***バレンタイン編***


 2月14日バレンタイン。この日は、ロウソクの館でお茶会が開かれることとなっていた。
伯爵主催のお茶会なので、招待された都筑、密、巽、亘理、近衛、倶生神の兄弟は
出席しないわけにはいかなかった。
「あーあ、なんでせっかくのバレンタインなのに、伯爵に付き合わなきゃ行けないんだよ」
「まあまあ、都筑さん。仕事の中休みだと思って伯爵のお相手をしてあげましょうよ。
せっかくの好意なんだから…。きっとワトソンさんが腕をふるって、お茶菓子を用意してくれますよ」
「お茶菓子! そうかぁ〜甘いものがタダで食べられるならいいかぁ〜」
 都筑は甘いチョコレートが溶けたようなトロンとした目をしていた。
 
「いらっしゃいませ。ようこそ、バレンタインのお茶会へ」
 ロウソクの館に着くと、ワトソンが一同を迎えてくれた。
「こんにちは、ワトソンさん。こちらこそご招待ありがとう」
 礼儀正しく、密は挨拶した。
「お茶の準備は出来ております。中庭へどうぞ」
 以前、都筑が伯爵の書いた本の中に引き込まれたときと同じ場所でのお茶会だった。
 2月といえば、まだコートの手放せない季節。だが、ちょうどこの日は
梅の開花を早めるようなポカポカ陽気だった。
 やさしく降り注ぐ太陽の下、色とりどりの花で飾られたテーブルの上には、
お茶の用意がしてあった。
「皆様。どうぞ席にお着きください。バレンタインということもあり、
このワトソンが皆様のネーム入りのチョコレートを作りました」
「うわー。ワトソンさんの手作チョコだー。来て良かったー」
 都筑は嬉しそうに言った。
「ワトソンさんのチョコなら、安心して食べられますね。どこかの誰かさんの手作りお菓子は
怖くて食べられませんけど…」
 巽の嫌味も聞こえないくらい、都筑はチョコレートに喜んでいた。
「皆様。伯爵様はちょっと遅れるらしいです。先にお茶を召し上がって下さいとの伝言を
受け賜っております」
 ワトソンは申し訳なさそうに言った。
「なんだー? 招待しておきながら遅れてくるんか?」
 亘理が納得のいかないような顔をした。
「いっただきまーす」
 早速、都筑はワトソンさんお手製のチョコレートにかぶりついた。
ほのかに香るローズティーも用意され、各々のネーム入りのチョコを味わっていた。
「さすがはワトソンさん。お菓子作りがお上手ですね」
 倶生神兄が、チョコにかぶりつきながら言った。
「倶生神兄さん。今日は弟さんはどうしたんですか? いらっしゃらないんですか?」
 倶生神弟の姿がなかった。そのため、お茶会で用意された席が一つ空いているのだった。
「弟は、仕事が残っていまして、遅れてくるんです。せっかくの伯爵の招待なのに兄弟して欠席は
失礼かと思いまして…兄の私だけでもと思って来たんです」
「そうなんですか…」
 ワトソンはじっと倶生神兄をみつめた。

