***闇末版やまとなでしこ***
BYまゆねこ

<キャスト>

巽桜子;松嶋菜々子

都筑麻介;堤真一

邑輝一貴;東幹久

<桜子の同僚>
閂若葉;矢田亜希子
蕗屋弓真;須藤理彩
鳥居さや;今井陽子

<都筑の友人>
亘理温;西村雅彦
黒崎密;筧利夫

☆名前は一部変えてあります。ご了承ください<(_ _)>


  

(1)
 海外からの長いフライトを終えて成田に戻ったスチュワーデスの巽桜子は
空港の長い廊下を颯爽と歩きながら、携帯の留守電をチェックする。
 容姿端麗、仕事もできる桜子は新人スチュワーデスの憧れの的である。
桜子は仕事が終わったばかりだというのに、すぐさま合コン会場へ向かうところであった。
「キャアー桜子先輩素敵〜! ちょっと大人っぽいけどピンハの服を着せたい
くらいですわ」
「先輩、男を見る目のポイントって、やっぱり顔、性格、洋服のブランド、
時計ですわよね?」
 同僚の後輩である弓真とさやはキャアキャア騒いでいた。
「いいえ!年収と不動産と持ち株と……」
 と、にっこり笑って答える桜子であった。そして桜子は、目ざとく身につけている時計や靴、
ネクタイなどをチェックして、一番金目のありそうな男に狙いを定めてこう言った。
「たった一人の男性との出会いを夢見ているんです。今日は来てよかった。
そのたった一人の人と出会えた気がする」
 そうしてわざと食べ物をこぼして
「ごめんなさい。やけどしませんでした? 痛みませんか?」
 と言う。そうするとたいていの男はイチコロである。
 こうして桜子は合コンで狙った男にベンツで送られて帰ってきた。
 ベンツの止まった場所は豪華な高層マンションの前であった。
「私ここに住んでいるんです」
 と言う桜子であったが、実は締まり屋の彼女はマンションの近くのアパート
に住んでいた。しかし表向きは隠していたのだ。
 ベンツが走り去ると、別のオープンカーが来て桜子の前に止まる。
大病院の息子、邑輝一貴だった。
「ふふふ……悪い人ですね」
 銀髪に眼鏡の奥の目が光る。
「お互い様じゃないですか」
 意味ありげに笑う2人の姿があった。
 一方合コンが繰り広げられていたレストランの厨房では、都筑麻介が牡蠣を運んでいた。
彼は借金を山ほど背負う魚屋の主であった。
「よい牡蠣ですよ」
 麻介は忙しく働くコック達と気軽な会話をかわしていた。
 その麻介はある日、学生時代からの悪友、亘理温に合コンに誘われた。
「いいんか?スッチーと機内で話つけたんや。全てあんたはんの為なんやで都筑」
「いや別に俺なんかのことはいいんだ」
 しかし亘理と密は都筑に構わず合コンの話を進めていった。
 そして遂に合コンの会場で2人は出会う。
 都筑は桜子に会った途端、一目ぼれをしてしまう。一方巽桜子は都筑の胸に
『中央競馬会』の金バッジを発見し、目ざとくチェックする。
「中央競馬会の金バッジは馬主の証明!筋金入りの金持ちだわ!
これはぜひともチェックしなければ!」
 桜子はいつもの手で都筑に近づく。にっこりと微笑みかけ話しかける。
「運命の人に出会えた気がします。今日は本当に来てよかった。そのたった
1人の人に出会えた気がします」
 都筑はぽうっとなってしまった。
「え、え?僕なんかでいいんですか?」
すると、桜子は持っていた小皿を都筑の服に、わざとこぼして言った。
「ごめんなさい。私ったら…大丈夫ですか?やけどしませんか?」
 都筑は桜子を見つめてぽーっとなってしまった。
「この人こそ僕の探し求めていた人だ」
 そんな都筑を横目で見ながら、パーティの残り物をしっかりお持ち帰りの
パックに入れる桜子の姿があった。
                    
