赤髪の白雪姫2次小説
赤髪探偵【オビ編】




1. いつもと同じ朝 
2. 知らせ
3.もう一つの事件 
4.コンビ結成 
5.第一発見者
6.確信
7.丘の上




1. いつもと同じ朝

 季節は秋から冬へと移り変わる。
 クラリネス王宮を囲む樹々たちの葉も赤や黄色に色づき始めていた。
 王宮の門を出ると、長い銀杏並木が続く。
 今はまだ緑と黄色の葉が混在した状態だが、すべての葉が色づくと、
空と地面が黄金色に輝き、クラリネス王宮の秋の風物詩と言える並木道である。
「おはようございます。行ってらっしゃいませ、公爵様」
 星影の門が開く。
 身分の低いものは通ることができない門である。
 門番は丁寧に頭を下げ、いつものように公爵に挨拶をする。
「おはよう」
 強面の公爵は笑顔一つ見せずに挨拶を返す。
元から表情が硬いだけで、決して機嫌が悪いわけではなかった。
 王宮内の人々がまだ活動していない早朝。
 馬に乗り王宮をぐるりと一周、散歩をすることがハルカ公爵の日課であった。
 毎回腰には喉を潤すための水筒がぶら下がっていた。
 夜勤の門番たちもハルカ公爵の朝の散歩はいつものことで、毎朝同じ時間に開門していた。
「おはようございます、公爵様」
「おはよう」
 星影の門を過ぎてしばらく馬を進めると、王宮の外周りを掃除する使用人とすれ違った。
 掃除専門の使用人であったが、ハルカ公爵と毎朝会うため、すっかり顔見知りになっていた。
 頭部に白髪が目立つ初老の男である。
 ハルカ公爵が通ったため、使用人は道の端に寄り深く頭を下げた。
 カランという音が鳴り、使用人は一瞬だけ視線をあげて水筒を見つめた。
 ハルカ公爵は腰にぶら下げている水筒がベルトに当たって小さな音を立てたのだ。
 ハルカ公爵を乗せた馬はまっすぐに銀杏並木を進み、十字路を右に曲がった。
 これもいつものコースで使用人はその背中を見送り、再び掃除に戻った。
 昨晩は雨と風が強かったため、王宮を囲む樹々からたくさんの葉が落ちていた。
 赤や黄色の葉っぱが地面の殆どを覆っている状態だった。
 雨も降っていたので、地面もぬかるんでいた。落ち葉と一緒に踏むとズルリと足元を取られてしまう。
 数分後、ハルカ公爵が行った方の道でドスンと鈍い音が聞こえたような気がした。
落ち葉を掃除する使用人はその音に一度、ホウキを止めた。
 ――昨日の強い風で大きな枝が地面に落ちたのだろう。
 今掃除している場所が終わったら枝を片付けに行こう。
 多くの樹々がある王宮では、木の枝が落ちるのは良くある事だった。
 使用人は特に気に留めず、掃除を再開した。



2. 知らせ

「わぁ〜きれいだね〜」
 白雪はゼンの執務室の窓から、王宮の門に続く銀杏並木を見渡した。
 窓からは冷たい風が入ってきて赤い髪がふわりと揺れた。
「紅葉が見ごろになるまでもう少しだな。まだ緑色の葉が多い。」
 ゼンは白雪の隣に並んで銀杏並木を見つめる。
「そうなの? 今でも充分にきれいだけど」
「ああ、まだまだだ。紅葉が進むともっときれいだ」
 ゼンが白雪を見つめてにっこりと笑う。
「そうそう、太陽に照らされると銀杏の葉っぱが黄金色に輝いてすごく綺麗な並木道になるよ」
 執務室の壁に寄りかかりながら木々がニコリと笑う。
 一緒にいるミツヒデとオビも窓の外を見て穏やかな表情をしていた。
「黄金色の並木道、白雪に見せたいな……」
 ゼンが遠くの銀杏の木を見つめて呟く。
「そうだね、みんなで見に行きたいね」
「み、みんなで……?」
 白雪の「みんなで」という言葉にゼンは目をパチクリとさせる。
「ぷっ!」
「ふふふ」
 二人の会話を聞いていたオビとミツヒデと木々が噴き出して笑う。
「白雪! ゼンは白雪と二人きりで行きたいって思ってるんだよ」
「そうですよ、わかってあげないと、お嬢さん」
「そうそう」
 3人は笑いながらそれぞれに言う。
「そ、そ、そんなことはないぞ。みみみ、みんな一緒で大丈夫だ」
 ゼンは顔を真っ赤にして否定する。
 白雪もその横で赤い髪と区別がつかないくらい赤い顔をしていた。執務室は穏やかな笑いに包まれた。
 笑い声が落ち着いたその時、窓から冷たい風がひゅうっと入ってきた。
 風に乗って一枚のイチョウの葉がはらりと舞い込み、絨毯の上に落ちた。
「あ、葉っぱが……」
 みんなで絨毯の上の落ち葉に視線を向けた時だった。
 突然、扉の向こうが騒がしくなった。数人の足音が聞こえる。
 王宮内では珍しいドタドタとした騒がしい足音だ。
 足音はどんどん大きくなり、バタンと大きな音を立てて扉が開いた。
「ゼン殿下はいらっしゃいますか!」
 衛兵がゼンの部屋にノックもしないで飛び込んできた。
 真っ青な顔でただごとではないことが一瞬でわかった。
「ここにいる。どうしたんだ!」
 衛兵は全速力で走ってきたのだろう。息が切れて声もなかなか出ない状態であった。
「公爵が……ハ、ハルカ公爵が……、城門の外で亡くなりました」
 ゼンたちは衛兵の言葉に青くなり目を見開く。
 みんな驚きの余り、言葉も出なかった。



