赤髪の白雪姫2次小説
城下でショッピング




【前編】 【後編】

【前編】


 ゼン、白雪、オビ、木々、ミツヒデの5人は城下に来ていた。
 白雪と木々が先頭を行き、その後をゼン、オビ、ミツヒデの男3人がついてきている。
 5人は城下の街の店を一軒一軒回っていた。
 女性が好みそうな服や小物の店である。高級な品揃えの店から庶民的リーズナブルなお店まで、先頭をゆく白雪と木々は楽しくお喋りをしながらショッピングしていた。
 最初のうち男3人も軽い足取りで女性二人のショッピングを一緒に楽しんでいたのだが、何件も回るうちに、女のものを扱う店はだんだん同じに見えてきた……。前を行く白雪と木々たちの後を、3人は蟻の行列のようについてまわっていた。
 何故このような状況になったかというと、以下のような出来事が白雪と木々の間にはあったらしい……。

***
 
 王宮での昼下がりのことであった。
 木々は白雪の赤い頭をじっと見ていた。
 白雪は木々の無言の視線に気づき顔を上げる。
「どうかしましたか? 木々さん」
 木々がこちらをじっと見ていることに気づいた白雪は、笑顔で聞いた。
「白雪の髪飾り……」
 木々は白雪の右耳の上についている髪飾りを見つめていた。
 前髪が長くなってきて、仕事をするのに邪魔になってきた。耳の横で止めていた蝶の形の髪飾りを木々は言っているようだ。
「あ、これですか?」
 白雪は耳の横から髪飾りを外す。蝶をかたどった金色の髪飾り。
 もちろんメッキだが、羽の部分のデザインが少々凝ったもので、白雪お気に入りの髪飾りであった。城下のお店で見て一目惚れで買ってしまったものだ。
 木々は赤い髪から外した髪飾りをじっと見つめている。
「デザインが変わっていて、かわいい髪飾りだね。どこで買ったの?」
「これは城下の小物が売っているお店で買いました」
 白雪は髪飾りを木々に渡す。受け取った木々は物珍しそうに髪飾りを手の上で回しながら見ていた。
「ふーん、城下……」
「はい。同じデザインで銀色もありましたし、髪を一つに束ねるバレッタ式の髪飾りもありましたよ」
「そうなんだ。いいなぁ〜」
 木々は蝶の髪飾りを回しながら呟く。
「じゃあ、木々さん! 一緒に城下に買いに行きませんか? 少し豪華なパールがついたデザインのものもありましたし、かわいいデザインの髪飾りやアクセサリーのあるお気に入りのお店なんです! 一緒に行きましょう!」
「本当に!? 白雪! 行く行く!」
「ええ、一緒に行きましょう!」
 

***

 女二人、城下の買い物へは、護衛と荷物持ちを兼ねてオビが一緒に行くことになった。それを聞いたミツヒデも一緒に行くことを希望し、ゼンに報告すると、なんで「俺だけ置いていくんだ! 俺も行く!」ということになり、5人で行くことになったのである。
 白雪と木々は楽しそうに話しながらショッピングをしていた。ゼンは、最初のうちは一店に並ぶ商品をしっかり見ていたのだが、女性向けなので、たくさんの商品を見ると、どれも同じようなものに見えてきた。白雪と木々が楽しいならそれでいいと思った。
 事件は、女性ものの服や小物の売っている店で起こった。
 白雪はワンピースが並んでいる売り場の前に立っていた。オレンジ色を薄くした杏色のワンピースを手に取りじっと見ている。
「わぁ! かわいいワンピース。白雪に絶対似合うよ!」
 木々が白雪の隣に立つ。一緒に杏色のワンピースを手に取っていた。
「え? そうかな?」
 シンプルな杏色のワンピース。丸い襟には控えめなレースがついており、スカートの裾の形も美しいカーブを作っていた。胸元に何の飾りもないシンプルなワンピースなので、何かアクセサリーがあると映えそうだ。
「スカートの裾のデザインもかわいいし、なによりも白雪の髪色にこのワンピース、ぴったりだよ」
 木々は白雪の背中を押して鏡の前まで連れてゆく。鏡に映った白雪の前にワンピースをあてた。
「うんうん、よく似合いますよ、お嬢さん」
「木々の言うとおり、髪色にも合うな、なあ? ゼン!」
「ああ」
 みんなの言うとおり、本当に白雪にワンピースが似合っていたので笑顔で頷いた。
「えっと……値段は……」
 白雪はワンピースのタグを探る。タグに書いてある値段を見て笑顔で頷いた。
「ご試着いかがですか?」
 女性店員に声をかけられた。
「試着してみなよ、白雪!」
「そうですよ、お嬢さん」
 オビをはじめみんなが頷いていた。
「じゃあ……そうしようかな」
 白雪は店員に案内され、試着室に入っていった。


