夢の雫、薔薇色の烏龍
(ゆめのしずく、ばらいろのウーロン)


9.黒曜石のお守り


 母后主催の祝勝会にラムセスも薔薇の烏龍茶と共に参加することになってしまった。
スルタンと母后が同席する正式な場の出席とあって、ラムセスも正装しなければならない。
イブラヒムの家にいる時と同じ、いつもと同じ小姓の服というわけにはいかないのだ。
もちろん、衣装はイブラヒムが用意してくれた。下に着る上下の服はいつもの小姓服よりも
少し質の良いものになっただけで、さほど見栄えは変わらないが、カフタンと呼ばれる
ベストが豪華になった。沢山の飾りボタンがある。小姓用の帽子にもターバンを巻き、
その中央に宝石をつけるのだ。
 祝勝会の数日前、正装用の衣装を試着した。
「ラムセス、ターバンの中央につける宝石はどれにする? この中にある宝石なら貸すぞ」
 イブラヒムはラムセスの前に宝石を広げる。赤や青、色とりどりの美しい石たちが
オッドアイに映る。
「孔雀石、瑪瑙、琥珀、ターコイズ、ラピスラズリ、水晶。ラムセスには何が似合いますかね?」
 メフメトが宝石とラムセスの顔を交互に見る。
「琥珀なんてどうですか、ラムセスの瞳の片方の色にあわせて……」
 メフメトは茶色がかった黄金色の宝石をラムセスのターバンの近くに持ってくる。
 ラムセスは何でも構わないという気持ちで、宝石をいくつか手に取る。
その中に、ラムセスが目を止めた黒く輝く楕円の石があった。懐かしい見覚えのある石だ。
「それは黒曜石だな。ラムセス、黒曜石がいいのか?」
 イブラヒムの問いには答えず、黒曜石を光にかざす。
 しっとりとした黒い光沢。光にあてると青く輝いた。
「え〜、ラムセスにはもっと派手な色が似合うと思いますよ。孔雀石とかターコイズとか」
 メフメトが明るい色の石を手に取る。
「それはオスマン帝国の火山のある地域で採掘された黒曜石だ。もし、その黒曜石がよければ
お前にあげるよ」
 イブラヒムは黒曜石をラムセスの手の中に包む。
「いいのか?」
 まさかあげると言われると思わなかったのでラムセスは少々驚く。
「ああ、そんな高価なものではないがな。薔薇の烏龍茶の功績として受け取ってくれ」
「ありがとうございます」
 ラムセスは素直に礼を言った。
「そうですか〜黒曜石ですか。少し地味ですけど……ターバンに付けてみましょう」
 メフメトはラムセスから黒曜石を受け取り、ターバンに括り付ける。
「地味な色の宝石でも、ラムセスは顔が派手だから、逆に黒曜石が似合いますね。
イケメンが更にイケメンになりましたよ」





 ラムセスは額の少し上の付いた黒曜石を見ようとオッドアイを上目遣いにする。
もちろん黒曜石は彼からは見えなかった。
「本当に、よく似合うな。私が女だったら惚れてしまいそうだ」
 イブラヒムが笑う。
 黒曜石。ユーリが首に付けていたものと同じだ。
思わず元の世界が懐かしくて、見覚えのある黒曜石を手に取ってしまった。
母后主催の祝勝会は少々不安がある。元の世界では貴族であったラムセスだが、
この世界の正式な場となるとやはり緊張する。ユーリが見守ってくれているわけないが、
この黒曜石お守りにしよう。ラムセスは黒曜石を手に取り、ぎゅっと握りしめた。


***

「いいですか、ラムセス。お茶を出す順番間違えないでくださいね」
「何度も聞いたよ、メフメト。順番はスルタン、母后、ハディージェ様、第一夫人、
ムスタファ殿下、高官方、その後に側室方でいいんだろう」
 同じ質問を何度もするメフメトに、ラムセスは少々苛立ちを覚えていた。
「そうです。くれぐれも失礼のないように。余計なことは一切喋らないでくださいね!」
「はいはい」
 祝勝会を午後に控えた今日。朝からメフメトは落ち着かない様子であった。
「僕も烏龍茶を入れる助手として同席します。どうしたらいいか分からないことが
あったら、そっと聞いてくださいね。何かあったら僕からも合図しますので……」
 心配性のメフメトは朝からずっとこんな調子であった。
「ああ、わかったよ。それよりメフメト、そんなにずっと色々言われると
いくら俺でも緊張してきてしまう。すこし落ち着かせてくれ」
 ラムセスはなるだけ穏やかに言った。
「ああ、すみません。僕ってば興奮しちゃって。時間になったら呼びに行きますので
それまで部屋でゆっくりしてください」
 

