赤髪の白雪姫2次小説
小さな幸せ


ゼンと白雪が同じ場所に住んでいる設定です。
ほのぼのした小さな幸せが伝われば嬉しいかな?


1.お弁当 2.次の角まで


1. お弁当

 ゼンが目覚めると部屋にいい匂いが漂っていた。
 パンを焼く香ばしい匂いと、肉を焼いたような匂いがする。起き上がって朝食の用意してある部屋に行くと、白雪がいた。
「おはよう、ゼン」
 朝食の準備中の白雪は、ゼンを笑顔で迎える。
「おはよう、白雪」
 朝食は焼き立てのパンと卵とソーセージのようだ。既に皿に盛りつけてある。
 白雪は両手に乗るくらいの四角い箱に料理を詰めている最中だった。
 箱の中にはいくつかの料理が少しずつ詰まっていた。朝食の卵とソーセージも詰まっている。
「それは……お弁当というものか?」
 ゼンは白雪が手にしている箱をじっと見つめる。
「うん、今日の朝食と昨日の夕ご飯の残りを詰めただけだけどね」
 白雪は小さく舌を出して笑う。
 ゼンは白雪の作ったお弁当をじっと見つめる。
箱の中にきれいに並んだ卵やソーセージはお皿に盛りつけてあるものと同じと分かっていても、ゼンの目には美味しそうに映った。 
それに白雪が作った『お弁当』というものが羨ましかった。食べてみたいと思った。
「お弁当……美味しそうだな。すごいな、いいな……」
 そんなゼンの心を知らずに、白雪はお弁当に蓋をしてその上から白い布でくるりと包む。
「そう? お弁当の中身は昨日の残り物と朝食の卵とソーセージだよ。朝食の出来立ての
ほうがおいしいよ」
白雪が笑顔を向けたところで、オビと木々、ミツヒデが部屋に入って来た。
皆、おはようの挨拶を交わし各々の席についた。
「いや、そういうわけじゃなくて……。いいな、お弁当……」
 ゼンの小さな呟きは無視され、朝食の場となった。

***

 最近、ゼンは朝起きると、朝食の支度を見ているようになった。
白雪はゼンに気づかれないようにチラリと上目遣いで見た。やっぱりこちらを見ている。
昨日の夕飯のおかずが余った時は、お弁当にしているのだが、お弁当に料理を詰めているとゼンは決まって目の前まで来た。
クラリネスの王子様にとってはお弁当が珍しいのか、「お弁当、美味しそうだな。いいな」といつも褒めてくれた。
 今日もお弁当を詰めていると、ゼンが寄ってきた。無言でお弁当に食材を詰めているところを見ている。
「白雪……」
 名前を呼ばれたので顔をあげると、ゼンが真剣な表情をしていた。
「何?」
 真剣な表情に少々心配になる。ゼンは何か言いたそうに、もごもごとしている。
「どうしたのゼン?」
「お、お願いが……あるんだ」
 ゼンの頬が少しだけ赤くなる。
「お願い?」
「……俺もお弁当が食べたい。俺の分もお弁当作ってくれないか?」
「えっ……」
 白雪はゼンからの予想外の発言に驚き硬直する。手に持っていたお弁当箱の蓋を落とした。
「蓋落としたぞ」
 硬直している白雪の代わりにゼンがお弁当箱の蓋を拾う。
「な、なんで……」
 白雪は目を見開き、驚きのあまり瞬きするのも忘れる。まさかゼンがお弁当を食べたいとは思ってなかった。
こんな昨日の夕飯の余り物と朝食の卵と肉を詰めただけの普通のお弁当を食べたいなんて、一国の王子様が思うわけない。
「なんでって……白雪の作ったお弁当が美味しそうだから……」
「お弁当は……夕食の余り物だし、朝食の卵や肉は温かいほうが美味しいと思うけど……」
「お弁当が食べたい」
 白雪が言い終わらないうちにゼンが短く言う。
「じゃ、じゃあ、王宮の厨房でお弁当作ってもらう?」
「それじゃだめだ。俺は白雪の作ったお弁当が食べたいんだ。これでいい!」
 ゼンは白雪が食材を詰めているお弁当を指す。
王宮の厨房で作ってもらった方が味も確かで美味しいと思うのだが、そうではないらしい。
「俺の分のお弁当を作るのは嫌か……」
 ゼンが悲しそうに俯く。本当に、本当にお弁当が食べたいようだ。
「い、嫌じゃないよ。ただちょっとお弁当が食べたいなんて意外だっただけ。
ゼンが私の作ったお弁当を持って行ってもいいかどうか、ちょっと相談してみるね」
「わかった」
 ゼンは満足そうに頷いた。