3.もうひとつの事件

「どういうことなんだ! ハルカ公爵が亡くなったって!」
 ゼンが真っ青な顔で衛兵にたずねる。
 他の四人も言葉を失い衛兵の次の言葉を待っていた。
「詳しいことはわかりません。城門の外で落馬して亡くなっている公爵を、
城門を掃除していた使用人が見つけたんです」
 衛兵は息を切らせながら答えた。
「落馬!?」
 ゼンが叫んだ。
「乗馬が得意な公爵がどうして落馬なんて……」
 木々が震える声で言った。ミツヒデも無言で頷く。
「まだ落馬が原因で亡くなったとはわかりません、現場に行かれますか? ゼン殿下?」
 衛兵が聞いた。
「あ、ああ……そうだな。詳しい状況を確かめなければならない。行こう、みんな!」
「はい」
 ゼンたち一行は執務室を飛び出し、衛兵に案内され現場へ向かった。


 衛兵に案内され銀杏並木を駆け足に近い速足で歩いてゆく。
 ゼンを先頭に他の四人も続く。皆、緊張した面持ちである。
「どいてくれ、ちょっと通してくれ」
 城門の外には異常な人だかりができていた。
 ゼン達は人込みをかき分けてその中心部へ入って行った。
「きゃっ!」
 白雪が短い悲鳴を上げた。人込みの中心部にはハルカ公爵が倒れていたのだ。
 目を見開き苦痛そうな形相をしている。すぐ側の地面には、小さな水筒が倒れていた。
 人が亡くなっている姿を見ることは初めてではなかった。
 だがあまりにも苦しそうな形相と微動だにしないその表情は、
一目で亡くなっているのだとわかった。人型をした塊が横たわっていたのだ。
「見るな、白雪!」
 ゼンが白雪の前に立ち、かばってくれた。
 ハルカ公爵のすぐ横には医師らしき人の姿があった。
 やじ馬で集まってきた女官や衛兵、他にもたくさんの人々が公爵を取り囲んでいた。
 短い叫び声を上げている者や言葉を失っている者がいた。すすり泣く声も所々から聞こえる。
 白雪は口に手を当てて震えていた。目の前に怒った状況が信じられなかったのだ。
「オビ、白雪を頼む」
「わかりました、主」
 ゼンは白雪の肩に優しく触れた後、前へ進んだ。
 事情を聞きにハルカ公爵が倒れている人だかりの中へ歩いて行った。
 集まっていた者たちも第二王子のために道を開けていた。人だかりの中に、ゼンの姿が見えなくなる。
「白雪さん」
 名前を呼ばれ振り返るとリュウが立っていた。
「何? リュウ?」
「至急、薬室に戻ってください。ハルカ公爵が亡くなったことで何か薬室に依頼があるかもしれません。
また、具合が悪くなった人が薬を求めに増える可能性もあります」
 リュウが表情を変えずに単調に説明する。
「あ……はい」
 白雪はひとだかりの方を見て不安そうに返事をした。
もう少し現場に残ってゼン達の傍にいたい気持ちがあったのだ。
「お嬢さん、ここの状況は後で知らせます。
主にも薬室へ行ったことを伝えますから、リュウと一緒に薬室に帰ってください」
 オビが気を利かして白雪に言った。
「はい、わかりました。お願いします、オビ」
 白雪はオビに軽く会釈した後、リュウと共に薬室へ戻っていった。


***

 薬室に戻るとリュウの言った通り、具合の悪くなった人が薬を求めにやって来た。
 白雪は症状を聞いて薬を処方する。
 白雪たちが薬室に戻って2時間ほどたったところで、王宮の役人から正式な依頼が来た。
 亡くなったハルカ公爵の傍に落ちていた水筒の中身の分析であった。
 王宮の役人は事故ではなく他殺の可能性も考えているようだった。
水筒の中に毒物が混入されていないか調べる依頼が薬室へ来たのだ。
「白雪さん、こちらへ」
 リュウに呼ばれ白雪は薬室の一番奥の部屋へ入ってゆく。
 白い手袋をしたリュウの手には、役人から渡された水筒があった。
 これから水筒の中の成分を分析するのだ。
「白雪さんはこういう仕事初めてですよね」
「はい、毒物の検出なんてやったことないです」
 白雪は手袋をはめながら真剣に頷く。
 薬室に毒物の検出の依頼が来ることがあるとは聞いていたが、実際の場面に立ち会うのは初めての事だった。
「薬を処方する以外にもこういう仕事も時々あるんです。まずは中の液体をこの容器に入れて……」
 リュウが手際よく作業を始める。白雪はリュウの隣で真剣に見ていた。
 そういえば、以前リュウが毒薬の研究をしていると噂があったような気がする。
 今日のように薬室に毒薬の検出も頼まれることがあるから、みんなそれを誤解しているのかもしれない。
リュウはちゃんと仕事をしているだけなのに、噂って怖いものだと白雪は心の中で思った。
「白雪さん、薬品庫から薬草を持ってきてくれませんか? 次の工程で薬草を使うんです。種類はこれとこれです」
 リュウから薬草の種類の書いた紙を渡される。
「わかりました。とってきます」
 白雪は薬品庫のある部屋へ行った。
リュウから指示のあった薬草を探す。滅多に使用しない薬草だったため、探すのに少々時間がかかってしまった。
 薬品庫から出て、白雪は急いでリュウの元へ戻った。
「遅くなってすみません、リュウ。薬草、探すのにちょっと手間がかかっちゃって……」
「大丈夫ですよ、白雪さん。今から薬草を使うところです」
 リュウは穏やかな笑顔であった。表情の乏しいリュウにしては珍しいと思ったが、笑顔だとなんとなく安心できる。
白雪はそう思いながら、一緒に作業を続けた。
 検査の結果、ハルカ公爵の水筒からは毒物は検出されなかった。
 リュウと一緒に毒物陰性の結果を確認した。

