赤髪の白雪姫二次小説
〜ゼンの休日〜

ローマの休日パロディ


アン王女:ゼン(ヨーロッパ最古の王国、クラリネス王国の王位継承者)
伯爵夫人:ミツヒデ
主治医:ガラク
新聞記者&カメラマン:オビ
オビの義理の妹:白雪
新聞社の社長:シダン

ローマの休日を書くに至ったいきさつ



1.クラリネス王国の王子
2.白雪との出会い 
3.眠るゼン
4.確認 

注:オビをはじめ、各キャラクターの口調は一緒です。
オビと白雪は義理の兄妹という設定だけど、オビは「お嬢さん」と呼びます。


1.クラリネス王国の王子

 クラリネス王国のゼン王子のヨーロッパ各国訪問の記事は新聞の一面を飾っていた。 
 ヨーロッパ最古の王国、クラリネス王国の王位継承者であるゼンは、ヨーロッパの各国を巡っている最中であった。
 バカンスではない。ヨーロッパ諸国との友好関係を築き上げるための大事な訪問旅行であった。
 ゼンは王子である任務を果たすべく、毎日のように、王や女王、大臣との謁見を繰り返していた。
 最初に訪れたのは、ロンドン、次はアムステルダム、パリ、そして今はローマであった。
 ローマでは、王子であるゼンのために、きらびやかな歓迎の宴が開かれていた。
 世界中のお偉方が王子を一目見ようと集まっていた。ゼンは一人一人に礼を尽くし、必要となればダンスにも付き合った。
 今日もやっと宴が終わり、ゼンは夜遅く、ようやく自分の部屋に戻ることができた。
 自室でホッと胸をなでおろすゼン。
 クローゼットを開けて、窮屈な礼装から寝間着に着替えた。
「ゼン殿下、温かいミルクをお持ちいたしました」
 ゼンが身支度を終えると、側近のミツヒデが部屋に入ってきた。
 ミツヒデが部屋に入ると、ゼンはベッドの上に立ち上がって窓の外を見ていた。
 外からは、賑やかな音楽が聞こえていた。テンポの速いダンスミュージックだ。
時々、若者の楽しそうな笑い声が混ざる。音楽に合わせて、ゼンと同じくらいの年ごとの若者が踊っているのだ。
「いいなぁ〜楽しそうだなぁ〜」
 窓の外を覗きながら、呟いた。
「ゼン殿下、明日のスケジュールを説明します」
 ミツヒデはゼンの呟きを無視して、紙に書いてある明日のスケジュールを読み上げる。
 次々に読み上げられる分刻みのスケジュールは、ゼンの神経を、心を圧迫していった。
 また明日、それらの任務をすべてこなさなくてはならないと思うと、ゼンは頭がくらくらしてきた。
「やめろ! ちょっとやめてくれミツヒデ!」
 ミツヒデの説明を遮り、ゼンが叫んだ。
「ご気分がすぐれないのですか? ゼン殿下。主治医を……ガラク薬室長を呼んできましょうか?」
「主治医なんていらない! 医者が来る頃には俺はもう死んでいるんだからな!」
 ゼンはうつ伏せでベッドに飛び込み、枕を頭からかぶる。ミツヒデの声を遮るような仕草をとった。
「死んだりなんてしませんよ、ゼン殿下」
 ミツヒデは穏やかな声でゼンを慰め、ガラクを呼びに行った。

「もうお休みですか? ゼン殿下?」
 主治医のガラクが来た時、ゼンは仰向けでベッドに寝ていた。
「休んでなんかない! 俺はもう死んでいるんだからな!」
 主治医のガラクの問いかけにゼンはぶっきらぼうに答えた。
 ミツヒデとガラクは呆れたように顔を見合わせる。
「殿下、少々失礼いたします」
 ガラクはゼンの腕を取り、脈を計った。体温を計測し、ひととおり診察をした。
「どこもお悪いところはないようですね」
 ガラクの声にゼンはゆっくりと目を開けた。
「ああ、取り乱して悪かった。明日にはきっと元気になっている。笑顔で礼儀正しく、王や大臣たちと謁見をするよ。
良好な貿易関係を築き、話題を振りまいて……、そして……そして……」
 ゼンは明日の予定を考えると、また頭がくらくらしてきた。眉間にしわを寄せ険しい表情になる。
「ゼン殿下、こちらの薬を処方します。ぐっすり眠れますよ」
 ガラクはゼンの腕をとり、一本の注射を打った。
「それは何だ?」
「気持ちがほぐれる新しいお薬です」
 ガラクは微笑み、診察道具をカバンにしまった。ミツヒデに小さな声で症状と対処法を説明すると、
おやすみなさいの挨拶をして、ゼンの部屋を出ていった。
 ミツヒデも、明日の起床時間を確認して部屋から出ていった。
 誰も部屋からいなくなったところで、ゼンはベッドからむくりと起き上がった。
 窓の外からは引き続き賑やかな音楽が聞こえていた。窓から見える灯りを見つめると、踊っている若者たちの姿が確認できた。
 ガラクに気持ちを落ち着ける薬を打たれたが、神経が高ぶっていて眠れそうになかった。
 ゼンはニヤリと笑い、クローゼットを開けた。
 寝間着から一番シンプルな服に着替えた。左右を確認し、こっそり部屋から庭へ抜け出す。運よく、誰にも会わなかった。
 庭には小型のトラックが止まっていた。王宮に出入りするクリーニング業者のトラックである。
 ゼンは荷台に上がって、洗濯物の中に潜り込んだ。
 しばらくすると、運転手が戻ってきた。
 トラックに乗り込み、エンジンのかかる音と振動がゼンの身体に伝わった。トラックが動き出し、通用門の方へ走り出した。
 ゼンは眠気に襲われたが、これからのことを考えると胸がわくわくした。
 トラックは一度、通用門で止まった。
 門番たちが通行の許可を出し、トラックは街へ出て行った。

