ねねの微量な脳みそで調べた
ヒッタイトの歴史

ヒッタイト、トルコ関連、参考文献ランキングはコチラ

夢の雫、黄金の鳥籠参考文献はコチラ



1.地理

(1)ヒッタイト人が活躍した地域
・現在のトルコ共和国の大部分
(アジア大陸最西部、三方を黒海、エーゲ海、地中海に囲まれた半島状の地域)
・面積は日本の国土の約二倍

北側にパントス山脈、南側にタロウス山脈が走り、
海岸部は絶壁となって切れ落ちているため海岸部に平野は少ない。
両山脈の間にはアナトリア高原が広がっている。

トルコの地勢は  (1)黒海地域
 (2)マルマラ海地域
 (3)エーゲ海地域
 (4)地中海地域
 (5)中央アナトリア地域
 (6)東部地域
 (7)南東アナトリア地域
の7地域に大別される。


まめ知識
中央に広がるアナトリア高原を、古代ギリシャ人たちは『アナトリア』と呼んでいました。
ローマ時代になると、この地域はアシア(アジア)と呼ばれるようになったそうです。
現在、『アジア』という名称が広く東洋全体をさす用語になると、
アナトリアは小アジアと呼んで区別されました。(トルコ人はアナドルと呼ぶ?)

(2)河川
クズルウルマク川(マラシャンティア川)
アナトリア半島を横断する一連の山脈のつながりの一つを迂回して、
深い峡谷のあいだを縫って流れている。この川に囲まれた大湾曲地帯は、
ヒッタイト帝国の本来の領地であり、前2千年紀に西や南東に領域を拡大し、
最後にバビロニアも征服した。
(図説 世界の考古学2 古代オリエントの世界より)

川は他にもいーっぱいあるみたいだけど、調べきれなかった〜あははー。


2.言語
古代ヒッタイトの言語
・ヒッタイト人―インド・ヨーロッパ語族に分類される

<当時の言語>

・ヒッタイト語
・アッカド語 公用語
・ハッティ語 アナトリア原住民ハッティ人の言語
・フリ語
・ルウィ語 楔形文字と併用される。
印章や銘文として神名や王名を表すために用いられた

<ヒッタイト語の解読>

・ヒッタイト語解読の決め手となった文

さて パンを 汝らは食べ 水を汝らは飲む
楔形文字はコチラ


・ヒッタイトの文字
楔形文字だけでなく、ヒッタイト独特の象形文字(ヒッタイト象形文字)も使用されていた。
ex;ヤズルカヤの岩壁浮彫



3.ヒッタイト帝国の歴史

(1)ヒッタイト古王国

前1700年以前 クッサラのピトハナ王、息子のアニッタ王アニッタ文書
↑伝説の高祖、確証はない
前1680〜1650年頃 ラバルナ1世
・ヒッタイト建国の祖、ヒッタイト王国の創始者
・ラバルナ1世はのちにヒッタイトの伝説的な王となり
「ラバルナ」は
ヒッタイト王の称号となった。同時に彼の妃であったタワナアンナの
名ものちに王妃の称号となった。
前1650〜1620年頃 ハットゥシリ1世(ラバルナ2世)
・ラバルバ1世嫡子
ハットゥサの町を再建し、王都とした
新しい都ハットゥサにちなんで、ハットゥシリ(ハットゥサ人の意味)と改名した。
ハットゥサに都が築かれたわけ
@水が豊富にあった
A食糧生産に不便がなかった
B地形を利用した天然の要塞
C当時は木が多かった


<外交政策>
・アナトリア高原からかじめてタウロス山脈を越えて南方に進軍し、
当時繁栄していたシリア北部の諸都市を征服した
しかーしっ!

ヒッタイト王室内部では醜い権力闘争がはじまっていた


ハットゥシリ1世は、当時自分の息子か、または甥の中から次王を指名
するつもりでいたが、反抗したため、義子のムルシリを王位継承者に指名した。
前1620〜1450年 ムルシリ1世
<外交政策>
・ハットゥシリ1世の遺志をうけてシリアに遠征→バビロニアへも進軍、フルリ人も破る

バビロン遠征からハットゥサに凱旋すると、王の不在の間に王族達は謀反を企み、
ムルシリ1世は暗殺された

義弟のハンティリ1世が王位につく
(フルリ人が東部から、カスカ人が北部から進入)