***

 現場検証と薬室の結果から、ハルカ公爵は落馬による事故死ということになった。
 王宮中が悲しみに明け暮れ、葬儀も行われることになった。
 宮廷の高官が亡くなったとあって、クラリネスの王族はもちろん、隣国の要人も葬儀に参加した。
 ゼンはもちろん、木々とミツヒデも共に葬儀に参加した。
 白雪とオビは貴族たちが出席する葬儀には参加できなかったが、
王宮のメイドや使用人たちと一緒に中庭に集まり黙とうを捧げた。
 葬儀がもう少しで終わるという時であった。
 急に王宮内部が騒がしくなった。小さな悲鳴も聞こえた。人の動きが慌ただしくなる。
「何? どうしたの?」
 白雪が不安そうに辺りを見回す。
「ちょっと俺、様子見てきます。ここにいて下さい。お嬢さん」
「うん。気をつけてね、オビ」
 オビは人込みの中をうまい具合にすり抜けて行く。あっという間にオビの背中は見えなくなった。
 十数分後、オビが白雪の元へ戻ってきた。青い顔で白雪の元へかけてきた。
「大変だ! お嬢さん。早く王宮の広間へ行こう!」
「どうしたのオビ!?」
 オビは真っ青な顔で白雪の腕を引っ張り王宮の中へ連れて行こうとする。
「シャンデリアが……葬儀の行われている広間でシャンデリアが落ちたらしいんだ。
イザナ陛下が怪我をされたらしい」
「ええっ!? イザナ陛下がっ!」
 白雪はオビの説明に目を見開く。
「詳しいことはわからない。他にも怪我人がいるらしいんだ。お嬢さん、広間へ急ごう!」
「うん!」
 白雪は強き、オビの背中に続く。
 イザナ陛下の近くにはゼンがいた可能性も考えられる。
ゼンも巻き込まれて怪我をしたり、シャンデリアの下敷きになったりするようなことは……。
 白雪はゴクリと唾を飲み込む。
 どうか、どうかゼンが無事でありますように! 
 木々さん、ミツヒデさん、みんなにも何もありませんように……。
 白雪は祈りながら葬儀の行われている広間に向かって走っていった。



4.コンビ結成

 全力で走るオビの後に白雪は必死について行った。
 ハルカ公爵の葬儀が行われている広間に着いた時には息が切れていた。
 オビが人込みをかき分け、人だかりの中へと進んでゆく。白雪も呼吸を整えながら後に続いた。
 人だかりの中央に辿り着くと、見覚えのある背中が見えた。
 無事なその姿に白雪はホッと胸を撫で下ろす。なんとか息を整えて、力の限り名前を呼んだ。
「ゼン!」
「白雪じゃないか! オビも……」
 ゼンは振り向き、白雪たちの方へ駆け寄ってきた。
 ゼンの後ろには粉々になったシャンデリアがガラスの破片と共に床に広がっていた。
 シャンデリアの元の形は殆どなく、天井から落ちた衝撃が激しかったことが伺えた。ガラスの破片が広範囲に飛び散っていた。
「ゼン、大丈夫? イザナ陛下の御怪我は……」
 白雪はゼンの方へ駆け寄ろうとしたところで、ゼンの手が前に出て静止させられた。
「白雪! それ以上こちらへ来るな! ガラスが飛び散って危ない。怪我をするぞ」
 足元を見ると、ガラスの破片は白雪の足元にまで飛び散っていた。
ゼンの顔をよく見ると左頬に2、3センチほどの切り傷があった。うっすらと血が滲んでいる。
「ゼン! 頬に怪我を!」
「ああ、これか? こんなのかすり傷だから問題ない。大丈夫だ」
 頬の血を手の甲で拭った。
「イザナ陛下の状態は!?」
 白雪が目の色を変えて辺りを見回す。イザナの姿は既に広間にはなかった。
「兄上は落ちたシャンデリアの破片で手を怪我されただけだ。命に別状はないはずだ。今、医師による治療を受けている」
「そうなの。よかった……」
 白雪は胸を撫で下ろし安堵のため息をつく。
「でも、兄上が数歩前を歩いてたら、シャンデリアが兄上に直撃するところだったんだ。本当に危なかった……」
 ゼンはガラスが飛び散って粉々になっているシャンデリアを見つめて呟いた。
 その声が微かに震えている。
 白雪はただことではない雰囲気を察知し緊張した表情になる。
 広間を見渡すと大勢の人が慌ただしく動いていた。
 落ちたシャンデリアの周りにはまだ人だかりができている。
 いつも穏やかな王宮にはふさわしくない異様なざわめきに、白雪は不安を覚えた。

