***走れ巽(走れメロス編)***

 


 巽は激怒した。必ずや あの変態・・・じゃなかった暴君、邑輝を
失脚させねばならぬと思った。

 巽は町から遠く離れたある村の牧場の秘書であった。
(牧場に秘書はいるのだろうか・・・。)
巽には 16の妹がいた。妹の名前は密。彼女は もうすぐ村の錬金術師である亘理のもとへ 
嫁ぐことになっていた。かわいい妹のために ピンハのウエディングドレスを
買いに町へ出た。町には 元パートナーであり 無二の友である都築がいる。
密のピンハのドレスを買う目的で来た巽であったが 都築に会うことも 
町へくることの楽しみでもあった。
 町に着くと なんだか町の様子がおかしい。以前も 都築に会うために
町には何度か来た事があったが 町の様子は 真だ日暮れというわけではないのに
人通りは少なく 雰囲気も どんよりと重苦しい空気が流れているような気がした。
「どうしたというのだろう・・・。町の雰囲気が全然違うぞ・・・。」
 巽は不思議に思いながらも 町の市場に 密のピンハのドレスを探しに行った。
 市場に行くと 人はいるにはいたが 今一 活気がなかった。人が溢れていて
物が溢れているような 市場らしい活気は何処にもなかったのだ。どちらかと言うと
シーンとしていて 物を売る威勢のいい掛け声も 市場を駆け抜けてはいなかった。
 巽は 以前の町の雰囲気とあまりにも違うので 市場に来ている商人の一人に聞いた。
「一体どうしたというのだ?以前と町の雰囲気とは全く違うぞ。」
巽に聞かれた商人は 悲しげな表情をして巽に言った。
「王様は・・・邑輝大王は 人を殺めます。ご自分の 医療の研究のために
人を実験台にするのです。」
「それは 本当か?沢山の人が殺されたのか?」
巽は 驚いて眼鏡の向こうにある 瞳を丸くした。
「はい、何の罪のない人が何人も犠牲になっております。今日も5人犠牲になりました。」
商人は俯き 目を伏せた。
「なんということだ!この 閻魔丁召喚課の有能秘書である巽征一郎が 懲らしめてやる!
月に変わってお仕置きよー。」
 巽はセーラームーンになりきるつもりで 邑輝大王を 成敗することを心に誓った。
(似合わないって・・・巽にセーラームーン・・・。BYねね)

 巽は邑輝大王のいる王宮の門を叩いた。巽はすぐに 王宮に忍び込もうとする不審者として
邑輝の私兵に取り押さえられてしまった。
 巽は 手を後ろに組まされ、縄で縛られて 邑輝大王の元へ 放り出された。
「お前が この邑輝わーるどである王宮へ忍び込もうとした 不届き者か?
お前はスパイか?」
 スラリとした長身に 真っ白な白衣を着ている邑輝大王の姿が 巽の目に前にはあった。
白衣の外れた前ボタンからは赤いワイシャツが チラリと見えていた。白衣の白に近い銀髪が
邑輝の 妖しさを引き出しており 長く額に垂れ下がった前髪からチラッと覗く義眼は 
更に邑輝の不気味さを醸し出していた。
「スパイではない!罪のない人を実験台に使う お前を更正しにきたのだ!
邑輝大王!今すぐ実験台に 人を使うのは止めるんだ!」
巽は はっきりと邑輝大王にそう告げた。邑輝の周りにいるお偉方や衛兵たちは 
ざわめき 驚いた。邑輝のやっていることは 間違っている。そうとわかっていても 
当人に向かってはっきりと告げる者は 今までいなかったのだ。
「何を戯けた事を・・・巽征一郎さん。私の研究は やらなくてはならないこと。
それを邪魔する者は 消えてもらいます。所詮、人間の愛だの友情だの・・・信用のならないこと
信用できるのは自分だけです。この自分の心と自分の頭だけが信用できるのです。」
 邑輝の目は ギラっと光った。光るはずのない邑輝の義眼も 生きている本当の目のように
光ったような気がした。流石に巽も ゾクっとした。だが気を取りなおし 邑輝にこう言った。
「分かった。私は正義の為に この町の未来の為に死のう。
ただ 私の死と交換条件にしてもらいたいことがある。
私には かわいい妹がいます。ピンハの似合うそれはそれは 愛らしい妹です。
妹はもうすぐ結婚します。密の・・・妹のウエディング姿を 一目見てから 死にたい。
私の変わりに 元パートナーであり無二の友である 都築を身代わりに置いていきます。
一度妹のいる村へ戻って 3日でここに帰って来る。もし 3日で帰ってこなかったら 
都築を私の代わりに殺してください。」(死神だから死なないのでは・・・BYねね)
 巽は 邑輝に向かって 真の友情を分からせるためにそう言った。
「またバカなことを・・・逃がした食用鶏が また籠のなかに帰って来るというのか!」
邑輝は 巽を鼻で笑った。信じることのない 馬鹿にした笑いだった。
「帰って来るのです。」
巽は 真面目な表情でそう言いきった。しばらく邑輝は考え 薄ら笑いを浮かべ 巽を見た。
「その望み 請け賜わろう。その都築とやらを ここに連れてくるがよい。
3日経って戻らなかったら都築とやらを私の好きにしよう。少し遅れて戻ってくるがよい。
まあ 言わずとも遅れてくるとは思うがな。」
 邑輝は 残虐な気持ちで ほくそえんだ。
 都築はすぐに 王宮に召された。巽は事情を話すと 都築は2つ返事でOKした。
都築は巽を信用しきっていた。巽が裏切るはずはない。いつもは 容赦ない言葉を言うけれども 
それも愛情の裏返し。都築は 巽が必ず戻ってくることを信じて 村に帰る巽の後姿を見送った。

