赤髪の白雪姫2次小説
絵の中の王子



暑い夏に怪談話をします。
多分そんなに怖くないと思うんだけど、怖い話が苦手な方に先にネタバレ。
よくある「タクシーの話」と「人が飛び出して車が崖に落ちそうになる話」を
クラリネス風?にアレンジして書きました。


【前編】 【中編】 【後編】





【前編】

 ゼンの部屋の窓を開けると、生温かい空気がゆっくりと流れ込んできた。
 太陽は沈みかかっていたが、窓の外はまだ外は明るく、昼間のうだるような熱さが残っていた。
 ゼンの部屋も気温が高く、まだ蒸し暑かった。夜の涼しさを感じるにはあと数時間かかりそうだ。
「暑いな! なんとか涼しくなる方法はないのか?」
 ゼンが襟元のボタンを外し、不機嫌そうな顔をしている。
 仕事が終わり、みんながゼンの部屋に集まっていた。
「本当に暑いな」
「夏なんだから仕方ないでしょ」
 木々は長い髪をかき上げる。色が白く涼しげな表情をしているが、ゼンたちと同じ暑さは感じるのだ。
「何か冷たい飲み物でも持ってこようか?」
 白雪が気を利かせ立ち上がろうとすると、オビがそれを制止した。
「冷たい飲み物もいいけど、ここは一つ怖い話でもしませんか?」
「怖い話?」
 白雪がオビを見つめる。
「怖い…話か、ハハハ……」
 ミツヒデの笑顔がひきつる。少々顔も青くなった。怖い話は苦手なようだ。
「いいね、怪談! 涼しくなりそう」
 木々がキラリと光る。ミツヒデと違い木々は怪談が得意そうだった。
「怪談か。それもいいな……。白雪はどうだ?」
「あんまり怪談は得意じゃないけど、みんながいるならいいかな……」
 白雪は顔を引きつらせながら笑う。本当に得意ではなさそうだ。
「じゃあ、みんなこっちに集まって……」
 オビが手招きをする。窓際にあるテーブルの周りに椅子を並べる。
 ゼン、ミツヒデ、木々、オビ、白雪の5人が座った。
 窓の外は夕暮れ時――逢魔が時。
 太陽の沈みかかった昼でもない夜でもないこの時間は、怪談をするにはピッタリの時間である。
 窓の外から生温かい空気がゆっくりと部屋の中へ流れ込んできた……。

「じゃあ最初に誰が話しますか?」
 オビは4人の顔を見た。みんなお互いの様子を伺っているようで何も話さない。
「よくある聞いた話でもいいかな?」
 ミツヒデが顔の横で小さく手を挙げた。
「いいですよ。よろしくお願いします。ミツヒデの旦那」
 ゼン、木々、白雪も小さく頷く。皆がミツヒデの方へ顔を向けた。
「知り合いの兵士から聞いた話だ。ある兵士が森の中で馬車を走らせていると、
一人の若い女に呼び止められた。女は森を出たいのだが馬車も馬もないという。
森を出たすぐの所に家があるから、方向が同じだったら馬車に乗せて欲しいというんだ」
「ああ、その話なら知ってるかも……」
 木々がミツヒデの顔を見て笑った。
「続きは言うなよ、木々。俺話す」
 木々は無言で頷く。
「兵士は女を馬車の後ろの席に乗せた。色の白い美しい女で、
今にも消えてしまいそうなくらい身体が細く、儚げな印象だった。
女のことは気になったが、若い女性をジロジロ見ては失礼だと思い、
兵士はできるだけ女を見ないように馬車を走らせた」
「うんうん、それでどうした?」
 ゼンが興味深そうに聞く。
「森を出ると1件の家があった。女の家はその家だろうと思い、馬車を停めた。
『着きましたよ』と振り返ると女はいなかった。
代わりに座席の部分が水で濡れた跡があるだけだった。
確かに女を馬車に乗せたし、途中で降りた気配もない。
おかしいと首をかしげていると、家から中年の女が出てきた。
心なしか馬車に乗せた女と雰囲気が似ているような気がすると兵士は思った」
「それで!?」
 ゼンが乗り出す。
「兵士は事情を話すと、中年の女は呆れたように笑ってこう言った。

