顕微鏡の顕太郎


 俺は顕微鏡の顕太郎。
 某病院の検査室に十年も勤めている大ベテランだ。
 俺にかかれば、小さい細胞も何のその。強拡大ですべてお見通し。
俺に隠し事なんて出来ないのさ! まあ、俺は光学顕微鏡だから
電子顕微鏡の電太郎オヤジまでは解像度は良くないけどな。
あいつは図体デカイし経費は掛かるし……。
その点、俺は、手軽な光学顕微鏡。コンセント一つ有れば
すぐに使える。ちょっと重いが、持ち運びも出きるし、
俺くらいの男が調度いい男なのさ!
 まあ、こんな俺の自己紹介はいいとして、俺の日常でも紹介しようか。
 今は血液検査室に席を置いている。毎日、血液像ってやつを
読んでるのさ。
 えっ? 血液像って何かって? これが分からないなんて、
お前シロウトだな。よし、俺が説明してやろう。血液像ってのはな、
患者から採血した血を、スライドガラスっていう顕微鏡で
見るためのガラスに薄く塗る? と言えばいいのか? とにかく薄く
血液を塗抹するんだ。そのままでは顕微鏡で見えないから、
薄くひいたこの血液を、ライト液とかギムザ液って言う染色液で
染めるんだ。この染色液を使うとな、細胞の核が染まるんだ。
顕微鏡で見やすくするために染色って奴をするんだ。
 血液像で主にやる事は、白血球の分類だ。白血球は分かるよな?
 免疫作用をする細胞だぞ? この白血球には何種類か種類があるんだ。
いいか、よく聞いてろよ!
 好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球。この五種類が
主な白血球の種類だ。聞いたことあるだろ? 何%ずつこの五種類の
白血球があるかを顕微鏡で見て分類するんだ。
 ここでは説明しきれないが、血液像って奴からは人間の健康状態の
いろいろな情報を読み取る事が出来るんだ。
 さて、今、俺を使っているのはこの春、新人で入ったA子だ。
若いっていうのはいいんだけどな、こいつがまたどうしようもないんだよ!
ちょっと俺の愚痴聞いてくれるか?
 仕事はそこそこ、わからない細胞が出たら先輩に聞きながら
確実にやってる。まあ、少し仕事のペースは遅いけどな、
仕事を早く出きるかどうかなんて、慣れって奴だ。
今は、分からないことをそのままにしないで確実にものにすればいい。 
 昨日の午後なんてな、こいつ職員食堂でカツ丼を大盛り食いやがったんだ。
午後からまだ、沢山仕事が控えてるっていうのに…。腹八分目という言葉を
知らないらしい。
 A子は単調に血液像を読んでいた。するとどうやら奴は眠くなってきたらしい。
白血球をカウントするペースがダウンしてきた。一枚スライドを読むのに、
ものすごく時間がかかる。A子は睡魔と戦っていた。
頭がだんだんフラフラして舟を漕ぎ出したのだ。
(おい! 寝るんじゃないA子。先輩が見てるぞ。
お前は働いているんだ。金貰ってるんだぞ!)
 俺は一生懸命、A子に叫びかけた。
 だが次の瞬間……、
『ゴン』
 A子は俺の接眼レンズにおでこをぶつけやがった。
「痛い」
 ばかやろう! それはこっちの台詞だ。おまけにお前の顔に塗ってある
ファンデーションまで俺様についたぞ! 拭け! A子!
 そのままA子はフラフラと席を立った。
「ちょっとトイレに行ってきます」
 A子は席を外した。どうやら外の空気を吸って目を覚ましに行くようだ。
 まったく、いいかげんにしてくれよな!
 顕微鏡も辛いぜ!


            医学書院 検査と技術 2000年8月号コーヒーブレイク掲載

***
2級試験の過去問目当てに買った「検査と技術」をパラパラ眺めていたら、
コーヒーブレイク投稿欄を発見。なんでもOKということだったので、
パソコンの中に眠っていた顕太郎を引き出して原稿用紙に打ち出して編集部に送りつけた。
なんだか喜んでくれた編集部。調子に乗ってまた2作ほど書いて再び送りつけた。
2級試験の勉強? してません!(笑)





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