ツィダンタ1世がハンティリ1世の息子や家臣を殺害して王位につく

ツィダンタ1世の息子アンムナは、父を殺害して王位につくが
ヒッタイト王国は多くの支配地を失い、国力は低下した

その後権力闘争の結果、フッツィヤ1世が王位につく

フッツィヤ1世、姉イスタパリヤとその夫テリピヌを暗殺しようと
したが、逆にテリピヌに感づかれ、フッツィヤ一族は追放された。

(ムルシリ1世の暗殺以来続いた権力闘争に終止符)
前1530〜1510年 テリピヌ
・過去の王位継承をめぐる王族の権力闘争を教訓にして王位継承方を制定

王は第一王子がなるべし。もし第一王子がいなければ、第二王子がなるべし。
もし後継者たる王子がいなくて、第一王女がいれば彼女が婿を取り、
彼が王となるべし。

・国内の安定化と秩序の回復にも努め、200箇条の法典「ヒッタイト法典」
を集大成した。2枚の粘土板に記録される

<外交政策>
・国力の強化と失地回復にも努める
北部のカスカ人に攻撃、ハスワ、ラワンツァンティヤに遠征、
キッズワトナと友好条約を締結
前1510〜1450年 アルワムナ王
ハンティリ2世
ツィダンタ2世
フッツィャ2世
この頃ヒッタイトは著しく弱体化していたと考えられる


(2)ヒッタイト新王国

前1450〜1370年 トゥトハリヤ2世
ハルパを攻撃、タウロス山脈を越えシリアに進出

アルヌワンダ1世
・トゥトハリヤ2世の嫡子
・対外情勢が悪化
北部のカスカ人、東部にはアッツィ国、イスワ国、西部にはアルザワ国が
勢力を伸ばす。
アヒヤワ国(アカイア人=ギリシャ人の国と推測)も勢力を伸ばす(マドゥワッタ文書

トゥトハリヤ3世
アルヌワンダ1世の嫡子

ハットゥシリ2世
・トゥトハリヤ3世の弟
・ヒッタイトの国力は低下(アマルナ文書の中のアルツァワ書簡に記される)
前1370〜1336年 シュッピルリウマ1世
(妃;ドゥドゥヘパ、ヒンティ、バビロニア出身のタワナアンナ)

・絶対君主的な性格をもつ国家組織を築き上げた
名実とともにヒッタイトを古代オリエントの強国にのし上げた王

・シュッピルリウマ1世の即位は正式な王意継承に基づくものではなかったらしい
(側室の子であったと考えられる)

<外交政策>
・この頃、フルリ人のミタンニ王国が権勢を誇っていた
→シリアに遠征したが、ミタンニのトゥシュラッタ王に敗退
<ミタンニ攻撃に備え慎重に策を練る>
@東部アッツィ・ハサヤ国のフッカナ王と条約を結び、娘を妃に送った
A南東部の勢力であるイスワ国を服属
B
キッズワトナのスナッスラ王と条約を締結
Cミタンニ王国背後に位置するバビロニア王国の王女を
第三王妃(タワナアンナを名乗る)にもらった(友好関係強化)


ミタンニ首都、ワスガンニを急襲し陥落させる
同時にハルパ(シリアの拠点、ハレブのこと)とカルケミシュも陥落
ハレブ;息子テリピヌを王に
カルケミシュ;息子ピアシェシェリを王に


エジプト王妃(アンケセナーメと推測)から縁談の書簡が届く

「私の夫は亡くなりました。私には息子がおりません。
しかしあなたのもとには息子がたくさんおられるそうです。
もし私にあなたの息子を一人いただけるならば、その方は私の夫となります。
私は家臣を夫にしたくないのです」

シュッピルリウマ1世は謀略でないことを確認してから、
4番目の息子ザナンザをエジプトに送ったが、
エジプトに到着する前に王妃の意向に反対する者たちに
よって暗殺されてしまった

<その他の外交政策>
マッテイワザ(トゥシュラッタの息子)にミタンニ王国を再興させて
ヒッタイトの属国にした
・アムル国、ヌッハシ国、ウガリット国とも友好条約を結ぶ
・アルザワ国に遠征