 町を出たのは もうすぐ日暮れというときであった。巽は それから一睡もせずに
村へ向かって 走った。フリフリのピンハのドレスを 持って。
 村に着いたときには 巽の身はボロボロだった。衣服は破れ 顔は泥だらけ。
寝ずに走ってきたので巽の顔には 疲れが滲み出ていた。密は そんな巽の姿に驚き 
兄の元へかけていった。
「どうしたんだい?巽兄さん!そのお姿は?」
三角巾をかぶった 愛らしい密が 心配そうに巽に問いかけた。
「なんでもない。それより すぐに結婚式をするんだ。一刻も早くお前のピンハのドレスを・・・、
ウエディングドレス姿を見たい。」
 巽は 結婚式を早めてもらうよう 婿である亘理に頼み込んだ。すぐには無理だと亘理に言われたが
そこは 閻魔丁召喚課の有能秘書。結婚式の日取りなどいくらでも早めることが出来た。
 翌日、密と亘理の結婚式は 密やかにつつましく行われた。町まで 足を伸ばした甲斐があった。
ピンハのウエディングドレスは 密の可愛らしさを一層ひきたてた。
世界一ピンハの似合うのは 妹の密だ!巽は そう思った。
 これで妹の・・・密の身は心配ない。兄である私が守ってやれなくとも 
亘理が今後 密を守ってくれるだろう・・・。
 巽には もう思い残すことはなかった。
巽は 満足し 夫婦になったばかりの2人に 町へもう一度行って来ると言って 村を出た。
 何故町へ再び行くのかは 言わなかった。

 私は 今日の日暮れに殺される。我が友、いやパートナーのために、
また邑輝大王に真の友情を分からせるために私は死に向かって走る。殺されるために走るのだ。
さらば 密。さらば亘理。さらば都築・・・。さらば閻魔丁召喚課!
巽は 目を少し潤ませながら それでも走りつづけた。
 ずっと走りつづけると 町から帰ってくるときにも通った川があった。川は悠大に流れていた。
この辺りに住むものの生活源となっている 川であろう。
川のほとりで 釣りをしているオヤジがいた。よーく見ると 近衛課長であった。
『そういえばさっき 近衛課長にさらばと思うことを忘れていた・・・。まあいいか・・・。』
巽はそう 独り言のようにつぶやき 近衛課長の釣りを邪魔しないよう 
何も話し掛けずに通りすぎた。
 川を超えた次には 山を越えなければならなかった。険しい山道を 登って行くと 
茂みから数人の山賊が出てきた。
「おい!持っているものをここに置いていけ。」
山賊の長であろう 髭面の男が巽に向かって言った。
「私は 何も持っていない。持っているものは この命だけだ!」
「その命が欲しいのだ!」
山賊はニタリと笑った。巽の今ある状況をすべて把握しているような表情だった。
「さては お前ら 邑輝大王の手の者だな!」
山賊は一斉に巽に襲い掛かった。
 武道の心得はある巽だったが 無勢に多勢。巽一人で 数人の山賊を相手にすることは 
かなり大変なことだった。そんな悪戦苦闘している巽の耳に女の声が耳に入った。
「巽さん、ここは 私達にお任せ下さい。」
 閻魔丁北海道地区担当の弓真とさやが 巽の加勢に入ってくれたのだった。
「いつもお世話になっている巽様のためですもの。どうぞ都築さんの元へお急ぎください。
ここは私達でなんとかします。」
弓真とさやは 巽に都築の元へ急ぐように言った。
「はぁーい、山賊さん♪私達と一緒に地獄へ行きましょうね。私達がやさしく召喚してあげるわよー♪」
 山賊たちは弓真とさやのその言葉に フラフラとついて行ってしまった。
 これで 町への道のりは 開けた。巽は更に急いだ。