***

「はい、ゼン。おしまい」
 白雪はゼンの左頬に小さな絆創膏を貼る。
 シャンデリアのガラスの破片で切ってしまった場所だ。幸い傷も深くなく軽症であった。
「ありがとう、白雪」
ゼンは白雪が貼ってくれた絆創膏を青い瞳を下に動かして見ていた。
「しかし、とんだ葬儀になっちゃったね……」
「ああ、そうだな」
 木々の言葉にミツヒデが深いため息をつく。ゼンの執務室にオビを含めた5人が暗い表情で集まっていた。
「まさか葬儀中にシャンデリアが落ちてくるなんてね。どうして突然落ちてきたんだろう?」
 木々が小さく首を傾げた。
「まだ詳細はわからないが、昨日、落下したシャンデリアを含めた照明の点検があったようだ。その時の不備だと推測されている」
 ゼンの説明を無言でみんな聞いていた。
「不備で済まされる問題じゃないですよね、主?」
 床にしゃがみながらゼンの話を聞いていたオビが低い声で言った。
「ああ……、シャンデリアの落下については、前日に点検した者に詳しく話を聞いているところだ」
 ゼンが静かに頷いた。
 点検の不備といわれても、あと数歩イザナが前を歩いていたらシャンデリアが直撃し、
命に係わる事態になっていたのだ。オビの言うとおり、不備で済まされる問題ではない。
ハルカ公爵が亡くなったショックもまだ残っているのに、次の事故が起こり、
精神的なダメージは相当なものだった。
 いつもは穏やかなゼンの執務室もピンと張り詰めた空気になる。
 皆、無言になってしまい、しばらくの沈黙が訪れた。
 数十秒後、その沈黙を静かに破ったのは白雪だった。
「ハルカ公爵は本当に事故死なのかな?」
 白雪が顎に手を当てて真剣な表情で言った。
「えっ!?」
 一同の視線が白雪に集まる。
「だってハルカ公爵は乗馬の名人って言われるくらい、乗馬がお上手だったんでしょ。
その公爵が落馬して亡くなったなんておかしくないかな?」
「俺もそれを考えていたところです、お嬢さん!」
 オビが立ち上がり白雪に同意する。
「確かに、白雪の言うとおりかもしれない。馬に乗って隣国との戦争の指揮もとっていたくらいの腕前だ。
あの公爵が落馬するなんて信じられない」
「そうだな。ミツヒデの言うとおりだ」
「まさか……他殺?」
 木々の言葉に一同凍り付く。お互いが無言で視線を交差させる。
「でも何で? どうしてハルカ公爵が殺されなきゃいけないの? もし他殺だとしたら一体、誰が殺したの?」
「それはわからないです、木々さん。でも何か違和感があるような気がしてたまらないんです」
「違和感って何だ? 白雪?」
「う……ん、それはわからない」
 白雪は不安そうに答える。
「医師の検死の結果は落馬による事故死だったんだよな。
ハルカ公爵の持っていた水筒の中身も不審な所はなかったんだよな、白雪?」
「はい。公爵が持っていた水筒の中身を薬室でリュウと一緒に調べましたが、普通の水でした」
「うーん」
 ゼンが頭を抱えて唸り声をあげる。
「ちょっと調べてみませんか? お嬢さん。ハルカ公爵の死の原因を……」
「そうだね、なんだか納得できないものね。私たちで調べてみよう! 薬室の記録ももう一度見て見る!」
 白雪とオビが頷きあう。
「あ、じゃあ…俺も!」
「ゼンはダメだ。イザナ陛下も命狙われているかもしれないんだ。第二王子であるゼンが動くのは危ない」
 ミツヒデが止める。
「仕事は盛りだくさんだし、殺人事件を調べるなんて危険すぎる」
 木々も厳しい表情になった。
「え……でも俺も白雪と一緒に……」
「だーめ!」
 ミツヒデと木々が声を揃える。
「今回の事件はオビと白雪に任せるんだな」
「お任せを! 主。報告はしますよ」
「ゼンは白雪と宝探しでもするといいよ」
 木々がクスリと笑った。
「ううっ……」
 側近たちに止められ、ゼンは苦虫を噛みつぶしたような表情になる。
コンビを組んだ白雪とオビの姿を恨めしそうに見つめていた。


5. 第一発見者


 翌日から、白雪とオビは調査に入った。
 調査することは主に二つ。
 ハルカ公爵の死因は本当に落馬によるものだったのか。
 葬儀の行われた広間で、イザナ陛下のすぐそばに落ちてきたシャンデリアは本当に偶然の出来事だったのか。
 白雪とオビは、まずハルカ公爵の死因について調べることにした。
 第一発見者は王宮の外周りを掃除している使用人である。
 初老の男で何年も城門のまわりを掃除しているベテランの者であった。
 毎朝、馬で王宮を一周するハルカ公爵とは顔見知りであったという。
 落馬の事故があってから一カ月近くの月日が流れていた。
 事件当時、第一発見者である使用人は詳しく話を聞かれただろうし、もう記憶も曖昧になってきている可能性がある。
 だが、どうしても自分たちで聞き込みをしたかった。何か新しい情報が見つかるかもしれないのだ。
 白雪とオビは、掃除の使用人にハルカ公爵を見つけたときの状況を詳しく聞いた。
 前の日の夜、雨と風が強かったため、王宮を囲む樹々からたくさんの葉が落ちていたという。
 いつもの時間にハルカ公爵とすれ違い、地面に散らかっている落ち葉の掃除をしていたとき、
ドスンという重い音を聞いたという。
 昨晩の風のせいで木から太めの枝でも落ちたのかと思い、見に行ってみるとハルカ公爵が地面に倒れていたというのだ。
「倒れているハルカ公爵を見つけたとき、もう息はなかったんですか?」
 白雪はゆっくりと掃除の使用人にたずねた。
「はい。公爵様に声をかけましたが返事はありませんでした。身動き一つしなかったので多分……」
 使用人はその先の言葉を言い濁す
「他に何か気づいた点はありませんか? いつもの朝と違うところとか?」
「う〜ん、いつもの朝と違うところといってもなぁ〜。
前の番、風が強かったので落ち葉が散らかっていて掃除が大変だったくらいしか思わなかったねぇ」
 使用人は顎髭に触れながら首をかしげる。
「そうですか……」
 白雪とオビは顔を見合わせる。
 使用人の今までの話だと、白雪とオビが分かっていることばかりだった。
何も情報が得られず肩を落としているところだった。
「そういえば……」
 使用人が小さな声で呟く。
「え? どうしたんですか?」
「倒れている公爵様のお近くに行った時、何か甘酸っぱいような香りがしました」
「甘酸っぱい香り?」
 白雪とオビが声を揃える。
「一瞬しか臭わなかったので、よく覚えていないのですが、オレンジのようなアンズのような……あれは何の匂いだろう?
ああ、収穫前のアーモンドのような匂いがしました」
「アーモンドの匂い……」
 白雪が目を見開き呟く。
「他に何か……何か思い出すことはありませんか? ハルカ公爵の周りに落ちていた物とか、変わったこととか……」
 オビが続けて質問をした。
「うーん、水筒以外思いつきませんねぇ…………あっ!」
 使用人が目を見開く。何か思い出したようだ。
「公爵様が倒れていた場所から少し離れた所ですけれど、落とし物を見つけました」
「落とし物?」
 白雪とオビが声を揃える。
「公爵様が倒れていた5、6メートル離れたところにカスタネットが落ちていました」
「カスタネット!?」
 予想もしない落とし物に二人は一オクターブ高い声を上げる。
「カスタネットって……楽器の?」
「そうです。楽器のカスタネットです。こげ茶色の古いカスタネットでした」
「なんでそんな所にカスタネットなんか落ちているんだ?」
 オビが首を傾げる。
「わかりません。公爵様の私物でないことは確かだと思ったので、
王宮の落とし物を管轄する部屋へ念のために届けておきました。子供のおもちゃか何かの落とし物でしょう」
「そう……ですか。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 白雪とオビは掃除の使用人に礼を言い、王宮の中庭を歩いてゆく。
 ハルカ公爵の事件があった頃は、まだ紅葉が見ごろで王宮を取り囲む樹々が赤や黄色に色づいていた。
 今はすっかり葉を落とし、裸になった枝が寒そうに北風に吹かれていた。
 白雪は体に吹き付ける冷たい風にブルッと身を震わす。
「どう思います? お嬢さん?」
「うん、思ったよりも情報が聞けたと思う」
 白雪は強く頷く。
「ハルカ公爵からの匂い……アーモンドの香りについてはどう思います?」
「それについてはちょっと心当たりがあるの。文献を調べてみる!」
「カスタネットのほうがどうしますか? これから落とし物を管轄している部屋へ見に行きましょうか?」
「カスタネットとハルカ公爵は関係ないと思うけど、念のため行ってみようか。
落とし主が現れていて、何か情報が聞けるかもしれないしね」
 白雪は王宮の中庭を駆け出す。早く事件について知りたいという思いと、
冷たい風から逃れたい一心で、まっすぐにかけて行った。
「あ、お嬢さん。ま、待ってくださいよ!」
 オビも白雪の後に続いて冷たい風を切った。