 数分後。
 白雪が試着室から出てきた。
「うん、白雪。かわいい! スカートの丈も短すぎず長すぎずちょうどいいね」
 木々が満足そうに頷いていた。
 予想通り、杏色のワンピースは白雪にぴったりだった。
「よくお似合いですね、なかなかこのワンピースを着こなせる方っていないんですよ」
 試着室に案内した女性店員も目を細めて笑っている。
「似合ってますよ、お嬢さん」
「うん、白雪によく似合う」
 オビとミツヒデも白雪をみて頷いていた。
「あ、ありがとう」
 白雪は短くお礼を言った後、試着したワンピースの裾を翻し、じっくりとサイズを確認しているようだった。ゼンはそんな白雪をじっとみつめている。
 白雪がワンピースからふと顔を上げる。次の瞬間、ゼンとしっかりと視線が合った。
「ど、どうかな?」
 白雪がたどたどしく言いながらゼンを見つめる。照れているのか、声がいつもより小さい。
「えっ!」
 ゼンは焦る。ワンピースはすごく似合っていると思うし、かわいい白雪にぴったりだ。だが、それはもうオビやミツヒデに言われてしまった。こういう場では何か気の利いた言葉を言わなくてはならない。ミツヒデのように女性が喜ぶような言葉をかけなくては……。
 
「ほら、主! お嬢さんのことずっと見つめていないで何か言ったらどうです?」
 オビに急かされる。ミツヒデと木々、そして白雪がじっとこちらを見ていた。 みんなゼンの言葉を待っている。
 白雪にワンピースはよく似合っている。みんなのいうとおりだ。でも、このワンピースだけでなく、白雪は何を着ても似合っていると思う。薬室の制服だっていい。そのままの白雪で、いつもと同じ普通な白雪が大好きだ。
 そんなことを考えていたら……、思わず出てしまった言葉だった。
「え、えっと……普通かな」
 ガッシャン!
 木々が手にしていた服をハンガーごと床に落とした。
 その場にいた全員の視線がゼンに集まる。
 空気がピタリと止まりみんな硬直していた。
 長い長い沈黙が訪れる。
「ゼ、ゼン……」
「主……」
 ミツヒデとオビが青い顔でゼンの名前を呼ぶ。
 木々が瞬きもしないでゼンを見つめている。どうやら言ってはいけないことを言ってしまったらしい。
 当の白雪は視線を床に落とし黙っていた。ワンピースのスカートの部分をギュッと握っている。
「あ、ありがとう……もう着替えますね」
 白雪は試着室のカーテンを引いた。
 カーテンで白雪の姿が見えなくなったと同時に、側近たちが勢いよくゼンにつかみかかる。
「主! 何言ってるんです! 普通ってどういうことですかっ!」
「ゼン、違うだろう!」
 オビとミツヒデに両脇から攻められる。
「えっ……白雪はいつもと同じ何を着ても普通にかわいいって意味だったんだけど……」
 ゼンは身を引きながら答える。
「全然伝わらないです。普通以外の言葉をかけるんです! こういう場面では!」
「オビの言うとおりだ。普通はない。普通は……」
 ミツヒデが深くため息をつきながら首を左右に振る。
「お嬢さん、きっとショックですよ。どうします?」
「ど、どうしよう……」
 ゼンはやっと自分の発した言葉が白雪を傷つけたかもしれないと思い、動揺し始めた。
「どうしようって言われてもなぁ〜。もう言っちゃったものはいっちゃったんだし……」
 シャッとカーテンが引かれた音がした。
 振り向くと、着替えの終わった白雪が試着室から出てきていた。
 白雪は何も言わずに、試着した服を元のハンガーに戻した。
「買わないの? 白雪。似合ってたのに……」
 木々が心配そうに声をかけた。
 オビとミツヒデに背中をつつかれる。二人の視線が鋭い。
 名誉挽回、何か白雪に声をかけろということである。
「し、白雪。とても似合っていたぞ。買わないのか……いや、似合っていたから買おうか……ええと……」
 緊張のあまり棒読み口調となってしまった。
 白雪は無言で首を振る。
「ううん、今日はいいの。買わない」
 白雪はゼンに向かって微笑む。怒っている様子はない。
ただ……その笑顔が寂しそうだった。
改めて、自分は白雪を傷つけるというか、落ち込ませることを言ってしまったと再認識したのだ。