シリア遠征で臣下が持ち帰った疫病に感染して前1336年頃崩御

嫡子アルヌワンダ2世が即位

父と同じ疫病が元で亡くなる

シュッピルリウマ1世の末子ムルシリ2世が即位
前1335年〜1315年 ムルシリ2世
(妃;カシシュラウイヤ、ダヌヘパ)
・言語障害があったらしい(どもりだったらしい)
・西方のミラワンダ国を打ち負かす
アルザワに遠征し滅ぼす
・セハ河国、パパラ国、ミラ・クワリヤ国と友好条約を締結
・アッツィ・ハヤサ国へ遠征して平定する
・よく整理された年代記、父の活動記録、儀礼文書、祈祷文書など
多くの粘土板文書を残している→
文書が作成できるくらい国情が平穏だった
『ムルシリ2世の年代記』、『ムルシリ2世の疫病祈祷文書』など

当時王国内では悪性の疫病が猛威を振るう
(父、兄、妃の一人、子供をこの疫病で亡くす
疫病の沈静化に
強い希望を持つ

王の手による「疫病祈祷文書」(四編現存)には疫病の沈静に対する
王の強い願いがこめられる。この文書は次の願いの言葉で終わっている。

『余の主、ハッティの天候神よ、余の身を救い給え。そして、ハッティの国から
疫病が再び取り除かれますように』


ムルシリ2世は、バビロニア出身の王妃(タワナアンナ)
の持ち込んだ悪い習慣(または宗教上の儀式)に困っていた。

*ここでいう習慣とは、ヒッタイトとバビロニアとの間の文化上の相違を示唆しているらしい

ムルシリ2世が自分の妻の死をこのタワナアンナのせいに
している記述も認められる

『王妃(バビロニア出身のタワナアンナ)が私と妻と子供をイスハラ神の
前で呪った。そして王妃はいけにえをわたしたちにもたらした。
わたしの妻がなくなったのはそのためであった』

1巻のナキアがユーリをいけにえとして首を落とそうと
していた場面をなんとなく思い出します(ねね談)


・ムルシリ2世は冬にカタパの町へよく保養にいったらしい
前1315年〜1275年 ムワタリ
ムルシリ2世の嫡子
・ムワタリ=力強い者の意味、行動派の武将

・シリアへ乗り出したエジプトのラムセス2世と衝突
アムル国がエジプト側につく→ムルシリ2世はシリアに進軍を開始
→北進してきたエジプト軍とオロンテス河畔のカデシュ近郊で戦火
(カデシュの戦い)
ラムセス2世率いるエジプト軍(2万名以上)
       対 ムバタリシュ王率いるヒッタイト軍(1万7千名)

引き分け、あるいはヒッタイト優勢(勝利)
・エジプトに寝返ったアムル国を再び支配下に
・先王ムルシリ2世が結んだハルパ国との条約を再締結
(シリア方面の支配力を維持)
・都をハットゥサからシリア国境に近いダッタッサ(またはタルフンタッサ)に移す



・王弟ハットゥシリ3世は北部国境に近いハクミスに居をかまえて
カスカ人に対する防衛に当たっていた

ムワタリ没後→嫡子
ウルヒ・テシュプ(ムルシリ3世を名乗る)が即位

都をハットゥサに戻す

叔父
ハットゥシリ3世の権力縮小を図るが、逆に王位を終われ
ヌハッシ国に追放される

前1275〜1250年 ハットゥシリ3世
カデシュの戦いの後遺症もあってエジプトとは不和な状態が続く


アッシリアの勢力が強大 ヒッタイト、エジプト両国とも関係を
改善せざるを得ない状況に

ハットゥシリ3世とラムセス2世の間で平和友好条約が締結

ラムセス2世がハットゥシリ3世の娘ナプテラを妻にすることによって
両国の友好関係は更に強固に

・国内の秩序は安定したため、多数の文書が残される
例;ハットゥシリ王の自叙伝
(正当な王位継承者ウルヒ・テシュプを追放して、自ら即位したこと
の正当性を論じた)

当時の新書には、しばしば王名とともに王妃プドゥヘパの名が
刻まれている。プドゥヘパはタワナアンナの称号を持ち、国内政治、
王室管理だけでなく、外交交渉にも重要な役割を果たしていたことが考えられる



ねね談
ユーリのモデルはプドゥヘパさんかもしれませんね


前1250〜1220年 トゥトゥハリヤ4世
・ハットゥシリ3世の嫡子
・アッシリアの国力が更に拡大、アッシリアのシリア進出を
恐れて、シリアのアムル国との条約を締結
・地中海東部に位置するアラシア(キプロス)を侵略して支配下にする
・法典の再編集、儀典文書、祭礼文書などの作成
・宗教的行事に強い関心を示す