 クラリネス王国のゼン王子は、今、この瞬間! 自由の身となったのである!


2.白雪との出会い

 クリーニング業者のトラックに乗って、王宮を抜け出したゼン。
 洗濯物の山から、そうっと頭を出した。
 トラックはオープンテラスになっているレストランの脇を通り過ぎた。
テラスはお客で賑わっている。みんな楽しそうに食事中だ。
 続けてトラックは、前を走るスクーターに二人乗りしたカップルを追い越した。
カップルと目が合ったので、ゼンは小さく手を振ってみた。すると、そのカップルも笑顔で手を振り返してくれた。ゼンも思わず笑顔になる。
 トラックがスピードを緩めて信号で停まった。その隙にゼンは荷台から勢いよく飛び降りる。そのまま街を歩き始めた。
 ヨーロッパ最古の王国の王位継承者として大切に育てられたゼンは、夜の街を一人歩いたことなどない。
 ゼンはあたりをキョロキョロと見回す。
 日が落ちて何時間も経っていたが、街はまだまだ明るく、賑やかだった。
道路は車やバイクがせわしなく行き交い、レストランやバーでは、酒を飲んだり、食事をしていた。みんな楽しそうだ。
 今まで体験のしたことのない夜の街にゼンは胸を躍らる。
ゼンは、ビルの二階のとある部屋の前を通り過ぎた。


 ゼンが通り過ぎた部屋の二階には、白雪、オビ、その他に何人かの男たちがいた。
 オビと男たちはテーブルを囲み、ポーカーで賭けをしている最中だった。
 白雪はオビを心配そうに見つめている。
「オビ、そろそろ帰りましょう。明日の朝は王子の会見の取材があるんでしょう」
「明日の王子の会見は11時45分からだと招待状に書いてある。朝と言っても昼近いから大丈夫ですよ、お嬢さん」
 オビはポーカー片手に余裕の笑顔であった。
「でもオビ! 私、明日の朝は早番だから起こしてあげられないよ。朝食は準備していくけど、一人で起きられる?」
 白雪は心配そうに言った。
「11時45分の王子の会見までにはいくらなんでも起きられるから大丈夫だ。
今、いい勝負なんだ。このゲームが終わったら必ず帰るよ」
「そう、わかった……。皆さん、おやすみなさい」
 白雪は、オビとポーカーのテーブルを囲んでいる男たちに挨拶をして店を出た。
 店を出た白雪は、レストランやバーが並ぶ賑やかな通りから、一本細い道に入った。
繁華街より暗い道であったが、治安はよく、女性一人で歩いても危ないという通りではない。
 白雪は公園の前を通った。昼間は近所の子供たちが元気よく遊んでいる公園だが、
夜なので人はいない……と思いたかったが、白雪の目に、公園のベンチで寝ている若い男性の姿が入った。
 白雪は歩くスピードを落として、男性に近寄った。


