赤髪の白雪姫2次小説
大晦日の礼拝(仮題)




大晦日に遠く離れた教会に行くお話です。


【前編】 【中編】 【後編】

【前編】

「ゼン殿下、こちらが大晦日の礼拝の資料です」
 ミツヒデが束になった書類をゼンに渡す。
 ゼンはミツヒデから、しぶしぶ書類を受け取る。ずっしりと厚みのある書類は、すべて目を通すのに時間かかりそうだ。
「あー、今年は俺の番かぁ〜。大晦日の礼拝、寒いんだよなぁ〜」
 ゼンはその場で肩を震わせ。寒そうな症状になる。
「仕方ないでしょう、ゼン。王族の貴重な催事なんだから。第二王子として、しっかり勤めを果たさなくちゃ!」
「重要な催事だというのはわかっているよ、木々。礼拝はいいんだ、礼拝は! 礼拝する教会までの道のりが嫌なんだ。どうして、わざわざ半日以上もかかる遠い北の教会まで行かなくちゃいけなんだ。教会なら王宮内にもあるじゃないか!」
「そう怒るなよ、ゼン。北の教会は王族の管轄する、由緒ある教会じゃないか。大晦日に王族の誰かがお参りに行くのは、古くからの慣例なんだから……」
 ミツヒデはゼンの肩をポンと軽く叩いた。
「あー、誰か変わってくれないかなぁ〜。兄上……去年行ったからダメか。母上……もっとだめか……」
「昨年、イザナ殿下が行ったから、今年はゼン殿下の番ですよ」
 ミツヒデに諭される。
「何か行かなくていい理由はないものか……悪天候で教会までいけないとか……」
「今年の大晦日は晴天の予報だって」
 木々がにっこりゼンに微笑みかける。
「大晦日前日に突然の発熱! 腹痛!」
「仮病なんて使って行かないなんて、あとでバレたら大変なことになるぞ!」
 ミツヒデの表情が険しくなる。
「そうかぁ〜。やっぱり行かないとだめかぁ〜」
 ゼンは大きくため息をつき、窓の外を見る。
 冬空の下には、寒そうな葉が数枚しかついていない木が見えた。その葉も今にも落ちそうである。
 窓ガラスがガタガタと揺れ強風が吹いた。かろうじてついていた葉っぱも吹き飛び裸木となった。
 ゼンは肩をブルリと震わす。
「あ〜、やだなぁ〜。寒そうだなぁ〜、教会までの道のり、遠いんだよな……。行きたくないなぁ〜」
「どこに行きたくないんですか? 主?」
 声の方を振り向くと、オビが立っていた。
「大晦日の教会参りだよ! 寒い北の教会まで礼拝に行かなきゃならなんだよ!」
 八つ当たりだとわかっているが、オビに強い口調で言う。
「あ、それ。お嬢さんも行く礼拝ですね」
「へ? 白雪が!?」
 ゼンがいつもより高い声をあげる。
「北の教会への大晦日の礼拝ツアーですよね。それ、お嬢さんも行きますよ。宮廷薬剤師として今年はお嬢さんが同行するって言ってました」
 ゼンは机の上に放り投げてあった書類を手にする。ものすごい勢いでページをめくり、同行者の欄を見つける。
「本当だ、白雪の名前だ!」
 ゼンの瞳は書類をみて輝いていた。
「誰が行くか薬室で相談していて、結局、今年はお嬢さんが行くことになったんです。主も行くんですよね、教会礼拝ツアー」
 オビの言葉に一瞬、沈黙が訪れる。木々、ミツヒデが視線を合わせる。
「もちろんだ、オビ! 王族の大事な行事だからな。礼拝に行かないわけがないだろう!」
 ゼンが胸を張って言った。その表情は凛々しく、先ほどまでのイヤイヤと駄々をこねていた王子様は存在していなかった。
「あれ? ゼン、行かないんじゃなかったの?」
「仮病使う予定じゃなかったっけ?」
 木々とミツヒデがニヤニヤゼンの方を見て笑っていた。
「け、仮病なんて使うわけないだろう! 大晦日の礼拝は、大事な伝統行事だからな。王族としての務めを果たさなくては!」
 ハハハと高らかに笑う第二王子の声が、部屋中に響き渡っていた。
 木々とミツヒデが呆れたように再び視線を合わせた。



