もしも赤髪の白雪姫が学園モノだったら?
クラリネス学園

6.次元を超えて

 最近、白雪の様子がおかしい。
 ゼンは教室で白雪の姿を目で追いながら考えていた。
 最初は元気がないだけだと思った。
だが、いつも何か気になっているような素振りで、一緒にいても落ち込み気味であった。
前は笑顔がまぶしいくらいよく笑ったのに、最近は殆ど笑わなくなってしまった。
楽しそうな表情をしなくなったのだ。
 それに妙な噂も耳にした。白雪が美少年と手を繋いで歩いていたという噂である。
真偽を本人に訊ねようと思ったが、白雪があまりにも元気がないことと、
もし本当だったら……と考えると怖くて聞けなかった。聞く勇気がなかった。
 ミツヒデと木々からの報告で、白雪が巳早と話している姿を見たということも気になる。
転校初日にあれほど巳早には近づくなと言ったのに、どうしてあんな奴と話をしていたのだろう。
美少年と手を繋いでいたということは噂である。
だが、巳早に近づくのは白雪のためにならない。そのことだけでも、もう一度言っておこうと思った。

「白雪、ちょっといい?」
 授業が終わり、カバンを持って帰ろうとする白雪を呼び止めた。
「な、なに?」
 白雪はゼンに呼び止められ、怯えた表情を見せた。全く笑顔はない。
「少し話が……、ちょっと来て」
 ゼンは白雪を連れて教室を出る。教室の二つ隣の部屋がコンピューター室であった。
今は誰も使っていないことは確認してある。白雪をパソコンが数十台並ぶコンピューター室まで連れて行った。
「な、なに? 話って……」
 白雪はまるで何かに怯えているようだった。顔は青ざめている。
 不安そうな白雪に、巳早のことを忠告するのは酷なことだと思ったが、
ここまで呼び出しておいて何も言わないというのもおかしい。
「白雪さ、最近、巳早と会ってるって話を聞いたんだけど……」
 白雪の体はビクッと大きく震える。
「そ、それは……」
 白雪は俯く。カバンを持ったまま硬直していた。
 しばらく二人の間に沈黙が流れる。静かな教室に、壁にかかっている時計のコチコチという秒針の音だけが響く。
「白雪…」
 名前を呼ばれた白雪はゼンの顔を見る。
今にも泣きそうな不安そうな表情であった。そんな白雪にゼンはニコリと笑いかける
「巳早はさ、いつもろくな事考えてないから近づかない方がいいよ」
 ゼンは笑みを絶やさないようにゆっくりと、白雪を責めることないよう細心の注意を払った。
 白雪は大きく目を見開き、ゼンをじっと見つめ続ける。
 しばらくすると、白雪は微かに震え始めた。
「わたし……わたしどうしたら……」
 白雪の頬を一筋、涙が伝わる。ヒックヒックと嗚咽をもらし泣き始めてしまった。
「おい、白雪……どうしたんだ……」
 ゼンの顔から笑みが消える。突然泣き始めてしまった白雪に動揺する。
「ごめん…。ごめんなさい。ゼン……」
 白雪はカバンを持ったまま、コンピューター室を勢いよく飛び出した。
「白雪!」

 背後からゼンが自分の名前を必死に呼んでいる声が聞こえた。
廊下を全速力でかけていった。涙で前方が歪みよく見えなかった。
それでもゼンに追いつかれないようまっすぐにかけていった。
「うわっ、お嬢さん、どうしたの?」
 前を見ずに走っていたせいか、人にぶつかってしまった。顔を上げるとぶつかった人物はオビであった。
「オビ……」
「何? お嬢さん……どうしたの? 泣いてるの?」
 涙で顔が濡れている白雪にオビは驚き、手に持っていたカレーパンを落としそうになる。
「ごめん、オビ……」
 白雪はオビのことも振り切り、再び廊下を全速力でかけていく。
「白雪! 待って!」
 更に前方からは、泣いている白雪をおいかけてゼンが走ってきた。
「お嬢さん泣かせたの主ですか? なんてことするんです!」
「いや、俺は泣かせてないよ。白雪が突然泣き出したんだ……」
 ゼンは廊下に小さくなった白雪の姿を追おうとする。
「それを泣かせたというんでしょ。一体お嬢さんに何を……」
「巳早と話していたのはどうしてだって聞いただけなんだよ」
 オビは沈黙する。主にとってはたいしたことではないかもしれないが、
お嬢さんにとってはきっと涙が出るほどつらいことだったのだろう。
 オビは少々考え込む。
「主、カレーパン食べます? 腹が減っては冷静な考えができませんから……」
 オビは手に持っていたカレーパンをゼンに差し出す。
「いらん、オビ。それより白雪を追わなくっちゃ!」
 

