに、こういう時になるとラムセスは積極的だ。
『ちっ! ラムセスの奴よけいなことをして』
 でもそれをそのまま言葉に出すわけにはいかない。それがプレイボーイ
のつらいところだ。
「そうだなぁ! 自由時間があったらね」
 カイルは適当に答えてその場からそそくさと立ち去ってしまった。
「本当にこうなったら神頼みだあ! 天候神よ嵐でも呼んでくれ」
 カイルは泣き出したい気持ちでいっぱいだった。

 次の日は朝から大雨だった。
「ちぇっ天気予報では晴れるって言ってたのに残念だよなあ」
 ラムセスは1番がっかりしていた。
「そうよねえ。せっかくのプール開きだもの。泳ぎたかったよね?」
 ユーリも残念そうに言った。
 1人カイルだけはほっとして胸をなでおろしていた。
「よかった。雨が降ってくれて! でもこの次はどうしよう。具合悪い
ことにしようか? でもいつもそうするわけに行かないしなあ…」

 その日学校が終わって家に帰るとザナンザも幼稚園から帰ってきていた。
「ちぇっ楽しみにしていた水遊び中止になっちゃったよ」
 弟は頬を膨らませていかにも残念そうだった。
「そう言えばカイルも今日プールは残念だったわね。まあ2人とも
がっかりしないでね。次は晴れるわよ。おやつにするから手を洗ってらっしゃい」
 ヒンティママが優しく言った。
「そうだ! 兄上に貸していたおもちゃがあったよね? それ今日返してくれる?」
「おい、ちょっと待てよ!僕の部屋に入るのは!」
 しかしザナンザはお構いなくカイルの部屋に入って行った。
 そこで彼の見た物は…
「あ〜! 兄上なにこれは!」
 弟の大きな叫び声がした。
「どうしたの?ザナンザ大きな声出して?」
 続いてヒンティママもカイルの部屋に入った。そこでザナンザの指さして
いた物は窓際に吊された大きなてるてる坊主だった。
 でもそのてるてる坊主ときたら逆さまに吊されていてしかも褐色に塗られていた。
「カイル、いったいこれはなあに?」
 ヒンティママもさすがに呆れて聞いた。すかさずザナンザが言った。
「あっ僕これ知ってる! 逆さまだからふれふれ坊主って言うんだって!
すると兄上は雨お願いしたのかな?」
「うるさい! ザナンザは黙れ!」
 カイルはザナンザの頭をポカリと殴ったためザナンザは泣き出した。
そのためカイルはまたまたママに怒られたのは言うまでもない。
「カイルってば! プールが嫌でこんなことするなんて! だいたい神頼み
なんてよくないわね! 苦手なものこそ、かえってがんばらなければいけないのよ!」
「だってだって…ママァ! ラムセスと競争しなけりゃいけないのに
僕泳げないんだよ!あいつにだけは負けたくないのにぃぃ! エ〜ン」
 そう言ってカイルも泣き出した。
「困ったわねぇ! でも今まであなたには何もできないものがなかった
のだから、いい機会かもしれないわね。素直に自分は泳げないって
認めて一生懸命練習するのよ。そうすればみんなもわかってくれるわ」
 ママがそう言うとカイルはいっそう泣き出した。
「いやだ、いやだ! そんなのいやだい!」
 困ったヒンティママはしばらくカイルの作った、ふれふれ坊主を見て
いたが、そのうちあることに気が付いて言った。
「そう言えば…このふれふれ坊主って誰かに似ていると思ったんだけど
この前遊びに来たラムセス君に似てない?褐色で目の色が違うとこなんてそっくりねぇ」
 そう言うとママは吹き出してしまった。さらにバツの悪いことが見つ
かったカイルは更に泣いてごまかしていた。


<3>

プール開きの日は雨になってしまったが、次のプールの日には見事に晴れていた。
「あーあ晴れちゃったか! ついに僕の信用と人気もここまでかあ!」
 カイルは朝から憂鬱だった。
「カイル元気そうね? 今日プールだったわね? 健康チェックカード
書いてあげるから持ってらっしゃい」
 ヒンティママが言った。プールに入る時は必ず朝、熱を測って書いてもらうことになっているので、
さすがのカイルも腹をくくるしかなかった。
「いいこと? 途中でお腹が痛くなったとか具合が悪いはなしよ!
苦手なこともがんばる子がママは好きなんだから!」
 さすがにカイルのママ! 性格はお見通しである。
 何か朝から気が乗らないせいか、いつもは大好きなハムエッグも
ホットミルクもあまり喉を通らない気がした。
「ザナンザ、これお前好きだろ? 僕の分も食えよ!」
「わあい兄上ありがとう」
 しかしヒンティママはカイルをきっとにらんで言った。
「カイル自分の分は全部食べなさい! 水泳まで持たないわよ」
「はあいママ」
 仕方なくカイルは全部食べてランドセルをしょった。
心なしか足取りも重いような気がした。

 1年生の水泳は午前中だった。既に日差しは夏でもってこいのプール日よりであった。
みんなキャアキャア言いながらシャワーを浴びた。
ラムセスなんか「修行、修行!」と言いながらわざと強いシャワーを浴びて
みんなの笑いを誘っていた。
 最初は水慣れからである。初めての子も多いせいか1年生は恐る恐る水に入る。
泣き出してしまう子や先生にしがみついている子も多かった。
確かにそんな子と比べたらカイルが泳げないくらい何でもないことかもしれない…。
 だがカイルの目線の先にいるのは、そんな子達ではない。
「どうだ? 俺なんかずっと潜ってられるぞ!」
「あたしだってラムセスに負けないから!」
 カイルの目標はクラスでも1番泳げそうな2人! ユーリとラムセスにあった。
彼らは水に顔なんかつけるのはお茶の子さいさい! 今すぐにでも泳ぎ出しそうである。