「こちらですね。落とし物のカスタネット」
 王宮内の落とし物を管轄する部屋へ行くと、担当の衛兵がカスタネットを持ってきてくれた。
 白雪はカスタネットを手にする。
 手のひらに乗る木製のカスタネットは、かなり使い込まれたものだった。
表面に小さな傷がいくつもあり、古めかしい印象のカスタネットだ。
 子供用のおもちゃのカスタネットだと思ったが、そうではないようだ。
 こげ茶色で落ち着きがあり、演奏に使用できそうなカスタネットである。
 試しにカスタネットを使ってみると、コツコツという軽快な心地よい音がした。
「なんか高そうなカスタネットじゃない?」
「そうですかね? 古いからそう感じるだけじゃないですか? お嬢さん」
「そうかな……古さの中にも何か威厳と言うか何かオーラがあるような……」
 白雪はカスタネットを360度隈なく見つめる。表と裏とじっくり見ると、裏にかすれた刻印と小さな文字が見えた。
「ねえ、オビ。何か書いてあるよ」
「え? どれです?」
 白雪が刻印を指さす。刻印はかすれて何のマークか殆どわからなかった。
 小さな文字もかすれて読める状態ではなかった。
「何が書いてあるかわかりませんね」
「そうだね……」
 白雪は小さくため息をつく。
「白雪さん、オビさん。こちらのカスタネットの持ち主に何か心当たりが?」
 衛兵が二人に聞いた。
「あ……いいえ、ちょっと心当たりがあったんですけれど違ったみたいです。
このカスタネット……いえ、落とし物って、持ち主が現れなかったらどのくらいの期間、保存してありますか?」
 白雪が衛兵に聞いた。
「3カ月です」
 衛兵は事務的に答える。
 カスタネットが届けられてから一カ月だ。まだ二カ月は保存されているはずだから、
何か気になることがあったら再びここに見にくればいい。今のところ、ハルカ公爵の死因と関係なさそうである。
「そうですか。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 白雪とオビは衛兵に軽く頭を下げ、部屋を後にした。
「手掛かりになることってそうそう簡単には見つからないね」
 白雪はオビの方を見て苦笑いする。
「そうですね。ハルカ公爵の死因については、もう充分に王宮でも調べてあるから、
俺たちが探しても見つからないかもしれないですね」
「でもアーモンド臭については心当たりがあるの。図書館で文献をあたってみるつもり。
一緒にハルカ公爵についても調べようてみようかな……」
 クラリネスの高官であるハルカ公爵には色々な経歴があるはずだ。
政治にも多くかかわっているはずだから、過去の新聞など色々調べてみようと思った。
「図書館……俺はそういう場所は苦手なので、調べもののほうはお嬢さんに任せますね。
明日は広間で落ちたシャンデリアについてちょっと聞き込みをしてみます」
「うん、わかった。よろしくね、オビ!」
 白雪とオビはそれぞれの役目を果たすために大きく頷いた。



6. 確信

 図書館からかりた数冊の本を抱えて、白雪は廊下を歩いていた。
 薬室の建物がある少し前のところでオビの姿が目に入った。
「オビ、こんなところでどうしたの?」
「お嬢さん、待ってました」
 オビが白雪に近づいてくる。
 薬室で待っていればいいのに、どうして寒空の下で待っていたのであろう? 白雪は不思議に思った。
「お嬢さん、シャンデリア落下の件で一つわかったことがありました」
 白雪の耳元で小さく囁く。
「なに? 分かったことって?」
 オビは口の前に人差し指を当てて静かにというポーズを取る。
 茂みの陰に白雪を引っ張っていった。
「あまり大きい声で言えないことなんです」
「何? どうしたの?」
 本を持っている腕を引っ張られたので、危うく借りてきた本を落としそうになった。白雪は慌てて本を持ち直す。
「ハルカ公爵の葬儀の前日。準備中の広間にいつもは現れない人物がいたそうです」
「誰なの?」
 白雪は緊張した声でたずねる。
「お嬢さんもよく知っている人です」
「え……? 知っている人?」
 オビの眉間にしわが寄る。一瞬、間を置いたがゆっくりとその名を言った。
「薬室長……ガラク薬室長です」
「えっ!」
 白雪は手に持っていた本を思わず落としそうになる。目をまん丸くしてオビを見つめていた。
「葬儀の前日の広間で白衣姿の薬室長が見に来ていたという情報を、準備をしていた者から聞いたんです。
薬室にこもりきりで王宮の広間になんて滅多に顔を出さない人なので、よく覚えていたそうです」
「そう……なの? でも薬室長は事件とは何の関係もないわよね」
「はい。そう思いたいんですが、薬室長がじっと天井のシャンデリアを見つめていたという情報もあります」
「……」
 白雪は無言になる。
 薬室の予算をめぐって王宮の偉い人達と言い合いになったことは何度かあった。
 だからといって、事件を起こすまでの恨みは薬室長にないはずである。
 白衣なんて目立つ服装で葬儀前日の広間に訪れるにはそれなりの理由があるはずだ。
 何の用があったのだろうか。それだけは確認したかった。
「薬室長にどうして広間へ行ったか確認してみようか……」
「そうですね。直接聞いた方がいいかもしれませんね」
 オビはゆっくりと頷いた。