 結局、白雪には追いつけなかった。そのまま校門を出て帰ってしまったようだ。
 ゼンも仕方なく家に帰った。
 自分の部屋に行き制服を着たまま呆然と立ち尽くす。
 どうして白雪は急に泣き出してしまったのだろう。責めたつもりはなかったのに。
巳早と何があったのだろう。まさか巳早と付き合って……? いや、それはないはずだ。
では美少年の話は……?
 ゼンの頭の中でどんどん悪い方向に考えが巡っていった。どうしたらよいかわからず、
持っていたカバンを床に無造作に置いた。すると、カバンから鍵が落ちてきた。
ストラップがついている。水族館で買った白雪とお揃いのクラゲのストラップである。
クラゲ型に穴の開いたステンレス製ストラップがゼンの視界に入った。



 ゼンは鍵を拾いクラゲのストラップを見つめる。
クラゲ型にぽっかり穴の開いたストラップ。まるで自分の心の中から、
このクラゲのようにぽっかり白雪がいなくなってしまったようだと思った。
「ああ、こんなストラップ買うんじゃなかったかな……」
 ゼンはストラップのついた鍵をカバンに押し込んだ。

***


「別にいいじゃん。オタクだって、腐女子だって、そのゼンって彼氏にバラしちゃえば? 
そうすれば巳早って奴に脅される必要ないんだし」
 鹿月は白雪のマンションの部屋にいた。
 学校が終わって家にいると白雪から着信があった。
電話に出てみると、もはや白雪は話せる状態ではなく、ただ泣いているだけだった。
独り暮らしの女の子の家に行くのは、少々ためらったが、白雪の精神状態を考えると、放っておけなかった。
居ても立っても居られなくなり、鹿月はクラリネス学園の近くに住む白雪にマンションに向かってしまった。
「いや! オタクだってバレたら嫌われるかもしれない……」
 白雪は青い顔をして首を振る。
「何で? 自分の好きでやってることをどうして彼氏に隠す必要があるんだよ。
オタクだってばらしてそれを否定するような奴なら……白雪自身を否定しているってことになるじゃないか。
そんな奴とこの先付き合ったって上手くいくわけない。
だいたいオタク人口ってどれくらいいると思うんだよ。コミケの人込み考えてみろよ」
「確かに世の中にオタクはいっぱいいるわけだけど、ゼンに言って、もし嫌われたらって考えると……
みんなに言いふらされたらって考えると……」
 白雪は青ざめ、再び泣きそうになる。
「何なんだよそれ、俺だったら白雪にそんな思いさせないよ!」
 鹿月はイライラした。オタクでも白雪は充分にかわいいのに、
いや、オタクだからこそ白雪の良いところが引き出されてるのに、どうしてそれを隠さなければいけないのだろう。
もし、自分が白雪と付き合っていれば、そんな思いはさせない。
そのままの白雪で心地よく一緒にいてあげられるのに……そう思っていたら、
胸に秘めていた想いを思わず口に出してしまった。
「鹿月、それってどういう……」
 白雪は顔を上げる。
「い、いや。ごめん、何でもない。今のは忘れてくれ……」
 鹿月は気まずそうに白雪から顔を背ける。
 しばらく二人は沈黙する。お互い色々考えていた。
 すると独り言のように白雪が呟いた。
「鹿月って……本当に優しいね。私なんかのために、わざわざ来てくれて……」
 鹿月は一瞬押し黙る。優しいのは……白雪の事が心配なのは……
本当に言いたい事を飲み込み、鹿月は言った。
「オヤジさんに……白雪のオヤジさんに、『白雪のこと頼む』って言われてるからな…」
「そう……、ありがとう」
 泣きすぎて目を真っ赤にした白雪は鹿月を見つめてニコリと笑う。
「とにかく! これ以上、事態を悪化させないために、ゼンに白雪の趣味をきちんと伝えたほうがいいと思う。
それでダメになったら、それまでの縁だったってことなんじゃないか?」
「うっ…」
 白雪は俯いたまま返事をしなかった。