 新宮殿で行われる祝勝会。
 正装をしたラムセスは、スルタンと母后たちの前にいた。
 メフメトに教わった挨拶を終え、早速、薔薇の烏龍茶を入れるのにとりかかる。
茶器のセットを準備し、いつものようにお茶を入れる。スルタンや母后はもちろん、
その場にいる高官や側室たちが皆、ラムセスの手元に注目していた。
これで緊張するなというほうがおかしい。慣れているお茶を入れる作業であったが、
やはり微かに手が震える。烏龍茶を入れる最大の見せ場、お湯を高い位置から茶器に注ぐ作業。
このままでは緊張でお湯をこぼしかねない。
 ラムセスは腰を上げる前に周りからわからないよう、ゆっくりと深呼吸をする。
オッドアイを数秒だけ閉じて気持ちを落ち着かせる。 
 ゆっくり腰を上げ、見事にお湯を茶器に注ぐ。
会場から「わあああ」と声があがり、スルタンは拍手をした。
 隣に控えていたメフメトが俺より早くほうっと息を吐く。彼もラムセスと同じくらい緊張していたようだ。
 その後、スルタン、母后、ハディージェ様、第一夫人、ムスタファ殿下、高官方、その後に側室方の
順番でお茶を配る。ラムセスの薔薇の烏龍茶に誰もが満足であったようだ。
「素晴らしいお茶だな。名は何という? もう一度お前の口から聞いていいか?」
 スレイマンはラムセスに直接質問する。ラムセスは絨毯に伏せ、丁寧にお辞儀をする。
「ラムセスと申します」
「ほう、古代エジプトにも同じ名前のファラオがいるな。……本人か?」
 ラムセスはオッドアイを丸くして硬直する。メフメトも烏龍茶の入った陶器を落としそうになった。
 イブラヒムに至っては飲んでいた烏龍茶を吹き出した。
「冗談だ。そんなわけなかろう」
 スレイマンは声をあげて笑った。
「どうした。イブラヒム。何をむせている」
「な、何でもありません。陛下……ゴホッ!」
 イブラヒムは更にむせながかスレイマンに返答する。
 ラムセス、イブラヒム、メフメトの3人は……視線を合わせないようにして驚きを必死で隠した。
 祝勝会の場では、薔薇の烏龍茶も好評であったが。ラムセス本人にも注目が集まっていた。
金髪に蜂蜜色の肌。凛々しい顔立ちに金とセピアのオッドアイ。側室付きの女官たちが
彼を見てひそひそと囁いている。薔薇の烏龍茶がまだまだ余っていたので、女官たちにもふるまったのだ。
 ひとおとりお茶を振る舞ったところで、ラムセスの前に豪華な衣装をまとった少年が来た。
 第一王子のムスタファ殿下であった。
「お茶のおにーさんはどこの国から来た人なの?」
「エジプトでございます。殿下」
「ふうん、おにーさんの目は左右で色が違って綺麗だね。すごいね」
 ムスタファは興味深々。ラムセスに顔を近づけ無邪気に見つめる。
「ありがとうございます」
 ラムセスは丁寧にお礼を言った。
「これ、ムスタファ。勝手をするのではありません」
 第一夫人、ギュルバハルがムスタファの手を引く。
「ラムセス、お前も殿下からご下問があったとはいえ、勝手に答えるのではありません。
以後、気を付けるように」
 ギュルバハル付きの女官がきつく言う。
「失礼いたしました」
 ラムセスが言うより早く隣にいたメフメトが言った。
 ふと視線を感じた。ギュルハバルがラムセスをじっと見つめていたのである。
ギュルハバルの瞳とオッドアイがしっかりと視線が交差する。
お互い、数秒見つめあったと、ギュルハバルはラムセスに背中を向けた。



***

「ああ、よかった。無事に祝勝会終わりましたね、ラムセス」
「本当に。こんなに緊張したのは久しぶりだよ」
 祝勝会の会場を後にして、二人はほっと一息つく。
「あ、あれは大丈夫だったか? ムスタファ殿下と直接話してしまったことは……」
 ラムセスは心配そうにする。
「あれは殿下から話しかけてきたのだし、ラムセスも失礼な態度はなかったから
大丈夫だと思います。ギュルハバル様付きの女官はどんなことでも文句をいいますからね」
 メフメトは心配しなくていいと言った。
「しかし、スレイマン様のあの言葉は驚いたな」
「はい」
「ああ、本当に、心臓が飛び出るかと思ったよ」
 いつの間にか、イブラヒムが後ろにいた。
「イブラヒム様……」
「陛下は感がすごくいいんだ。まさか本当に本人だと思ってはいないだろうが、
少々気を付けたほうがいいかもしれないな」
 イブラヒムが二人に向けて言った。
「そうですね」
「そうだな……って一体何を気を付けりゃいいんだ?」
 ラムセスは二人に答えのない質問を投げつけた。二人は困り顔である。
 ラムセスは自分の部屋に帰って、いつもの小姓服に着替える。ターバンのついた帽子も外す。
帽子を真正面から見ると、黒曜石がラムセスのほうを向いているような気がした。
「無事に終わったよ。ユーリ」
 ラムセスは絶対に返事をしない黒曜石に向かって笑いかけた。



***
9ページのあとがき

よし、ギュルハバルとムスタファ殿下を出したぞ。母后は喋ってないから出たことにはならないか?
これで、本編どんな方向に向かっても大丈夫だぞ〜。ムスタファ殿下にはこの後
もう少し活躍してもらう予定。きっと本編でも今後、登場する確率高そうだし。

オスマン風のラムセスはさおりに書いてもらいました。さおり曰く、オスマンの帽子をかぶせると
ラムセスか誰かわからなくなってしまい、書くのにかなり苦労したそうです。
私としてはオスマン風ラムセス、イメージぴったりですっごいカッコよくて大満足です。
ね、みなさんそーですよね!





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