【中編】

「しらゆき〜」
 ゼンに名前を呼ばれたので、白雪は笑顔で手を振り返す。その笑顔は少々引きつっていた。
 白雪は大晦日に王宮恒例の行事として行われる、教会礼拝の一行に参加していた。
毎年、大晦日に王宮から離れた北の教会に、王族の誰かがお参りに行くことになっているのだ。日帰り可能な場所だが、寒さの厳しい季節の移動のため、毎年みんなしっかりと防寒対策をしていた。
 今年は第二王子であるゼンが、王族の代表として教会に行くことになっていた。白雪も宮廷薬剤師として一行に同行していた。
 白雪は、ゼンよりもずっと後ろの方の列にいた。警備に囲まれ前を行くゼンの頭がなんとかうかがえる位置である。
 前を行く王子であるゼンに、通常だったら目が合うことはない。だが、ゼンが後方にいる白雪が気になって何度も振り返るのである。こちらを気にかけてくれるゼンの気持ちが、最初のうちは嬉しくて、白雪も笑顔で手を振り返した。だが、10分……いや、5分おきに手を振ってくるゼンに、白雪は困り顔であった。ゼンの気持ちは本当に嬉しいのだが、周りの目もあるので、白雪の笑顔は引きつっていたのである。隣にいるオビも「主、またこっちに向いて、手振ってきてますよ」と呆れ顔であった。
 ゼンは北の教会へ行くことを嫌がっていたと聞いた。白雪が同行することをすごく喜んでくれたという。できる限り力になってあげたいと思うが、こうも何度も振り返って手を振られると、周りの視線が痛い。
 教会へ向かう一行は、休憩をとることになった。
白雪は治療師と協力して具合の悪い者の手当てに回った。ゼンも色々打ち合わせがあるようで、ミツヒデや木々と一緒に偉い人たちに囲まれている。幸い、重病人はいなかったので、薬を処方し、北の教会へ向かうことができた。
「お嬢さん、ちょっと……」
「なあに? オビ?」
 出発直前にオビに呼ばれた。
「場所替えです。前の方の列に移動しますよ」
一行の広報の列に並んでいた白雪はオビに手を引かれる。
「え! ちょっと何? どこに行くの?」
 白雪はオビに無理やり手を引かれて、前方の列に連れていかれた。ゼンたちがいる位置よりも数メートル前の方の列である。
「ここの位置なら、主が振り返って来ないでしょう。お嬢さん、どんなに主の視線を感じても振り返らないでくださいね。まあ、1、2回ならいいですけど」
「わかった!」
 白雪はオビの顔をみつめてしっかりと頷く。ミツヒデと木々が何度も白雪を振り返るゼンを阻止するために考えた案であった。白雪が振り返らない限り、ゼンが手を振ることは不可能である。
 一行は北の教会へ向けて出発した。数分たつと隣でオビが肩を震わせる。
「お嬢さん、主、お嬢さんの姿を探してますよ、クククッ!」
オビが声を殺して笑う。
「……」
 しばらくすると、後頭部に痛いくらいの視線を感じたが、列の場所移動はミツヒデや木々の計らいもある。後ろを振り返りたい気持ちを押し殺して、白雪は目的地目指して前へ向かった。

***
「白雪、いつの間に前の列へ移動したんだ? 探したぞ」
「あ、ああ……、前の列に具合の悪い人がいたから、付き添ってたの。ハハハ……」
「そうか、そうなのか」
 白雪は不自然な笑いを浮かべる。まさかゼンが白雪のほうを向かないように前の列へ移動したなんて言えなかった。その場しのぎの嘘であったが、ゼンは納得してくれたようである。
「これから礼拝堂に下見に行くんだ。白雪も一緒に見に行かないか?」
「え? 私が一緒に見に行ってもいいの?」
 ゼンの隣で控えていたミツヒデと木々の方を見る。二人とも笑顔で頷いていた。
「もう準備はできているはずなんだ。最終確認を兼ねて、俺と白雪、ミツヒデ、木々の5人で下見に行こう!」
「うん!」


「礼拝の準備は完了しました。私たちは失礼させていただきますが、何かあったらお呼びください。こちら、礼拝控えの間の鍵になります」
「ありがとう。式典までゆっくり休んでくれ」
 ゼンは衛兵から鍵をもらい、ミツヒデに渡した。
「ゼン殿下、礼拝控えの間の鍵なんですが、今日、壊れていることが発見されました。扉がしまると自動的に鍵がかかってしまうようになっていますので、お気を付けください。控えの間の内側からは空きませんのでご注意ください」
 衛兵は控えの間を指さす。
「わかった。控えの間には入らないようにするよ」
「合鍵はありますので、何かあったらお呼びください」
 衛兵はもう一度挨拶をしてゼンたちの前から立ち去った。