 ミツヒデや木々を通して厨房にも相談した結果、厨房で用意した食材を使ってならお弁当を作ってもよいということになった。
ゼンに……クラリネスの第二王子に夕食の残り物のお弁当を持たせるわけにいかない。
自分が作れる料理は酒場料理で、それでもいいとゼンは言ってくれたがそれではだめだ。
 白雪はその日の午後、図書館に走った。料理の本を借りてお弁当作りの勉強に励むことになった。

 翌朝、白雪はいつもより早起きして気合を入れてお弁当を作った。彩りよく、美味しそうに見えるよう、本で勉強したつもりだ。
ゼンからお弁当が食べたいと言われたことは嬉しいが、美味しいと思ってくれるか、喜んでくれるか不安な気持ちもあった。
「はい、ゼン。お弁当」
「ありがとう。白雪」
 お弁当を渡すと、ゼンは両手で嬉しそうに受け取った。お弁当を無言で見つめニコニコしている。
「お昼に食べるまで、涼しいところに置いてね。あと、もし……口に合わなかったら残していいからね」
「それはないから大丈夫だ。ありがとう白雪、行ってくる!」
「いってらっしゃい……」
 ゼンはお弁当を持って嬉しそうに仕事へ出掛けた。
 ミツヒデと木々が嬉しそうなゼンを見て、クスクスと笑っている。一体、お弁当はどこで食べるのだろう……。
今日は執務の他に会議もあると言っていたが、まさか会議の場でお弁当を広げたりはしないだろうか。
きっと、ミツヒデや木々が止めるはずだ。うん、きっとそうだ……。
(ミツヒデさん、木々さん。ゼンをよろしくお願いします)
 3人の背中を見送りながら、白雪は心の中で呟いた。

***

「おいしかった。ごちそうさま」
ゼンは満面の笑みでお弁当箱を白雪に返す。中身の入っていないお弁当箱は軽かった。
「お弁当大丈夫だった? 痛んでいる食材とかなかったよね? 口に合った?」
 白雪は心配のあまり早口になる。
「ああ、大丈夫だ。お弁当を広げたらオビの奴に取られそうになって大変だったんだぞ!」
「あはは、そうだったんだ……」
 嬉しそうなゼンを見て、ホッとする。どうやら満足してくれたようだ。
「時々でいいから……また、お弁当作ってくれると嬉しい」
 満面の笑みで見つめられる。
お弁当を持っていくだけでゼンはこんなに幸せそうな笑顔になる。
自分の作ったお弁当なんかより、王宮でゼンに出される食事はずっと手が込んでいて美味しいはずだ。
それなのに、お弁当が嬉しいと、美味しいと言ってくれる。ゼンの幸せそうな笑顔を見ているとこちらまで幸せな気分になった。
「うん! またお弁当つくるね!」
 白雪は大きく頷く。軽くなったお弁当箱に小さな幸せを感じた。

