赤髪の白雪姫2次小説
王子様の嫉妬



「ゼンが子供にヤキモチを妬いてしまう小説」というリクエストを頂きまして、妊娠&子供ネタです。
その手のぬくもりの続きを元から考えてあったので、それと合わせてみました。
リボンの結び方の話が最後に少々出てきますが、こちらだけでも読めます。


1.体調不良 2.王子様の嫉妬 3.1+1は?


1. 体調不良

 気分が悪くて目が覚めた。
 ここ数日、朝起きると気分が悪い。今日は特に具合が悪く、吐き気も感じる。
白雪は起き上がろうとベッドから体を起こしたが、めまいがした。
起きていられず、再びベッドに倒れ込む。少々頭痛もした。
 その振動で隣に寝ていたゼンが目を覚ました。
「ん? おはよう、白雪。もう朝か?」
「う……ん、おはよう……」 
 白雪は眉間に皺をよせ苦しそうな表情をする。
「どうした? 白雪。具合が悪いのか?」
 ゼンの表情が変わる。
 白雪の顔色が青い。いつもの白雪ではない。
「うん……、ちょっと気持ち悪いかな……」
「大丈夫か? 熱は……」
 ゼンは白雪の額に手を当てる。
「ちょっと温かいけど高熱ではないな。昨日も食欲なかったもんな。王宮の医師を呼ぶか?」
 白雪はベッドの中で赤い頭を左右に振る。
「大丈夫、もう少し寝てれば治りそう……。
ゼンも今日は朝から会議でしょ。早く支度して行かないと……」
 今日、ゼンは早朝から会議が入っている、遅刻しては大変だ。
そろそろ支度をしなくてはならない。
「ああ、大丈夫だ。女官に様子を見に来るように頼んでおくから、
無理するんじゃないぞ。薬室の仕事も無理して行かないようにな」
「うん……」
 白雪はベッドの中で頷いた。


 ゼンが仕事へ出かけてから、数分後に女官が白雪の様子を見に来た。
「すみません、お水持ってきてもらえますか? あとオビを呼んでください……」
 白雪は起き上がらずにベッドの中から女官に頼む。
「かしこまりました」
 女官が部屋から出てゆく。
 この分だと、気分が悪くて薬室の仕事には行けそうにない。
薬室への連絡をオビに頼みたかった。それと今の何ともいえない気持ち悪さと頭痛に効く薬が欲しかった。
リュウに薬を処方してもらいオビに持ってきてもらおうと考えた。
 女官が出て行ってから数十分後、扉をノックする音が聞こえた。
「お嬢さん、大丈夫ですか? 水、持ってきました。入りますよ」
 扉の向こうからオビの声がした。
「うん……、どうぞ」
 白雪は苦しそうに答える。
「お嬢さん、具合が悪いって聞きましたよ。大丈夫ですか? お水とおしぼり持ってきましたよ」
 オビの姿を見て白雪はベッドから起き上がる。
「うん……ちょっと朝から気持ち悪くって。それと頭痛も……二日酔いみたいな感じ……」
 オビは白雪の顔見て沈黙する。
 思うことがあった。
「お嬢さん……昨日、酒飲んでないでしょ。二日酔いのわけがない」
「そっか……そうだね」
 白雪はオビの差し出した水の入ったコップを受け取る。
 コップの水を半分ほど飲んだところで、白雪は動きを止めた。胸に手を当てる。
「お嬢さん……?」
 白雪の顔は真っ青であった。コップを置いたかと思うと、素早くおしぼりを手に取り、口に当てる。
「うっ……」
 白雪は胃の中のものを、おしぼりに吐いた。
吐いたといっても食事をしていないので、今飲んだ水と少々の胃液を吐いただけである。
「ど、どうしたんですか! 大丈夫? お嬢さん」
 オビは慌てて白雪の背中をさする。
 白雪は咳き込み苦しそうであった。
「ゴメン、オビ。ちょっと薬室の仕事に行けそうにないって伝えてもらえる? 
あと吐き気に効く薬が欲しいの。数日前から朝、具合が悪いんだ。リュウに薬処方するように頼んでもらっていい?」
 オビは何も答えずに白雪をじっと見つめる。
「ふーん、薬ねぇ〜。お嬢さんそれってもしかして……」
「なに?」
 オビは気づいたことがあったが言い留まった。白雪は不思議そうに首をかしげる。
「わかりました。じゃあ、お嬢さん、とりあえず寝ててください。
薬室に行ってきます。それと、木々嬢呼んできますね」
「木々さん? いいよ、忙しそうだし」
「いいえ、呼んで来ますとも」
 オビは微笑みながら部屋を出て行った。


