赤髪の白雪姫2次小説
白雪の元カレ


【前編】 【後編】




【前編】

 仕事が早く片付いたゼンは薬室へ向かっていた。白雪と会う約束はしていなかったが、少しだけでいいから話せたらいいなと思った。話ができなくとも遠くから顔を見られるだけでも元気が出そうだ。ちょうど今は午後の休憩の時間だ。運よく、みんなでお茶でもしていればいいなと思いながらゼンは歩みを進めた。
 薬室について入口から覗いてみると、誰もいなかった。特に慌ただしい雰囲気はない。急患が入って薬の調合を急いでいる時にはもっと人の行き来が激しい。バタバタとしている。この様子ならきっと奥の部屋でお茶でもしているのだろう。ゼンはそう思い部屋の奥へと入って行った。
 いつもお茶をしている部屋を覗くと、案の定、薬室のメンバーはテーブルでお茶を囲んでいた。ドアの隙間からそっとゼンは部屋の中を覗く。ゼンから見える真正面に薬室長、その横に八房、リュウ、白雪、ヒガタが丸いテーブルを囲んでいた。白雪はちょうどゼンに背中を向ける位置に座っていた。赤い後頭部が見える。
「そんなに心が通じ合っていたなら、それはもう白雪君の彼氏ね」
 白雪と向かい合って座っているガラクが頷きながら笑った。
「そんな……彼氏だなんて、タンバルンにいた頃の話ですから……」
 白雪は照れているのか、赤い頭をかいていた。
 ゼンはドアの前で硬直する。
 ――今、ガラクは「白雪の彼氏」と言わなかっただろうか? 白雪もそれを否定しない。
 ゼンの心臓は喉元で鳴りはじめる。
 部屋の中では白雪の彼氏の……タンバルンにいた頃の男の話をしているのだろうか? 
 ゼンはゴクリと唾を飲み、扉の外から皆に気づかれないよう聞き耳を立てる。
「名前はなんて言うの?」
「ルイスです」
 ガラクの問いにすぐさま白雪は答える。
「ルイス君かぁ〜。かっこよさそうな名前だなぁ〜」
 白雪の同僚のヒガタが言った。
「うん、かっこいいよ! 体も大きいし、足がスラリと長くてかっこよかったよ!」
 白雪の嬉しそうな声にゼンの鼓動は更に早まる。ゼンは緊張で額に脂汗が浮かんできた。
「白雪さん、ルイス君のどんなところが好きだったんですか?」
 リュウが白雪にたずねた。
「うーん、全部かな? でも敢えて言うなら、やさしくって頼りがいがあって、いつも私を守ってくれたところ。赤い髪のせいでいじめられて泣いていると、必ず寄り添ってルイスは慰めてくれるんだ……」
 ――よ、寄り添って慰める! 
 ゼンはそのシーンを想像して愕然とする。
「そうなんですか、タンバルンでなくてはならない存在だったんですね」
 リュウが納得し頷く。
「うん! ルイスなしの世界なんて考えられない!」
 白雪は即答する。
「いいなぁ、私もルイス君みたいな彼氏が欲しいわぁ〜」
「えーっ、薬室長には無理でしょ。しっかり者の白雪さんだから、相性がいいんですよ」
「ちょっと私じゃダメってどういうこと! ヒガタ君」
 一斉に笑いが起こった。ゼンは一緒に笑える気持ちではない。
「本当にルイス君と両想いだったんですね」
 リュウが静かに言った。
「そうだといいな……私も大好きだったから……」
 顔は見えないが白雪が照れながら言っているのがわかった。
 そしてそれが本心であるといいうことも――。
 ゼンは扉から静かに一歩離れる。
 部屋の中には声をかけず、長い廊下を引き返していった。