「どうしたの? 二人揃ってなんだか神妙な顔つきじゃない?」
 白雪とオビは、話があるといってガラクに時間を作ってもらった。
二人は緊張した面持ちでガラクの机の前に立つ。
 ガラクは自分の机に座り、薬室の膨大な書類に目を通しているところであった。
書類の横には薬膳茶のカップがあり、ほのかに湯気をあげている。まだ淹れて間もないのであろう。
「話って何? なんだか二人とも王宮で起こっている事件のことを調べているようだけど……」
 書類をめくる手を止めてガラクがニコリと笑う。いつもと同じ笑顔のような気がしたがなんだか違う。目が笑っていないのだ。
 白雪は小さく深呼吸したあと、ガラクをまっすぐに見つめる。
「あの……薬室長。ハルカ公爵の葬儀の前日、広間にいらっしゃったと聞いたのですが、何の用事だったんですか?」
「え……」
 ガラクはハッとしたような表情をした。
 数秒の沈黙の後、白雪の質問に答えた。
「あっ、ああ……その日なら王宮勤めの高官から薬を頼まれたの。
薬を届けに行った帰りに準備中の広間に顔を出しただけだけど、それがどうかした?」
 ガラクは薬膳茶のカップを手にして一口飲んだ。
「そう…ですか……」
「八房とリュウも一緒に行ったわ。仕事があるから二人には先に帰ってもらったけど、それがどうかしたかしら?」
 ガラクの目の色が変わる。いつもより少々早口のような気がした。
 こちらを見つめる強い視線に白雪は背筋がビクリとなる。
 もうこれ以上質問することはやめようかと思ったが、肝心の事を聞かなければならない。
 白雪は肩が上がらないように静かに深呼吸して言葉を発した。
「すみません、薬室長。ハルカ公爵が亡くなった朝。どちらにいらっしゃいました?」
 ガラクは薬膳茶の入ったカップを置いた。
 ソーサーとカップがガチャリと小さな音を立てた。白雪とオビを静かに見つめる。
「何? 私を疑っているの?」
 刺すような鋭い視線に白雪は思わず硬直する。
 今まで何度か怒られたことがあったが、それとは全く違うものである。
「いいえ、薬室長。これは皆さんに伺っていることです」
 たじろぐ白雪に代わってオビが言った。
「その日は薬室に泊まって寝てたけど……まあ、それを証明してくれる人はいないわね。アリバイはないわ」
 口元は笑っていたが、目は全く笑っていなかった。
 挑むような鋭い目つきで二人を見つめる。大雑把だけれども優しい薬室長の面影はなく、まるで別人のような形相だった。
「そう……ですか。変なこと聞いてすみません。失礼します」
「失礼します、薬室長」
 白雪とオビは薬室を後にした。


「ふう……緊張した……」
 薬室を出てしばらく歩いたところで白雪は立ち止まり大きく息を吐いた。
「そうですね。俺も緊張しました」
「なんか薬室長を疑うような真似して悪いことしちゃったな。あとで謝らないと……」
「そうですね。でもなんかしっくりいかないんですよね。
薬室長、少し動揺していたようにも思えますし、何か隠していることでもあるんじゃないかと思うんですけれど……」
「隠し事って何?」
 白雪は素直にオビにたずねる。
「……それがわかれば苦労しませんよ、お嬢さん」
「それはそうだ、うん。私、もう少し図書館で色々調べてみる。オビの方、引き続きよろしく」
「承知いたしました、お嬢さん」
 オビは白雪を安心させるために、にこやかな笑顔を向けた。


***

 季節が進み、冬の寒さがますます厳しくなった。
 王宮を取り囲む銀杏の木もすっかり葉を落とし、寒そうな冬木立となっていた。
 寒さのためか、王宮内で体調を崩す人が多く、薬室は忙しい日々が続いた。
 ハルカ公爵のことを調べようにも時間がなくて仕事に追われる毎日だった。
 数日が過ぎ、患者が落ち着いて、やっと半日の休暇を貰った。
 白雪はさっそく図書館へ行きハルカ公爵の事を調べた。
 過去の新聞からクラリネスの歴史に至る本まであらゆる本を手にした。
 何か手掛かりになることがあるのではないかと思い読み漁った。
 白雪は一冊の本を手にした。
 クラリネスのここ数十年の出来事が書いてある朱色の本である。
 数十年前出来事――。
 最近の歴史の本なのでまだ表紙は新しく、興味がないのか誰も手を付けていないような新品に近い本だった。
 イザナ陛下やハルカ公爵など知っている名前が出てきていた。
 今まで読んでいた本は自分が生まれるずっと前の古い本だったので、知っている名前が出てくるとなんだか親近感が沸く。
 ゼンの名前も第二王子誕生として載っていたので、思わず笑みがこぼれてしまった。
 この本からはたぶん、手掛かりになることはわからないだろうと思いながら読んでいた。
 クラリネス近隣の国々について書いてあるページに差し掛かった時である。
 白雪はそのページの内容に息をのむ。
「こ、これはっ!」
 白雪は目を見開き、瞬きをするのもわすれて、文字を追った。本のページをめくる手が思わず震えてきた。
 ――ハルカ公爵は事故死なんかじゃない!
 白雪は朱色の本を閉じて荷物をまとめる。
「カスタネット……。あのカスタネットをもう一度確認しないと!」
 落馬したハルカ公爵のすぐそばに落ちていたカスタネット。
 あのカスタネットにハルカ公爵の死に繋がる事実が隠されているかもしれない。
 カスタネットはまだ保存してあるだろうか? 落とし主が現れたりしていないだろうか? 
 ハルカ公爵を殺めた人物が持って行ってしまったかもしれない。
 白雪は図書館を飛び出し、全速力で落とし物を管轄する部屋へ向かった。