「白雪、入るよ」
 ノックの音と共に扉の向こうから木々の声がした。
「はい、どうぞ」
 オビがいたときよりも少し具合は良くなっていた。白雪はゆっくりベッドから起き上がる。
「具合どう? 白雪?」
 木々はにこやかに笑いながら白雪に近づく。
「はい、少し良くなりました。最近、朝起きると具合が悪いことが多くて……
今日は特に気持ち悪くて、さっき吐いちゃいました」
 木々を心配させぬよう白雪は青い顔をして笑う。
「そう。無理しないでね」
「はい、心配かけてすみません」
 白雪は軽く頭下げる。
 顔を上げると、じっと木々がこちらを見つめていた。何か言いたそうだ。
「あのさ、白雪。ちょっと変な事聞くけど……生理は?」
「はい?」
「生理って来てる?」
 予想していなかったことを聞かれて白雪は固まる。
 そしてハッとする。
「そういえば……ずっとない!」
 白雪は木々の顔を見つめて叫ぶ。
「具合が悪いのは、つわりじゃない?」
「そ、そういえば、最近胸も大きくなったかも……」
 白雪は両手で胸を押さえる。
「ほら、きっとそうだよ。おめでとう、白雪!」
 木々は嬉しそうに白雪の背中を叩く。
 白雪は体の変化に驚きつつ、そっと自分のお腹に手を当てる。
「あ、赤ちゃん?」
 木々は微笑みながら静かに頷く。
「うん、よかったね。おめでとう。一応、宮廷医に診てもらおう。オビ、ちょっと……」
 木々は扉の外で控えていたオビを呼ぶ。宮廷医を……女医のほうを呼んでくるよう指示をする。
 白雪はお腹を押さえたまま呆然とする。
 このお腹の中に、赤ちゃんがいるかもしれないのだ。嬉しさと驚きで頭が真っ白になった。
「本当に……本当に赤ちゃんがいるのかな?」
 白雪は声を震わす。
 ゼンとの赤ちゃんがこのお腹に本当にいれば、これほど嬉しいことはない。
 瞳には涙が溜まり、今にも溢れ出そうだった。
「ほら、白雪。泣かない、泣かない」
 木々は白雪をかかえ、赤い頭を撫でる。
「うっ……ひっく……」
 木々の腕の中で嗚咽を漏らす。まだ信じられない思いがいっぱいだが、本当なら嬉しい。
白雪は木々の腕の中でしばらくじっとしていた。

 宮廷医の診断の結果、やはり妊娠している可能性が高いと言われた。
3カ月に入ったくらいだろうということだ。まだ不安定な時期だから無理をしないようにということだ。
「改めておめでとう、白雪。ゼンには自分から伝えるでしょ?」
「はい!」
 白雪が笑顔で元気に返事をしたところで、扉の外が騒がしくなった。
 なんだろうと思い、二人は扉の方へ顔を向ける。
 次の瞬間、ものすごい勢いで扉が開いた。
「しらゆきーっ! 子供ができたって本当かー! ミツヒデから聞いたぞー!」
 ゼンが大声で叫びながら部屋に入って来た。
白雪の元へかけてゆき、そのまま彼女を抱きしめる。
「きゃっ!」
「白雪! 嬉しい! 本当に良かった!」
 人前にも関わらず、ゼンは思いっきり白雪を抱きしめる。
「ミツヒデーーっ!」
 木々が形相を変えて扉の外にいるミツヒデとオビの元へ行く。
「どうしてミツヒデがゼンに言うの! 白雪が伝えたいに決まってるでしょ!」
「ごめん、木々。オビから聞いて嬉しくてゼンに伝えてしまった……」
 ミツヒデは平謝りする。
「オビも! 軽々しく言わない!」
「す、すみません。……でも改めまして主、お嬢さん、おめでとうございます」
 オビが姿勢を正し、ゼンと白雪に向かって祝いを述べる。
「おめでとう。ゼン、白雪!」
 ミツヒデもオビに続く。
「まったく、もうっ!」
 木々は怒りながら部屋を出る。ミツヒデとオビも軽く会釈をして部屋を去る。
 部屋に誰もいなくなったところで、ゼンは再び白雪を抱きしめる。
「白雪! やったな! よくやった。嬉しい!」
 ゼンは強く白雪を抱きしめる。ゼンの胸がすぐ目の前にあり、肩も背中も強く抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと……ゼン、苦しよ……」
 強く抱きしめられすぎて腕が痛かった。
「あ、ごめん」
 ゼンは腕を離す。
「今、3カ月に入ったところくらいだって。まだ不安定な時期だから無理しないように言われた……」
「そうだな。体調の悪い時は仕事も無理しないほうがいい。いつ生まれる予定なんだ?」
「順調にいけば来年の春くらいだって」
 ゼンは白雪の肩をゆっくり抱く。
「そうか、本当に嬉しいよ」
 ゼンは赤い髪のかかる耳元にぴったりと顔をつけて囁く。
その言葉に、先ほど木々の前で流した涙がまた流れそうになる。
「ゼンがこんなに喜んでくれるなんて、私も嬉しい……」
 最後は涙声になってしまった。
「泣かなくていい。これからが楽しみだな」
「うん」
 ゼンの腕の中で安心して頷く。

 ――お腹に宿ったこの小さな命。
 ゼンのためにも、今まで応援してくれた皆のためにもこの命を大切に育てていきたい。
そして今のこの気持ちをいつまでも忘れないでいたい。
 白雪は温かなゼンの胸の中でそう思った。

***

 白雪の妊娠が分かってからのゼンのの過保護っぷりには、王宮中が呆れるくらいだった。
薬室には毎日手を繋いで送り迎えをしたり、事あるごとに白雪にべったりのゼンであった。  
 微笑ましい王子夫妻を王宮のみんなが優しく見守った。