【後編】

 今まで考えたことがなかったわけじゃない。考えないようにしていただけだ。
 白雪に過去に彼氏がいたかもしれないということを――。
 別に過去に彼氏がいたってかまわないし、あれだけかわいい白雪だ。周りの男が放っておくはずもない。今、白雪の心が自分にあればいいではないか。そう頭ではわかっているが、心がついていけなかった。実際に白雪の彼氏の話を聞くと、ショックだった。
 名前もしっかり覚えてしまった。
 タンバルンにいるルイスという男。
 深く関係のあった男なのだろうか? キ、キスとか……その先のことも関係があたのだろうか? 実はすごくそっちのほうに、白雪は詳しかったらどうしよう。「教えてあげる♪」とか今後言われたらどうしよう……。ルイスと比べられるようなことがあったら……。自分だってそっちのほうにそんな詳しい知識があるわけではない。
 背が高くて足が長くて頼りがいのある男だという。白雪はそういう男がタイプなのだろうか? 
ゼンは自分の姿をじっと見る。
白雪より高いが背はあまり高くない。ミツヒデやオビのほうが身長は高い。自分はもしかしたら、白雪のタイプとはかけ離れているのではないか? 考え始めると不安でたまらなくなった。
 今でも白雪はルイスのことを想っているのだろうか? まさか二股……? いや、それはないだろう。タンバルンの誰かと頻繁に連絡を取ったり、会っているような様子はない。だからきっとルイスという男とは縁は切れているはずだ。『元カレ』という存在で間違いないと思う。
 白雪の元カレの話を聞いてから、なんだか自分に自信がなくなってしまった。いつもだったら暇があれば薬室に顔を出していたのだが、自然と足が遠のいてしまった。白雪に会いたい気持ちはあるが、会ってルイスの存在を確認する勇気がなかった。好きだから白雪の心にあるのは自分だけであってほしかった。
 