「余は光栄である……」
 ゼンはむにゃむにゃと独り言を言っていた。ガラクの注射が今頃になって効いてきたようだ。
 街を歩いていたゼンは、急な睡魔に襲われ、近くにあったベンチに横になってしまった。
 ガラクの打った薬が時間とともに効きはじめたのだ。薬が効きすぎて、まるで酒に酔っているかのような口調になっていた。
 ゼンは独り言を言いながら、目を閉じて微笑んでいた。
 白雪はそんなゼンを見ないふりをして、通り過ぎようと思った。
 酔っぱらった大人の男性を、白雪一人でどうにかできるわけではない。
 何か面倒なことに巻き込まれても困る。
 日頃からオビに、厄介ごとに巻き込まれないように注意するように言われている。
 ベンチで寝ている男性を見ないふりをして通り過ぎようとしたその時、
ゼンの身体がベンチからずり落ちそうになった。
 白雪はとっさに手が出て、彼の身体を支えてしまった。
「危ないですよ! 起きてください!」
 白雪はベンチからずり落ちそうになったゼンの身体を抱えながら声をかける。
「う……む、感謝する」
 ゼンは王子らしい口調で言った。
「起きてください、こんなところで寝ていたら、風邪をひきますよ」
 白雪はゼンの肩を揺り動かして、起こそうとした。顔をあげたゼンと視線が合う。
「いいえ、結構だ……ん? 目の前に林檎があるぞ。林檎は好きだぞ……ううん……」
 ゼンはまたベンチに寝ようとした。
「こんなところで寝ていたら、警察の厄介になってしまいますよ、起きてお家で寝た方がいいですよ」
「2時45分、部屋に戻って着替え。3時、大臣と面会、それから……」
 ゼンは明日のスケジュールを口にしていた。
 白雪はゼンの肩を叩いて必死に起こしたが、目が覚める気配はなさそうだった。しっかりと目は閉じられている。
 白雪は男性の顔をよく見た。寝ぼけ眼であったが、肌のつやが良く、上品な顔立ちをしている。
 着ているシャツもシルクだろうか。上等なものだということがわかった。
 酒に酔っているみたいだが、酒の匂いは全くしなかった。むしろ、微かな乳香のような香りがする。
 家柄のいいご子息なのかもしれない。
 後ろから車が近づいてくる音がした。振り返ると、車はタクシーであった。白雪は手をあげて止める。
「タクシーが来ましたよ。これに乗ってお家に帰ってください」
 白雪はゼンを引っ張ってタクシーに乗せようとした。
「うーん」
 ゼンは目をつぶったまま、起きようとしない。
「運転手さんに行き先を言ってください。お金は持っていますか?」
「お金は持ちあわせていない……」
 ゼンは目を閉じつつも白雪の問いに答える。
「そうですか。じゃあ、私が払いますから、運転手さんに住所を言ってください。送ってくれますから……」
 そう言いかけたところで、運転手が白雪の言葉を遮った。
「ちょっとお客さん。こんな眠りこけた酔っ払い困りますよ。
タクシーは寝床じゃないんだ。このお客さん、一人じゃ乗せられないね!」
「でも……この人、私の知り合いでも何でもないんです。公園のベンチで寝ていたのを起こしただけで……」
 白雪は事情を説明したが、運転手は眠っている酔っ払い一人をタクシーに乗せないの一点張りであった。
「わかりました。私も一緒に乗ります。この先をまっすぐ行って左に曲がったアパートで停めてください」
 白雪は諦めて自分の部屋にゼンを連れて帰ることにした。



3.眠るゼン


 白雪は、自分のアパートの前でタクシーを停めてゼンと一緒に降りた。降りたというより、タクシーの中で眠り込んだゼンを引きずりおろしたという感じだ。
「私の家に着きましたよ。起きてください!」
 タクシーから降りて、そのまま地面に座り込んでしまったゼンを揺すり起こす。
「う……ん……むにゃむにゃ……」
 ゼンは目をこすりながら、寝言のようなことを言っている。何を言っているかまでは聞き取れない。
 眠っているゼンをアパートの入口から階段の前まで引きずっていった。白雪の部屋は2階にある。
 ゼンを引きずって2階の自分の部屋まで上がれるか不安になった。いつもはなんてことのない階段だが、成人男性を女性一人で担いで登るにはかなりの無理がある。
「起きてください! ちょっと!」
 白雪はゼンの肩を揺すり、頬を数回叩いてみた。
「うむむ……ううん……」
 叩かれて痛みは感じるのか、眉間にしわが寄った。だが起きることはなく、そのままゼンは眠っていた。
「うーん、よいっしょっ! こらしょ!」
 起きる様子はなかったので、白雪はゼンを引きずりながら階段をのぼっていくことにした。
 成人男性を女性一人で抱えて階段をのぼることはやはり無理だ。階段の半分ほどのぼったところで息が切れてしまった。
「疲れた……」
白雪は階段の中ほどに座り込み休憩をする。
 カタリと、アパートの玄関の方で音がした。足音が近づいてくる。アパートの住民の誰かが返ってきたようだ。
 階段に座っていた白雪は慌てて起き上がる。眠っているゼンを階段の端によけようと、彼の腕に手をかけたときのことであった。
「な、なにやっているんですか? お嬢さん……」
「オビ! 良かった!」
 階段に座り込んでいた白雪の表情がパッと明るくなる。
オビが血相を変えて駆け寄ってきた。
「誰だこいつ。どうしたんですか! お嬢さん!」
 眠っているゼンの顔を覗き込み、オビは心配そうに問いかける。
「実は……」
 白雪はゼンをここへ連れてくることになってしまったいきさつをオビに話した。話し終わったとき、オビは大きなため息をついた。
「まったく、お嬢さんはお人好しなんだから……。公園で寝ている酔っ払い男なんて放っておけばいいんです。放っておけば!」
「だって……風邪ひいちゃうといけないし……」
 オビに怒られた白雪は視線を落としながら答える。
「で、この男、どうするつもりだったんです? まさか、自分の部屋に泊めようなんて……」
「えっと……、もしオビが帰って来なかったら……そうなるかな……なんて……アハハ」
 白雪は苦笑いしながら答える。
「とんでもない! 見ず知らずの男を部屋に泊めるなんて! この男、寝たふりだったらどうずるんです! お嬢さん、襲われちゃうかもしれなんですよ!」
 オビは興奮のあまり、眠っているゼンの腕をぺしっと叩いた。「ううん」と小さくゼンは唸る。
「ぐっすり眠っているし、そうは見えないけど……」
 ゼンはすやすや気持ちよさそうに寝息を立てている。起きそうにない。
「ダメダメダメ、絶対にダメです! お嬢さんの部屋に泊めるなんてとんでもない」
 オビが高速で首を振る。
「じゃあ、どうするの?」
 白雪がオビを見つめて首をかしげる。赤い髪がサラリと揺れる。
「こんな奴、アパートから追い出して外で寝かせておけばいい!」
 白雪はすやすやと眠るゼンの顔を見つめてしょぼんとしている。そんな表情をみせられると、オビもどうにかしようと思う気持ちになった。
 オビはゼンの顔を見た後、白雪を見つめる。
「今回だけはお嬢さんの優しさに免じて、俺の部屋に泊めますよ。さあ、俺の部屋まで連れて行きましょう」
「よかった!」
 白雪が明るい笑顔になった。この笑顔にはいつも弱い。断るものも断れない。そう思うオビであった。
 2人は眠っているゼンを両脇で抱えて、オビの部屋までたどり着いた。とりあえず、オビのベッドに寝かせた。
「ごめんね、オビ。面倒なことになって……明日も仕事でしょう?」
「ああ、仕事といってもお昼からだから大丈夫だ」
 クラリネス王国王子の会見は11時45分からだ。いくらなんでもその時間までには起きられるだろう。
「じゃあ、この男性の分を含めて、朝食作っておくね。私、明日は薬局の早番だから先に仕事行ってるね」
 街の薬局で働いている白雪は、朝早くから薬を調合しなければならないこともある。いつもだったら一緒に朝食をとるのだが、明日は別々の朝食だ。
「わかったよ。おやすみ、お嬢さん」
「おやすみなさい」
 白雪は赤い頭を下げて自分の部屋へ帰っていった。