 ――王宮への帰り道。
 5人は行きよりもずっと会話が少なくなってしまった。
 場を盛り上げようとオビが話題を必死に振ってくれたが、すぐに会話が途切れてしまう。
 白雪に話しかけても、「うん」と「そうだね」と、相槌を打つだけだった。
 ゼンに至っては、白雪を傷つけてしまったと深く落ち込み、話をするどころではなかった。真っ青な顔をしていた。
 皆、重い足取りで王宮への帰路を辿った。


【後編】


 ゼンは執務室の机に背を向けて座り、窓の外を見ていた。
 綿菓子のような雲がふんわりと高い空に浮いている。青く澄んだ美しい、清々しい天気であった。
 済んだ青い空とは真逆に、ゼンの心はどんよりしていた。
 城下でのショッピング。
 杏色のワンピースを試着した白雪に、どうしてあんな言葉をかけてしまったのだろう。
 『普通だ』なんて言わなければよかった。オビやミツヒデに先に『似合っている』と言われてしまったから、何か別の気の利いた言葉をかけようと思った。でも、思いつかなかったのだ。彼らと同じように『似合っている』と言えばよかった。難しく考えてしまったことが、今回の事態を招いてしまった。
「はぁ〜」
 ゼンは俯き、大きくため息をついた。
 あれから1週間たつが、白雪とは会っていない。執務が立て込んだせいもあるが、どんな顔して会えばいいかわからないという気持ちもあった。
 だが、そろそろ白雪と連絡をとらなければならない。気まずいままでいたくなかった。白雪に会って謝りたいと思った。城下での出来事を全く無視して次の約束をするわけにもいかないし、まったく話題にしないというわけにもいかない。失言してしまったことを謝ろうと思った。
 ワンピースは似合っていたが、みんなの手前言いにくかったこと。オビやミツヒデとは違う言葉をかけたかったあまり、難しく考えすぎて出てしまった言葉であったことを伝えたかった。
「ただ謝るのもどうもなぁ……」
 失言してしまったことを詫びる気持ちもあるが、白雪に何か思いを伝えたかった。
 何かプレゼントでもしようか。花がいいかな? いや、毎日薬草を見ているんだから、花……植物よりも身近にないものがいいかもしれない。女性が喜ぶプレゼント……ドレス? いや、以前、ドレスをプレゼントしようかと言った時に、ドレスなんて普段着ないと断られたような気がする。
 じゃあ……普通の服。ワンピース?
「そうだ!」
 ゼンは椅子から立ち上がる。
 あのワンピースを! 白雪が試着した杏色のワンピースをプレゼントすればいいのだ!
 ワンピースを渡すときに、失言を詫びて、似合っていると改めて言おう。
 ゼンは部屋にある時計を見た。今日はこれから特に予定はない。お忍びで城下へ出掛けても、夕方までには戻って来られるはずだ。ワンピースのあった店の場所はなんとなく覚えている。今日が店の休業日でないことを祈るばかりだ。ゼンは身支度をして、こっそりと城下へ向かった。