***


 鹿月は途中のコンビニで買ってきた差し入れを置いて、白雪のマンションから帰っていった。
 白雪は電気を付けずにベッドに仰向けになる。
もう日は落ちていて窓の外の外套の明かりだけが暗い部屋に差し込む。
 白雪はゆっくり目を閉じた。
 ゼンは本当に優しい。私のことを想ってくれていることがわかる。
今日だって巳早のことを聞かれたとき、決して責めるような口調ではなく、気を使って本当に優しい言葉だった。 
 でも、今はその優しさが辛かった。優しくされると胸が押しつぶされる思いだ。
また、そんな優しいゼンを傷つけてしまったかと思うと苦しかった。
 白雪は再び溢れ出た涙を手の甲で拭う。
 展望台で告白されたときは嬉しかった。アニメや漫画を見たときのワクワクした楽しさとは違う、
もっとギュッと胸が熱くなる嬉しさがあった。
「ゼンはちゃんと好きって伝えてくれたな……」
 薄暗い部屋で白雪は呟く。
 ぼうっと、長い時間、天井だけを見つめていた。
「やっぱり、私、クラリネスに居たい。クラリネス学園を私の居場所にしたいよ……」
 白雪はゆっくりベッドから起き上がった。
 電気をつけて顔を洗いに洗面所へ行く。冷たい水で顔を洗うと少し気分がすっきりした。
部屋に戻ると、鹿月が置いて行った差し入れのコンビニの袋が目に入った。
中にはペットボトルの水とパンとおにぎりが入っていた。
「私の周りには、みんな優しい人ばっかりだ」
 鹿月の顔を思い浮かべて少し笑った。


***

「別れ話か?」
 ゼンの表情は硬い。
「そうなるかもしれない……」
 白雪の顔にもいつもの笑顔はなかった。
 ――放課後。二人は校舎の屋上にいた。白雪が、話したいことがあるといってゼンをここへ呼び出したのだ。
 白雪は屋上の手すりをギュッと握り遠くを見つめていた。
ゼンはその隣で屋上の手すりに寄りかかり俯き加減で地面に座っていた。
お互い反対を見つめている状態で視線が合うことはない。
 しばらく二人は沈黙する。沈黙を破ったのは白雪だった。
「ゼンに今まで隠していたことがあるの……」
 白雪は静かに言った。
「何だ?」
 ゼンは顔を上げる。
「私、私ね……」
 白雪は言葉を詰まらす。
「私、本当はオタクなの。腐女子なの!」
 白雪は目を瞑り叫ぶように言った。
「は?」
 ゼンはしっかりと顔を上げる。声を裏返らせる。
「漫画とかアニメとか大好きで、コスプレもしてたことあるの!」
「……だからどうしたっていうんだ?」
 ゼンは不思議そうに首をかしげる。
「え? 嫌じゃないの?」
「なにがだ?」
「コスプレとかオタクとか気持ち悪くないの?」
「いや、別になんとも思わないが……」
「だって、コスプレだよ。夏コミにも冬コミにも行くんだよ。BL漫画だって書くし、
残った在庫はとらのあなで通販とかしちゃうんだよ。
pixivにもいっぱい投稿しているしブックマークがつくと喜んでるオタクなんだよ」
 ゼンは固まる。
「……大丈夫だ、白雪。今のは助詞意外、日本語だとわからなかった」
「じゃあ、ゼンの前でジャンプ読んでいいの?」
「いいよ」
「LaLaも?」
「ララってなんだ?」
「赤髪の白雪姫が連載されている雑誌だよ。ちゃんと覚えて!」
「そうなのか。いいぞ」
 白雪はゼンを見つめて呆然とする。思っていた反応と全く違った。
「そうか、そうなんだ……悩んでないでもっと早く言えばよかった」
 白雪はぶつぶつ呟きながら納得する。
「なんだ、白雪はそんなことで今まで悩んでいたのか…」
 白雪は頷く。
 ゼンは笑いながら大きく息をついた。
「巳早は? なんで巳早と話してたんだ?」
 白雪は俯く。
「実は……オタクをばらすって脅されて……」
「なんだと? あいつそんなことで脅していたのか!」
 白雪は気まずそうに頷く。
「それともう一つ気になることがあるんだが……。巳早が流したと思われる美少年の噂は……」
「それは……確かに美少年と一緒にいたことは本当なんだけど、本当に少年なの。
タンバルンにいたときの後輩で家も近くて幼馴染なの。
私のオタクな趣味にも理解があって今まで色々手伝ってもらってたの。
付き合ってるとかそういう関係じゃない」
「そうなのか……。もしかして、水族館で買ったクラゲのノートをあげた後輩か?」
「うん」
 白雪は頷く。
「それよりも、私、大事な事をゼンに伝えてないの!」
 白雪はハッとしゼンの真正面に立つ。
「ゼンの事好きって言ってないの。展望台で付き合いたい……、
一緒にいたいとは言ったけど、ちゃんと好きって伝えてないんだよ」
「白雪……」
 白雪はゼンの瞳をまっすぐに見つめる。
「ゼンのことが好き。大好きだよ。3次元で一番……ううん、
2次元と3次元合わせても一番好き! 次元を超えて大好き!」
 白雪はゼンに抱きつく。
「し、白雪」
 突然抱きつかれたゼンはバランスを崩しそうになり一瞬、よろめいたが、しっかりと白雪を包み込む。
彼女の背中に手を回し、もう片方の手で赤い髪をやさしく撫でる。
「ごめんね、ゼン」
 白雪は涙声で謝る。
「わかった。ありがとう、白雪」
 ゼンは白雪の赤い髪の中に顔を埋める。そして更に強く抱きしめる。
白雪のぬくもりが、温かさが伝わってきた。安心できる心地よい温かさだ。しばらくお互いそのままの姿勢でいた。
 ゼンは腕の中にいる白雪をゆっくりと起こす。
白雪は涙を浮かべながらまっすぐにこちらを見つめている。
 ゼンは白雪の瞳から零れ落ちた涙を指で拭い、そのまま唇に触れる。
白雪がゆっくり目を閉じたところで、そっと唇を重ねた。白雪の唇のやわらかな感触と温かいぬくもりが伝わってくる。
展望台で軽く白雪の唇に触れた時とは違う。白雪はゼンの唇にしっかりと答えてくれた。
彼女の気持ちが伝わってくる熱いキスだった。
 しばらくお互いを感じあった後、二人はゆっくり唇を離した。
「なんか……ちょっと恥ずかしいね」
 真っ赤な顔をして白雪は視線を足元に移す。
「そうだな……」
 ゼンがそう言ったところでポケットに入れているスマホが震えた。
取り出してみるとミツヒデからであった。状況はどうだ。修羅場になったりしてないか? という心配のLINEであった。
「ミツヒデからだ。ちょっと返信していいか?」
「ミツヒデさん?」
「ああ、別れ話かもしれないって言ったら心配して、実は2階下の非常階段で待ってるんだ」
「えっ! そうなの? 皆にも心配かけちゃったんだね」
「だけど大丈夫だ。ちょっと待て、返信する」