 白雪が出て行ったところで、オビはベッドに寝ているゼンの顔を見た。
 すやすやと気持ちよさそうに眠っている。その穏やかな寝顔を見ているとなんだかオビは腹が立ってきた。
もし、自分が帰って来なかったら、この男はお嬢さんの部屋に泊まっていたかもしれないのだ。
そのことを考えると、なんだか体の奥からムカムカとしてきた。
「おい! 起きろ!」
 オビは眠っているゼンの頬をつねった。
「うー、いたい……」
 ゼンは眉間にしわを寄せる。
「おい! シャワーは浴びるか? 着替えはどうする?」
 オビはゼンの身体を強く揺さぶる。ゼンは眠たそうに目をうっすらと開いた。
「シャワー……。湯か? 湯はいらん。着替えは……着替えるぞ……。いつものシルクのパジャマを取ってくれ……」
 オビは眉間にしわを寄せる。シルクのパジャマなんてオビの部屋にあるわけがない。
「起きろ! これを着るんだ! シルクじゃなくて悪かったな!」
 オビは自分のパジャマをゼンに投げた。
「ううん。これがパジャマか……」
 ゼンはオビから与えられたパジャマの感触を確かめていた。
「ちなみにお前が寝るのはベッドじゃなくて長椅子だ。起きろ!」
 オビは乱暴にゼンの腕を引っ張って起こした。
「ううん……眠い……」
「着替えるんだ! おい! ベッドじゃなくて長椅子に寝るんだ。ここは俺の家で俺のベッドだ!」
 オビはゼンを揺すり起こし、言い聞かせるように言った。
「わかった……」
 ゼンは眠たい目を必死に開き、なんとか返事をした。


 シャワーを浴びて、頭を拭きながら浴室から出てきたオビは固まる。
 あれほど長椅子で寝るようにと言ったのに、ゼンはオビのベッドで寝ていたのだ。パジャマにはちゃんと着替えている。
「まったく!」
 オビは長椅子をベッドの隣に持ってきた。ゼンが寝ているベッドのシーツの端を持ちあげる。
「せーの!」
 シーツを勢いよく持ち上げ、ゼンの背中を蹴飛ばして長椅子に寝かせた。
 ぐっすり眠っているゼンは起きる気配はない。風邪をひかれても困るので、掛布団だけはかけてやった。
「俺も寝るかな……」
 オビは時計を見た。時計の針は日付が変わっている時間を示している。ここ数日、仕事で遅い日が続いていた。
 今日は飲みに行ってしまったが、白雪のいうとおり、朝起きられなくて遅刻してしまっては困る。
 オビはベッドに横になって目を瞑った。隣に見ず知らずの男が眠っているのはなんともいえない不思議な気分であった。