「えっ!? 売り切れ!」
 ゼンはいつもより少し高い声をあげた。
「はい。昨日、売れてしまいました」
 前回来た時とは違う女性店員が、笑顔で答える。
「他に同じデザインのものの在庫はないのか?」
 ゼンは店員に願うように言った。
「はい、あのワンピースは一点ものだったので、他にはもう……」
 店員は申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
「じゃあ、次の入荷はいつだ? いつ入ってくるんだ?」
 ゼンは店員に詰め寄る。
「次の入荷の予定はございません。このお店の品物は殆どが手作りの一点ものですので……」
 店員は困った笑顔で謝りながら、ゼンに背を向けて別の仕事にとりかかっていた。
 ワンピースが売り切れているとは、他の者が購入してしまったとは想像もしていなかった。ゼンは、お店でしばらくの間、呆然と立ち尽くす。
 売り切れてしまったものは仕方がない。他の誰かが購入してしまうこともありえるのだ。
 ゼンは大きくため息をつき、ワンピースを購入することはあきらめた。
 店内をゆっくり見回す。店員のほかに、店には若い女の子が何人かいる。みんな必死に服やアクセサリーを見ていた。男のゼンにはどれも同じようなデザインに見えるが、女性にはどの商品も違った魅力があるのだろう。女性が剣を見てもどれも同じだというのと一緒だ。
 そういえば、この店は白雪と木々のお気に入りの店だと言っていた。目の前の棚には、白雪や木々が好みそうなアクセサリーや髪飾りが並んでいる。高価な宝石はついていないが、こういうものが彼女たちの好みなのだろう。
 ゼンはワンピースのことはあきらめて、静かに店の外へ出た。
 オレンジ色の太陽が、山の稜線に沈もうとしている。早く帰らなければ、日が暮れてしまう。ミツヒデや木々たちに、城を抜け出したことがばれて、怒られること必至だ。
 ゼンは城への帰路を急いだ

