2002.12.17更新

顕太郎の映画鑑賞



「顕次郎、映画が見たいな!」
「は…………?」
 相変わらずの予想のつかない先輩の発言に、顕次郎は呆然とする。
「映画って……ロードショーでやっている映画ですか?」
「そうだ。冬休みに向けて、色々な映画が公開されているだろう、たまには
映画館の大画面で見たい!」
「け、顕微鏡が映画館に行って映画を見るんですか……」
「おかしいか?」
 顕太郎は真顔で顕次郎を見つめる。後輩顕微鏡は小さな溜息をついた。
「……先輩、今回ははっきり言わせてもらいます。映画館で映画を見る顕微鏡
なんて、100%おかしいです!」
「そうか? 俺たちには接眼レンズという眼があるじゃないか!
映画を鑑賞するのに困ることはないぞ」
 先ほどより大きな溜息をついて、顕次郎は続ける。
「いいですか、映画館の椅子に顕微鏡がいたら……というか置いてあったら
おかしいでしょう。第一、どうやって映画館まで行くのです。チケットだって
買えないじゃありませんか!」
「通りすがりの顕微鏡というわけには……」
「いきません!」
 顕次郎は先輩顕微鏡がが最後まで言葉を続ける前に遮った。
「仕方ないな……ビデオかDVDになるまで待つとするか」
 今回は大人しく言うことを聞いた顕太郎。顕次郎は、探偵ごっこのように
振り回されなくてすむと一安心していた。
「ところで、顕太郎アニキは何の映画が見たかったんです?」
「う〜ん、ただ漠然と映画が見たいと思っていただけで、
絞り込んではいなかったのだが……、やっぱりハリーポッターだろう!」
「ハリーポッター、僕も大好きです。ハーマイオニー役の
エマちゃんかわいいですよねっ!」
 隠れハリポタファンの顕次郎。どんなに顕太郎にいじめられたとしても、
人間界でいじめられたハリーポッターのように、顕次郎も
いつかどこかの世界で活躍できる日々を夢見ていたのであった。
「ハリーポッターもいいが、ハリウッド版のザ・リングも見たいな」
「リングですか……リングは邦画のあの煤けた感じが、貞子の怖さを一層
きわ立たせているように思えるので……豪華ハリウッド版は私的には……」
 顕次郎は映画評論家のような批評をする。
「そうか? それよりもだ! 俺は映画を見るよりも、映画の作成のほうを
やってみたいと思うんだ。いいと思わないか?
目指せ! 顕微鏡界のスピルバーグ、ジェイムズ・キャメロン!」
 突然、大きな声を出して、顕太郎は胸を張った。
「な、な、な、な、なにを突然言い出すんです! まさか監督の助手に私を……」
「そうだ。よく分かっているじゃないか。助監督にしてやるからな、
顕次郎。喜べ」
 手のように動かしている電源コードで、後輩の肩(アーム部分)を
ポンと軽く叩いた。
「喜びません……。第一、顕微鏡に映画が作れるわけがないでしょう!」
 語尾を強くして、先輩顕微鏡に言い聞かすように言った。
「そうか? もう脚本は考えてあるんだぞ。ハリーポッターブームを反映して、
顕微鏡版ハリーポッター。『ハリーポッターと顕太郎の石』なんてどうだ?
もちろん主演は俺だ!」
 顕次郎は、先輩顕微鏡から顔をそらして、床に向かって溜息をついた。
そして静かに言う。
「顕太郎の石って……どんな石なんです……?」
「だめか? じゃあ、『ハリーポッターと顕太郎の部屋』なんてのはどうだ?」
 再び深い溜息をついた。先輩顕微鏡と会話するのもイヤになってくる気分であった。
「顕太郎の部屋って、どんな部屋なんです? 血液像を鏡検する部屋ですか……?」
「う〜ん、顕次郎、そんなに溜息ばかりつくなよ。やはりパクリじゃ面白くないか。