『それは亡くなった娘です。また若い兵士さんを困らせたんですね。……この世に未練があるんでしょうね』

 そう言った母親は兵士を見つめニヤリと笑った。その顔が馬車に乗せた若い女にそっくりだった……。

 という話だ。ありきたりかな?」

 ミツヒデは頭に手を添えてハハハと笑った。
「いや、ミツヒデ。充分涼しくなったぞ」
「うん、ちょっと涼しくなった」
 ゼンと白雪が青い顔で頷いた。
「私はその話、前に聞いて知ってたからそうでもないな……。他に怪談ないの?」
 まったく怖がる様子のない木々が次の怪談を急かした。
「じゃあ、俺! 俺、行きます!」
 オビが勢いよく手を挙げる。
「じゃあオビ、お願い!」
「わかりました! みんなを涼しくしますよ! これは本当に俺が体験した話なんですけれどね……」
「うんうん」
 オビの話にみんな耳を傾ける。
「夜の森を馬で駆けていた時のことです。日暮れまでに街に着きたかったんですが、
間に合いませんでした。頼りになるのは月明りしかない真っ暗な森の中で馬を走らせていると、
木の陰から白い人影のようなものが飛び出したんです。
馬は驚いて嘶き、その場で止まりました。俺も馬から落ちそうになったけどなんとか態勢を保ちました。
馬から降りて、辺りを見回したんですけれど、誰もいません。
おかしいなと思い、わずかな月明りで前を見ました。そうすると目の前に道がなかったんです。
馬と自分が行く先は崖だったんです。人が飛び出していなかったら、
馬と一緒に崖に落ちていたかも知れなかったんです」
「ええっ! それじゃあその飛び出した人は助けてくれたってこと?」
 木々が驚いて聞いた。
「ええ、人か幽霊かどちらかわかりませんが、崖を見たときはそう思いました。でも……」
 オビの顔が暗くなる。
「でもどうした?」
 ゼンが身を乗り出して聞く。
「崖とは逆方向に行こうと馬の向きを変えたときのことです。
目の前に白いワンピースをきた女が立っていました。その女はこう俺に向かって呟いたんです。

『崖から落ちればよかったのに……』と。

そう言ってふっと姿を消しました」

「ひいいい、怖い怖い怖い!」
 ミツヒデが青い顔で叫ぶ。
「そ、それは恐ろしいな……」
「こ、怖いかも……」
 ゼンと白雪は青い顔になった。
「ちょっと涼しくなりましたかね?」
 オビがニコニコ笑顔になる。ゼン、白雪、ミツヒデの三人は青い顔で何度も首を縦に振っていた。
「うーん、なんだかなぁ……」
 木々が顎に手を添え、目をつぶっていた。納得のいかないような顔であった。
「どうした木々?」
「なんかさ、ミツヒデの話もオビの話も若い女性が登場するじゃない? 
どうして怪談って女の人が出てくるんだろうね」
「そうだね、女の人が出てくる怪談って多いね」
 白雪も木々の言うことに納得する。
「そ、それは……女性が出てきた方が怪談っぽく、怖さが増すからじゃないか?」
「何それ? ミツヒデどういうこと!?」
 木々が睨む。
「まあまあ、涼しくなったしいいじゃありませんか、木々嬢。
そうだ、主! 王宮に伝わる怪談話ってないんですか? 
こんなに広く歴史のある王宮なんだから怪談の一つや二つあるしょう?」
 オビが話をそらすために別の怪談話に持ってゆく。
「ああ、あるぞ、王宮の怪談。『絵の中の王子』だ」
 ゼンがサラリと答える。
「絵の中の王子?」
 4人は目を丸くしてゼンの顔を見る。
「ああ、絵の中の王子という王宮に古くから伝わる話がある。
まあ、怪談のようなそうでないような話だけどな……」
「主、なんですか。その話、是非聞かせてください!」
「うんうん、聞きたい。その話!」
 オビも白雪も木々もミツヒデも、ゼンの話に興味を示した。