「へ〜え、これが礼拝堂ですか。さすが、王宮管轄の教会。街の教会の礼拝堂とは違いますね」
「本当だね、オビ」
 オビと白雪は、豪華な礼拝堂を見渡す。
 街の礼拝堂に比べれば豪華絢爛、荘厳、煌びやか。
 礼拝堂なので、落ち着いた豪華さであったが、街の教会とは比べ物にならないくらい豪華だ。
 ドーム状になっている天井には、美しい絵画が描かれている。天井まで届くステンドグラスは外からの光を取り込み、幻想的な色彩を礼拝堂にもたらしていた。足元にはふかふかな絨毯が引かれており、金の刺繍も入っている。
「ゆっくり見学していいぞ」
 教会に慣れているゼン・ミツヒデ・木々は、式典の打ち合わせをしていた。白雪とオビはじっくりと礼拝堂を観察する。
「こっちが、さっきの衛兵が言っていた『控えの間』ですね」
 扉が開けっ放しの控えの間にオビが足を踏み入れた。
「オビ、入っちゃだめだよ」
「入るなと言われると、入りたくなる。何か王宮の秘宝でも隠されているかもしれませんよ」
「そんなもの隠されてないよ、オビ」
 白雪も控えの間の入口に立つ。控えの間といっても、広さは白雪の部屋くらいの広さがあった。絨毯が引かれており、礼拝堂ほどではないが、壁や天井の装飾も豪華なものだった。壁に一枚の絵が飾ってあった。雪の景色の絵である。
「なんだなんだ。王宮の秘宝?」
 ゼンが控えの間に入ってくる。
「主! どこかにお宝でも隠されていませんかね」
「そんなものがあったら、俺が知りたい」
「この礼拝堂が秘宝じゃない? すごく綺麗な礼拝堂だもの……」
「白雪、いいこと言うね」
 ミツヒデと木々も控えの間に入ってきた。
「それにしても、この控えの間の鍵、本当に壊れているのかな? さっき衛兵さんが言ってたよね」 
 白雪は開けっ放しの控えの間の扉を見て言った。
「うーん、見たところ壊れているような感じはないなぁ〜」
「うんうん」
 ゼンとミツヒデは頷く。
「衛兵は確か、控えの間の内側からが開かないって言っていたよな。じゃあ、みんなで控えの間の外へ出て、鍵が壊れているか確認してみよう」
 ゼンに続いて5人は控えの間から出る。
 鍵はミツヒデが持っている。控えの間の扉をそっと閉めてみる。パタンと静かに扉は閉まった。ゼンはドアノブに手をかける。ゆっくりとまわして引いてみた。
 カチャリ、扉は静かに空いた。
「なんだ、鍵なんて壊れてないじゃないか」
 何度か扉の開閉をしてみたが、鍵が壊れている様子はなかった。
「鍵自体が壊れているんじゃないか? ちょっと貸してくれ、ミツヒデ」
「ああ、ゼン」
 ミツヒデはゼンに鍵を渡す。扉を閉めて、鍵を開け閉めしても特に異常はなかった。
 みんなは安心して控えの間と礼拝堂の出入りをしていた。
 白雪は控えの間に飾ってある一枚の絵が気になった。
 控えの間に足を踏み入れ、白雪はじっと絵を見つめる。
「どうした? 白雪?」
「この絵、どこの場所だろうね?」
「ああ、この場所は確か……」
 ゼンが言いかけたときである、背後でバタンという大きな音がした。
 ゼンと白雪は同時に振り返る。
 控えの間の扉が閉まっていた。二人は顔を見合わせる。
「なんだ? どうして扉が閉まったんだ?」
 二人は扉に向かって歩いていく。
「まったく、いたずらか? 鍵は壊れていないんだから……あれ?」
 ガチャリ、ガチャガチャ。
 ゼンはドアノブを回す。ドアノブを握ったまま押しても引いても扉は空かなかった。
「おい! 誰だ! 扉閉めたの。開けてくれ!」
「なんだゼン? 誰も閉めてないぞ。え、あれ? あれれ?」
 扉の外側から、ミツヒデの声と一緒にドアノブをガチャガチャとする音が聞こえた。
「あ、開かないぞ……」
「え? どうしたの?」
「どうしたんです?」
 木々とオビの声も扉の向こうから聞こえた。
「扉が開かないんだよ。木々」
「鍵で開ければいいじゃない」
 木々の発言に一同は凍り付く。
「か、鍵は俺が持っている……」
 控えの間にいるゼンが青い顔で鍵を出した。
「ええ! どうするんです!? なんで主が持っているんですか! 開かないじゃないですか!」
「やっぱりこの鍵、壊れてたのね」
 オビと木々の声が扉の向こうから聞こえる。控えの間から鍵を差し込む鍵穴はない。鍵は外側からしか使えないものだった。
「合鍵取ってくるよ。ゼンと白雪のことを頼む!」
「わかった」
 ミツヒデが合鍵を取りに行ってくれたようだ。扉の向こうの木々とオビから、ミツヒデが合鍵を取ってきてくれていることを説明された。
「本当に、この鍵、壊れていたんだな。まあ、仕方ない。鍵を……ミツヒデを待つことにしよう」
「うん」
 ゼンと白雪は扉の開かない控えの間でしばらく待たされることになった。


