***ハートの贈り物***
BY金

皇太后宮の地下の中……、熱心にナキアは研究中――。
そこへウルヒが金髪をきりっと束ねて、夜食のサンドイッチとワインを運んできた。
「できた〜ぞよ〜!!」
 自信たっぷりな笑みで、ナキアはウルヒにカップを差しだした。
カップには、水色の水がたっぷりと注がれていた。
「ごらん、ウルヒよ。これをユーリに飲ませるのだ」
「すると、どうなるのですか? 」
「これを飲んだら最後、泣きわめきつづけるだろうよ。そして疲れはて、哀れ…
死んでゆく」
「それは、それは……。さっそく、手配いたしましょう〜」
 ウルヒは微笑を浮かべながら、水色の水をだいじに抱えて去っていった。

 今日もも後宮内は、穏やかな日を迎えようとしていた。
皇帝の仕事は山積みなのに、カイルはいっこうにユーリから離れようと
しなかった。それを見て、キックリはビクビクだ。
王宮ではイル・バーニーが、カイルのサボリに、きっと怒り心頭していることだろう〜。
そんなキックリの後ろから、聞きなれた声がした。
「ヒィ〜! 」
 バサッ――。
 気の毒なキックリは、その声で失神してしまった。
 異様な物音で、部屋から顔を見せたカイルは、イルの訪れを受けていた。
「いったい、キックリはどうしたんだ? イル」
「さぁ〜、わたくしにも解りませんなぁ〜。それよりも陛下、ユーリさまに贈り物が
届きました。神官長をなさっておられる異母姉さまからだそうです」
「異母姉さま? 」
 ユーリが受けとった物は、ワイン壷に入った野イチゴ酒だった。
「使者の方から、伝言をいただきました。どうかこれで、なごやかな時をお過ごしく
ださいと言うことです」
「ありがとう、イル・バーニー」
 甘いお酒の香りに誘われて、カップに注いだその時……。
「しばらくお待ちを! ユーリさま」
 ハディの声がしたかと思うと、扉の前に三姉妹の姿が現れたのだ。
「陛下、ユーリさま、ご無礼いたします。そのお酒は、危険です。たったいま
皇太后宮に潜んでいたスパイから伝言がありました。それは、皇太后が贈った物だそうです。
どんな物なのか、毒見してもらおうと思いますので、失礼いたします」
 ユーリの手からカップを取ったリュイは、すかさずハディに手渡した。
ハディの右手を見ると、ユーリは驚いた。なんと彼女の手には、
しっぽを握られたネズミが吊り下げられていたのだ。
ハディは、すばやくネズミをイチゴ酒に入れて飲ませた。
卓上で解放されたネズミに、みんなの眼差しが集中した。
 チッ チッチュ〜〜〜キ〜〜(;O;)
 ネズミは身震いしながら、泣きぬれていった。

 皇太后宮に、珍しい訪問があった。
イル・バーニーとシャラだ。ナキアの前には、ハート型の小箱が置かれていた。
「これは、陛下からの贈り物とか。どういう心境の変化なのでしょうね〜。書記官よ」
 イルは微笑みを浮かべながら、語った。
「陛下は、こう申されました。いつもお世話になってきた感謝の印だということで、
インダスから献上されたこの品を贈るようにと命じられました」
「ふぅ〜ん」
 ナキアは警戒するかのように小箱を開けさせ、なかを覗いた。
ハート形をした蜂蜜色の物が五粒並べられている。
「これは、何だ? 」
 イルは整然と、説明し始めた。
インダス名産のローヤルゼリーに、長寿になると言われる生薬ニンジンと蜂蜜が入った
ボンボンという丸薬だというのだ。
「ほう〜。そこの小娘、この場で一粒飲んでみるがいい。そして、おまえもだ。書記官」
珍しい贈り物を怪しんだナキアは、ふたりに毒見をさせるつもりなのだ。
「わぁ〜、いいんですか?! きゃぁ〜嬉し〜い! イルさま、あたしたち長生きできますね〜」
 シャラは大喜びで、丸薬を飲みこんだ。
 イルも、平然として毒見の役を行なった。
 なに事も起こらない……。
「う〜む」
 丸薬を眼の前にして、ナキアは迷った。
 罠かもしれないが、長寿にもなりたい!
「皇太后さま。わたくしどもは、これにて下がらせていただきたいのですが、
よろしいでしょうか? 」
 イルの冷静な顔に、ナキアは頷いた。
「ご苦労だったな、書記官。陛下によろしくと伝えておくれ」

 それから、二度目の夜が暮れるころ――。
 皇太后の宮に、わめき声がこだましていった。
「ア〜ン、しまった! 謀られた〜〜。ワァ〜〜!! あの水色の水だ〜! 
ヒィ〜ン。おのれ〜、カイル〜ユーリ〜。ウッ、ウルヒ〜〜。早く、中和剤を、造れ〜。こ
のままでは、ヒックッ! 涙も枯れはてて〜〜。ア〜ン!止まらないぞよ〜〜〜!! 」
涙 と鼻水で真っ赤になったナキアは、イルたちが去ったあとに残りの丸薬を飲んで
しまっていたのだ。
 王宮内に、ナキアの噂が飛び交っていた。
皇太后さまは、珍しい病気にかかっているそうだ。そのおかげで、身体はダイエット効果になり、
若返ってきれいになれたというのだ。
「ねぇ〜、イル。噂って、すごいね! どんどん尾ひれがついて、変なことになって
しまっちゃった」
 ユーリのことばに、イルは冷ややかに語った。
「これも、皇太后さまの悪行が発端ですから、噂の後始末は、あの方の手でつけていただきましょう。
因果は廻るです」
「しかし……危なかったなー、イル。水だけのボンボンを選べたからいいようなものの、
本物だったら、どうするつもりだったんだ? 」
 カイルの心配顔に、イルは笑みを表した。
「そのときは、陛下。あなたさまに看病してもらって、政務の監視役に徹するように
いたします」
「ウ〜……」
 ユーリと三姉妹の笑い声が、後宮内に響き渡っていった。


    <完>