 翌年の春。
 第二王子妃が元気な男児を生んだという吉報がクラリネス王宮から出されることになった。
 王宮はもちろんのこと、クラリネス中が祝福に包まれた。
 隣国のタンバルン王宮からも祝いがあり、両国をあげて第二王子妃の出産を喜んだ。




2. 王子様の嫉妬


「ゼン、先に寝てていいよ。私は母乳あげてから寝るから」
 白雪は子供を抱える。ベッドに腰かけゼンに背を向けて座る。
「ああ……わかった……」
 ゼンはベッドに入りしばらく白雪の背中を見つめる。
 白雪の方に向きを変え、彼女の背中寸前まで迫る。すぐ近くまで来たのに白雪はまったく気づかない。
 試しに、ちょんちょんと人差し指で背中を軽く突いてみた。
「何? どうかした?」
 白雪は授乳を邪魔され不機嫌そうな返事であった。
「いや……なんでもない……」
 ゼンは起き上がり、背中を向けている白雪の方へ回り込む。
 ふくよかな胸をした白雪の姿と、そのお乳を吸っている我が子の姿が目に入る。
「どうしたのゼン? 眠れないの?」
 白雪は首をかしげる。ゼンは無言で授乳している姿を見つめている。
「俺のおっぱいだったのに……」
 ゼンはポソリと呟いた。
「はぁ? 何か言った?」
 小さく呟いたゼンの台詞を白雪は聞き返す。
「いや! 何でもない。もう寝るよ!」
 思わず口から出てしまった言葉を否定しながらベッドに戻る。
 子供が生まれてから白雪は構ってくれなくなった。
乳母もつけたが、白雪はできるだけ自分でやりたいと言い、乳母に頼むのは最小限にしているようだった。
今は一番忙しい時期だから仕方がないと頭ではわかっているが、心が白雪を求めていた。
もっと白雪に触れたいと思った。一緒に過ごしたかった。
 だが、我が子に一生懸命な白雪にそんな要求することはできない。
 白雪はこんなに近くにいるのに、遠くにいるように感じた。淋しいと思ったのだ。


「じゃあ、白雪、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
 翌朝、ゼンは仕事へ行ってくる挨拶を白雪にした。
子供を抱きかかえた白雪は、扉の前までゼンを見送ってくれていた。
 白雪の姿を見つめてふと考える。
「行ってくるから、白雪」
 ゼンは白雪の方へ一歩近づき、もう一度挨拶をする。
「い、行ってらっしゃい……ゼン」
 白雪は苦笑いしながら、ゼンが一歩出た分、後ずさる。
 ゼンは扉を開けて王宮内の執務室へ向かった。
 本当は、行ってきますのキスをして欲しかった。
 子供が生まれる前は、ほぼ毎日してくれたのに、今はない。
思い切って言ってみようかとも思ったがためらわれた。
 ゼンは軽く溜息をつく。
 やはり淋しいと感じた。
 