***

「久しぶりだね、ゼン」
 薬室の制服姿の白雪が、ゼンに優しい笑顔を向けてくれている。
 数日後のお昼休み――。
 ゼンと白雪は、薬室に近い中庭の木陰で腰を下ろしていた。
お互い忙しい仕事の合間を縫って会うには、お昼休みしかなかったのである。
 前回、5人で城下にショッピングへ行ってから2週間の月日が流れていた。白雪は特に起こっている様子もなく、終始笑顔だった。前回の『普通だ』と言った失言のことは気にしていないようだ。気まずい雰囲気はまったくない。
「久しぶり、白雪。元気だったか?」
「うん、元気! あのね、この前リュウがね……」
 白雪が普通に接してくれたので、ゼンも笑顔で接する。白雪は会えなかった2週間の出来事を、ゼンに楽しそうに話して聞かせる。ゼンも笑顔で頷いていた。
 ゼンは時計をチラリと見る。もうすぐ短い昼休みが終わってしまう。
 白雪と話すことは楽しかったが、今日の目的は前回の失言を謝ることだ。 白雪は忘れているのか気にしていないのかどちらかわからないが、このままでは昼休みが終わってしまう。
「あ、もうすぐお昼休み終わっちゃうね。戻らないと……」
 白雪が腰をあげようとした。
「ま、待った、白雪。あともう少しだけ!」
 ゼンは慌てて白雪の腕を引っ張りその場に座らせた。
「なあに? ゼン」
 白雪は目をまん丸くしてこちらを見つめていた。
「あ、あのな……、白雪」
「うん、なあに?」
「あの……2週間前、城下にショッピングに言った時のことなんだが……。その……失礼なことを言って……『普通だ』なんて言って悪かった」
 ゼンは銀色の頭を白雪に下げる。
「えっ、ええっ! どうしたの? ゼン!」
 白雪は突然謝るゼンに慌てる。
「白雪が試着したワンピース。すごく似合っていたと思ったんだが、ミツヒデやオビに先に似合っていると言われてしまって、何か他の言葉をかけなければいけないと思ったんだ。それに、みんなの手前、かわいいとか言えなくて……本当にすまない!」
 ゼンは一度顔をあげ白雪を見つめる。もう一度、深々と頭を下げた。
「いいよ、そんなこと! なんとも思ってないよ」
 顔をあげると、高速で白雪は首を振っていた。赤い髪が激しく揺れる。
「でも、白雪。あのワンピース買わなかっただろ? せっかく似合っていたのに俺のせいだと思って……」
「そんな! 大丈夫だよ。謝らないで、ゼン!」
「それで……白雪に本当にあのワンピースは似合っていたから、城下の店にワンピースを買いに行ったんだ。プレゼントしたいと思って……。だけど、ワンピースは売り切れていて……」
「え……」
「やっぱり、いい品物は売り切れてしまうんだな。その場で買えばよかったな」
 ゼンは苦笑いする。
「ゼン、あの後、ワンピース買いに城下まで行ったの? わざわざ?」
 白雪は小さな声でたずねる。
「ああ、ミツヒデや木々には内緒だぞ。お忍びで行ったからな。でも、ワンピースは前日に売れてしまったと店員に言われたよ」
「そ、そうなんだ……」
 白雪はわざわざワンピースを買いに城下へ行ったゼンに驚いているようであった。すっかり白雪の顔から笑みは消えていた。
「白雪、これ……。ワンピースの代わりと言ったら難だけど……白雪に似合うと思って……」
 ゼンは白雪に小さな包みを渡す。
「この包み紙、ワンピースが売ってた城下のお店の包み……」
 白雪は包みを開ける。中から杏色のネックレスが出てきた。
「白雪が試着した杏色のワンピースに似合うかなと思って買ったんだが……肝心のワンピースが売り切れてしまったな……」
 ゼンはハハハと空に向かってバツが悪そうに笑った。白雪はネックレスを手に呆然としている。
「ワンピースの代わりにならないが、ネックレス。白雪にプレゼントだ」
 ゼンは白雪をしっかりと見つめる。
「白雪にちゃんとワンピースは似合っていた! うん、言えたぞ! 今回はちゃんと言えた!」
 自己満足だとわかっていたが、ゼンはしみじみ頷く。
「本当はワンピースをプレゼントするつもりだったがな〜ハハハ」
 決まりが悪くてゼンは少々饒舌であった。頭をがきながら、照れ隠しを含めて笑っていた。白雪は呆然とゼンを見つめるばかりだった。
「ごめんなさい……」
 白雪が小さな声で謝る。
「へ?」
「ごめんなさい、ゼン……」
 目の前に泣きそうな白雪の顔がある。白雪に謝られるようなことをしただろうか? ゼンは目を丸くする。
「どうした? 白雪!? なんで謝るんだ?」
「ワンピース……売り切れてたワンピース。買ったの私なの……」
「へ!?」
 ゼンはいつもより一オクターブ高い声をあげる。
「みんなで城下にショッピングに行った数日後、薬草を買いにまた城下に行ったの。その時にお店の前を通ったら、まだあのワンピースが売ってて……ゼンには似合わないって言われたけど、やっぱり欲しくなっちゃって、その日にこっそり購入したの……」
 白雪は涙目になりながらゼンに言った。
「おい! 似合わないなんて言ってないぞ! 『普通だ』と言ったんだ。それも失言だが……」
 ゼンは慌てて訂正する。白雪にワンピースが似合わないなんて一言も言っていない。
「うん、そうだね……。でも買った後にすごく後悔したの。ゼンに『普通だ』って言われたし、もしかしたらあんまり似合ってなかったのかもしれないと思って……。みんなと気まずくなった原因のワンピースだし、オビ、木々さん、ミツヒデさんもきっとワンピースのこと覚えているだろうから、一体いつ着たらいいのか悩んじゃって……」
 白雪は洟をすする。目は潤み、今にも泣きだしそうであった。
「白雪、別に大丈夫だ。白雪が買って悪いことはない。気まずくなった原因を作ったのは俺なんだから、白雪が気にすることない!」
 ゼンは白雪と向き合い、彼女の方に両手を置く。涙目の白雪を見つめてしっかりと頷いた。
「本当に?」
「ああ、本当だ。是非、ワンピース着て来てくれ」
「本当に、あの後、ワンピース買って後悔してたの。ゼンや木々さん、ミツヒデさんは、なかなか会えないけど、オビとは毎日のよう会うし、みんなに隠れてあのワンピースを着るのもすごく難しいことだって気づいたの。それに隠れてこそこそ着るのも後ろめたい気がして、ゼンにそう言ってもらえてよかった……」
 白雪は胸をなでおろすかのように息をついた。もう涙目ではなかった。
「よし、白雪! あのワンピース来てどこか出かけよう! そんな遠いところには行けないかもしれないが、みんなで……いや、二人でどこか出かけよう!」
「二人で……」
 白雪はゼンが照れ臭そうに言った言葉を繰り返す。
「い、いやなのか? みんな一緒でもいいが……」
「ううん、嫌じゃないよ。じゃあ、ワンピース着て、このネックレスも付けてくるね。そういえばネックレスのお礼言ってなかった。ゼン、ありがとう!」
「あ、いえ……」
 白雪の笑顔に思わず胸が熱くなるゼンであった。
「いつ出掛けるかは、また追って連絡する。ミツヒデたちにも相談しないといけないし……。そろそろお昼休み終わるな……」
 ゼンは懐中時計を懐から出して見た。
「本当だ! もう戻らなくっちゃ!」
「じゃあ、白雪また……」
 ゼンは白雪に小さく手を振る。
「うん、ありがとう。ゼン。ワンピースのこと、話せてよかった!」
 白雪は大きくゼンに向かって手を振る。明るく清々しい笑顔にゼンは安堵の思いで、仕事に帰っていった。