【中編】

「絵の中の王子っていうと……女の人は出てこなそうな話ね」
「ああ、出てこないぞ。王子しか出てこない!」
「ふーん、どんな話だろうな?」
 ミツヒデが興味深そうにゼンを見つめる。
「クラリネスに伝わる話だ。むかしむかし、絵を描くことが大好きな王子がいた。
その王子は絵を描いてばかりで、他の勉強まったくしようとしなかった。
帝位を継がなければならない王子なので、歴史や政治の勉強が必要だった。
だが王子は帝位を継ぐのではなく、絵描きになりたいと言い出したのだ」
「王子様は大変ですねぇ〜」
 オビがしみじみと言った。まだ誰も怖がっている気配はない。
「絵描きになりたいと言った王子に周りの者は大反対した。
でも王子は難しい歴史を勉強するよりも、執務をこなすよりも絵を描いていたかった。
絵が大好きだったんだ。身近な人に相談しても反対されるばかりだったので、
王子は王宮に時々出入りしている魔術師に、帝位を継がずに絵を描き続けていられる方法がないか相談したんだ」
「おっ! すこし怖い方向に話が流れていきますね!」
 オビがワクワクした表情になった。
「魔術師は王子に一枚の絵を描けと言った。
自分が生活できるものすべて揃った部屋を描くように命じた。
王子は魔術師のいうとおり絵の描いた。
王宮からほとんど出たことがなかった王子だったので、自分の部屋の絵を描いて魔術師の元へ行ったんだ」
「それで?」
 ミツヒデも怖がっている様子はない。
「魔術師は王子に『本当に帝位は継がず、絵を描き続けていいのか?』と聞いた。
王子は絵を描くことが大好きだったので、それでいいと言った。
魔術師は王子の描いた絵を机の上に置き、王子に目をつぶらせた。
呪文を唱えたかと思うと、王子の身体が絵の中にスルリと吸い込まれていったんだ。
魔術師はニヤリと笑いこう言った。

『絵の中でずっと好きな絵を描き続けるがよい……』と。

王子は魔術師によって絵の中に閉じ込められてしまったんだ」

 ゼンが真剣な表情で語る。
 みんな、きょとんとした顔をしていた。
「なんか……怖い話というより童話みたいな話だね」
「そうだな」
 木々とミツヒデか顔を見合わす。
「主ぃ〜、そんな話ちっとも怖くありませよ。
暑い夏にもっとゾゾッとする話してくださいよ」
 オビが目を細めて口を尖らせる。
 話がメルヘンな感じでちっとも怖さは感じなかった。ゼンは皆を無視して話し続ける。
「その王子が閉じ込められたという絵が、王宮の廊下に飾ってある」
「ええっ!」
 オビ、木々、ミツヒデ、白雪の4人が目を見開き大きな声をあげる。
「ほ、本当に絵があるの?」
「おとぎ話で終わるんじゃないのか……」
「その絵、どこにあるんです? 主!?」
 オビも驚いて声を上げる。
「この部屋を出て、外に向かう長い廊下の壁に飾ってあるぞ」
 ゼンがさらりと答える。
「み、見に行くか?」
 ミツヒデがみんなに聞いた。
「行きますよ、もちろん! 見に行きましょう!」
「うん、行こう!」
 全員立ち上がり、廊下を出て、『絵の中の王子』の絵を見に行った。


「この絵だと言われている。絵の中の王子」
 外へ続く長い廊下には、数十枚の絵が飾ってあった。
 その中央にある一枚の絵をゼンは指さした。
「へぇ〜、これがその絵か……」
 青を基調とする暗い感じの絵だった。明るい青ではなく暗めの青、一面、群青色で描かれていた。
 暗い部屋の中に机や椅子などの家具があり、中央には男の子が描かれていた。
 まだ少年と言える年齢だ。無表情で真正面を向いている少年は、悲しそうな表情をしていた。
「なんか……本当に絵があると、ちょっと怖いね……」
 白雪がじっくりと絵を見つめながら言った。
「夜になるとこの絵がすすり泣くという言い伝えもあるんだ。
初めて聞いた時には、夜中にこの廊下を通れなかったぞ」
「ええっ! そんな言い伝えがあるのか? それは……怖いなぁ〜」
 ミツヒデが青い顔になる。
「真夜中に主に呼ばれたら、この廊下通れないじゃないですか。どうしてくれるんです、主!」
「オビが王宮にまつわる怖い話をしろと言ったんだろーが!」
「そうですけど、リアルに絵が残っているとか、現在進行形な怖い話やめてください!」
「俺だって、はじめて兄上から『絵の中の王子』の話を聞かされたときは怖くて眠れなかったんだぞ! 
「ゼンもちゃんと勉強しないと絵の中に引き込まれるぞ」って兄上から脅されたんだ!」
 ゼンがオビに言い返した。
「絵の中の王子……イザナ陛下がゼンに話してくれたのか?」
「そうだ。俺が小さな頃に兄上から聞いた話だ。ミツヒデ、それがどうかしたか?」
「それって……勉強しないゼンをやる気にさせるためにイザナ陛下が作った話じゃ……」
 木々とミツヒデが顔を見合わせる。
「本当に、本当に、絵の中の王子の話を聞いた時は怖かったんだぞ!」
「はいはい、主。わかりましたよ」
 オビが呆れ顔になった。
「あと、この絵を動かそうとすると悪いことが起こるという言い伝えもある。
だからこの王子の絵は、ずっと昔からこの廊下に、大切に飾られているんだ。本当だぞ!」
 ゼンが息を切らして説明する。
「そんな言い伝えもあるんだ。それは大事にしないといけないね……」
「それにこの絵、すごく上手だよ。もしこれを王子が描いたとしらたすごい腕前だよ。プロでもおかしくない」
 白雪が絵をじっくりと見ながら頷く。
「じゃあそろそろお開きにするか。日も沈んだし充分に涼しくなった。各々部屋に帰ろう」
 ミツヒデの言葉にみんなが頷く。
 ミツヒデ、オビ、ゼンの話した怖い話が涼しくしたのか、
日が落ち自然と気温が下がったせいかどちらか分からなかったが、暑くはない。各々部屋に帰ろうと、手を振る。
「あ、お嬢さん。部屋まで送りましょうか……っとすみません、遠慮します」
 オビが白雪を送ろうと声をかけたところで、ゼンが睨んだ。
「俺が白雪を送る!」
「はいはい、わかりました。また明日、お嬢さん、主!」
「じゃあ、白雪。行こうか」
「うん、ありがとう。ゼン。木々さん、ミツヒデさん、オビ、また明日!」
「またね、白雪」
「また明日! 白雪」
 絵の中の王子の前で、ミツヒデ、木々、オビに手を振って別れた。