 ――その頃、非常階段に座って待機しているミツヒデ、木々、オビは……。
「あっ、ゼンから返信が来たぞ」
 ミツヒデがスマホの画面を食い入るように見つめる。
「どうなの? ゼンと白雪は大丈夫なの?」
「主とお嬢さん、まさかの修羅場?」
 木々とオビもミツヒデのスマホの画面を覗く。
「なんか…よくわからないことが書いてある……」
 ミツヒデはスマホの画面を見て固まる。
「なんて書いてあるの? ミツヒデ?」

『次元を超えて好きって言われたから大丈夫だ』

 ゼンからの返信をそのまま読み上げる。木々はミツヒデのスマホを覗き内容を確認する。
「本当だ。これ、どういう意味なんだろうね」
「次元を超えてって一体なんだろう?」
 オビが首をかしげる。
「ちょっと待った。とりあえず、屋上に……そっちにいっていいかゼンに聞いてみよう」
 ミツヒデはゼンと白雪のいる屋上に言ってもいいかLINEでメッセージを送る。
 数十秒後、返信が来る。
「来てもいいって」
 ミツヒデが立ち上がる。
「じゃあ行きましょ」
 木々も立ち上がった。
「修羅場のシーンじゃありませんように」
 オビは拝むようにして階段を上り始めた。