「どうした? ゼン、元気ないな? 今は子供も生まれて幸せの絶頂のはずだろ? 何か悩みか?」
 執務机で何もせずぼんやりしているゼンにミツヒデが話しかける。
 机の上には書類が山積みで何も仕事に手を付けていない状態であった。
「ああ、ミツヒデか……」
 朝から陽気なミツヒデに視線をチラリと送る。ふぅ〜と大きく溜息をつく。
「あれは俺もおっぱいだったのにな……」
 ゼンは空を見つめ呟く。
「は? おっぱい? ゼン、どうしたんだ? なんか変だぞ」
 ミツヒデは、ゼンの顔を覗き込む。ミツヒデの顔が近づいても一点を見つめてぼうっとしている。
ミツヒデの姿など目に入っていないようだった。
「ゼン? 1たす1は?」
「ゼロ……」
 ゼンはぼんやりしたまま答える。
「本当にどうしたゼン! 変だぞ!」
 ミツヒデの表情は青くなる。主人の肩に手を置き心配そうに顔を覗き込む。
「淋しい……」
「は?」
「白雪が子供にかかりきりで、構ってくれない。淋しい……」
 ミツヒデは沈黙し、主を見つめる。
 同時に『ああそういうことか』と納得した。
 頑張り屋の白雪の事だ。子供の事で必死なのだろう。初めての子育てでゼンなんて構っていられないのだ。
ミツヒデと木々の間にもゼン達よりも一足早く子供がいたので、その気持ちはよくわかった。共感できると思った。
「ゼン、それは仕方ないだろ……。白雪だってきっと初めての子育てで必死なんだ。
まあ、でも……その淋しい気持ちは分かるな。木々も子供にかかりきりで、俺の存在なんて無視だったし……」
 ミツヒデはゼンを慰めつつ同意する。
 ゼンはミツヒデの顔を改めて見つめる。
「そうか、ミツヒデにもそんな時期があったのか。全然気づかなかったぞ」
 ゼンは淋しいと思う気持ちが自分だけの感情ではないと知る。
「ああ。でも木々はああいう性格だし。元からあまり構ってくれるタイプじゃないから、ゼンほど悩まなかったけどな」
 ミツヒデは苦笑いする。
「その話を聞いてちょっと安心した。構ってもらえなくて淋しいなんて俺だけかと思ったよ。ミツヒデありがとう」
 ゼンはまっすぐにミツヒデを見つめる。いつものゼンに戻ったようだ。
「いや、礼を言われるほどのことでは……」
 ミツヒデは少々照れながら恐縮する。
「じゃあ、仕事始めるか! ぼんやりしてる場合じゃないからな」
 ゼンは気を取り直して、執務机に山積みの書類を手に取る。
やっと仕事をする気になったようだ。
「あ、ゼン。そっちじゃなくて、こっちの書類の署名から頼む。あと急ぎの書類があるんだ。今、取ってくる」
 ミツヒデは執務室を後にする。
 扉を閉めてふと横を見ると、木々が立っていた。
「き……木々!」
 ミツヒデ真っ青になり後ずさる。
 木々は無言でミツヒデを見つめる。その視線にミツヒデは固まる。
「い、今の話……聞いてたか?」
 木々はそのまま無言で頷く。ミツヒデの腕を取り、廊下を進む。
 執務室から二つ隣の使っていない書庫にミツヒデを連れ込む。
「良くないよ……」
 木々がポソリと呟く。
「え?」
 ミツヒデは青い顔で聞き返す。
「ゼンが淋しいと思うのは良くないよ」
「そ、そうだな。でも今は大変な時期だから仕方がないだろ?」
 ミツヒデは自分が責められるのではないかと思い構えていたが、
ゼンのことについての話だったので胸を撫で下ろす。
「そうだけど、ゼンはすぐに感情が顔に出るから、淋しいって誰から見てもわかる。
そこへ誰かにつけ込まれるようなことがあったら……」
 ミツヒデはつけ込むという木々の言葉にあることを思いつく。
「つけ込む! 寂しさから一夜の過ちとか?!」
「そこまで言ってない!」
 ミツヒデは木々に頭を殴られる。
「いてて」
 ミツヒデは頭を撫でる。
「もう妃は白雪だから覆されることはないと思うけど、
ゼンの妾の座を狙ってる人間がいてもおかしくない……」
 木々は顎に手を当てて真剣に考える。妻の考えにミツヒデも納得する。
「そうか、ゼンは王子だし、そういうこと考えている奴がいてもおかしくないな」
 二人は顔を見合わせてしばらく沈黙する。
「白雪に言おうか……」
「そのほうがいいかな」
 木々はミツヒデを見つめる。その視線にはどっちがそれを言うか、問いただすような視線だった。
「私が言ってもいいんだけど、さっきの会話からすると……ミツヒデが言って!」
「えっ!」
 ミツヒデは目を見開く。同じ母親という立場で、木々が言うものだと思っていたからだ。
「お、俺が言うのか……」
 ミツヒデは戸惑う。どうやって白雪に切り出したらいいか、何と言ったらいいかまったく分からなかった。
「ミツヒデも寂しかったってことを含めて白雪に伝えればいいよ。
遠回しに言わないでストレートに伝えていいと思う」
 木々はニコリと笑う。
「わ、わかった。頑張るよ。そうだ、書類を取りに部屋を出たんだ。もう戻るよ」
 ミツヒデは扉の方へ向かった。
「ミツヒデ」
 木々の呼ぶ声が聞こえた。声と同時に背中に木々の体温を感じた。
背中の服が引っ張られ、木々が寄り添う形でミツヒデの背中を捕まえていた。
「ど、どうした? 木々?」
 突然、身を寄せてきた木々に驚く。振り向かずに聞く。
「淋しい思いさせて、ごめんね」
 木々は、しっかり聞いていたのだ。
こんな形で謝られると、嬉しさと動揺でどうしたらいいかわからなくなる。
 ミツヒデは振り返る。気まずい顔をした木々が視線を合わせずに立っている。
 こんな木々はあまり見たことがない。
「大丈夫だ。ゼンの所に行ってくるよ」
 木々の肩を軽くポンと叩き笑いかける。
 木々はホッとした表情に戻った。