***

「ゼン、なんか久しぶりだね」
「そ、そうだな……」
 あれから数日後。
 このままもやもやした気持ちでずっと過ごすのは、精神的によくないし、上の空で仕事にも支障をきたしかけていた。気持ちの整理のためにルイスのことをはっきり聞こうと思い、白雪を呼び出した。誰もいない裏庭の木陰で二人きりになる。
「話って何?」
 話があるといって呼び出したのは自分であったが、なかなか話を切り出せなかった。白雪を目の前にすると、どうしても聞きにくい。
 しばらく「あの、えっと……」を繰り返していた。そんなゼンに白雪は少々いらだちを感じ始めていることがわかった。
これではダメだと思い、ゼンは意を決して白雪に聞いた。
「タ、タンバルンにいたときの、ルイスって男の話を聞きたいがいいか?」
「ルイス? いいよ」
 白雪は簡単に返事をする。
「その……大事な存在だったのか?」
「うん、すごく大事な存在だった。タンバルンにいたときの私の心の拠り所だった。一緒にいるとすごく癒されるの」
 白雪はルイスのことを思い出しているのか優しい笑顔だった。
「キ、キスとかしたのか?」
「うん、したよ。毎日。ぺろぺろ舐めてくれた」
「ぺ、ペロペロ……」
 毎日、舌を絡ませるようなディープキスをしていたということだろうか? ゼンは目を見開き固まる。
「やっぱりそのルイスって男……す、好きだったのか?」
「うん、大好きだったよ」
「そ、そうか……」
 ゼンは言葉に詰まる。喉の奥からなんとか声を出した。
「……俺とそのルイスとどっちが好きだ?」
「うーん、比べられないよ。比べるようなことじゃないもの……」
 白雪が少しイライラした口調になった。やはりルイスという男のほうが好きだったのだろうか?
「ルイスは私がタンバルンに来る二年前に死んじゃったけどね」
「えっ! し、死んだのか?」
「うん、10年ちょっと一緒にいたけど、死んじゃったよ」
「そ、そうか亡くなったのか……それはショックだな」
 ルイスはこの世にはもういないということを聞いてゼンは一瞬だが安心してしまった。良くないことだとはわかっている。
「うん、すごくショックでしばらくは毎日泣いて暮らしてたよ」
「そうだな。それは悲しいな」
「うん、本当に悲しかった。でも仕方ないの。寿命だったんだもの」
「寿命!?」
 タンバルンにいた頃に、10年一緒にいて寿命で亡くなったルイスという男。
一体、ルイスというの何者なんだ? ものすごく年上の男なのだろうか? 実は白雪にはオヤジ趣味があるのかもしれない。同年代の自分なんかより大人な男が好みなのかもしれない。
「そのルイスって男、年はいくつだったんだ?」
「うーん、拾ってきたから正確な誕生日は分からないけど、11歳かな?」
「拾ってきた? 11歳!?」
 ゼンは驚いていつもより高い声を上げる。40代とか50代とかそういう年齢が上がると思っていたのに11歳とはどういうことなのだろう? それも拾ってきたって……。
 ――まさか
「ルイスというのはもしかして……犬か何かか?」
「うん、そうだよ。私が小さい頃、拾ってきた犬だよ」
 白雪が満面の笑顔で答える。
「そ、そうか……犬なのか……」
 ゼンは膝に両手を置き前屈みになって大きく息をつく。『よかった』と声には出さず心の中で言った。
「どうしたの? ゼン、急にうずくまっちゃって……具合でも悪いの?」
 白雪は前屈みになっているゼンの顔を心配そうに覗き込む。
「い、いやっ。なんでもない。そうか、白雪はルイスが……犬が大好きなんだな!」
 今まで犬に嫉妬していたと思うとなんだか恥ずかしかった。ルイスを人だと思っていた事実を白雪に知られてはならない。
「うん、大好き! ルイスが死んじゃった時は本当にもう悲しくってずっと泣いて暮らしてたよ」
 白雪はルイスが亡くなった時を思い出したのか、目に涙を浮かべる。目尻を拭う仕草をしていた。
「白雪にとって大事な存在だったんだな。ルイスは……」
「うん。また犬が飼いたいなって思うけど、一人で飼うのは大変だし、今は王宮の宿舎でペットなんて飼えないしね」
 白雪は寂しそうに笑い、俯いて芝生を見つめた。
「じゃあ飼おうか……」
「えっ?」
 白雪が驚いて顔を上げた。
「今すぐにじゃないけど、いつか白雪と一緒に暮らす日がきたら犬を飼おう!」
「本当に!? ゼンも犬好きなの?」
「ああ、好きだ」
 ゼンは嬉しそうな白雪を見つめて大きく頷いた。
「また犬が飼えるかもしれないなんて、すごく嬉しい! あれ……そういえば……」
 白雪は不思議そうにゼンの顔を覗き込む。何か言いたいことがあるような。
「なんだ? どうした?」
 白雪の顔が直前に迫る。ジロジロと見つめられてゼンは一歩後ずさりをした。
「なんかゼンって、前に飼ってたルイスと顔がちょっと似てる。寂しがりやな眼差しと、少し甘えん坊なところが……」
 白雪はクスリと笑いながらゼンの頭を撫で始める。
「わあ! 頭を撫でた感じもルイスとちょっと似てる。かわいいっ!」
「お、俺は犬じゃないぞ! 寂しがりやでも甘えん坊でもない!」
 ゼンは口を尖らせて白雪の手から逃れようとする。白雪は笑いながら頭を撫で続けていた。
 ――いつか一緒に暮らす日が来たら犬を飼おう。
 ずっとずっと白雪と共にありたい。一緒に暮らしてゆきたいと思う。遠回しなプロポーズのつもりだが、白雪は気づいているかわからない。
 今は無理かもしれないが、いつか一緒に犬を飼えるような環境になれたらいいと思う。犬ではなく、白雪に本当に元カレがいたかも気になるが、今は彼女が側にいて、笑っていてくれればそれで十分だ。
 犬に似ていると言われ口を膨らませつつ、心の中では嬉しさいっぱいのゼンであった。

♪おわり






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