「さあ次は水の中でジャンケンしましょうね!」
 先生の指示はさらに進んでいく。顔つけ、潜るくらいなら何とかカイルにもついていけるが、
これ以上進むとまずい!
「ええい思い切って目を開けてみよう」
 カイルがやっとのことで水中で目を開けると相手の子の手がはっきりと見えた。
「やったあ僕の勝ち〜」
 カイルがジャンケンに勝ったところでピーと笛が鳴り自由時間になった。
みんなは思い切り水遊びを始めた。

「え〜いカエル攻撃〜」
 ラムセスがユーリに向かってプールにいたカエルを投げた。
「何すんのよ! ラムセスのバカ!」
 もちろんユーリだって負けてはいない。お返しにラムセスに大量の水を浴びせた。
「へっへ〜んだ!」
 ラムセスはすかさず泳いで逃げてしまう。そしてカイルのとこにやってきた。
「お〜いムルシリ競争しようぜ! 俺について来いよ!」
「よーし!」
 ラムセスにこう言われたらカイルも引き下がるわけにいかない。
まだ泳ぐことはできないがザブザブと水をかきわけてラムセスについていった。

「ほお、これはおもしろい! ヒッタイト幼稚園では水泳はやったことなかったからな。
カイル君は泳げるのでしょうか? 私は見学だから高見の見物と行こう」
 プールの上から見学者のイル=バーニが見ていた。
「キックリも泳げないんですね? 情けない!ハディにどやされてますよ。
大好きなリュイに言いつけるっ…」
 イル=バーニが黙って見守る中、それでもカイルは何とかラムセスについていった。
だがラムセスはコースロープをくぐって更に泳いでいく。
「おい悔しかったらロープをくぐってこっちへ来いよ!」
 ラムセスが言った。
「どうしよう…」
 カイルは何とか水に潜れるが、まだけのびはできない。
つまり泳げないのだ! コースロープをくぐるのは勇気がいるし溺れるかもしれない。
かと言ってロープをまたぐと泳げないのがわかってしまう。 
「ええい! ラムセスに負けるもんかぁ」
 カイルは意を決して水に潜った。大量の水が鼻や口に入ってくる。
果たしてカイルはどうなるのだろうか?

              

<4>


「ゲボゲボッ苦しい〜」
カイルは、やっとの思いでコースロープをくぐり抜けた。
でもよく見ると自分はちゃんとくぐって反対側へ出てるでないか!
「あれ? ぼく泳げたんじゃん」
 すると、ラムセスがカイルに向かって何か投げた。
「へへへ、そいつの名前はカエル・ムルシリってんだ!」
そのカエルはカイルの頭の上でゲコゲコと鳴いた。
「このヤロ〜! ラムセス絶対許せん!」
「来られるものなら来て見ろってんだ〜」
 ラムセスは泳いで逃げていった。カイルも、もちろん逃してなるか
と必死で泳いで追いかける。

「あれ? ラムセス君とカイル君が競争してるよ!」
「本当だ! 2人ともがんばれ〜」
「負けるな! カイル君」
 事情を知らないクラスメート達は、てっきり2人が競争してると思って
応援していた。カイルはラムセスに頭に来て夢中で追いかけているう
ちに、いつのまにか泳いでいた。
 
 遂に2人とも追いかけっこをしているうちに疲れてしまった。
「カイル、ラムセス!2人ともすごく泳ぎうまいんだね?」
ユーリが感心して2人に言った。
「え? ぼく? 泳げたんだ…」
 カイルは、いくら頭にきたとは言えいつの間にか泳げるようになった
自分にびっくりした。
「なあんだ! ちょっと苦しいけど、人間て浮かぶんだなあ」

 それからのカイルは、自信がついて水泳の時間が楽しみになった。
元々運動神経はいいし努力もするのでメキメキ上達した。
 そして1学期の最後の水泳の日のテストでは、1年生の中でカイルと
ラムセスは1番になった。
「すご〜い!2人とも私より上手になっちゃっていいな!」
 ユーリが尊敬のまなざしで2人に言った。カイルにとってはクラスで
1番になったことよりユーリにほめられたことが何より嬉しかった。

 その日家に帰ると、カイルはさっそくヒンティママに報告した。
「ママ〜ぼくクラスで1番泳げるようになったんだよ!」
「へえすごいわねカイル! 苦手なことも逃げないでがんばったからよ。
よかったわね!」
ヒンティママはとっても喜んでくれた。
「兄上って降れ降れ坊主作るほど水泳嫌いだったのにね!」
「うるさい! 一言よけいだザナンザ!」
 カイルは生意気なことを言う弟をきっとにらんだ。
 そんな兄弟を優しく見つめながらママが言った。
「そうだわカイル! パパが海の近くの別荘に夏休みに連れてってくれる
って言ったの覚えてる? せっかくだからお友達も誘ったらどう?」
「え〜本当ママ? やったあ! じゃあユーリちゃん誘おうかな?」
 カイルが言うとザナンザもすかさず言った。
「うん、いいねえ! ぼくもユーリちゃん大好き!」
「何だと? 年下の幼稚園のくせに生意気だぞ!」
「まあまあ2人とも! あとイル・バーニは親戚だしキックリもお父さん
がうちの運転手だから来るとして…ラムセス君もどうかしら?」
「え〜! やだよう、あんな奴!」
「何言ってるの! 仲良しじゃない。ママあの子気にいってるのよ」

 こうしてカイルの金槌問題もめでたく?解決し夏休みの計画も着々と
進んでいった。

               〜終わり〜