(2)
 こうして知り合った都筑と桜子はデートを重ねていった。
場所は都筑の好きなケーキの食べ歩きが多い。食事やお茶のたびに
残った食べ物をしっかりパックに入れて持ち帰る桜子……そんな彼女を優しく見つめる都筑。
しかし幸せは長くは続かなかった。

 ある日桜子がフライトを終えて帰ってくると、そこにかつての婚約者
Dr.邑輝が立っていた。
「何の用ですか? 私は既にあなたとは婚約解消したはずです」
 桜子がそう言うと邑輝の眼が妖しく光った。
「いや……、今あなたが夢中になっている男の本当の姿を教えてやろうと思いましてね……」
 そう言うと邑輝は桜子をポルシェに乗せると、一軒の魚屋の前で車を止めた。
そこには前掛けをして鉢巻きを締め忙しく立ち働く都筑麻介の姿があった。
「見ましたか? 彼はあなたの1番嫌いな借金を背負った貧乏な男なんです!」
 そう言って冷たく笑う邑輝……わなわなと震える桜子の姿があった。

 やがて桜子は都筑を呼び出して言った。
「もうあなたとはつき合えません」
 都筑はショックを受けて言った。
「なぜですか…桜子さん! 僕とデートしたじゃないですか?」
「あれはデートじゃないわ。査定しただけよ! あなたがお金持ちかどうか…
私は借金を背負った男なんて大嫌いよ!」
「そんなぁ」
 都筑は犬のようにショボンとなってしまった。

 それからはまた、以前のように合コンに参加する桜子の姿が頻繁に見られた。
「桜子先輩! やっぱり合コンとパックお持ち帰りの女王と言われるだけのことは
ありますわ〜」
 弓真が言うと若葉も言った。
「桜子先輩! いい男で貧乏なのと百歳の老人で大金持ちなのとどっちを選びますか?」
「そりゃあ、もちろん! 百歳の老人で大金持ちよ!」
「さっすがー! それでこそ先輩ですわ!」
 みんなはキャーと盛り上がった。

「あ、私ちょっと寄る所があるのでいいですか?」
 若葉が思い出したように言った。
「じゃ桜子先輩さよ〜なら」
 そう言って若葉が向かったのは、麻介の魚屋であった。
「都筑さんどうしてるかな? 心配だからちょっと寄っちゃおっと!」
 しかし若葉は、彼女の後をそっとつけてる男がいるのを知る由もなかった。

「都筑さん♪ 私来ちゃったー」
「あ、若葉ちゃん! いらっしゃーい」
 都筑は魚屋の前掛けをしながら元気に答えた。
「な〜んだ。思ったより元気そうじゃないですか? 私お手伝いしましょうか?」
と、若葉が言った途端
「都筑! お前なに魚屋やっとんじゃー」
 と声をかけた者があった。
「あれ! あなたは私の相棒、パーサーの始ちゃんじゃない!
都筑さんと知り合いだったんですか?」
「知り合いも何も俺は昔からこいつが気にいらなかったんだー」
 と今にも殴りかかりそうな寺杣始が若葉の後ろに立っていた。
「何をーこっちもだ」
と都筑もたちまち応戦する。

 それから、しばらく後には都筑家の魚屋の残骸とその中に呆然と立ちすくむ
2人の姿があった。それからなぜか怒りに震えた桜子の姿も…
「都筑さん! 何やってんですか! そんなことだから、あなたはいつまでたって
も貧乏から抜け出せず借金だらけなのよ!」
「桜子さん…」

     


「僕はね邑輝一貴病院を造ろうと思ってるんですよ」
 婚約者の邑輝の声に桜子は、はっと我に還った。さっき罵った都筑の顔が
まだ浮かんでいた。
「すみません。何のお話でしたっけ?」
 桜子の言葉を受けて邑輝は話を続けた。
「あなたとの結婚に先立ち、僕自身の病院を造ろうと計画しているんです。
新しい病院で僕はクローンの研究をして、その傍らには、あなたがいる。
素敵だとは思いませんか? これが病院の計画書です」
 そう言って邑輝が見せてくれた計画書を見て桜子はどきっとした。
「新しい病院の住所って……ここなんですか?」
 そこは都筑の実家の魚屋がある場所であった。