【後編】

「衛兵の言うとおり、本当にこの扉壊れていたんだな」
「そうだね」
 ゼンと白雪は閉まった扉を見つめる。
「ミツヒデに鍵を返しておけばよかった」
 ゼンは扉の鍵を見つめてため息をつく。
「仕方ないよ、ゼン。鍵を待っていよう……ハックション!」
 白雪は口を塞いでくしゃみをした。
「少し寒いよな。この部屋、暖炉も何もないものな……」
 ゼンは両手に息を吹きかけ、手をさする。鼻の頭も赤く、寒そうだった。部屋の中を見回したが、暖を取れそうなものは何もなかった。
「そうだ! ゼン、いいものがある。帰りに渡そうと思っていたんだけど、今、作るね」
「作る?」
「うん、すぐにできると思う」
 白雪はたすき掛けにしてあったバッグを肩から降ろし、その場にしゃがみ込む。
 白雪は今回、宮廷薬剤師として同行しているので、治療のための薬や応急手当のセットを持ち合わせている。バッグの中から、小さな袋を取り出し、ゼンに見せる。
「これね、薬室で開発したホッカイロ!」
「ホッカイロ?」
 聞いたことのない単語にゼンは首をかしげる。
(注:この時代にホッカイロという単語はないだろうというツッコミはご遠慮ください)
「携帯できる温石みたいなもの。鉄の粉とこっちの粉と水を合わせると、空気中の酸素と反応して熱を発するの……、あっ! ゼン、そんなに顔を近づけじゃダメ! 爆発することもあるから!」
 薬品を調合する白雪を覗きこもうとしたところで、止められる。
「爆発!?」
 ゼンが驚いた声をあげる。
「うん、鉄の粉の分量がなかなか決まらなくて、薬室で何度も爆発したんだ」
サラリと笑顔で言う白雪に、ゼンの顔は青くなった。
「だ、大丈夫なのか? もし、ここで爆発したら……扉が開かなくて密室……」
 ゼンは扉を見つめる。白雪と二人で閉じ込められて、胸がドキドキしていたが、今は違う意味でドキドキする。
「うん、大丈夫だと思う!」
「し、白雪……慎重にな。そのホッカイロとやらの調合を……」
「うん、任せて!」
 白雪は真剣な表情で調合する。布製の白い袋の中に、鉄の粉と水を少しずつ入れてゆく。ゼンは傍らで、唾をのんで見守っていた。
「よし、できた!」
 白雪は、手のひらに乗る布製の白い袋をゼンに見せる。
「これをよく振ると酸素と反応して温かくなるんだ……」
「お、おい! そんなに激しく降ったら、爆発しないか?」
 ホッカイロの白い袋を激しく振る白雪にゼンは驚く。
「もう大丈夫だよ。薬室で爆発したときは調合した直後に爆発してたから……」
 笑顔でいう白雪だが、笑い事ではないと思うゼンであった。
「ほら、温かくなった。触ってみて、ゼン」
「どれどれ?」
 白雪が白い袋をゼンに差し出す。手のひらに乗った白い袋の上にゼンはそっと手を載せる。
「おっ! 本当だ。暖かい!」
 手を重ねると、白い袋が温かかった。体温よりも温かく、ちょうど熱いお風呂と同じくらいの温度だ。冷え切った空気よりも随分と暖かい。
「はい。ゼン、これ使って」
 白雪からホッカイロを渡される。
「白雪が使った方がいい。さっきくしゃみしてただろう」
「ううん、ゼンの手、すごく冷たいから使って。ゼンに使ってもらうために持ってきたんだから……」
 爆発の危険性のある危ないものを持ってくるのもどうかとゼンは思ったが、自分のために持ってきてくれたことは嬉しかった。ゼンも確かに寒かったが、白雪も寒いはずである。先ほど触れた指先が冷たかった。
「じゃあ、こうしよう。二人でこのホッカイロを持とう」
「え?」
 ホッカイロを挟んで、白雪の手をギュッと握る。
「ほら、こうしていれば二人とも暖かい」
 白雪の顔を見ると、頬が赤い髪の色に近づいてきた。寒さのせいではないであろう。
「う、うん……」
 白雪は照れたように頷く。
「鍵が来るまで、座って待っていようか……」
 白雪の手を握ったまま、長椅子のある方へ引っ張っていった。白雪は何も言わず付いてくる。
 長椅子に座ると同時に、白雪をマントでくるんだ。マントでくるんだ方の手で肩を抱き寄る。もう片方の手でホッカイロを持っている白雪の手をしっかり握った。
「これでしばらく寒さは凌げる」
 白雪の耳元で囁く。顔を見ると頬が赤い髪と同じ色をしていた。
「あ、あったかいけど……なんだかドキドキする……」
 白雪が正面を向いたまま恥ずかしそうに言った。
「俺は白雪がホッカイロを作るときの方がドキドキしたぞ。爆発するんじゃないかと思って……」
「あはは、大丈夫だよ。薬室で何回も実験して失敗したから……」
「失敗……」
 白雪の発言にやはり怖くなる。仕事熱心なことはいいが、危険なことはやめてほしいと思うゼンである。王子という立場でも注意しなければならない。
「あったかいねぇ〜」
 白雪がしみじみ呟く。マントの中の白雪は、ゼンの方に少し体重をかけてきた。寄りかかってきてくれたのだ。
「そうだな……」
 注意するのは、また今度にしよう……。ゼンはホッカイロと白雪のぬくもりに包まれながら話をした。白雪はゼンの話に「うん、うん」と頷いてくれる。
「白雪のほうは最近どうだ?」
 ゼンは自分の話ばかりしてしまったと思い、途中で白雪に問いかけた。
「……」
 白雪は無言であった。お互いの手はしっかりと握られている。
「白雪?」
 ゼンは白雪の顔を覗き込んだ。目を瞑っている白雪の姿が目に入った。
「はっ! あまりに気持ちよくて寝てしまった。ごめんなさい」
 白雪が目を覚ます。同時にお互い握られていた手が離れ、ホッカイロが床に落ちた。
白雪は眠ってしまった自分に驚いているようである。
 大晦日の礼拝の一行に参加するために、白雪は朝早くから支度をしていたはずだ。自分は馬車であったが、白雪たちは徒歩でついてきていたはずだ。早朝からの勤務で疲れていたのだろう。
「鍵があくまで眠っていていい。朝早いし、疲れているだろう……」
 ゼンはホッカイロを拾い、白雪の手を一緒に握る。
「え、でも……」
 戸惑う白雪の姿が、なんともかわいい。一人で眠るのは気が引けるようだ。困った表情をしている。
「じゃあ、こうしよう。鍵が来るまで一緒に寝よう! 俺も実はちょっと眠いんだ。本番の礼拝で居眠りしないよう、ここで一緒にひと眠りしておこう」
 マントで再び白雪を包み、手を握る。まだホッカイロは温かく心地よかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
 白雪が寄りかかってきてくれる。ゼンも目を閉じると、自然と睡魔が襲ってきた。