「怖い話3つも聞くと、やっぱり涼しくなるね」
 白雪が引きつり笑いをしながら両腕をさすっていた。本当に寒いような仕草だった。
「そうだな」
「昼間は暑いけど、日が落ちると一気に涼しくなるよね。
一日のうちで気温差が大きいから、体調崩さないようにしないとね」
 白雪がにっこりと微笑む。体調を心配してくれるその心遣いが嬉しかった。
 怖い話と全く関係のない世間話をしながら白雪の部屋へと向かった。
 あっという間に白雪の部屋に着き、別れを告げる。
「じゃあまた明日。白雪」
「うん、また明日ね、ゼン」
 白雪がこちらに向かって手を振る。白雪の顔をしっかりと見つめてから、背中を向けた。
 数歩歩いたところで、背中を引っ張られた感覚がした。
 怖い話をしたばかりなので、まさか幽霊? と思ったが、背中にあたたかい温もりがする。
 人間の手が背中の服を引っ張っていた。振り向くと白雪が俯いて立っていた。
「待って、ゼン……」
「どうした白雪?」
 赤い髪に隠れて表情は見えなかった。
「もう少し一緒にいて……」
「え?」
「なんか怖い話聞いたら、一人で部屋にいるの怖くなっちゃった。
少しだけでいいから部屋に一緒にいて」
 白雪はゼンの上着の裾を掴む。
 ゆっくりとこちらを向いたその顔は、不安そうで、ほんの少し怯えたような表情だった。
「あ、ああ……わかった」
「ありがとう」
 白雪はホッとした表情になる。ゼンは廊下で左右を確認する。
 自分たちの他に人影はない。
 
