***注射の日***
ピカピカシリーズ

1.注射の日

今日は1年生になって初めての注射の日である。
 カイル達のクラスも前日から嫌な空気が漂っていた。
「うへぇ俺注射なんてやだよ〜」
 大きい図体をしてるくせにミッタンナムワが情けない声を出した。
「なんだ!ミッタンだらしないな。そんなで体して」
「そう言われたってカッシュ!お前だって嫌いだろ?」
 図星を指されてカッシュもう〜んと唸ってしまった。
「な〜に!何でこのクラスは注射くらいでこんなに騒ぐのよ?」
 ユーリが不思議そうに聞いた。
「もちろんみんな嫌いなのよ。それにヒッタイト小学校の校医の先生ときたら…」
 ハディが言いかけてやめた。それに続けてカイルがため息をつくように言った。
「みんな注射というものに慣れてないのさ! まあ明日わかるよ。ユーリちゃん」
「変なの〜」
 入学してからもそう思ったが、ますますこの学校は変である。

 帰りの会の時、先生がみんなに注射のことを言った。
「みなさん、明日の注射はツベルクリン注射と言って検査のための注射です。
さらに2日後BCG接種も行います」
 とたんに「え〜!」と言う声が起こった。
「おいおい! いくら何でも2回注射を打たれるのかよ?」
「注射するくらいなら病気で死んだほうがマシだ」
 しかし先生は続けた。
「何言ってるんですか! 注射くらいで! 蚊が刺すようなものです。
大丈夫ですよ。では問診票を配ります。おうちの人にきちんと書いてもらうのよ」
 子ども達はそうして問診票を配られて家路に着いた。

 次の日、先生はみんなの問診票を集めるとクラスに言った。
「ハンコをもらってくるのを忘れた人がいますね。ミッタン君、
ハディさん後でお家に電話します。ラムセス君あなたは問診票が出ていませんよ」
 しかしラムセスは胸を張って答えた。
「先生、忘れました。だから今日は俺は注射ができません」
「甘いわね!ラムセス君、あなたのお家にも後で電話して持ってきてもらいます」
 先生には全てお見通しのようである。
 そう言うと子ども達に聞こえないような小さな声で言った。
「全く! 記入漏れや忘れが多くていいかげんにしてほしいわ!
こっちも忙しいんだからっ!」

 その後、先生からの連絡を受けて保護者達がやってきた。
「いやあ先生すまんです」
 あっけらかんとしているハディの父タロス!
「全く父さんいいかげんにしてよ!私が恥かくじゃない」
 ラムセスの母は走ってやってきた。おまけに息せき切っている。
「全くこの子ってば!注射があるなんて一言も言わなかったじゃない!
あんたって子は!あんたって子は〜!」
「わ〜ん母さんごめんよ〜」
 ラム母は火のように怒ってラムセスのお尻をたたいた。
 それを見ていたカイルは思わずつぶやいた。
「よかった。わざと忘れなくて!正直に言わないと母上も鬼のように怒るだろうなあ」
 どうやらカイルもラムセスと同じことを考えていたようである。
さすがに実行には移せなかったらしいが…
「カイル君、あのラムセスでさえ注射が死ぬほど嫌いなのね?
初めて見たわ!あんなの!どうってことないのにね?」
ユーリにそう言われてカイルも笑ってごまかすしかなかった。
「ユーリちゃんてやっぱり注射が嫌いな子なんて嫌いだろうな…よし!
ぼくはがんばるぞ! 泣くもんか」
 改めて心に誓うカイルであった。