「ちょっと、何寝てるんですか! 起きてください、二人とも!」
「ゼン、起きろ!」
「白雪起きて!」
 二人は同時に目を覚ます。お互いの手は握られたままであった。
「まったく、二人とものん気だなぁ……」
 オビが呆れたようにため息をつく。
 ミツヒデが鍵を手にしている。合鍵を持ってきてくれて扉を開けてくれたようだった。扉が開いた音にも気づかず、二人は眠りこけていたのである。
「ああ、ご苦労だった。鍵をありがとう」
「ありがとうございます。ミツヒデさん、木々さん、オビ」
 二人は立ち上がり、3人に礼を言った。
「さあ、礼拝の準備だ。ゼン、こちらへ」
 ゼンはこれから王子としての役目がある。ミツヒデと木々に連れていかれそうになる。
「あ、ゼン。これ、ホッカイロ持って行って」
 白雪からホッカイロを渡される。
「いいよ、白雪も寒いだろう」
「ううん、ゼンにあげたいの。ゼンが持っていて」
 白雪は笑顔でゼンを見つめる。
「わかった。ありがとう」
 ゼンはホッカイロを受け取り、ポケットにホッカイロをしまう。
布越しに、じわじわと温かさが身体に伝わってきた。
 
 大晦日の礼拝。
 寒くて苦手な行事だったが、白雪のおかげで、心も体も少しだけ温かくなったような気がする。
 ゼンはこっそりポケットに手を突っ込み、ホッカイロを握る。
 白雪のぬくもりが感じられるような気がして、思わず笑顔になった。

♪終わり


カイロの歴史


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