ゼンは白雪の部屋へと静かに入って行った。



【後編】

「ごめんね、ゼン。本当に怖い話苦手で……」
 白雪が苦笑いする。顔色も少々悪いような気がした。
「大丈夫か? 顔色もよくないぞ。具合悪いのか?」
「うーん、ちょっと最近仕事で疲れ気味だったからそのせいもあるかな? 
あたたかいお茶でよければ入れるけど飲む?」
「ああ、頼む」
 数分後、白雪がお茶を入れてきた。
 小さなテーブルにゆらゆらと湯気の上がったお茶が二つ並ぶ。
 ゼンは怖い話を忘れて欲しい思いから、お茶を飲みながらできるだけ楽しい話をするように心掛けた。
 お茶を飲みきった頃には、白雪の顔色も笑顔も戻り、安心する。
「ありがとう、ゼン。付き合ってもらっちゃって。もう大丈夫だから……」
「そうか、それならよかった」
 白雪はお茶のセットを片付け始めた。
 白雪の部屋に長居するわけにいかないので、帰らなければならない。
 でもゼンはもう少し一緒にいたかった。白雪に触れたいと思った。
 部屋には二人きり――。
 自然と手が伸びる。
「……ゼン?」
 白雪の頬に触れた後、唇を重ねる。
 突然のキスに驚いたのか、一瞬、肩がビクリと揺れたが、そのまま何も抵抗はしない。
 赤い髪を梳き、肩から背中に触れる。しっかりと腕の中に抱き、襟元のボタンを一つ外した。
「ちょ、ちょっとゼン。何してるの?」
 白雪が唇を離し、腕の中で身をよじる。ゼンの手から逃れようと必死に抵抗する。
「少しだけ……お前に触れたい……」
「やめて、ゼン。私、そんなつもりじゃない……本当にやめて!」
 白雪に勢いよく手を叩かれる。勢い余ってゼンの頬もかすり、赤く跡がついた。
 目の前の白雪を見ると、大きな目を見開きこちらを凝視していた。瞳が潤み今にも泣きそうな顔だった。
「ご、ごめん。白雪……」
「私から部屋に誘ったけど、そんなつもりじゃない……」
 白雪は首を左右に降る。涙を必死に堪えているのがわかった。
「本当にごめん、白雪。すこし調子に乗ってしまった。もう何もしない」
 ゼンは白雪から一歩後ずさりする。白雪に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「うん。ちょっと怖かった……」
 白雪が上着のボタンをはめながら言った。怖い話とは違う、別の種類の怖い思いをさせてしまった。
「人のほうが怖いよね……」
白雪は服を整えたあと、静かに呟く。
「え?」
「そうだよ。幽霊なんかより人のほうがずっと怖い。
得体の知れない幽霊も怖いけど、人は暴力をふるったり、騙したりできる生き物だものね。
幽霊なんか怖がってる自分がバカだった」
「し、しらゆき……」
 ゼンが目を見開き硬直する。
「あ、ごめん。ゼンのことじゃないよ。確かにちょっとビックリしたけど、
よく考えると幽霊なんかよりも。人のほうがずっと怖いと思っただけ」
 白雪は笑顔だった。だが、もしそのまま迫ったら幽霊よりも怖い存在になってしまったということだ。
 ゼンの顔は幽霊顔負けに真っ青になる。
「本当に、本当にごめん、白雪。嫌わないでくれ〜」
 ゼンは白雪に泣きつく。
「大丈夫だよ、ゼンのこと嫌ってなんてないよ」
 白雪はゼンをたしなめる。
「本当か? 本当に嫌いになったりしないか?」
「うん、嫌いになったりしないよ」
「本当に? 幽霊より俺のほうが好きか?」
「うん、幽霊よりずっと好き」
 白雪はニッコリとゼンを見つめて笑う。
「もう白雪の同意なしに今日のようなことはしない。だから嫌わないでくれ!」
 ゼンは真剣な表情で白雪に懇願する。
「わかった。嫌わないから大丈夫だよ」
「それはよかった。もしも白雪に嫌われたら、幽霊になって会いに行くからな!」
 ゼンに顔に笑顔が戻り、白雪に宣言する。
「そ、それは……ちょっと嫌だな……」
「なんでだ? 幽霊よりも人間のほうが怖いんだろ?」
「そうは言ったけど、幽霊も怖いよ。ゼンはそのままのゼンで大丈夫。ちゃんと好きだから人間でいてください」
 白雪は苦笑いしながらゼンに頼んだ。
「そうか、俺はそのままでいいんだな」
「はい」
 なんだかわけのわからない会話になったが、最後は二人笑って別れた。
 幽霊よりも怖い存在にならなくて本当に良かったと思う。

 ゼンは自分の部屋に向かって廊下を歩いてゆく。
 途中、絵の中の王子の絵が飾ってある廊下に差し掛かった。
「本当に王子は絵の中に閉じ込められたのかなぁ?」
 ゼンは群青色で描かれた絵をじっと見つめる。
 中央の王子がぼんやりとした目でゼンを見つめている。
「えっ!? あれ?」
 一瞬だが、ほんの一瞬だが、絵の中の王子がゼンを見て笑ったような気がした。
ゼンは目をこすりもういちど絵を見つめる。絵の中の王子は再びゼンに笑いかけることはなかった。
「まさか絵の中の王子は本当にいるのか? ええっ!?」
 絵を食い入るように見つめるゼン。
 しばらく絵の中の王子と睨めっこしていた第二王子であった。

♪おわり

思いっきり白雪に拒絶されてオロオロするゼン。どうでしょう? たまにはこういうこともある? 
これが前置きの話で、『夢に見た光景 番外編2 続・絵の中の王子』に続きます。
よろしく(^-^)








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