***

 数日後。
 ミツヒデと木々に事情を話し、なんとか白雪とデートする時間を調整してもらった。
 待ち合わせの場所に白雪はもう来ていた。
 杏色のワンピースを着て、ゼンがプレゼントしたネックレスをつけて待ってくれていた。ゼンの姿を見て、こちらに向かって手を振ってくれている。改めて白雪と向き合う。
 ゼンは白雪の頭から足まで全身を見渡す。しっかりと彼女の瞳を見つめて言った。
「うん、よく似合ってる」
「ありがとう!」
 弾けるような笑顔に、ゼンの心臓は一度、ドキリと鳴った。
 思っていることをそのまま伝えればよいのだ。
 オビやミツヒデに例え先に言われた言葉であっても、そのまま素直に『似合っている』と、あの時、伝えればよかった。気の利いた言葉や表現なんて考えなければよかった。
「じゃあ、行こうか!」
 ゼンは白雪の手の中に自分の手を滑り込ませる。
 白雪の肩がビクリと動いたが、次の瞬間にはゼンの手を握り返してくれていた。
「うん、行こう!」
 ワンピースの裾がひらりと翻る。
 白雪の笑顔の下には、プレゼントしたネックレスが輝いている。
 ゼンの満足そうな笑みを見守るように、暖かな太陽が、二人を照らしていた。


♪おわり


賢者の贈り物の逆バージョンのような形で書きたかったんだけど、あれれ? なんか違うかな? まあ、いいや。めでたしめでたしということで!
男性諸君、彼女や奥さんが試着したら、「普通」とか「別に」とか「無言」はだめですよ。
何も感じなくても「いいんじゃない?」くらい言いましょう。
もし、すでに持っている同じような服を買おうとしていたら、「それ、〇〇の服と似てるね」って言ってあげてください。タンスの中が同じような服でいっぱいにならずに助かります。




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