***

 ミツヒデは一人、部屋で悩んでいた。
 白雪に伝えると言っても、いつ、どうやって伝えようか。
 出産後で、今は仕事にも行ってないから王宮内でばったり会うことも少ない。
部屋にいることが多いのだ。かといって部屋までわざわざ、訪ねていくのも気が引ける。
それに、ゼンのいる前で言うこともできない。白雪と二人きりで話がしたいが、そんなチャンスあるだろうか? 
できるだけ早く伝えたかったが、どうしたらいいか分からなかった。
 ミツヒデは軽く溜息をつき、ふと窓の外を見る。
 季節は春から初夏へと移行していて、王宮の庭の緑も、太陽をたっぷりと浴びて瑞々しかった。
 すると、樹々の緑の中に真っ赤な宝石のような頭が目に入った。
 王宮内で赤い頭といえば、第二王子妃以外いない。これはチャンスだとミツヒデは思った。
「しらゆきー!」
 ミツヒデは窓から身を乗り出し、大声で第二王子妃の名前を呼ぶ。
 赤い頭が立ち止まり、声のほうを振り向く。
「ミツヒデさーん!」
 白雪もミツヒデを見つける。いつもの元気な笑顔で、はつらつとしている。
手には籠のようなものを持っていて両手は塞がっていた。
「しらゆきー! ちょっと待ってくれ、話があるんだー!」
 ミツヒデは白雪を呼び止め、王宮の庭へかけてゆく。
「忙しいところごめん、ちょっと話があるんだ。少し時間いいか?」
 急いでかけてきたミツヒデは、少々息が上がっていた。
「はい、大丈夫ですけど……」
 白雪は少々不思議そうな顔をする。
ミツヒデが呼び止めてまでの話なんて、何の話かと思ったからだ。
「えっと……、話というのは……」
 ミツヒデは白雪を見つめたまま言葉に詰まる。
 なかなか会うことのできない白雪を捕まえたのはいいけれど、
何と言って話を切り出したらいいかまで考えていなかったからだ。
「はい……」
「えー、その……」
 ミツヒデは頭をかき、白雪の持っている籠に視線を落とす。
籠の中には子供の物らしい洗濯物がいっぱいに入っている。
「どうしたんですか? ミツヒデさん?」
 なかなか話そうとしないミツヒデを白雪は不思議に思う。「えっと、その……」ばかりを繰り返しているだけで、
何を言いたいのかわからない。
 白雪は洗濯物の籠を持ち直した。
「ごめんなさい、ミツヒデさん。ちょっと急いでるので、お話はまたあとで……」
 白雪は痺れを切らし、ミツヒデの元を苦笑いで去ろうとする。
「ま、待った白雪。本当に待った!」
 ミツヒデは彼女の肩を掴む。仕方なく白雪は立ち止まり、不思議そうにミツヒデの顔を見つめる。
 ミツヒデは一つ深呼吸する。
「あのさ、白雪。最近どうだ? 忙しいか?」
「うん、すっごく忙しい。子供が生まれてから生活が激変したって感じ!」
 白雪は笑顔で答える。忙しいが、充実した毎日を送っていると彼女の笑顔がそう言っていた。
「そうか、そうだよな……。じゃあゼンはどうだ? 何か変わったことないか?」
 ミツヒデは唾を飲む。ここで何と答えるかで次の台詞も変わる。
「ゼン? 特に気になったことないけど……。ゼンがどうかしました?」
 やっぱりそうだ。子供のほうに目が向いてしまって、ゼンの事が気にならないというか、もはや気にしていないのだろう。
「うーん、そうか……」
 ミツヒデは、やはりしっかりと告げなければならないと感じた。
何と言おうか考えていると、木々がストレートに告げていいと言ったことを思い出した。
 ミツヒデは気を取り直し、白雪の瞳をまっすぐに見つめる。
「ゼンさ、淋しいみたいなんだ」
「淋しい?」
 予想外の言葉に白雪は目を丸くする。
子供も生まれて、いつものようにみんなも周りにいる。何が淋しいのだろうか。不思議に思った。
「うーん、白雪はさ、子供が生まれて生活が激変したわけだろ。
やっぱり子供一番になるし今までのようにゼンの事に構ってる暇がないというかなんというか……」
「え……」
「女性は妊娠した直後からお母さんになれるけど、男はそうじゃないんだよな。
俺も、木々が子供にかかりきりのときは淋しいなって感じたことあるし、
ゼンの気持ちもよくわかるというかなんというか、その……」
 ミツヒデは言葉を濁す。
 白雪は黙る。まさか自分がゼンに淋しい思いをさせていたなんて考えてもみなかった。
そういえば、昨日の夜も早く寝ればいいのに授乳を見ていたり、
朝も何度も行ってきますと言っていた。あれは構ってほしかったということなのだろうか?
「でも、こういうことはみんな通る道だから気にしなくていいと思うんだが、
ゼンは王子だからさ、その寂しさの隙に付け込む人間がいるかもしれないし、いないかもしれないし……」
 バサッ!
 白雪は手に持っていた洗濯物を落とす。白雪の表情は青くなった。
「お、お妾さん……」
「いや、そんな妾なんていないぞ。今は絶対にいない。白雪一筋だ」
 ミツヒデは、白雪の落とした洗濯物を拾う。
「でも、ゼンは王子で、普通の人じゃない。一応、妃としてそういう可能性もあるということは
わかっておいたほうがいいと思う」
 白雪は真正面を向いて呆然としている。
 ミツヒデは、子供が生まれて幸せなときに、こんなことをいうのは、本当に心苦しい思いだった。
だが、側近としてそういう可能性もあるということを伝えなくてはならない。
「わ、わかりました。すみません、私まったく気づかなくて……。
子供にばかりかかりきりで……ゼンの事も考えてみます」
 白雪は洗濯物を受け取り、ミツヒデに頭を下げる。
「いや、謝らなくていい。謝られても困るというか……。白雪は頑張り屋だからな。
でも木々も俺もオビもいるし、乳母だっている。全部自分で抱え込まないで、
皆で子育てするっていう考え方もいいだろ?」
 ミツヒデは優しく笑いかける。
「はい」
 白雪は素直に頷く。もう一度「ありがとうございました」とミツヒデに告げ、
洗濯物を持って部屋へ帰っていった。