ボアズキョイ北東2qのヤズルカヤ(トルコ語で「刻まれた岩」の意味
5日目午前中に観光予定)に岩の神殿を作った
自分の姿とともに王国の神々を一同に集めた浮き彫りを彫らせている
(神々の中では天候神テシュプ、その配偶女神ヘパト、その子シャルマなど
フリ系の神々の姿が目立つ。回廊には神シャルマに抱かれた
トゥトゥハリヤ4世の姿とともに冥界の神々の像がある(有名らしい)

前1220年〜1200年? アルヌワンダ4世
・トゥトゥハリヤ4世嫡子
・東からはアッシリア、西からは他の諸民族が迫り、国力低下



シュッピルリウマ2世
・アルヌワンダ4世の弟
・カルケミシュのタルミテシュプと友好条約を結ぶ
・メソポタミア北部地域に遠征したが成果をあげることなく
ひきあげる
・この頃のヒッタイトの資料は殆どなくなる(極端に国力低下か?)
前1200〜? 前1200年頃ヒッタイトは滅亡
・西方からの強大な勢力によって破壊。
大規模な民族移動の波、
「海の民」によって滅ぼされたと考えられる。

「海の民」
前13世紀末から前11世紀初めにかけて、東部地中海を大混乱に巻き込んだ
武装移住民の総称。バルカン半島奥地から、ギリシャ本土、エーゲ海の島々、
アナトリアのエーゲ海沿岸から内陸部、更にはシリア、パレスティナ地方から
エジプトまでに及んだ。

海の民を撃退できたのはエジプトだけであった


・ヒッタイト崩壊時、
大規模な火災があったと考えられる
まめ知識
火災を受けていない住居跡は、出土してくる遺跡物が極めて少ないが、
それに対して、火災をうけたものは遺物が比較的多い。家財道具などそのまま
放棄して家を飛び出しているから。


・ヒッタイト王国の滅亡したあとのアナトリアが、バルカン半島から
進入してきたフリュギア人が支配(
フリュギア王国、都ゴルディオン)

その後、ヒッタイトは長い間(約三千年間)忘れ去られていて、
その存在が確認されたばかり。

「その国は、まるでまったく存在しなかったかのように…」

と言われている。 

 


 


主な文書

ヒッタイトについて調べているうちに、ねねが遭遇した文書の名前です。
まだまだ他にもいっぱいあるようですが、調べきれません!(@_@)

アマルナ文書 1887年中エジプトのアマルナで発見された粘土板文書
アッカド語で記され、ヒッタイトの王およびその軍勢についての記述がある。
アマルナ文書の中から、『アルツァワ』という国名が認められる2枚の書簡が
認められた(アルツァワ書簡)。
カッパドキア文書  古代アナトリア前二千年紀初頭の資料
出土地;カイセリの北東約2kmに位置する小さな遺丘
    (遺跡名キュルテペ。古代名はカネシュ)
当時アナトリアに進出していたアッシリア商人の商取引の記録文書
アニッタ文書 クッサラのピトハナ王、息子のアニッタ王=伝説の高祖(王)
ピトハナは雨嵐を支配する天候神の援助によってネサ(カネシュ)を征服し、
アニッタとともにハットゥサの諸都市を征服して権勢を誇った。
ギュルテペよりアニッタの銘のある青銅のやりの穂先が出土されている。
ヒッタイト法典 200箇条からなる法典
一枚目
「もし男を」の語句ではじまる第1条から第100条までの条文が表裏に各2欄づつあるもの
二枚目
「もしぶどうの木を:の語句ではじまる更に100条の条文
マドゥワッタ文書 アヒヤワ国によって起こされた混乱の状況が記される
前15世紀頃に記された文書で、当時のひっやいと王国と周辺諸国の動向を
探るうえで貴重な資料
ムルシリ2世の年代記 東京三鷹市の中近東文化センターに飾ってあったよー(BYねね)
ムルシリ2世の疫病祈祷文書 疫病で父、兄、妻、子を失ったムルシリ2世の切ない思いが書いてあります。
ヨハネス・レーマン著の「ヒッタイト帝国」に収録されている祈祷文書を読んで
感動したメモリーが(4年前だけどね)BYねね



