お菓子の家

 僕は尿中に増殖した肺炎桿菌、Klebsiella pnewumoniae
宿主の人間に膀胱炎を起こしている最中なんだ。尿中でどんどん増殖していると、僕は滅菌スピッツに採取された。
行き先は微生物検査室。スピッツにはオヤジのハゲ頭と同じ模様のバーコードがついている。
 微生物検査室に入ると、バーコードリーダーさんが、僕をピッと受付して迎えてくれた。
「クレブシェラ君、こんにちは」
「こんにちは、バーコードリーダーさん。ところでここはどんな所なの?」
「ここはね、微生物さんたちにとっては、『お菓子の家』よ」
「お菓子の家ってヘンゼルとグレーテルに出てくる家のこと?」
「そう、白衣の魔女たちに気をつけてね。いってらっしゃ〜い!」
 バーコードリーダーさんが僕を見送ってくれた。
 お菓子の家。一体どんなところなんだろう。僕は胸を弾ませた。
 白衣の魔女というのは、この検査室の検査技師さんたちらしい。
みんな真面目そうでいい人そう。どこが魔女なんだろう?
 首をかしげていると、僕はいきなり揺さぶられた。白衣の魔女が突然、尿を混和し始めたのだ。
「うわっ! 何するんだ?」
 驚いているのも束の間、魔女は試験管のキャップをあけ、1白金耳とってスライドガラスに塗り始めた。
僕は危うく難を逃れたけど、仲間がスライドガラスの上に載っている。
「ひっ!」
 あまりの恐ろしさに僕は小さく声をあげた。
 魔女はスライドガラスを火に近づけて数回あぶったのだ。火炎固定だ。
スライドガラスの上の仲間たちがガスバーナーの火によって死滅した。
なんと恐ろしい、バーコードリーダーさんの言っていたのはこれのことか。
やっぱり検査技師は白衣を着た魔女なのだ。
 その後、白衣の魔女は、シャーレを用意した。シャーレには赤と緑の色の付いた寒天が入っている。
魔女は寒天の上に僕らを薄く伸ばした。
 スライドガラスに載せられた仲間のように、僕も火にかけられたりするんじゃないかとビクビクしたが、
何も起きなかった。それより、なんともこの寒天の上は心地よい。
僕たち最近が育つ栄養分が沢山だ。緑の寒天は肉エキスがうまいうまい。ペプトンの大好物だぞ。
僕は乳糖も分解しちゃうから、指示薬のBTBを酸性側の黄色に変えちゃうぞ。
赤い寒天の血液も美味でございます〜。仲間がどんどん増殖ぞーしょく♪ ムコムコ、ムコイドしちゃうぞ♪ 
それも白衣の魔女は、僕たちが育ちやすいように37℃のふ卵器にしまってくれた。
ぬくぬくして暖かいぞ。満足満足。
 ふと、シャーレの外を見ると、他の種類の菌たちもシャーレの中で増殖していた。
緑膿菌君にブドウ球菌さんにレンサ球菌さん。バクテロイデス君なんかは嫌気状態にしてもらっている。
なんとサービスが良いのだろう。ヘモフィルスさんは好物のチョコレートのベッドの上ですやすやと眠っている。
彼女のお部屋の中は炭酸ガス培養だ。僕たち微生物にとってここはパラダイス。そーれ増殖増殖。
コロニーがたくさんできたぞ。シャーレの中は僕の匂いでいっぱいだ。
 翌朝、白衣の魔女はシャーレの蓋をあけて僕をじっと観察した。
「薬剤感受性検査しないとね」
 魔女はそう言うと、1コロニーとって僕を液体に溶かした。
「なんだ? この液体は? あれ、この液体の中も気持ちいいぞ〜」
 液体の中にふよふよ浮かんでいると、また寒天の上に塗られた。
「今度は色のついてない寒天だな。ここの居心地もなかなかだぞ。
ん? なんだ、何か降ってきたぞ」
 円盤状のディスクが寒天の上に載っていた。近づいて見に行ってみると
円盤には『AM』と書いてあった。
「AMなんだこれ? 午前中って意味か? ……違うぞ! 抗菌薬だ!
近づいてはならぬ。ここは秘密兵器だ。ペニシリナーゼビーム!」
 僕は抗菌薬に倒されないよう、武器の一つであるペニシリナーゼを発射した。
「なんとか難は逃れたな。ああ、でも第三セフェム系やカルバペネム系の近くに
いた仲間たちは死んでしまったな」
 僕は心を痛めた。
「薬剤感受性の結果も出たし、これで最終報告ね」
 白衣の魔女はそう言うと、シャーレをポイッとゴミ箱に投げた。
「これで終了みたいだな。なんとか生き残れた。よかった」
 僕は胸をなでおろした。しばらくゴミ箱の中で静かにしていると、ゆらゆらとゴミ箱が揺れ始めた。
どこかへ移動するようだ。魔女はよっこいしょと言いながら、ゴミ箱ごとステンレス製の箱の中に入れた。
厚い蓋が閉められる。真っ暗だ。これから何が起こるんだろう。
「121℃、2気圧スイッチオン!」
 白衣の魔女の声がした。
 ん? なんだ? 暖かい……いや、熱いぞ熱いぞ。それにこの圧はなんだ?
「うぎゃー!」
 高圧蒸気滅菌器から、数億の菌の叫び声。その声は白衣の魔女の耳には届かない。
「ね、お菓子の家って言ったでしょ」
 受付のバーコードリーダーがニヤリと笑った。



突然ふと思いついたネタ。コーヒーブレイクに投稿しようかとも
思ったんだけど、検査技師まるっきり悪者だし、字数オーバーだし。
なんかちょっとホラーだし、ネット更新用にしました。
尿の薬剤感受性検査は、DISK法ではやらないですよね。
DISK法のほうが話の流れ的にわかりやすいかな〜と思って
DISK法にしちゃいました。



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