「なんだ、白雪そんなことで悩んでたの?」
 木々が笑う。
「はい、今まで黙っててごめんなさい」
 白雪は3人に深々と赤い頭を下げる。
「俺もジャンプ読むよ」
 オビが言う。
「私も、LaLa読んでるよ。今度一緒にLaLaの話しようよ」
 木々が白雪に笑いかける。
「本当に木々さん! クラリネスでLaLaの話ができるなんて!」
 白雪は目を輝かせ感動する。
「お嬢さん、俺ともジャンプの話しましょうよ」
「うん、もちろんだよ、オビ」
「そうそう、この4人でアニメイトに行ったこともあるんだよ、お嬢さん」
「そうだな。行ったことあるな。なんだっけあれ、ミツヒデがどうしても欲しい限定のグッズがあるから行きたいって言ってた……」
 ゼンが腕を組んで思い出そうとする。
「わー、思い出さなくていい。思い出さなくていい! やめろー!」
 ミツヒデは顔を赤らめゼンの思考を止めようとする。
「思い出したぞ、まどかマギ……うぐっ!」
 ミツヒデがゼンの口を塞ぐ。
「まあそんなわけだ。みんな漫画もアニメも嫌いじゃない。
むしろ好きだ。だから白雪も自分の趣味を隠すことないぞ」
 ゼンの口を塞いだままミツヒデが言った。
「そうですよ、そんなことで脅そうと考える巳早の奴め……」
 オビが拳を握る。
「そうだな、巳早には今後こういうことがないよう、ガツンと言ってやろう。
巳早に取り上げられた分はとり返してくるからな、白雪」
 ゼンも白雪を勇気づけるように言った。
「うん、ありがとう。みんな」
 白雪は飛びきりの笑顔を4人に向けた。


 帰り道。
 白雪とゼンはすっきりとした表情で校門から出た。
結局は白雪の考えすぎ、オタクであることの後ろめたさと思い込みが原因であった。
オタクであることを隠している方が余計にややこしい事態になってしまったのだ。
 ゼンと笑顔で話しながら歩いていると、白雪のカバンの中でマナーモードのスマホが震え始めた。
メールやLINEではなく、この震え方は着信だ。きっと鹿月からだ。
だが、ゼンの前で出るわけにいかない。白雪は気づかないふりをした。
「俺のじゃないな。白雪、電話鳴ってない?」
 ゼンが自分のスマホを確認する。
「えっ……」
 マナーモードの着信をゼンに気づかれてしまった。仕方なく、白雪はカバンの中を見る。
 手帳型のスマホケースを取り出し、画面を見たところで電話は切れた。
画面には鹿月の名前が表示されていた。やはり鹿月からだった。
「切れちゃった…」
 白雪は画面を見て呟く。
 ――良かった。ゼンの前で電話に出ることにならなくて……。
 そう思ったのも束の間、また手の中でスマホが震え始めた。画面には鹿月の名前が再び出る。
 白雪は固まる。
 こういう場合、電話に出ていいものかどうなのか。迷っているとゼンから先に声をかけられてしまった。
「電話、出ないの?」
 白雪はゼンの顔を見つめる。
「出てもいいの?」
「タンバルンの後輩……美少年からだろ。いいよ」
 白雪は頷き、画面の応答ボタンを押す。
「……鹿月? うん、うん。心配してくれてありがとう。大丈夫だったよ。ゼンにオタクだって言ってみた」
 鹿月はやはり白雪を心配して電話をかけてきてくれたようだった。
ゼンにオタクだと言っても大丈夫だったと聞いて安心したようだ。
「心配してくれてありがとう、鹿月。うん、またね」

 ゼンは電話をしている白雪を見つめていた。
 タンバルンの後輩の美少年からの電話を、ここで出るなと言ったら、また話がこじれてしまいかねない。
きっと白雪を心配して電話をかけてきたのだろう。だから電話に出たほうがいいと思った。
 ゼンは白雪スマホケースを見た。次の瞬間、スマホケースにぶら下がっているストラップに目が釘付けになった。
白雪のスマホケースからクラゲのストラップがゆらゆら揺れていたのである。
水族館でお互い一つずつ付けたストラップ。白雪もずっとつけていてくれたのだ。
 電話が終わり、白雪は通話終了のボタンを押した。こちらを振り向く。
「クラゲ…持ってたんだ……」
 ゼンが静かに呟いた。
 白雪はスマホケースに視線を移す。
「当たり前だよ。せっかくのゼンからのプレゼントだもの。大事にしてるよ。……もしかしてゼンはもう持ってないの?」
 白雪は不安な表情をして聞く。
「いや、持ってるよ。白雪とお揃いだもんな。大事にしてる」
 ポケットから鍵の付いたストラップを出し、白雪の目の前に掲げる。
「よかった」
 白雪は安心した笑顔をゼンに向ける。

 二人はお互いのクラゲのストラップを近づけ重ね合わる。

 チャリンというプレートの重なる音が、二人の心にやさしく響いた。


♪おわり

おわりですが、おまけにR18が1本考えてあります(笑)
アンケートも設置しました。もしよかったらお願いします。
結果はPC推奨です。スマホでは表示されない可能性があります。




7ページ目へ(おまけR18)


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