***

 キーンコーンカーンコーン。
 窓の外から、聞き覚えのある鐘の音が聞こえた。
 近くの教会の正午のチャイムである。
 もう少し寝ていたいと思い、オビは頭から掛布団をかぶった。あと10分だけ、この心地よい微睡みの中にいたい。あと10分……。
 オビは目を閉じようとしたところでハッとする。今、聞いた鐘の声は正午を示す音のはずだ。
 オビは時計を見た。
 時計は12時を1分過ぎていた。窓の外は明るかった。太陽は空高く昇っている。朝はとっくに過ぎてもう正午であった。
「やばい!」
 オビはベッドから飛び起きた。
 11時45分から、大使館でクラリネス王国の王子の記者会見がある。今日はその会見にいかなければならなかったのだ。
 ベッドのすぐ近くのテーブルを見ると、朝食が用意してあった。2人分だ。昨日、白雪が拾ってきた男の分まできちんと用意してある。
 その男見ると、まだ長椅子でまだ眠っていた。
 白雪が用意した朝食を食べている暇はなかった。
 オビは急いで着替え、カメラを持って部屋を飛び出した。だが、カメラは無駄であることをすぐに悟った。
 会見は通常30分ほどで終わるため、今から行っても終了しているはずだ。 
 オビはとりあえず勤めている新聞社へ行くことにした。
 社長であるシダンはいい人であるが、少々頑固で融通の利かないところがある。
 実は社長……シダンに借金もあった。これ以上、借りは増やしたくない。
 王子の会見に行かなかったことをなんとか誤魔化せないだろうか……。そう考えながら、オビは新聞社に辿り着いた。
「オビさん。社長が呼んでますよ」
 新聞社の事務員の女性がオビに話しかけた。
「あ、ああ。わかった」
 オビは浮かない返事をする。
「社長……なんだか機嫌が悪そうでした……」
 オビの顔を気の毒そうに事務員は見つめる。
「ああ、わかっている……」
 オビは沈んだ気持ちで社長室のドアをノックした。
「入れ!」
 ドアの内側から尖った声が聞こえた。オビはしぶしぶ扉を開けて部屋へ入っていった。
「遅刻だぞ! オビっ!」
 オビの耳に社長、シダンの声が刺さる。シダンは新聞を読んでいたようで、新聞を机に置き、鋭い目つきでオビを見つめる。
「あ……えっと、遅刻じゃないですよ、もう一つ仕事を済ませてきましたから」
「ほう、何の仕事だ?」
「王子の会見です。11時45分からの」
「行ってきたのか? 会見に?」
 シダンは驚いた顔をする。机に置いた新聞に一瞬だけ視線を落とした。
「そうか。それでは、遅刻ではないな、済まなかった……」
 シダンが笑顔になる。なんとかこの場は切り抜けられるかもしれない、そう思いオビはホッとした。
「じゃあ、シダンさん。俺は別の仕事があるので、これで……」
 オビは部屋から去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ、オビ。会見の内容を教えてくれないか?」
 シダンはオビを見つめてニコニコ笑っている。
「えっ……ああ、特にたいした会見ではなかったですよ。定例の質問を繰り返しただけの普通の会見です」
 オビはなんとか逃げようとする。
「いやいや、教えてくれないか、オビ。王子がどう答えたか興味深いんだ。ヨーロッパの将来についてはなんと答えた?」
「ええと……。あ、明るいでしょう……と」
 オビはたどたどしく答える。
「明るい!?」
 シダンは一オクターブ高い声をあげた。
「はい、明るいと。それだけです」
「じゃあ、国際親善については?」
「へ? ああ……ええと、子供たち……国際親善の未来への鍵は子供たち握っていると、王子答えていました」
 オビはその場を繕うためにでたらめを答える。
「ふむふむ、それは素晴らしい。オビ君、王子からこれだけの答えを引き出すには、相当苦労しただろうね」
 笑顔だったシダンの表情が厳しいものに変わる。
「いえ、別に……普通の会見でしたから特に……」
 オビは苦笑いしながら部屋を出ようとする。
「いやいや、すごいぞオビ! 謙遜するな! なにしろ王子は、今朝3時に具合を悪くされ、今日のスケジュールはすべて白紙になったのだからな!」
 シダンはオビの前に新聞を叩きつけた。オビの顔が真っ青になった。
「朝、ちゃんと起きて新聞を読んでいればこんなことにはならないんだぞ、オビ! 君は遅刻した上に嘘までついたんだ!」
 シダンは怒鳴り声をあげる。
オビは顔を青くしながらも、叩きつけられた新聞を見る。
『クラリネス王国、ゼン王子。体調を崩す』
 大きな見出しとともに、王子の写真が一面を飾っている。
 次の瞬間――、オビは王子の写真を見て目を見開いた。
 新聞を穴が開くように見つめる。
 ――あいつだ……! 
 お嬢さんが公園で拾ってきたあの男が、新聞に載っていた。
 今、自分の部屋のベッド……いや、長椅子で眠っているあの男の顔だ。
 新聞の写真はすました顔をしているが、間違いない!
「シダン社長! ゼン王子の本当のインタビューはいくらになります?」
「どういう意味だ?」
 シダンはまだ怒っていた。
「王子のインタビューです。外交のことだけじゃなく、私生活や好みのタイプの女性、将来の望みや夢。王子からそんな話を聞き出せたら、いくらになりますか?」
 オビは目を輝かせてシダンに聞いた。
「何故そんなことを聞く、そんなインタビューとれっこないだろう」
「とにかく質問に答えてください。いくらになりますか?」
 シダンはお手上げだと言わんばかりに両手をあげた。
「そうだな、内容が良ければどんな新聞社でも5000ドルは出すだろう。
でも、そんなインタビューとれっこないだろう。なにせ王子はご病気で寝込んでいるんだからな!」
「つてがあるんです。インタビュー、必ず取ってきますよ。そうしたら5000ドル、払ってくださいね。約束ですよ!」
「頭がどうかしているんじゃないか、オビ? 王子はご病気で、明日にはアテネに発たれるんだぞ?」
 シダンは心配そうにオビの顔を覗き込んだ。
「5000ドル。約束ですよ、シダン社長!」
 オビは新聞をポケットにねじ込むと、上機嫌に社長室を後にした。その直後、電話に向かって走っていった。
 あの男が目を覚ましていませんように!
 ゼン王子がまだぐっすりと俺のベッド……いや、長椅子で眠っていますように!
 そう祈るばかりであった。