 白雪は部屋で赤い頭を抱えていた。
 ミツヒデからゼンが寂しがっていると聞き落ち込んでいた。
まさかゼンにそんな思いをさせているなんて夢にも思わなかった。
 そういえば、最近どうでもいいことを自分に報告してくると思った。
仕事から帰ったよ。ご飯食べ終わったよ。お風呂に入ったよ。これから寝るよ、など。
ご飯を食べ終わったことなど見ればわかるし、仕事に行くのもいつものことだから分かっている。
どうしていちいち報告してくるのか不思議に思ったが、あれは構ってほしいというサインだったのだ。
そのまま素直に構ってほしいと言ってくれればいいのにと思ったが……、
 やっぱりゼンはやさしい。忙しそうな自分の姿を見て言えなかったのだろう。
「はぁ〜」
 白雪は溜息をつき、ガックリうな垂れる。
 視線の先に服の汚れが目に入った。胸の辺りにミルクのシミと、
どこで付いたかわからない小さな茶色いシミがいくつもお腹のあたりについていた。
 着替えようと思い、白雪は衣類の入っているケースを開けた。
もう夕方なのでこれから部屋の外へ出る予定はない。寝間着でも大丈夫だ。
白雪は何気なくケースの奥の方まで手を伸ばす。
 すると、衣装ケースの隅にパステルピンクのネグリジェがあった。
木々たちが初夜のために用意してくれたシルクの美しいネグリジェだ。
「これ……」
 白雪はパステルピンクのネグリジェを手に取る。胸元に赤いリボンの付いたネグリジェで、
このリボンをゼンのために何度も結びなおしたことを思い出した。
 白雪はクスリと笑う。
 何年も前のことじゃないのに、もうずっと前の出来事のような気がした。
新婚の頃、何度かこのネグリジェを着たが、お腹が大きくなってからは着なくなってしまった。
出産後はもちろん、一度も袖を通していない。
「今日は、これを着てゼンを迎えてみようかな?」
 白雪はクスリと笑う。パステルピンクの美しいネグリジェに着替え、ゼンを迎える準備をした。



3. 1+1は?

「おかえりなさい」
 パステルピンクのネグリジェ姿の白雪は、笑顔で仕事帰りのゼンを迎える。
「……ただいま」
 ゼンは上から下までじっくりとネグリジェ姿の白雪を眺める。
 しばらくの間、何も喋らなかった。
「どうしたの? ゼン?」
 白雪は笑顔でいるように心掛けた。
 いつも仕事から帰って来ても子供のかかりきりで、
こうやってしっかり出迎えたことは、最近なかったような気がする。
「いや……、その恰好珍しいなと思って……」
 ゼンの顔が少し笑顔になったような気がした。
「うん、たまには着てみようと思ったの。これ着てるとおかしいかな?」
 白雪はシルクのネグリジェを引っ張る。
「い、いや。いつもと雰囲気が違うから少し驚いただけだ。
に、似合ってるよ。俺も着替えてくる……」
 ゼンの顔は少し赤かった。
 着替るため、隣の部屋へ逃げるようにして行ってしまった。

