***闇末版絵姿女房***

 



 むかしむかし、ある閻魔庁に都筑というバカ者…じゃなかった。若者がいました。
都筑は甘いものが大好きで、怠け者で、真面目に働こうとしません。
 都筑の保護者兼お目付け役の巽は、すっかりこの都筑に困り果てておりました。
仕事をさせても、巽の目の届かない所で怠けたり、経費で買い食いしたり…、
閻魔庁召喚科の困ったさんでした。
 ―――そこで巽は考えました。
 巽は報告書の裏に自分の似顔絵を書きました。メガネがキラリと輝き、怒っている顔の似顔絵です。
「都筑さん。この絵姿を持って仕事に行って下さい。いつでも私の目が光ってると思い、
仕事に熱中するのです!」
「ええっ! やだよぉ〜。そんなの。この絵の巽、怒ってるじゃないかぁ〜。怖いよー。
……でも、巽、絵が上手だね。もしかして同人誌やってた?」 
 グッと詰まる巽。実は巽は……(笑)
「そんなことはどうでもいいです。早く仕事にいきなさーい!」
「こわーい、巽ィ〜」
 都筑は巽の怒鳴り声を背中にして、しぶしぶ仕事にでかけた。

 仕事にでかけたはいいが、巽の絵姿をスーツのポケットに持っているせいか、なんだかいつも巽に
見られている…いや監視されているような気がしてならなかった。
「巽が側にいてくれるのは嬉しいけど、こんな怖い顔した巽じゃやだなぁ〜」 
 都筑は絵姿を見ながらそう思った。
 ―――そのとき、ぴゅう〜と強い風が吹いた。
「あっ!」
 巽の絵姿は、都筑の手から北風にさらわれてしまった。
追いかけたけど、空高く舞ってしまい、見失ってしまった。
 絵姿を亡くした都筑が巽に怒られたのは言うまでもない。

 
 さてさて、飛んでいった絵姿は…。
 国内でも屈指の名医であるマッドドクターである邑輝の元へ飛んでいった。
 その頃……、ちょうど邑輝は優秀な秘書を探していたところであった。
 そこへ、ひらり〜。
 巽の絵姿が……。
「おおっ! この絵姿の男はまさに私の秘書にふさわしい! この几帳面そうな眼鏡といい、
少し厳しさを思わす目つきといい、丹精な顔立ちといい……。すぐにこの男を探し出し、連れて来い!」
 マッドドクター邑輝は、部下の研修医や看護婦に巽の捜索命令をだした。
 捜索が続く中……、とうとう、邑輝の部下は都筑や巽の元にも来た。
「やっと見つけたぞ! ドクター邑輝はあなたを秘書にと言っておる。大人しく来るんだ!」
 部下の研修医は巽の腕をグッとつかみ、ズルズルと連れていってしまった。
「やだよぉ〜。巽ィ〜。白衣を着こなせていない研修医の皆さん。どうか、巽を連れて行かないでぇ〜」
 都筑は必死で抵抗した。お小言でうるさい巽だけど、その小言を言われるのも都筑にとっては
かまってもらえるので、結構嬉しかったのだ。
「都筑さん。今は仕方ありません。どうかこれを…。これをロウソクの館の庭に植えて、3年後、
実がなったらパイにして、邑輝の病院まで売りに来てください。きっとですよ!」
 巽は都筑に、何かの種を渡し、邑輝の部下に連れて行かれてしまった。

 巽の居なくなった閻魔庁召喚科。都筑はいつも働かないが、
それに増して何も仕事をする気になれなかった。
 ぼーっと幾日か過ごしていた都筑は、巽が最後に渡してくれた、何かの実の種のことを思い出した。
 都筑は巽の言ったとおり、ロウソクの館の庭に植えてみた。
 すると…、芽が出て、茎が伸びて、双葉と本葉が出て……。
 春が来て、夏が来て…、冬が来て…、また春が来て……。
 3年経ったある冬のこと。巽に言ったとおり、実がなった。
 その実はりんごだった。
「りんごをパイにするってことは……、きっと俺のダイスキなアップルパイを作ればいいんだ!」
 自称アップルパイ作り大得意の都筑はさっそく、実ったりんごを取ってきて、
厨房に入ってアップルパイを作った。
「りんごはとろ〜り、パイはサクサク。甘くておいしい〜都筑のアップルパイは世界一ィ♪」
 こんな歌を歌いながら、都筑ははりきって、巽のためにアップルパイを作った。
 半日もすると…
 何十個もののアップルパイができあがった!
 見た目は、こんがりキツネ色に焼けており、とろりとしたりんごがはみ出ておいしそうだ。
「さあ、これを巽がいる、紅の薔薇邑輝総合病院に売りに行くぞっ!」