4.その他

調べていくうちに出会った天河関連の語句を紹介
<人物編>

イル=バーニ アッシリアの商人、外国人居住者
ミッタンナムワ 同じ名前の高官がいたらしい
カッシュ カッシュ王朝(バビロニアの王朝 前1729頃〜前1155頃)が実在
シュピルリウマ1世、カッシュ王朝と国交締結、娘をカッシュ王に与える
ズワ アラジャホユック(アリンナと推定 5日目午後見学予定)に
居住していたと考えられる。高い地位にあった人物。
ボアズキョイ文書にもズワという人物が登場するが、同一人物という確証はない

<役職編>

書記 粘土板は書記によって書かれた。
ヒッタイトの役職の中でも書記は高い地位にあった。
自分の買い阿多粘土板には署名もしていた
ガル・メシエディ 王子が就任することが珍しくない
シュッピルリルマ1世在位のとき―王弟ズィダ
ムルシリ2世在位のとき―嫡子ハットゥシリ3世
(ナプテラ父のこと)
ハットゥシリ3世在位のとき―嫡子トゥトゥハリヤ4世
(多分ナプテラの兄弟だろう
パンク
(パンクス・元老院)
ヒッタイト社会において貴族の集会を示す組織。とくに古王国においては
王位継承の承認権などかなり強い権限が与えられた。



5.参考文献らんきんぐっー!


今までねねが手にした(←真面目に読んでないもの含む・爆)ヒッタイト関連の
参考文献です。上記の参考にしていないものも少し含みます。
ちょっとランキングにしてご紹介してみようと思います。



タイトル 著者 感想
1位
曠野の舞姫
映島巡 いきなり参考文献脱線してます(爆)。
ヒッタイトを滅ぼしたろと言われる海の民のお話です。
天河読者にわかりやすく説明すると、海の民になったユーリの物語。
海の民であるひねたユーリが、殺戮好きで根性の曲がった
パツキンのミニルサファを従え旅芸人を装って帝国を滅ぼそうと、
ハットゥサに進入します。これ以上のストーリーはネタバレに
なりますので控えておきますね(^^ゞ。
この話、ヒッタイトを知っている人じゃないと読むのはかなり
難しいんじゃないかと思う。ある意味、天河読者のために
書かれたとも言うべき本。天河に出てきた地名はバシバシ出てくるし、
主人公のエアという少女はユーリにそっくりの黒い髪黒い瞳。
ついでに踊子。でも性格はちょっとひねて冷酷。
鉄器も伝染病についても出てくるし、天河とかぶるところ多し。
篠原先生は書いてくださらなかった、その後のヒッタイトのお話を読めます。
天河ファンには是非ともオススメ。本屋さんで探すのは至難の業だと
思うので、ネット購入がいいと思います。
2位 ヒッタイト王国
〜滅びた古代民族の謎〜
ヨハネス・レーマン
内野隆司
戸叶勝也・訳
4年前、近所の図書館で見つけて読んで、
すごく分かりやすかった記憶があります。
ヒッタイトの中の天河の時代について結構よく書いてあったような……。もう一度借りに図書館へ行ったらもうなかった(T_T)。
ちなみに今は絶版となっています。探すなら図書館か古本屋さんで!
3位
鉄を生みだした帝国―ヒッタイト発掘
大村幸弘 大村先生がトルコ留学中に、鉄のふるさとアリンナ探して調査を
日記形式で書いた本。思ったよりもずっと読みやすくて、面白かった。
『ズワなる人物』について書いてあるページもありました。
数少ないヒッタイトのことが書いてある本です。購入を迷っている方は中古でも手に入れるべし!
20年近くヒッタイトのことを追っていますが、マイナーなので本当に本が手に入らなくなります。
3位 
狭い谷、黒い山
C.W.ツェーラム  こちらも古い本ですがヒッタイトについて詳しく書いてあります。
中古しかありませんが、読んでみても損はないです!
4位 トルコ 東西文明交流の地
(吉村作治の文明探検)
吉村作治 写真がすごくきれい。それにわかりやすい。
エジプトをからめて、ヒッタイトのことも詳しく書いてあります。
私は図書館で借りたけど、購入しても損はない?
5位 トルコで私も考えた 高橋由佳理 トルコで生活する作者のエッセイ的まんが。
まんがだから読みやすい♪
6位
ヒッタイト王国の発見
クルート・ビュッテル著
大村幸弘・吉田大輔訳
ヒッタイトの地理や町の構造などがかなり詳しく説明されています。
この本ではイル=バーニという言葉を発見。
7位
世界の歴史〈2〉
古代オリエント
岸本通夫 文庫サイズで、ヒッタイトをはじめオリエントについてわかりやすくまとまっています。
8位 図説 世界の考古学 (2)
古代オリエントの世界
江上波夫 重い、デカイ。A3の図鑑サイズの本なので、
写真は大きい。ヒッタイトの地理について参考にしました。
ナキアの鹿の杖の写真もありました。
8位 古代シリアの歴史と文化
―東西文化のかけ橋
H・クレンゲル/著 
五味亨/訳
さらさらっと読みました
8位 大貫良夫/前川和也/
渡辺和子/屋形禎亮
古代オリエントとエジプト文明について載っています。
天河の世界がここにアリ!
8位
トルコを知るための53章
大村幸弘/永田/雄三 トルコの古代から現代まで載っています。天河、夢の雫の両方に興味の
ある方は是非お読みください。
番外   エジプトをはじめ、古代オリエントの人々の生活について書かれています。
天河の世界はこんなかなぁ〜と思って読むと面白いかも?
読みやすいし、値段も安い! 在庫切れにならないうちに買うべし! 
番外 
   