「ゼン、こっち座って」
 白雪は長椅子に腰かけていた。
 部屋に戻って来たゼンに隣に座るよう手招きする。
 言われるがまま、ゼンは白雪の隣に腰かける。
白雪は左隣に座ったゼンにすぐさま腕を絡ませ、二の腕に赤い頭をそっと寄せてみた。
「ど、どうした白雪。今日は……」
 突然身を寄せてきた白雪にゼンは動揺する。
「今日は少しこうしていたいなって思って……」
 絡ませた腕の先のゼンの手を軽く握る。大きくて温かいぬくもりが感じられた。
 ――そうだ。忙しさのあまり、最近手も繋いでなかったように思える。
 白雪は心地よさに思わず目を閉じる。
 すると、ゼンは白雪の手をギュッと握り返してきた。
もう片方の手も添えて、白雪の左手を大事に包む。ゼンは頬に、白雪の手の甲をぴったりと当てて目を閉じる。
「久しぶりに……白雪のぬくもりだな……」
 ゼンが白雪の手に頬ずりをする。安心したような笑顔であった。
 そんな彼の姿を見て、白雪は胸が押しつぶされるようだった。
 ミツヒデの言っていた通り、ゼンは淋しかったのだ。どうして気づいてあげられなかったのだろう。
気づけなかった自分に悲しくなってきた。思わず涙ぐむ。
「ごめんね……」
「え?」
 ゼンが目を開ける。
「淋しい思いさせてごめんね」
 ゼンは涙ぐむ白雪を見つめる。
 しばらくして分が悪そうに視線を反らす。
「ミツヒデだな、ミツヒデが言ったんだな……」
 白雪は何も言わずに微笑む。
「言ってくれればよかったのに……」
「そんな……言えるか。淋しいなんて……」
 ゼンは恥ずかしそうに白雪から顔を逸らし、下を向く。
「でも……」
「俺がいけないんだと思う。……白雪を好きすぎる俺がいけないんだ」
 ゼンは白雪の顔を見ずに照れくさそうにする。下を向いたままであった。
「す……好きすぎる!?」
 白雪は目を丸くし驚く。
 まさかそんな台詞がゼンの口から出てくると思わなかった。
ストレートな言葉に、少し恥ずかしくなり、顔面の温度が上がっていくのがわかった。
「白雪は……」
 ゼンが顔を上げる。
「もう俺のことあまり好きじゃないか? 子供が生まれればいいか?」
 拗ねたような態度のゼンに白雪は慌てて赤い頭を左右に振り否定する。
「そ、そんなことあるわけないよ。ゼンのこと今でもずっとずっと好きだよ。
確かに、子供が生まれてからは、ゼンの事、気にしていなかったのは認めるけど……」
 白雪は声を小さくし、視線を床に落とす。
 ゆっくりと顔を上げてゼンを見つめる。
「でも、でもね。子供の事にかかりきりになるのは、一生懸命になるのは……、
ゼンの子だからだよ。ゼンの子だから大切でかわいいんだよ。それだけはわかって欲しいの!」
「白雪……」
「これからも、前しか見えないような状態になるかもしれないけど、
ゼンがこうしたいとか、こうして欲しいとか思うことがあったら言ってほしいの。
今回みたく気づけないと困るし…。何も言わないですれ違いになるのは嫌なの」
 ゼンは真剣に伝えてくれる白雪をしばらく見つめる。
「そうだな。俺も何も言わないで、見ているだけだったのも悪い。
いつも側にいても、どんなに仲が良くても、言葉にしないと伝わらない事ってあるもんな。今回はミツヒデに感謝だ」
「そうだね」
 白雪は微笑む。
 自分に向かって優しく笑いかけてくれる白雪を見ていると、彼女が欲しくてたまらなくなった。
我慢しきれなくなり、吸い込まれるように白雪の唇に自身の唇を重ねる。
白雪は一瞬「んっ」と声を上げたが、抵抗することはなかった。
 充分に白雪の唇を堪能した後、そっと離す。
「ゼン、今日は仲良くしようか……」
 ゼンは驚く。
 自分が今、言おうとしていた台詞を先に白雪に言われたからだ。
「い、いいのか?」
「うん」
 ゼンは子供用の寝台の方を見る。
「大丈夫。さっきミルクもおむつも変えたばかりだから、しばらく目を覚まさないと思う」
「じゃあ、寝台に行ってもいいか?」
「うん」
 白雪は頷いた。

 寝台に移動すると、すぐにゼンは覆いかぶさってきた。
唇を塞がれ、激しくキスされる。白雪は目を閉じる。口の中にゼンの舌が入ってきたので、自分の舌も絡ませ彼に応える。
 ゼンの手が、ネグリジェのリボンにかかる。緩く結んであるリボンは、たやすくほどけた。
「あ、あの…ゼン。ひとつお願いがあるんだけど……」
 ゼンの顔は直前にあった。
「授乳中だから胸は強く揉まないで……そっと触って」
 白雪は恥ずかしそうに伝える。
「わかった」
 笑顔で短く返事をする。
 白雪の指示通り、ゼンはそっと胸に触れてきた。
一番膨らんだ頂上にそっと口づけ、頬をつける。
「久しぶりの白雪のおっぱいだ……」
 小さな声でゼンは嬉しそうに呟く。
「ふふふ」
 白雪は小さく笑う。
「どうした?」
「子供が二人いるみたい……」
「うるさいぞ。子供は白雪のココを気持ちよくしたりしないからな……」
 ゼンは拗ねながら白雪の太腿をなぞり、彼女の大事な中心に手を添える。
「あっ!」
 白雪は久しぶりに触れられ、声をあげる。
「白雪のココも久しぶりだ。今まで相手にしてくれなかった分、たっぷりと堪能させてもらう」
 大事な中心に手を添えると、既に潤っていた。
密壺にそっと指を入れるとトロリとした粘液が溢れ出してきた。
その粘液を指で絡めとり、白雪の一番敏感な部分、クリトリスに触れる。
「ああっ!」
 白雪が声を上げて体を振るわす。ゆっくりと円を描くように刺激を続ける。
感じているのか腰をよじり苦しそうに喘ぐ。
「ゼン、やめて……」
 吐息と共に声を漏らす。ゼンは白雪の言葉を聞かずにそのまま刺激し続ける。
 白雪の表情を見ていると、自身の下半身に血液が集中してくるのはわかった。ゼンは指を止める。
「そろそろ我慢できなくなってきた……、挿れていい?」
 白雪は無言で頷く。
 ゼンは白雪のネグリジェを脱がせ、自身も服を脱いだ。
 白雪はうっすら目を開けてみた。そそり立ったゼンの大きなモノが目に入った。軽く深呼吸してみる。
 ゼンは、白雪の両脚を開き、膣口に限界まで達した雄の楔を当てる。
 その時――
「ふ、ふぎゃあ…」
 部屋に赤ん坊の泣き声が一瞬響く。ゼンと白雪はその声に体を同時にビクンとさせる。
 ベビーベッドの方を向く。
「今、泣いた?」
 二人は顔を見合わせる。泣き声は一瞬聞こえただけで、今は静かである。
「ちょっと待ってろ。今、見てくる」
 ゼンは白雪を寝台に残したまま、子供の様子を見に行く。
ベビーベッドの中を覗くと、口をムニャムニャと動かし、気持ちよさそうに寝ている我が子がいる。起きた様子はないようだ。
「大丈夫だ。寝てる」
 ゼンは白雪の元へ戻る。
「そう、よかった……」
 二人は顔を見合わせる。直前の所で思いもかけない状況になり、少々気まずくなる。
「じゃ、じゃあ。白雪、続き……いいかな?」
 ゼンが顔を赤らめる。白雪は無言で頷き、目を閉じた。
 再び、白雪の両脚の間に入り、その中心に肉棒を当てる。
また、泣かれても困ると思い、ゼンは躊躇いなく、そのまま一気に白雪の中に押し進んだ。
「ああんっ!」
 白雪が声を上げる。
「ああ…、久しぶりの感覚だ……」
 ゼンが思わず言葉を漏らす。久しぶりの感覚であったのは、白雪も同じことであった。
ゼンの雄の楔が、自分では届かない最奥を強く突いてくる。
その強さに、白雪の体は徐々に上の方へ押し上げられる勢いであった。
ゼンはそんな白雪の両手を掴み、顔の辺りで強く握る
シーツに手を押し付け、彼女が動けないよう固定し、何度も強く突きあげた。
抑えられた手の力が強すぎて少々痛かったが、押し寄せる雄の楔の感覚にその痛みも忘れてしまうほどであった。
「ごめん、早いけどもうイク!」
 ゼンは自身の限界に達し、白雪の中に白濁した液体を放出した。
すべてを放出した雄の楔を白雪の中から引き抜く。
密壺からはゼンと白雪のものが混ざった液体が寝台のシーツを濡らした。