4.確認

 オビは受話器を片手に時計を見た。
 13時30分。
 今日、白雪は薬局の早番なので、職場からそのまま帰っていれば、家に着いている時間だ。 
(どうかお嬢さんが家に帰っていますように!)
 オビは祈る思いで受話器の向こうの呼び鈴の音を聞いていた。
「はい、もしもし」
 白雪の声だった。
「お嬢さん! よかった! 帰っていて……」
「どうしたの? オビ。今、帰ってきたところだけど……」
 受話器の向こうから不思議そうな白雪の声が聞こえた。
「俺の部屋に行って、昨日のあの男がまだ寝ているか見て来てくれ! 早くっ!」
「え? どうしたのオビ?」
 オビの切羽詰まった声に驚く白雪。
「いいから! あの男がまだいるか確認して欲しいんだ。早く!」
「わ、わかった、オビ。見てくるね……」
 受話器をゴトリと置いた音の後、白雪が走ってゆく足音が聞こえた。
「お待たせ、オビ。まだ昨日の人、寝てたよ」
「そうか! よかった」
 オビはまだゼン王子が部屋に寝てくれていたことにホッとする。
「お嬢さん、お願いがあるんだ」
「なに?」
「昨日の男を……ベッドで寝ているあの男を俺が帰るまで、絶対に部屋から出さないで欲しいんだ。
目が覚めて帰りたいと言っても、なんとか部屋に留めて欲しい。そして部屋には誰も入れないで欲しい」
「え? なんで?」
「帰ったら話すよ。絶対に誰も部屋に入れるな!」
「う、うん……」
 状況が飲み込めていない白雪の戸惑う返事が聞こえた。
 電話を切ったオビは一目散に家に向かって走っていった。
 途中、ポケットに突っ込んだ新聞が落ちそうになった。
 危ない……新聞のこの写真がないと、本人確認ができなくなってしまう。
 オビは右手に新聞をしっかりと握りしめる。
更に帰路を急いだ。