 さて…、アップルパイを売りに行った都筑は……。

「アップルパイだよー。甘―いあまーいアップルパイがお買い得だよー」
 都筑は病院の前で大きな声を出して叫んだ。病院に来るまでに、アップルパイを食べてしまいたい
衝動に駈られたが、そこは巽のため! 流れ出るヨダレをグッと我慢してアップルパイを売りに来た。
 ちょうどその頃、巽は邑輝の秘書としてアクセク働いていた。さすがは閻魔庁有能秘書!
てきぱきと仕事をこなし、働き振りに邑輝は何の文句もなかった……。 
 だが…一つ不思議なことに、巽は秘書となってから、一度も邑輝の前では笑ったことがなかったのである。
朝も、昼も、夜(笑)も…。いつも眉に皺を寄せむっつり顔で仕事をしていたのである。
邑輝はすごく巽は気に入ったというわけではないけれど、こうも毎日むっつりとした顔では気分が良くない。
何としてでも巽に笑ってほしかった。
 邑輝は巽を笑わせるためには色々なことをした。
 レオタードを着て新体操をしてみたり、ヘソを出して裸踊り、
真っ白のタイツを履いて(流れるスネゲを綺麗に直して)バレリーナにまでなってみたが、
巽は全く笑わなかった。
 ―――そこへ、
「アップルパイだよー。甘―いあまーいアップルパイがお買い得だよー」
 都筑が病院の前まで、巽と約束したとおりアップルパイを売りに来たのだ。
 ―――すると巽は…・・・、
「ほーほほほほほ」
 仕事中の巽はが大声で笑い出したのである。
「おおっ! 征一郎さんが笑った。何がそんなにおかしいのです? 
もしかしてあのアップルパイ売りですか?」
「ほーほほほほほほ」
 巽は邑輝の声も聞かずに再び笑い始めた。
「これまで笑ったことのなかった征一郎さんが笑っている。すぐに外にいるアップルパイ売りを呼ぶのだ!」
 邑輝は御付きの看護婦に命令し、都筑を部屋に呼んだ。

「これ、アップルパイ売り! もう一度ここでアップルパイを売ってみろ!」
 邑輝の病院の中に案内された都筑は、久々に見た巽に涙が出そうだった。
 その涙をこらえて、都筑は大声で叫んだ。
「アップルパイだよー。甘―いあまーいアップルパイがお買い得だよー」
「ほーほほほほほほ!」
 巽はまたもや高笑い。
「おお! 何が面白いのかわからないが、征一郎さんが笑った。今まで笑わなかったあの征一郎さんが…。」
 邑輝は満足そうだった。巽も都筑が来てくれたことが嬉しくてニコニコしている。
 ここで昔話の絵姿女房なら、巽を笑わせたくて、邑輝がアップルパイ売りになるというのだが……。
「アップルパイ売り、名は何と申す!」
「は、はい。都筑と申します…」
「ほう…、都筑か…、いい名前だな…。よしっ! 都筑さん。私はあなたを雇うことに決めました。
昼はアップルパイ売りをして征一郎さんを笑わせること…。そして夜は…、
ふっふっふ! 夜は私の相手をすること! 征一郎さんなんかよりも
ずっとあなたが気に入ってしまいましたよ。ほーほほほほ!」
「ええっ!」
 憐れ、都筑は巽を助けに来たはずなのに、ミイラ取りがミイラになってしまった。
一体!? 巽の渡してくれた林檎の種は何だったのだろうか…。

 その後、邑輝は、巽と都筑の両手に花を抱えて幸せに一生を送りましたとさっ!

♪終わり
(たまには邑輝センセにも幸せになってもらわなきゃ! 
しかし…書き出しは「ですます調」なのに、
いつのまにか「である調」になっている…苦笑(-_-;))