 同じ頃、麻介の魚屋は大騒ぎであった。取引先の銀行から借金をかたに
立ち退きを要求されていたのだ。
「だいたい都筑は何も考えてなさ過ぎるんだよ!」
 友人の密が言った。
「でもお店壊れちゃったのは、あたしが始ちゃん連れて来たせいでもあるん
だし…あまり都筑さん責めないでやってください」
 若葉が弁護した。
「しかしな〜都筑は普段から、わてらにも大借金しとんのや!今更遅いと
ちゃうか?」
 亘理が言った。
「それに魚屋潰れるとしたらいい機会やないか! 前々から教授に言われとった
通り、わいと同じ研究室戻ったらどないや?」
「いやいや〜都筑さんが魚屋やめちゃうなんて!」
 若葉が叫んだが、密も亘理に同意して言った。
「都筑! お前はいったいどうしたいんだ? このままじゃ店も取られる。
なのにお前ときたらはっきりしない。まさかあのとんでもない女に今も
惹かれているんじゃないのか? あいつは悪魔だぜ!」
 しかし都筑は何も言わなかった。

 しばらくして、ある高級なフランス料理店にて食事を楽しむ桜子と邑輝の姿
があった。
「邑輝さん、お願いがあるんです。病院を建ててあなたと住むとしても……私!
 私あの土地嫌いなんです。どこか他の場所に変えてくれませんか?」
桜子が突然切り出した。すると邑輝は赤ワインの入ったグラスを持ち上げながら言った。
「ふ、あなたの気まぐれにも困ったものだ。もっとも……そこが気に入っている
のですがね、私は。このワインのように私を酔わせてくれるあなたがね! でも
まさか、あの貧乏たらしい男が気になるんじゃないでしょうね?」
「そんなこと……私は貧乏が嫌いなんです。あるわけないじゃないですか!
私はあなたと結婚しますわ」
「そう! あなたは所詮、私と同じ穴の狢です」
 銀髪の邑輝はそう言って笑った。眼鏡の奥の眼が妖しく光った。
レストランのある摩天楼からは夜の東京の闇が映し出されていた。

 その後まもなく都筑は取引先の銀行から借金猶予の通知を受け取った。
ほっとした彼はさっそく密達に連絡した。
「本当に今回ばかりは俺ダメかと思ったよ。でもしばらく待ってくれるって
言うんで、これで一息つけるかな?」
「よかったな! 都筑。しかしお前もそろそろ本気で身の振り方考えたほうが
いいと思うぜ」
 その夜、都筑の祝いで彼らはしたたか飲んで帰る途中、桜子に会った。
相変わらず隙のない身のこなしときっちり決めた合コンルック? で身を固め
ていた。
「こんばんは桜子さん」
 都筑から声をかけた。
「あら、どうしたんですの? みなさんお揃いで!」
「相変わらずやな! 都筑んとこは借金のかたに家取られそうになったちゅうのに!」
「まあ! それは大変でございましたわね」
 食ってかかる亘理に桜子は平然と返した。
「でもどういうわけか銀行が待ってくれたんで僕の家は助かったと言うわけです」
 そう答える都筑にも桜子は平静を装った。そうして挙げ句の果てには
「私には関係のないことですから……」
 と言って立ち去っていった。
「相変わらずやな! あの女」
 亘理が吐き捨てるように言った。
「でも都筑の家の跡地に建つ予定だった邑輝病院って奴の婚約者の気まぐれ
で変更になったって話だ。まさか彼女が……」
 そう言う密の言葉を亘理が遮った。
「まさか! あの女に限ってそんなことあるわけないやろ! 気のせいや」
「そうですよね…俺とつき合ったのだって彼女の気のせいだったんだ」
 都筑は深いため息をついた。

 それから間もなくして桜子は邑輝と結婚するためスチュワーデスを寿退社した。
「きゃあ! 桜子先輩! やめちゃうなんて寂しくなりま〜す!」
「でも最後の合コン行かれるんでしょ? 桜子先輩」
「もちろんよ♪」
 若葉達後輩の声に胸をはってニッコリと答える桜子であった。
「絶対タッパー持ってくわよ!」
 もちろんお持ち帰りは忘れないのである。