***
 オビがアパートに帰ると、部屋の前で白雪が立っていた。オビの顔を見た白雪は笑顔になる。
「おかえり、オビ」
「あの男、まだいるか?」
 オビはゼン王子のことを聞いた。
「うん、まだぐっすり眠っているよ。それより、オビ。寝坊したでしょ! 朝ごはん食べてなかった。仕事は間に合ったの?」
「あ…う、うん。なんとか……それよりあの男は……」
 オビはゆっくりドアを開け、忍び足で部屋に入る。
 長椅子で昨日の男が眠っていた。まだ目覚める気配はなく、寝息を立ててすやすやと眠っている。
「どうしたの? オビ?」
「あ、いや……そうだ! 朝食! 朝食を温めてくれないか? 昼も食べていないし、腹ペコだ。この男もそろそろ起こさないと……」
 白雪が朝から用意してくれてあった朝食がベッドの脇のテーブルに乗っていた。
「そうだね、温めてくる」
 白雪は朝食を温めに自分の部屋へ戻った。
 白雪が部屋から出た後、オビはゆっくりとゼンに近づいた。ポケットから新聞を出し、一面を飾る王子の写真と顔を見比べる。
「うん、やっぱり本人だ!」
 クラリネス王国の王位継承者、ゼン王子で間違いないことを確信する。
 オビは長椅子とベッドを見比べる。王子を長椅子に寝せていたなんて、なんと失礼になることだろう。隣のベッドに移さなくては……。
 オビは長椅子とベッドをくっつけた。長椅子で寝ているゼンのシーツを引っ張り、隣のベッドへゼンを転がす。
眠っているゼンは素直にベッドの方へ転がっていった。
 掛布団を整え、ゼンの耳元で囁く。
「殿下、ゼン殿下……」
「ううん、なんだミツヒデ……。大臣との謁見はまだだろう……」
ミツヒデはゼン殿下の側近の名前だ。クラリネス王国の王子、ゼン殿下であることは間違いない。
 オビがそう確信したその時だった。眠っていたゼンの瞼がゆっくりと開いた。
目の前にいる見知らぬ男の姿を見てギョッとしたのが、次の瞬間、ベッドから飛び起きた。
「だ、誰だ。お前は! ここはどこだ!」
 飛び起きたゼンは左右を見回す。見知らぬ場所にゼンは動揺し、警戒している様子だ。
「ここは俺の家です。昨日の夜、公園のベンチで寝ていたあなたを、妹が連れて帰ってきたんです」
「妹?」
 ゼンは不思議そうな声で言った。
 オビは、家の住所とここへ来ることになったいきさつを話した。
「ということは、俺は誘拐……いや、連れ去られたとかそういうわけじゃないんだな」
「ええ、そうです」
 オビは笑顔で頷いた。
『オビ〜開けてぇ〜』
 ドアの向こうから白雪の声がした。オビは急いで玄関まで行き、扉を開けた。
扉の向こうには白雪が食事のトレイを持って立っていた。両手が塞がっているため、扉が開けられなかったのである。
「ありがとう、オビ。あっ、目が覚めたんですね。良かった。ずっと眠ったままなんでもう起きないかと思いました」
 白雪は食事の乗ったトレイをテーブルの上に置きながら言った。
「昨日の林檎……」
 ゼンは白雪の赤い髪を見て呟く。じっと白雪のことを見つめていた。
「本当によく眠っていたな」
 オビも頷く。
「あ……昨日の夜、神経が高ぶっていて眠れなくて……睡眠薬を打ってもらったんだ。
それで随分、眠ってしまったようだな……って、今、何時だ?」
 ゼンはハッとし部屋の中をキョロキョロと見回した。時計を探しているようだった。
「午後2時ですよ」
 オビの答えにゼンは目を見開き、ベッドから勢いよく飛び出した。
「午後2時だって! 大変だ! 今日はスケジュールがびっしり入っているんだ。早く戻らないと!」
 ゼンはベッドの前で右往左往する。かなり焦った様子だ。
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず食事にしませんか? お腹もすいているでしょう」
 オビはゼンの前に両手を広げ、行く手を遮る。
「そうですよ、朝食……いえ、もう昼食でも遅いですが、一緒に食べましょう!」
 白雪がゼンに向かってにっこりとほほ笑んだ。せっかく温めてきた食事だ。食べてもらいたい。
 ゼンは目の前の二人を見た。目の前で両手を広げている男は、少々目つきは悪いが、寝床を貸してくれた恩人である。
林檎のような赤い髪の女性の方は笑顔が明るくかわいらしい。用意してくれた食事の美味しそうな匂いが、ゼンの鼻に届いた。
小さくお腹がぐぅと鳴った。そういえば喉もカラカラだ。これから帰るにしても、できれば何か口にしたいと思った。
「わ、わかった。いただくよ……」
 ゼンは申し訳なさそうに頷く。
「こちらへどうぞ」
 白雪が椅子を引いてくれた。荒い木目の古めかしい椅子であった。
「あ、ありがとう」
 座るとギシリと椅子が鳴った。その音にゼンはビクリとなる。
体を少し動かすと一緒に椅子もゆらゆらと揺れた。小さな頃に乗ったブランコ以外、このような揺れる椅子に座るのは初めてだった。
「あ、ごめんなさい。椅子が少しガタついているの。こちらの椅子にどうぞ」
 白雪がゼンの隣の椅子を引く。言われるがまま、隣の椅子に座ったが、やはりギシリと音が鳴る。あまり変わらないと感じた。
 目の前の食事を見た。パンとサラダとベーコンだろうか? 薄い肉が盛り付けてある皿があった。目玉焼きもあった。少し焦げている。
「紅茶でいいですか?」
 白雪がポットを持ってゼンのカップに注ごうとしていた。
「あ、ああ。お願いします」
 カップに注がれた紅茶を口に含んだ。いつも飲む紅茶より苦みはあったが、数十時間ぶりに口にした水分だった。
温かな紅茶はゼンの喉を潤し、じんわりと身体に染み込んでいった。
「どうも、昨夜は世話になったみたいだ。礼を言う。ありがとう」
 紅茶のカップを置きながらゼンは二人に頭を下げる。
「本当に、あんな公園で寝ていては風邪をひいてしまいますし、警察に連れていかれてしまいますよ」
 オビに紅茶を注ぎながら白雪が言った。
「ああ、そうだな。本当に助かった。ベッドも借りて申し訳ない。長椅子で寝るのは窮屈だっただろう」
 ゼンはオビの方を向く。
「あ、いや……それほどでも」