「ああ、カスタネットですか? まだありますよ、白雪さん」
 落とし物を管轄する部屋へ行って、担当の衛兵にカスタネットを持ってきてもらった。
 木製の古びたカスタネット。
 白雪はすぐさまカスタネットの小さな刻印を見つめる。
「このカスタネット少しの間、おかりしてもいいですか?」
 白雪はカスタネットを凝視しながら衛兵に聞く。
「え?」
「このカスタネットの持ち主に心当たりがあるんです。
ここには……直接来られない人なのでぜひ貸してほしいんです」
「あ、ああ……そういうことならいいですよ。こちらへ貸出の署名してもらってもいいですか?」
「はい!」
 白雪は署名をしてカスタネットを手にした。
 自分の部屋に帰ってじっくりカスタネットを観察してみよう。
 朱色の本と照らし合わせればもっとわかることがあるかもしれない。
 カスタネットと本を抱えて、自分の部屋へ戻っていった。
 部屋に戻る途中、薬室の建物の前を通った。
 やはり薬室長に変な疑いを持ってしまったことを謝らなければならい。
 もう仕事は終わっている時間だが、きっと薬室には残っているだろう。
 白雪は薬室へと足を向けた。
「失礼します。お疲れ様です」
 患者のいない静かな薬室に入ると、奥の部屋から人の声がした。
 声の主は薬室長ともう一人。聞き取れないくらい低めの声だ。男の人だろう。
 なんだか少し声が大きい。何か口論しているような口調だった。
 薬室長の口調が強めだった。いつもと様子がおかしい。白雪は足音を立てないようにしてそっと扉に近づく。
 扉越しに会話の内容に耳を立てる。
 話の内容に白雪は声を失った。身体の震えを押さえるのにやっとであった。

 ハルカ公爵の謎の死、落ちてきたシャンデリア、カスタネット。

 白雪の疑いは確信へと変わる。
 部屋の中で口論している二人には声をかけず、そっと薬室を後にした。


7.丘の上

「行きたいところがあるの、オビ。付き合ってもらっていい?」
「ええ、お嬢さんのためなら何処へでもお付き合いしますよ」
「少し遠いところだけどいいかな。一応ゼン達にも許可をとらないとね」
 白雪は地図を広げ行きたい場所をオビに示した。
「なるほど。これは遠いですね。いっそのこと駆け落ちでもしちゃいましょうか? お嬢さん!」
「は?」
 白雪が一オクターブ高い声を上げてオビの顔を見た。
オビは気まずそうに笑う。
「……冗談ですよ、冗談。あ、そのカスタネットかりてきたんですか?」
 オビは白雪が持っているカスタネットを見て言った。
「うん、落とし物を管轄する部屋から持ち主に心当たりがあるって言って借りてきた」
「そうですか……。じゃあ旅の支度でもしましょうか、お嬢さん」
「うん」
 白雪はカスタネットを握りしめ静かに頷いた。