  エルトゥールル号事件についての映画&本です。
映画はちゃんと映画館に見に行きました。ケナンさんがかっこいい!
エルトゥールル号事件とイランイラク戦争のトルコの邦人救出については
よく知っていましたが、改めて映画を見ると感動しました。シナリオも良かったです。
トルコファンは是非一度読んで(観て)下さい。
番外    現代のトルコ、中東情勢についての本です。
今は治安の問題で本当に行くことが難しくなってしまったトルコ、中東。
中東の歴史好きにとっては行けないからこそ、知っておかなければいけないのかなとも思います。
2015年の邦人殺害事件についても書いてあります。本の中に書かれていることは
作者の考え方の一つだと思いますがが、トルコが大事な鍵を握っているということも納得しました。
ヒッタイトと出会ったのも何かの縁です。現代のトルコや中東情勢について知るには
面白い本だと思います。出版年も2016年で新しいです。

 


6.トルコ関連ガイドブックのオススメ


「教えて!ユーリ&カイル皇子 ヒッタイトってどんな国?」
というコーナーがあります。ユーリとカイルがハットゥサの
説明をしています。篠原先生のコメントもありました。



かわいい本です。イスタンブールの裏路地にこんなお店があるのかって感じ。
なかなかいくことのできないイスタンブールなので、この本を読んで世界に浸るのもいいかも。
また、旅行のガイドブックとしてもおすすめです。




女子向けのイスタンブールガイドブックです。写真も豊富だしページ構成が素敵!
お店の紹介だけでなく、トルコの伝統や文化についても書かれています。



夢の雫、黄金の鳥籠2次小説
7.夢の雫、黄金の烏龍の参考文献


夢の雫、黄金の鳥籠の二次小説を書いています。
書くにあたってねねが読んだオスマン関連の本&参考サイトです。
オスマン帝国、古代エジプト、ヒッタイトに興味のある方、是非読んでみてください。





まずはこちら。夢の雫のために書かれた参考文献です。
詳しく書かれていますので是非読んでみてください。


カッパドキア、ヒッタイト帝国、オスマン帝国について載っています。
篠原千絵ファンのためにあるような本だと思いました(笑)。
内容は真面目ですが読みやすいと思います。




オスマン帝国について詳しく載っています。
オスマンの歴史はこちらをほぼ参考にしました。


コンパクトにまとまっています。
上記の2冊に比べて小さい(新書サイズ)ので電車の中で読むのに便利。
バザールについてはこちらを参考にしました。



ガイドブックも参考しました。



天河ファンならトルコに行かなくても買うべし!
「名作 天は赤い河のほとりに学ぶヒッタイト講座」というページがあります。
あれ? オスマン帝国から脱線してる?(笑)



〜参考URL〜

オベリスクについて ナイルストーリー ヒエログリフを読む
  トトメス3世のオベリスク
エジプトについて キリンビール大学 古代エジプト史略年表
  古代エジプトの首都
トプカプ宮殿について 世界遺産オンラインガイド(イスタンブル歴史地区)
烏龍茶の歴史 サントリー烏龍茶の歴史
薔薇の烏龍茶イメージ ルピシアのローズダージリン






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