 本当のところ、長椅子で寝たのはゼンである。直前に長椅子からベッドへ移したことは秘密である。
「あれ? あらら?」
 白雪がゼンの顔を覗き込み、不思議そうな声をあげる。
「おにいさん、誰かに似てるって言われません? うん、すごく似てる。そっくりさんって言ってもいいくらい」
「そっくりさん?」
 ゼンは白雪の言葉に首をかしげる。
「ほら、今、ローマに来ているクラリ……」
「おっとっと! ヤバい! こぼした……」
 オビが白雪のほうに向けて紅茶をこぼした。赤茶色の液体がテーブルの上に広がる。
「もうっ! 何やってるの? オビ。あっ、紅茶かかりませんでした?」
「あ、いや。大丈夫だ」
 ゼンはテーブルを呆然として見つめていた。
 白雪はこぼした紅茶を布巾で拭こうとする。
「オビの服に紅茶がかかってるじゃない。早く洗わないと……」
「そうだな、洗わないといけないな。ちょっとお嬢さん、こちらへ……」
 オビは白雪の肩に手をかけ、テーブルにゼンを残して扉の外に出た。
「な、なに? オビ、どうしたの?」
 突然、扉の外に連れていかれた白雪は不思議そうな顔をしていた。
「本物なんだよ!」
「本物?」
 白雪が首をかしげる。
「昨日、お嬢さんが拾ってきたあの男。そっくりさんじゃなくて、本物の王子だ。クラリネス王国のゼン王子なんだよ」
 オビが白雪の耳元までかがんで小さな声で言った。
「えっ!」
 白雪が目を見開く。
「確か王子って、今日、体調不良ですべての行事をキャンセルしたって……朝の新聞にあったけど……」
「その王子がここにいるからキャンセルなんだ。辻褄が合うだろう」
「……」
 白雪が信じられないといった表情になる。
「王子のスクープを撮るんだ。なんとか今日一日、王子と行動して、インタビューとスクープ写真を撮りたいんだ。
新聞社のシダン社長とも約束した。もし、ゼン王子のスクープ写真とインタビューが取れたら、特別報酬5000ドル貰えることになっている」
「5000ドル!?」
「俺一人では無理だ。ゼン王子に怪しまれる。お嬢さんに協力して欲しいんだ。
女性が一緒にいた方が、色々都合がいい。今日一日、ゼン王子と共に行動してスクープをなんとしてでも取りたいんだ。こんなチャンスは滅多にない!」
 オビは白雪を必死に説得した。
「5000ドルあれば……私たちの借金も返せるわね」
 白雪が納得したように頷く。
「あ、ああ……」
 オビが少し間をおいて頷いた。
「わかった、オビ。協力する」 
 白雪は真剣な表情でオビを見つめて強く頷いた。
 二人が戻ると、ゼンは朝食を食べ終わり、紅茶を飲んでいるところだった。
「大丈夫だったか?」
 ゼンが紅茶をこぼしたオビを心配する。
「ええ、大丈夫です。遅れましたが、自己紹介しますね。私はオビ、こちらは妹の白雪です。
妹と言っても血の繋がりはありません。私の母と白雪の父が再婚して、兄妹となりました」
「ああ、そうなのか。確かに、似てないな……」
 ゼンはオビの黒髪と白雪の赤い髪を見て頷いた。顔立ちも全く似ているところはない。
「白雪です。どうぞよろしく」
 白雪は笑顔でゆっくりお辞儀をした。
「よろしく、私の名は、ゼン=ウィス……いや、いいや。なんでもない。
私の名はええと……ゼ、ゼン…………ゼンノスケ=ウイリアムだ。ゼンノスケは呼びにくいから、皆からはゼンと呼ばれている」
 オビと白雪は一瞬だけ視線を交わす。やはり本人に間違いないようだ。
「そうなのか。よろしく、ゼン!」
「ゼン、よろしく!」
「ああ、こちらこそよろしく!」
 オビと白雪はゼンと握手を交わした。
「オビ、さっきこぼした紅茶のシミ、残ってるよ。着替えてくれば?」
「ああ、そうだな。そうするよ」
 オビは着替えるため、一度部屋を出て行った。部屋に白雪とゼンの二人きりになる。
「もう一杯、紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
 紅茶を注ぎながら白雪は気づかれないよう、チラチラとゼンの顔を見ていた。
 気づかれないように見ていたつもりだが、バッチリと視線が合ってしまった。
「そういえば……さっき、言っていた『そっくりさん』とはどういう意味なんだ?」
 ゼンがまっすぐに白雪を見つめて聞いた。
「えっ! ええと……あの……そっくりさんというのは……そ、そう! スラングで素敵な人って意味。ゼンは素敵な人って思ったの」
 白雪は引きつった笑顔でゼンに言葉を返した。
「そうか、それは嬉しいな」
 何も知らない王子様は素直な笑顔で頷いた。
「それよりも本当にもう帰らなくてはならない。一晩宿を世話になり、朝食までご馳走になって感謝している。美味しかった」
 ゼンが椅子から立ち上がり、白雪に礼を言った。
「えっ! ちょっと待って! 帰らないでください! 今日一日くらいいじゃないですか。
そう、近くに有名なオープンテラスのカフェがあるんです。一緒に行ってみませんか? 是非、ゼンと一緒に行ってみたいんです!」
 白雪はゼンの腕をしっかりつかむ。
 オビのいない間にゼン王子に帰られてしまっては困る。
スクープを何としてでも取らなければいけないのだ。少々強引だが、なんとか引き留めなければならない。
「オープンテラスのカフェ……」
 オープンテラスのカフェという言葉に興味があるらしい。
「行ってみましょうよ! カフェ、ねっ?」
 白雪は軽くゼンに腕を絡めた。
「あ、ああ……少しなら……」
 ゼンの頬がポッと明るくなる。
 カチャリ。扉が開く。部屋にオビが戻ってきたのだ。
「あー! 俺の妹に何そんなにくっついているんです! 
え? オープンテラスのカフェに行きたい? ああ、いいですよ! 行きましょう! 3人で行きましょう!」
 オビは賛成しつつも、無理やり二人の間に割って入った。

♪続く


この後、ゼンと白雪の距離が縮まって、スクープは取りたいけど、
そんな二人にイライラするオビ……みたいな感じで書けたらいいなと思ってます。
まだまだ続きますので、どうぞお付き合いください♪

立ち読み無料♪



【BACK】 【HOME】