 白雪は、パステルピンクのネグリジェに着替えてからも、ゼンに強く抱きしめられた。
いつも一緒の寝台を使ってはいたが、しばらくこうして寝てなかったような気がする。
ゼンの背中に手を回し、彼の胸に顔を埋める。そうすると、ゼンもしっかりと白雪の背中を抱えてくれた。
 少しの間しか、こうしていられないかも知れないが、好きな人の腕の中で眠れることはとても幸せなかのかもしれない。
白雪はその心地よさと安心感にそっと目を閉じた。


 翌朝。
 白雪は子供を抱え、仕事へ向かうゼンを見送る。
「白雪、行ってきます」
「いってらっしゃい」
 白雪は子供を抱えたまま、笑顔で見送る。
 ゼンはまっすぐに白雪を見つめていた。なかなか仕事へ向かおうとしなかった。
 どうして早く行かないのだろうと、白雪は少々不思議に思った。
「行ってきますのキスをして欲しい……」
 ゼンは顔を赤らめ、照れくさそうに言う。
 ――なんだ、そういうことか。
 前に何度も行ってきますと挨拶していたのは、キスをして欲しかったのか。
 白雪は笑い、子供を抱えたまま背伸びをし、軽くキスをする。
 すると、すぐ近くから視線を感じた。
 抱きかかえている我が子を見ると、不思議そうにこちらを見つめていたのだ。
「見てるよ」
 白雪は笑う。
「ほんとだな」
 ゼンも笑顔になる。
「行ってくるよ」
 ゼンは腰を落とし、子供の頬に軽くチュッとキスをした。
「きゃはは」
 キスされた我が子は嬉しそうに笑った。
「笑った! すごい、ゼンに似てキスが好きなんだね」
「う、うるさいぞ……」
 ゼンは本当のことを言われ拗ねる。
「じゃあ、本当に行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
 ゼンは扉を開けて仕事へ向かった。
 ふと、我が子を見ると、目と口が三角に歪んでいる。今にも泣きそうな表情であった。
「あれ? 泣いちゃうの? あらら?」
 白雪は背中をポンポンと軽く叩いてあやそうとしたが、先に「ギャー」という泣き声が部屋に響いた。
「お父さんが行っちゃって淋しいの? はぁ〜、淋しがり屋なところもゼンにそっくりだ」
 白雪は笑いながら泣き続ける我が子をあやした。
 
 一方、執務室へ着いたゼンは……。
 執務机に頬杖をつき、不気味に笑っていた。
 今朝はすこぶる上機嫌であることは、誰が見ても一目瞭然であった。
人目をはばからずニヤニヤしている主人は、それはもう気持ち悪く、同じ部屋にいる側近たちは顔を見合わせる。
「ゼン? 1たす1は?」
 ミツヒデがゼンに問う。
「3」
 ゼンは嬉しそうに即答する。
「4になってもいいな。今度は女の子もいいかもしれないな」
 周りに人がいるのも気にせず、ニヤニヤするゼン。
 ゼンのニヤケ顔は気持ち悪いが、幸せなんだなということは理解できた。
きっと昨晩は、白雪に相手にしてもらったのだろう。
 聞かなくてもわかるこんな単純な主人を持つことはいいのか悪いのか。周りの側近たちは呆れたように顔を見合わせた。


♪おわり

 子供に嫉妬して拗ねるゼン。こんな感じでどうかな? 子供の名前があったらいいなと思ったのですが、
命名できないので「我が子」「子供」の表現でなんとか乗り切りました。
ご感想等、聞かせていただけると嬉しいです。それではお読み頂きありがとうございます。











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