***

 白雪とオビは首都から離れたある農地に辿り着いた。
 ここは元からクラリネスの領土ではなく、何十年か前の戦いの末、勝ち取った土地であった。
 見渡す限り、のどかな田園風景がオビと白雪の前に広がっていた。
 白雪とオビは地図を片手に目的地を目指す。
 農地をしばらく進んだところに、小高い丘になっている場所があった。
 傾斜が激しく、歩いて昇ると息が切れて、膝がガクガクしていた。
 白雪とオビが丘の頂上に辿り着くと、強い風が赤い髪と黒い髪を揺らした。
 丘からは小さな街並みが見える。クラリネスほどの大きな町ではないが、少々栄えていそうな町だった。
 180度向きを変えると、丘の向こうは険しい崖で海が広がっていた。強い風に混ざって潮の香りがする。
 白雪は改めて丘の頂上を見つめる。丘には墓が数基並んでいた。
 その中の一番大きな墓に黒髪の少年が手を合わせている。見覚えのある背中であった。
「やっぱりここだったのね……」
 白雪の声に黒髪の少年は振り向く。
無言で白雪とオビを見つめていた。
「あなたがハルカ公爵を殺したのね、リュウ」
 白雪の上司、リュウはその問いには答えず無言で立ち上がった。丘の真下に広がる街並みを一望する。
「この丘から元カスタネット王国の街並みが見渡せるんだ。亡くなった父上と母上も喜ぶと思ってここに墓を建てたんだ……」
 リュウは遠くの街並みを見つめて言った。
「どうしてハルカ公爵を殺したの……?」
 白雪とリュウの間に冷たい風が吹き抜ける。白雪の赤い髪がふわりと揺れた。
 リュウは一度白雪たちの方を見た。問いに答えるかと思いきや、また丘の方の街並みを見つめてしまった。
「リュウ、お前は十数年前にクラリネス王国に滅ぼされたカスタネット王国の王子だよな」
 オビが厳しい口調で聞いた。
 しばらくの沈黙の後、リュウは二人の方を向いた。
「そうだよ、僕はカスタネット王国の王子リュウ。復讐のためにクラリネスの薬室に入り込んで、
ずっと公爵や王子たちを殺すタイミングを狙っていたんだ。よく僕が犯人だって気づきましたね、二人とも……」
 リュウは抑揚のない声で淡々と答える。白雪はそんな彼の前にカスタネットを差し出した。
「これ、リュウの落とし物でしょう?」
 リュウはハッとした表情になりカスタネットを凝視した。自分のものだとは言わなかったが、目と態度がそう言っていた。
「このカスタネットに、カスタネット王国の紋章とかすれていたけどあなたの名前が掘ってあった。色々本を調べてそれでわかったの……」
 白雪はリュウにカスタネットを手渡す。リュウはカチャリと一度カスタネットを合わせて音を奏でた。
「さすがは白雪さん。よくわかりましたね……」
 リュウがふざけたようにクスリと笑った。
「薬室でハルカ公爵の持っていた水筒の毒物検査も、本当は陽性だったんでしょう? 
水筒の成分の解析は一緒に立ち会ったけど、結果はリュウ、あなた一人で出したのよね」
 白雪が厳しい表情で問う。リュウは視線を反らし、ふっと笑う。
「騙される方が悪いんだよ……。そうだよ、僕が前日にハルカ公爵の水筒に毒物を入れて、検査の結果は陰性で返したんだよ」
 白雪はリュウと一緒に毒物検査をしたときのことを思い出した。
 毒物の検出ははじめてだったので、リュウについて詳しく教わっていたが、
途中で薬品庫から薬草を持ってくるよう、彼に頼まれたのだ。滅多に使わない薬草だったので探すのに時間がかかってしまった。
 白雪が薬草を持って戻った時にはもう陰性の結果が出ていた。
 その時のリュウの表情が異常に穏やかだったことを思い出す。
 今思えば、毒物の結果を陰性に返すことができて安心したため、穏やかな表情になっていたのだ。
 何か違和感を覚えたのはそのせいだ。
「どうしてハルカ公爵を殺したの?」
 白雪がそうリュウにたずねると、二人の間に冷たい風が吹き抜けた。
 丘の上は風が強く、白雪の赤い髪もリュウの黒髪も強くなびいていた。
「カスタネット王国の……父上と母上の敵を取るためさ……」
 リュウはカスタネットを見つめながら震える声で言った。
「どうしてそんなことしたの? 復讐は憎しみしか生まないわ」
「白雪さんにはわからないよ! 僕の両親を殺す命令をしたのはハルカ公爵なんだ。
だから、だから絶対に許せなかった。第一王子も第二王子もみんなみんな許せなかった!」
 リュウの手が震える。見開いた瞳からは一筋の涙が伝わってた。
「おーい! 白雪、オビ!」
 ゼンの声に白雪とオビは振り向いた。第二王子の後ろからは側近の二人も一緒であった。
 リュウの表情がハッとしたものに変わる。
「こっちに来るなっ!」
「きゃっ!」
 リュウが白雪の背後にまわり、白雪を捕まえる。ポケットから出したナイフを出したリュウは白雪の首に突きつけた。
「白雪っ!」
「お嬢さんっ!」
 ゼンとオビが同時に声を上げる。
 白雪はリュウの腕にしっかりと捕らえられ、身動きができなかった。
 小さいと思っていたのにいつのまにか自分と同じくらいの背丈がある。
 それにやはり男の子だ。力では全く敵わなかった。
 強い力でしっかり抑えられ、白雪の力ではリュウの手から逃れることは不可能であった。首元にはナイフも光っている。
「白雪を離せ、リュウ。お前の話はこれからしっかりと聞く」
 緊張した面持ちのゼンが一歩前に出て諭すように言った。ミツヒデと木々も彼の後ろで静かに頷いていた。
「お前たちが話なんか聞くものか! クラリネスの王族のせいで…ハルカ公爵のせいで父上と母上は……」
 リュウは白雪を捕まえたまま、少しずつ後ろに下がってゆく。
「リュ、リュウ……後ろ崖……、あぶない……」
 元カスタネット王国を見渡せる丘の反対側は、崖になっている。
 リュウは白雪を捕らえたまま崖のすぐ近くにまで迫っていた。
「リュウ、お嬢さんを離すんだ」
「白雪を離してくれ! これからカスタネット王国についても話し合おう、リュウ!」
 オビとゼンが必死に叫ぶ。
 リュウが一歩下がれば、白雪と一緒に崖に真っ逆さま。
 白雪の首にはナイフが突きつけられ、身動きが取れない状態はそのままであった。
 彼女の身を案じて、ゼンもオビも下手な手出しはできなかった。膠着状態である。両者の間に緊張が走る。
「もう僕も……ここまでかな」
「え?」
 リュウがクスリと笑った声が耳に届く。白雪が振り返ろうとしたその時だった。リュウの腕から力が抜けて、体が解放された。
 ――次の瞬間、耳元に優しい声がした。
「ありがとう。さようなら、白雪さん……」
「え? リュウ?」
 白雪がその声に振り返ったときには、リュウの手は身体から離れていた。
 崖の向こうに小さな体が消えていくのはスローモーションのように白雪には見えた。
「リュウーーーーー!」
 崖から海に身を投げ出したリュウを捕まえようと、白雪は彼を追いかける。
 白雪の手が届くことはなく、リュウは崖の真下の海に消えていった。
「リュウ! リュウ……どうしてっ!」
「危ない、白雪!」
 白雪は崖にしゃがみ込み泣きじゃくる。
 リュウを追いかけ身を乗り出す白雪を必死にゼンが抱える。涙でボロボロの白雪を必死にゼンが支えていた。
「お嬢さん……これ……」
 オビがカスタネットを白雪の前に差し出す。カスタネット王国の紋章が入っているリュウのカスタネットだ。
 白雪はカスタネットを受け取る。カスタネットを合わせるとカチャリと音を奏でた。
「リュウは……リュウは最後にありがとうって……。私、何もしてないのに……」
 ゼンに支えられ白雪はまた涙を流す。
 手が震えてカスタネットを地面に落とす。カチャリと音が鳴った。
 何と声をかけたら良いか分からないゼンは彼女の背中に優しく手を添える。

 カスタネットは風に吹かれてカタカタと小さな音を立て続ける。
 リュウの想いを乗せてカスタネット王国の悲劇を乗せて――。

 王国の隠された悲劇がここに終わる。


おわり


【あとがき】
赤髪で何か探偵もの(サスペンス風)

タンバルン(タンバリン)、クラリネス(クラリネット)とくれば次はカスタネットでしょ!

リュウ=カスタネット王国の王子! ピコーン!(☆_☆)

みたいな感じで閃きました。
探偵ものって難しいですね。矛盾点あること分っていますが、どうか目を瞑ってください。
時間はかかりましたが何とか最後まで書けました。
お読みくださった方、本当にありがとうございます。
サスペンスドラマのあるあるをできるだけ入れたつもりです。こちらを参考にしました。

みんなが納得! 2時間ドラマ、サスペンスドラマあるある
https://matome.naver.jp/odai/2135538075869850301

リュウ、ハルカ公爵、ごめんね〜。
それでは、また(^.^)/~~~



【BACK】  【HOME】