 チョコが食べ終わった頃、伯爵がやっと皆の前に姿を現した。
「よーうこそ! バレンタインお茶会へ。皆の者、十分にくつろいで行ってくれ〜♪」
 主催の伯爵のおでまし。バレンタインと言うこともあって、伯爵の機嫌はメチャメチャよかった。
「フフフ♪ 私の都筑〜。私からの愛を受け取ってくれ〜♪ 私の手作りチョコだよー」
 グイっと伯爵は都筑にチョコを押し付けた。まるで、池袋でポケットテッシュを押し付けるように。
 その強引さに、思わず都筑はチョコを受け取ってしまった。
「あっ…」
「フフフ〜。つ〜づ〜きィ〜。チョコを受け取ったね。ということは私の愛を受け取ったということ。
さあ、私の胸に飛び込んでおいでー」
 伯爵は両手を広げて都筑に向かって行った。
「ひいいいい」
 都筑は、思わず席を立ち逃げ出してしまった。
「何を照れている〜? わたしのつ・づ・き♪」
 逃げる都筑に、追う伯爵。巽や密、亘理はいつものことだと思い、止める気も起こらなかった。
 都筑が必死で逃げ回っていたと思うと…
 パタン。
 急に都筑が倒れた。
「ん? どうしたんだ?」
 心配そうに巽が席を立った。
「どうしたんだい? 私の都筑? 急に倒れて…。さては分かった!
潔く私のモノになる決心をしたんだね。いいよ。私に任せておいで……。」
 伯爵は都筑を抱きかかえ、ロウソクの館に入っていってしまった。
「つ、都筑さんが伯爵に…、大丈夫でしょうか?」
 心配そうに巽は言った。
「大丈夫なんじゃないの? べつにとって食われりゃしないから」
 密は呆れるように言うや否や、密もパタンと急に倒れた。
「おい! 坊! どうした?」
 亘理が叫んだ。
 叫んだ亘理もパタン。倒れたまま気を失ってしまった。
「ど、どういしたんです。亘理さん、黒崎君、そして都筑さん!」
 巽はビックリして、辺りを見まわした。そんな巽もすっと意識が遠のいて、
その場に倒れこんでしまった。
「皆さん、一体どうしたんです? 起きてください!」
 残された倶生神兄は、倒れている皆を揺すった。
 皆、意識を失ったまま、目を覚ます気配はない。
「ワトソンさん。一体これはどうしたことでしょう? 救急車を呼んだほうがいいのでは…」
 倶生神兄は、残されたワトソンに慌てふためいて話しかけた。
「その必要はありません」
 ワトソンは迷わず返事を返した。
「えっ…?」
「私が、倶生神兄さん以外のチョコレートの中に、睡眠薬を入れておいたんです。
しばらくの間は皆さん、目を覚まさないでしょう。伯爵様も、
都筑さんがいらっしゃるので、戻って来ることはありません」
 ワトソンは、倶生神兄の瞳をじっと見つめながら言った。
「い、一体なんでそんなことを…」
 グイグイ近づいてくるワトソンから後ずさりしながら倶生神兄はたずねた。
「鈍いですね。わかりませんか? 私はあなたと2人っきりになりたかったんです。
あなたのチョコレートには、睡眠薬は入れませんでした。
あのチョコレートは私の愛のしるしです。あなたはそれを受け取り、それを食べた。
私の愛を受け止めたと思っていいのでしょう?」
 ワトソンの顔が倶生神の顔の2cm前にあった。
 倶生神兄は、あまりのことに腰を抜かし、油汗がダラダラ流れていた。
「邪魔は入りません。倶生神兄さん、どう私を受け入れてください」
 ワトソンは、嫌がる倶生神兄の腕をつかみ押し倒した。
 見た目は3頭身だが、さすがはゾンビ。倶生神兄は身動きが取れなかった。
(こ、こんなことって…。闇末の同人界では、巽さん×都筑さん、都筑さん×密さん、
邑輝さん×都筑さんetc…。やおいが、猛威を振るっているのは知っているが…、
まさかこの私が…。この私までもが、あの世界の仲間入りに!
嫌だー! 私だけはノーマルだと思っていたのに!)
 抵抗しても、ワトソンには歯がたたない。
 倶生神兄は、ショックのあまり目を瞑った。
「に、兄さん!」
 聞き覚えのある声に、倶生神兄は、目を見開いた。
「おお! 弟よ!」
 倶生神弟が、仕事のため遅れてお茶会にやって来たのだ。
「弟よ! 助けてくれ!」 
 兄は必死で叫んだ。
 そのとき、ワトソンの手がふっと緩んだ。
 そのスキに、兄は逃げ出す。
「ワトソン! 貴様! よくも僕の兄さんを!」
 倶生神弟は、怒りのあまりワトソンを殴った。
「ワトソン! 兄さんは僕のものだ! お前が手を出すことなど許さん! 
兄さんと契りを交わすのは僕だー!」
 またもや倶生神弟のパンチはワトソンに飛んだ。
 ワトソン、ゾンビなので殴られてもビクともしない。
「何を、倶生神弟さん。あなたと倶生神兄さんは、血の繋がった兄弟です。
兄弟での恋愛……まして契りを交わすなど、閻魔帳の掟に反します。すぐにあきらめるのです」
「いやだ! 僕はいままでずっと兄さんを愛してきたんだー」
 倶生神弟は、ワトソンに、またもや向かっていった。
 倶生神兄をかけての、3頭身キャラ同士の争い。まだまだ終わりそうもなかった。
 一方、あっけにとられる倶生神兄…。
 ふと足元を見るときれいいラッピングされている包みが…。
 中を開けると……、
『兄さん、今まで言えなかったけど、僕は兄さんを愛しています。
仕事の合間を縫って作った手作りチョコ。どうか食べてください』
 ハート型のおいしそうなチョコレートの真中には『兄L・O・V・E』の文字が
ホワイトチョコで描かれていた。


♪おわり