***天河総合病院物語〜天子の採血編〜***

「天子君。採血は得意かい?」
 カイルのやさしい眼差しで天子は見つめられた。
「い、いえ。採血は実習でやっただけで…あんまり得意じゃないです…」
 天子は申し訳なさそうに言った。
 天河天子(てんかわそらこ)。彼女は今年天河総合病院に入った研修医。
 小児科のカイル医師について只今勉強中だ。
「医者となる者。採血くらい出来なくてはダメだ! 
そうは言っても、まあ、採血なんて慣れだからな!練習してみよう…」
 カイルは小児科病棟内を見まわした。
「おい! セルト君にアクシャム君。天子君の練習台になってくれ!」
「はい〜喜んで! カイル先生の頼みなら何でも聞きますわ!」
 セルトとアクシャムの口からハートマークが一緒に飛び出しているのではないか?
と言う口調で返事が返ってきた。
「じゃあ、頼むな」
 カイルはそう言うと、忙しそうに病棟を去ってしまった。
「あ、あの…お願いします」
 天子は採血の実験台となってくれる2人におじぎをした。
 2人の態度は急変。突然目つきが変わった。
「ちょっと。失敗したら承知しないわよ! 私たちはカイル先生の
頼みだからやってんだからね。あんたのためを思ってなんかやってないんだからね」
「は、はぁ…」
「ほら! さっさと採血器具の用意をして!」
 セルトとアクシャムの厳しい言葉に、天子はタジタジだった。
 採血器、注射針、駆血帯(腕を縛るゴムね)、アルコール綿、スピッツ(試験管)などなど…
採血に必要なものを天子は揃えた。
「はい、じゃあまず最初に何をするの?」
 セルトが腕をまくりながら天子に言った。
「あ…えっと…採血器の用意をして…」
 天子はビクビクしながら採血器を手に取った。
「違うでしょ! まず最初に手を洗う! 何処触ったか分からない汚い手で採血するつもり?
信じられないわ!」
「はいっ…!すみません!」
 天子は急いで石鹸できれいに手を洗った。
 どうやらセルトが最初に実験台になってくれるようだった。
「まず、どの血管から取ったらいいか探して」
 セルトは天子に腕を差し出した。静脈採血なので、一番表面に見える太くて取りやすそうな
血管を選べばいいのだ。天子は、太そうな一番よく見える右手の小指側の血管を選んだ。
 怖いセルトの表情がまた更に怖くなった。
「あんたバカじゃないの? 確かにこの血管は太いけど、小指側の血管から取ると
すぐ側を神経が走っている場合が多いから痛いのよ! こっちの親指側の血管で取って!」
「はい…、すみません」
 天子は泣きそうになりながらも採血器の準備をし、アルコール綿で消毒をして
針を刺した。運良く? スピッツの中に血液は入ってきて。採血はとりあえず成功した。
 ほっと胸を撫で下ろす天子。とりあえずセルトの採血は成功だ。
「じゃ、こんどはあたしね。言っとくけど、私の血管、細くて見えないわよ」
 アクシャムが腕をまくり、意地悪そうに言った。
「えっ…」
 天子は動揺した。確かに…、殆ど血管は見えない…。腕に触れると血管はわかるのだが
表面からは、心の目で見ても見えない…。
「ほら! ボヤボヤしないでよ。左手で血管を固定してさっさとやってよ!
忙しいんだから!」
「はい!すみません」
 天子はいちかバチか血管のありそうなところを目指して注射針を刺した。
「……」
 血液が入ってこない…。
 どうやら注射針が血管に入ってないようだ…。
(どうしよう…)
 硬直状態の天子。
「あーあ、やっぱり針入ってないのね。どれ借してみな!」
 セルトは天子に代わってアクシャムの腕に刺さった注射器を手に取った。
「ほら、血管に入ったよ。これでシリンジ引いて」
 セルトはなんとか血管に針を入れてくれたようだ。
「はい、すみません」
 天子はセルトと代わって注射器を手にした。
「ちょっとー。もう腕がしびれてきたよー。さっさと終らせてよ!」
 駆血帯で腕を縛り、血をせき止めているので腕がしびれるのも無理はない。
 天子はまた焦ってしまった。
「はい、すみません」
 天子は思わず、そのまま注射針を抜いてしまった!
 ぴゅー〜〜〜〜〜
 駆血帯を取らずに針を抜いてしまったのでせき止めていた血がアクシャムの腕から
勢いよく吹き出した。
「きゃああああ、何てことするのよ!」
 急いでアクシャムは自分で駆血帯を外した。
 辺りは流血騒ぎ。採血をした天子は勿論のこと、アクシャムもセルトも返り血を
浴びてしまった。
 2人が怒るのも無理もない。天子は更に、セルトとアクシャムに嫌われたようだ。
 そこへ外科のラムセス医師が入ってきた。
「何やってんだお前ら? ん? 静脈採血の練習か? よし、俺が実験台になってやろう!
かわいい後輩のためだ!」
「ラムセス先生。止めたほうがいいですよ」
 返り血を浴びた白衣を着たアクシャムはきつくラムセスに言った。
「いやいやいいんだ。失敗は誰にでもあるものだ! かわいい後輩のためだ。
俺が犠牲になってやろう」
 寛大な? ラムセスは天子の採血練習台になってくれるようだ。
「ありがとうございます。ラムセス先生」
(よし!こんどこそ失敗しないぞ!)
 天子は気合を入れた。
 …が、またもや血管が見えなかった。奥のほうに血管があって見にくかったのだ。
 それでも負けずに天子は注射針を刺した。
 そのとき、外科医の黒太子が入ってきた。
「おい、ラムセス。明日のオペだが…。患者の縫合は薔薇刺繍にするか?
チューリップ刺繍にするか? それともひまわり刺繍にするか?」
 黒太子は採血中のラムセスに話しかけた。
「ああ、あの傷口ならひまわりがいいんじゃないか?」
 ラムセスは黒太子と明日のオペについて話し始めた。
 一方、採血中の天子。
(やばい…、また血管外しちゃった。ラムセス先生は黒太子先生とのお話に
夢中だし、もうちょっと針つっこんじゃえ!)
 天子はもう少し針を入れてみた。
 …すると! 勢いよく真っ赤な薔薇色をした血液が吹き出してきた。
(やった!血管に入った!)
 天子はほっと胸を撫で下ろした。
「すごーい! ラムセス先生の血って薔薇色ですねー。それもスゴク勢いがいい!」
 天子はラムセスに向かって言った。
「そうだろそうだろ!」
 ラムセスは薔薇という単語がでて嬉しそうだった。
「ちょっと…あんた…。それ動脈血じゃ…」
 真っ赤な薔薇色の血とは正反対の真っ青な顔をしてセルトは言った。
「うぎゃあああああ」
 ラムセスの声が小児科病棟に響き渡った。
 天子は表在血管である静脈を通り越して、その奥にある動脈を刺してしまったようだ…。

冗談じゃないおわり♪



注:一応この話はふぃくしょんよ。
  返り血くらいは浴びるけど、動脈刺す事はまずありませんから…爆