 ギラギラと容赦なく照りつける太陽。紫外線も赤外線も 巽の肌を刺すように
強い光線を放っていた。汗は 絶え間なく流れ落ち、それでも巽は走りつづけた。
走りつづけていると 暑い砂漠のような大地を走っているはずなのに 寒気がしてきた。
気持ちが悪い。熱射病だろうか?巽の足は 急にスピードが落ちた。
 ガクン!巽は熱い大地に膝をついた。そのまま倒れこみ 巽は動くことができなかった。
 申し訳ありません・・・都築さん。私はあなたを 裏切ることになりそうです。
これでは邑輝の思う壺だ。けど・・・私はあなたの為に 私の全てをかけて走りました。
パートナーは解消してもあなたは 私の心の中では ずっとパートナーでした。
すみません 都築さん。 パートナー解消とそして あなたの元に帰ることはできなかった 
という2つの裏切りを冒してしまいました。
ただ・・・あなた一人では逝かせません。私も一緒に あなたの元へ参ります。
 巽は 都築に向かってそう心の中で呟き グッタリとそのまま目を閉じた。

 気を失っている巽の耳に サラサラと水の流れる音が聞こえてきた。だるい体をやっとのことで
起こし 水の音のするほうへ向かった。蜃気楼だろうか?それとも天国だろうか?目の前には
オアシスがあった。澄んだ水が 涼しげな音を立てて 巽の耳に流れていた。
水というものはこんなにも綺麗なものだったのだろうか?巽は 透明な鏡のような水面に 
自分の顔を映した。波打っている水面に巽の顔はくっきりと映った。
水面に映った自分の顔を すくうかのように 巽はそうっと水を両手で
すくい、口元まで持っていって 水を流し込んだ。乾いた口腔を通り、咽頭、喉頭、食道を経て 
胃の噴門部は開き 冷たい水は胃に達した。頭の先から 足の先まで冷たい水が通り抜けたようだった。
 おかげで 巽の目は覚めた。自分は何と言うことを 考えていたのだろう?
もう少しで 都築を裏切るところだった。
 都築さん、一瞬でも あなたを見殺しに・・・裏切ろうとしてすみません。
かなりの時間のロスをしてしまったけれども諦めずに最期まで あなたの元へ向かって走ります。
 巽は また町へ向かって走り出した。
 やっとのことで町に 走りついたときには もう夕暮れであった。太陽は沈んでしまう。
空はすっかり 茜色になっていた。巽は 更に急いで 邑輝と都築のいる 処刑場に向かった。
まだ間に合うはずだ!日は沈んでいない!
 処刑場にたどり着くと 都築が 処刑台に昇っている所だった。
「待ってくれ!私は・・・巽征一郎は 今帰ってきた!!!」
ヨロヨロの巽は最後の力を振り絞って 邑輝に叫んだ。
 処刑を 見物にきた群衆はざわめいた。邑輝も群集も 巽は決して戻っては来るまいと
思っていたのだった。
「都築さん。私を殴ってください。私は一度だけ悪い夢をみました。あなたを裏切ろうとした夢です。
どうか 思いっきり殴ってください。でないとあなたの胸に飛び込めません。」
「そんな 巽を殴るなんてできないよ。それよりも 俺も 巽がもしかしたら来ないのかと・・・
たった一度だけ そう考えてしまったんだ。お願いだ巽!俺のほうこそ殴ってくれ!
でないと巽の 胸に飛び込むなんて出来ないよ。」
 都築と巽は 見詰め合い そしてお互いを思いっきり殴った。
「ありがとう 我が心のパートナーよ。」二人は涙を浮かべながら同時に言い ひしと抱き合った。
(そのまま 押し倒せー!と思うのは私だけ?爆)
「くっ!後もう少しで 都築さんは 私のものになるところだったのに!
処刑はするふりをして都築さんを永遠に我が物にしようという計画がこれで 水の泡となってしまった!」
2人をずっと見ていた邑輝は悔しそうに言った。
「都築さん!久々に2人揃ったんです。奴を・・悪の根源の邑輝を召喚しましょう!」
「そんな!だって 邑輝は鬼籍にのってないよ。載っていない人間を召喚するなんて
ルール違反じゃ・・・。」
「つべこべ言っている場合ではありません。早く!」
「えっ いきなり召喚と言っても・・・巽ィー。」
急ぐ巽とは 反対に都築は邑輝の召喚に あたふたしていた。
 そうこうしているうちに 邑輝大王は 自分の町を捨て逃げてしまった。
「都築さん!折角のチャンスだったのに・・・。全くあなたは 何十年たっても全く変わらないんですね!」
巽の表情は険しく 厳しい口調で都築に言った。
「うっ・・・やっぱり いつもの巽だ。さっきまで抱き合い、抱擁していた巽は何処に・・・。」
疑問に思う都築だが とりあえず 裏切らないで自分の元へ来てくれて嬉しい都筑であった。


♪めでたし めでたし

                                     参考;太宰治 走れメロス、天河パロ 走れタロス