じゃあ、同じパクリだが、こんなのはどうだ? 顕微鏡版『リング』!」
「どんな話なんです……」
「よくぞ聞いてくれた! 話はこうだ。呪いのビデオテープならぬ
呪いの血液像プレパラートがある。そのプレパラートを覗いたものは
一週間以内に死んでしまう……」
 顕次郎は先ほどより少し興味を持ち、続きに耳を傾ける。
「それで?」
「新人の検査技師A子が呪いのプレパラートを見てしまう。そのプレパラートは
貧血していて、赤血球がリング状になっていた。じっと見つめていると、
動くはずのない赤血球の一つがウニュウニュと動いた。A子はじっと動いた
一つの赤血球を見つめる。リング状の赤血球から、手が出てきた。
顔が長い黒髪で隠された女が赤血球から這い出てきたのだ。
A子は貞子を……蠢く一つの核のない細胞を凝視した」
「そ、それでどうしたんです! 這い出てきたのは……」
「A子は顕微鏡から目が離せない。黒髪の貞子がA子を見つめた。髪で隠された
顔が露わになると貞子は……」
「貞子はっ!?」
「おっはー! と、元気よくプレパラートを見つめているA子に挨拶をしたんだ。
もちろん、慎吾ママ風にな!」
「…………」
 真剣に話を聞いた自分がバカだった。顕次郎は、ただ、ただそう思った。
「そうですか、それはよかったですね。はぁ〜」
「何だ? 面白くなかったか? じゃあ次は……」
「顕太郎、リングもいいけど、ワタシはタイタニックが好きナノヨ。
どうせやるならタイタニックにしましょうヨ!」
 いつでも顕太郎の味方、恋する顕微鏡の鏡子が話に加わった。
「タイタニックか、いいな。大海原の大ロマンだな!」
「もちろんワタシがローズで、顕太郎がジャックあるヨ。キャッ!」
 鏡子は自分で言って自分で照れて幸せそうであった。
「そうだな、潮風が接眼レンズにしみるぜっ! なんてカッコイイものな!」
「先輩、鏡子さん。どうして顕微鏡が船に乗るんですか……。
潮風が目にしみて、塩の結晶が接眼レンズにこびり付いたら大変でしょう」
 先輩顕微鏡についていけないのは、今に始まったことじゃないが、
そろそろ疲れてきた。
「まったく、お前は現実的だな。大ロマンなんだからいいじゃないか!
じゃあ、潮風……海の海水を、ライト・ギムザ液にでもすれば文句ないか?」
 顕次郎には到底、想像できない意標をつかれた発言を毎回するので、
ある意味、尊敬と賞賛に値する。でもしかし、真面目な顕次郎は
大きな声を上げずにはいられない。
「そういう問題ではないです!」
「そうか……顕次郎には面白くないか……」
「ワタシは面白いですワ、顕太郎♪」
 すっかりローズ気分の鏡子はご機嫌であった。
「じゃあじゃあじゃあ、いっそのこと、アニメにしようか。
とっとこハム太郎っていう幼児向けのアニメがあるじゃないか。
とっとこケン太郎っていうのはどうだ?」
 ガクーン、接眼レンズが割れそうなほど、顕次郎は呆れた。
「ハム太郎はイチゴ5個分の重さ。ケン太郎は染色ガラスドーゼ5個分の重さだ。
わはっはっは! チビッコに大人気間違いなし!」
 顕太郎は呆れる顕次郎そっちのけで、大威張りで胸を張った。
「とっとこじゃなくて、ひょっとこケン太郎か、すっとこケン太郎
くらいにはなれるかもしれませんけどね……」
 顕次郎は小さな小さな声で言う。
「ん? 何か言ったか? 顕次郎」
「いいえ……何も……」

 顕太郎の映画監督?デビューいつの日になることやら?(笑)


♪おわり


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