 桜子と邑輝の結婚式当日、真っ白なウエディングドレスに長身を身に
包んだ桜子がいた。
「桜子先輩! きれいです〜」
 若葉が言った。本当にお世辞ではなくその通りであった。陶器のような肌
スタイルのよい体を大きなリボンのついた真っ白なドレスとベールで包んだ
姿は気品を漂わせていた。
 そして巽桜子はバージンロードを進む。その先に待つのは邑輝一貴。
真っ白いスーツに身を包み彼女を待っている。彼の長身と銀髪には純白の
スーツがよく似合っていた。このまま桜子は邑輝のものに……邑輝桜子になって
しまうのだろうか?
 その時! 慌てた様子で1人のブラック・タイの男が駆け込んできた。亘理
である。彼は息せき切って駆け込み密のもとへ歩み寄った。
「大変や! 都筑が倒れよった。病院運ばれたで!」
それを聞いて密は慌ててその場から出ようとした。
 が、それを聞いて慌てたのは密だけではなかった。バージンロードの途中で
桜子が立ち止まってしまったのである。
「私…行かなくちゃ!」
 そう言って、手をさしのべる邑輝を置いてウエディングドレス姿のまま姿を消した。

 少し後、都筑の入院した病院で彼の手を握りしめる桜子の姿があった。
うわ言を繰り返す都筑はやがて眼を開けて彼女の姿を見つけた。
「桜子さん……」
 桜子はにっこり微笑んだ。そして都筑はもう1度眼を閉じた。

 その後桜子はみんなの前から姿を消した。結婚式をドタキャンした手前、顔を
出せないのではないかという意見もあったが、若葉は言った。
「桜子さん、そのうちみんなの前に現れるんじゃないですか?」

 変化は都筑の方に先に起こった。亘理の進言で大学の恩師、近衛教授から以前
未完成だった論文を書き上げてみないか? という話がきたのだ。桜子の行方に
後髪を引かれる思いもある都筑であったが、彼女の言った「あなたは逃げている」
の言葉に背中を押され論文を書き上げた。そしてその論文はアメリカの大学の目
にとまり都筑宛に講師の依頼がきたのだ。友人達は「チャンスだ」と言い、彼は
アメリカ行きの決心をする。

 アメリカ行きの迫ったある日、都筑は道でばったりと桜子に会った。
「桜子さん…」
「都筑さん…私!」
 と都筑の次の言葉を期待していた桜子であったが、都筑はなぜか桜子に告白する
ことができなかった。しばらくの沈黙の後、桜子の口をついて出たのは次の言葉
であった。
「バッカねぇ! 私があなたなんか選ぶわけないじゃない!」
「そうですよね? あなたは、やはり巽桜子さんなんだ…」
 機会は失われ、2人はそのまま別れた。そして都筑は傷心のままアメリカへと
旅立って行った。

 都筑が旅立って一ヶ月がたった。亘理の元へ都筑から1枚の葉書が届いた。
そこへ桜子が訪ねてきた。彼女に亘理は都筑からの葉書を見せた。
「見てみぃ。都筑から元気でやっとると便りがきたで。相変わらず貧乏みたいやけどな!」
桜子は決心したように言った。
「私…都筑さんの元へ行きます」
「やっと決心したんか? 長かったなあ。住所はこれや! はよ行け」
 次の瞬間には桜子は荷造りに家へ戻りスーツケースを持って空港へ向かった。
そこへ1台の真っ赤なスポーツカーが止まった。
「邑輝さん…」
「何を恐れてるんです?私は何もしやしませんよ。ただあなたを送らせてください」
 そして桜子は飛行機に乗ってアメリカへ向かった。さっそく都筑の住所を訪ねた。
果たして都筑はそこにいた。
「桜子さん…」
 言葉を失う都筑に桜子は言った。
「都筑さん!私来ちゃった。あなたとなら冥俯でも地獄の果てまでも、どこへ
行ってもいいわ」
「桜子さん夢ではないんですね!」
「そう! いくらあなたが貧乏でも大丈夫! 私タッパー持ってきたし…」
2人はしっかりと抱き合った。

             〜終わり〜