♪おわり




2. 次の角まで

「白雪、今日は何時に仕事へ行くんだ?」
 ゼンは朝の支度をしている白雪の顔を覗き込む。
「あともう少し……支度ができたら薬室に行こうと思うけど……」
「本当か! じゃあ、途中まで一緒に行こう!」
 ゼンの顔が明るくなった。
「うん、いいよ」
 白雪は支度を済ませ、ゼンと共に扉を出た。
「ミツヒデと木々は先に出掛けているから、二人で出勤なんて久しぶりだな!」
「そうだね……」
 ゼンの言う通り、お互い出勤時間が違うことが多く、
緊急で呼び出されることもしばしばあったため、二人で一緒に仕事へでかけることは久しぶりだった。
 白雪は薬学書を手に持ち、王宮の長い廊下をゼンと一緒に歩き出す。
「今日はいいな。嬉しいな!」
 ゼンが満面の笑顔で白雪の顔を覗き込む。
「なんで?」
「えっ? 久しぶりに一緒に出勤できて白雪もうれしいだろ?」
「あ、ああ……うん!」
 白雪は一瞬固まってしまったが、なんとか笑顔を作った。
「あ……白雪は嬉しくないのか。嬉しいのは俺だけか……」
 ゼンから笑顔が消える。
 ゼンが朝から嬉しそうだったのは、一緒に出勤できるからだったのだ。
二人でいられる時間は限られていて、貴重なことはわかっているが、
朝、一緒に仕事へ出掛けることに喜びを見いだすとは予想外だった。
「そ、そんなことないよ。私もゼンと一緒にいられて嬉しいよっ!」
 白雪は慌てて笑顔を作る。
「目が笑ってない……」
 どうやら笑顔が引きつってしまったようだ。思わず無言になる。
「そうだよな……」
 少々の沈黙の後、ゼンが呟いた。白雪はゼンの横顔を見つめる。
「別に朝、一緒に仕事に出掛けることなんて何でもないことだよな……」
 ゼンは笑いながら小さな溜息をつく。
「木々やミツヒデが側にいてくれるようになってからはそうでもないが、
俺の場合、朝から衛兵やら貴族の高官やら、あまり気の休まらない者が朝から付き添っていることが多いから、
白雪と……好きな子と一緒に仕事へ行けるなんて夢のようなことに思えるんだが……」
「あ……」
 白雪は何と言ったらいいか分からず無言になる。
「あと、少し憧れもあったな。子供の頃、王宮内で結婚した者同士が、
仲良く手を繋いで仕事へ行く風景をよく目にしたから、いつか俺もああしたいな……と」
 ゼンは白雪の顔を見ず宙を見つめる。頬が赤く少々恥ずかしそうだった。
「そっか、そうなんだ。じゃあ、これから一緒に仕事行けるときは行こう!」
 一緒に仕事へ出掛ける。
 こんな些細なことでゼンは嬉しいと、幸せを感じることができるなら、
一緒にいたいと思った。ゼンの手のひらに自分の手を滑り込ませる。
「あっ、手を繋いでるところを誰かに見られるのはダメだね……」
 白雪は人目を気にして手を引っ込める。
「いや、大丈夫だ。この城の衛兵の配置はわかっている。次の角まで衛兵はいないはずだから、そこまで……」
 ゼンが顔を赤らめつつ白雪の手を強く握る。
「うん、わかった」
 白雪も強く握り返した。
 次の角まで――。
 数十メートルの短い時間だが、ゼンが幸せを感じてくれたら嬉しい。
隣のゼンの顔を見ると、ゼンもこちらを見ていた。二人で笑いあう。
この幸せな時間を少しでも長くしたくて、思わず歩みがゆっくりになる。
 あともう少しで次の曲がり角だというとき、二人の前に長身の大きな影が差した。
誰だろうと思い顔をあげると、二人のよく知る人物であった。
「やっぱり、邪魔がはいるときは、大抵こいつらだ」
 ゼンが不満そうに呟く。
「す、すまない。邪魔をして……ゼン」
 ミツヒデが繋がれている手を見つめて謝る。ミツヒデの陰には木々もいた。
「お、おはようございます! ミツヒデさん、木々さん!」
 白雪は慌ててゼンから手を放す。
「おはよう、白雪」
 ミツヒデの陰にいた木々が笑う。
「遅いからちょっと様子を見に来たんだ。悪かったな、邪魔して……」
 ミツヒデは分が悪そうに謝る。ゼンは「まったくお前らは…」とぶつぶつと不満そうにしていた。
「じゃあ、白雪。またな!」
 ゼンが白雪を振り返り大きく手を振った。やさしい笑顔が白雪に向けられる。
「うん、またね!」
 白雪も顔の横で必死に手を振る。
 ゼンの幸せが自分の中にも流れ込んできたように感じた。
 ゼンは一国の王子で何でも望むものは手に入る。
 なのに、ただ一緒に仕事へ行くだけに幸せを感じてしまう。地位やお金、名誉や財産も大切だけど、本当の幸せって案外小さいのかもしれない。
 白雪はクスリと笑う。長く続く廊下の先に小さく見える3人の姿をじっと見つめる。
「さて、私も仕事に行くかな……」
 白雪は手に持っている本を持ち直し、薬室へと向かった。


♪おわり





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