 さて昼休みに検温を済ませてから、カイル達は体育館に並ばされていた。
もちろん注射を待つためである。
 そこへ校医の先生がやってきた。やや経営は傾きかけていると言われているが、
地域ではかなり大きな病院と言われるミタンニ病院の院長トゥシュラッタである。
一緒に付き添うのは、その息子マッティワザ医師と看護婦のナディアである。
「げげっ来た!」
 みんなの間にざわめきが起こった。院長は最近年のせいでぼけたという話だし、
息子はサディストである。どっちに転んでも注射してもらうのはゴメンである。
 最初に問診をやることになった。イル・バーニは熱があり、次回にということになった。
「いいなあ!イル」
「ぼくだってやりたくなかったよ」
 と言う声があちこちに起こった。
 生まれ順にやるので、最初はミッタンナムワであった。
「うえ〜ん、恐いよう!お母ちゃん」
「何だ!でかいなりして!お前にはこの注射だ」
「ぎゃあ」
 サド医師のマッティワザが力任せに刺したからたまらない!
ミッタンナムワにはとどめの1本となってしまった。
「おい……」
「ああ痛そうだなあ!」
 周りには恐怖が渦巻いていた。
 もちろんトゥシュラッタ院長にあたったほうも無事では済まなかった。
年のせいで手元が狂うせいか、なかなか針が定まらないのである。
「お、これは失敗!もう1本じゃな」
「ええっ! そんなあ」
 ここまで耐えに耐えたラムセスもさすがに切れてしまった。
「ぎゃあああ〜」
(哀れラムセス!注射に散る・合掌・爆)

 違う列で既に注射が終わったユーリだけが1人平然としている。
「変なの!みんな恐くて力が入るから痛いんじゃないの?ミッタンもラムセスもだらしないのっ!」
 やがてカイルの番になった。トゥシュラッタ院長が言った。
「おお!お前さんはシュッピルリウマの子じゃな? わしの知り合いでのぉ」
 世間話に夢中になったせいか、院長は針が定まらなかったようである。
「これ動くんじゃないわい!」
「ぎゃあああああ〜」
 カイルの断末魔の叫び声が体育館じゅうに響き渡った。遂にカイルも玉砕してしまったようである。

「では2日後にまた会おうぞ」
 トゥシュラッタ院長とマッティワザ医師はそう言い残して学校を去った。
「2度と来るなあ!」
 少なくともカイルとラムセスはそう思ったようである。



2.ツベルクリン判定、BCG接種



 魔のツベルクリン注射の次の日、カイル達の担任の先生は
1人1人に問診票を配りながら言った。
「いいですか?明日はツベルクリン判定の日です。お医者さんに手を見てもらったら、
『BCGをやります』って言われた人は肩を出して待っていてください」
 するとイル・バーニが手を挙げて言った。
「すると先生、やらなくていい人もいるわけですか?」
「やらなくていいだって?」
 教室内にちょっとしたざわめきが起こった。あんな恐い注射をやらなくていいなんて……
まるで天国である。
「静かに! イル君は昨日熱があったので、後で他の学校へ行ってやることになると思います。
そうですね……『プラス』と言われた人はやりませんが『マイナス』と言われた人はやります。
でも1年生は、ほとんどやることになるでしょう」
「ええっ!」
 歓声はやがて落胆に変わった。

 その日ラムセスは学校から帰ると、注射をされた右腕を出した。
「姉ちゃん達に聞いたところじゃ、赤い斑点が大きいとやらないということだからな…」
 そう言うと右腕をごしごしとこすり始めた。やがてこすったせいか
彼の右腕は真っ赤になった……が、時間がたつと元に戻ってしまった。
後に残るはなぜか青色の斑点である。(実は内出血の後)
「何かちょっと青いぞ!?でもまあいっか」
 そうしてラムセスは眠りについた。

 次の日、体育館に現れた医師達は…やはりミタンニ病院の院長親子であった。
年寄りの院長は相変わらずふんぞり返っている。
その上、他の学校の子ども達も並んでいるのを見て露骨に嫌な顔をした。
(イルみたいに当日熱出してできなかった子が後で来ているのです)
「ふん、忙しいのに何で人数増えてるんだ!おまけにこの学校は安い茶しか出さんし!」
 待っている子ども達にも聞こえよがしに言った。
「よお! ガキども、また会ったな! 覚悟していろよ」
 息子のマッティワザ医師は、注射を喜んでいるようであった。

 接種の前の診察が始まった。去年1度受けた2年生はプラスの子が何人かいたが、
1年生はほとんどマイナスであった。
 カイルが腕を見せると、年寄りの院長は
「えっと…これは内出血か? やわな肌しおって! 紛らわしいマイナスじゃ!」
(でも内出血するのは注射が下手なんじゃ(-_-;)?)
 カイルは、覚悟はしていたものの内心がっかりした。
 ラムセスを見たのは息子医師であった。
「これも内出血だな? もちろんマイナス! お前も注射だ!」
「ええっ? これじゃダメなのかよ? せっかくこすったのに!」
「何? こすっただと? さてはお前ごまかそうとしたな?」
「えっ? いやそ、そんな」
 やぶ蛇となってしまったラムセス! かえって逆効果だったようだ。

 遂に診察も終わり、カイルやラムセスはもちろんユーリ、ハディミッタン、カッシュ、
キックリ達もやることになった。
「では、おととい注射した腕と反対の肩を出しなさい」
 先生に言われてみんなは、しぶしぶ服を脱いで肩を出した。
 テーブルの上にはすでにBCG注射が用意してある。一見するとハンコのようだが、
よく見ると中に小さな針が何本かついている。
「あっ! 針が6本ついてるよ」
 目ざといカッシュが見つけると、院長が言った。
「いや針は9本じゃ!」
 すると、なりが大きいくせに気の弱いミッタンが言った。
「ええ〜9本だって? 恐いよ〜」
 急に子ども達の間に緊張が広がった。先生が慌ててなだめた。
「大丈夫! 大丈夫よ。針といってもすごく小さいし、ペッタンってハンコみたいなんだから!
合格のハンコなのよ」
 と先生は言うものの内心は『ちっ余分なことを言いおって』と考えていたことであろう。

 観念の時はきたようだ。またしても生まれ順にBCG注射が行われていく。
ミッタンは暴れたが、遂に男の先生に捕まえられてしまった。
 肩に薬液を塗り、ハンコのような注射で2回押していく。
「あれ? 案外痛くないぞ」
 半泣きだったミッタンナムワはようやく元気を取り戻した。
「カッシュ! 大丈夫だって! こんなの平気平気〜」
 終わってしまえば、こっちのモノである。さっき泣いたカラスはどこへやら、
ミッタンは意気揚々と引き上げていった。
 カイルも内心は終わったミッタンが憎らしかったが、順番が来たときに案外平気だったので、
ユーリに感心されてしまった。
「カイル君、今度は平気じゃん! だから言ったでしょ?」
「うん、そうだね!」
 カイルも何となくほっとした。前回があまりにもひどかったせいであろうか?
 さて暴れる大物はもう1人いた。ラムセスである。彼も男の先生に捕まれて
ギャアギャア言いながら院長の前に立った。
「さて、薬液を塗ろうかの…」
 と、院長が言った途端、ラムセスが暴れて薬液がたれてしまった。
「この! 手こずらせおって! 動くんでない」
 何とかラムセスも無事に終わったようである。

 みんなは肩を出したまま教室へ帰った。接種したところを乾かす
ためである。先生が1人1人様子を見ながら服を着せていた時、事件は起こった。
何とラムセスが、さっき肩から垂れた薬液をなめてしまったのである。
「きゃああああ〜何てことするの! ラムセス君」
 先生は大声で叫んだ。それもそのはず! 薬液と見えたそれは、結核菌なのである。
「何でだよ?」
 きょとんとしているラムセスだが、先生は慌てて彼を病院に連れていった。
 しかし彼が病院で言われたことは……。
「大丈夫です。結核菌による影響はありません。ただ血液の中に非常に珍しい菌がありまして……
薔薇の形をしているのです」
「はああ?」
 これには先生もラム母も呆れるばかりであった。
「非常に珍しいので、入院して2,3日検査してよろしいでしょうか?
もちろん検査料はこちらで負担させていただきます」
「全く……あの子ったら正体不明の菌だなんて! お父さんに何て言えばよいのかしら?」
 ラム母は、よよと泣き崩れた。当のラムセスはと言えば…1日で病院に退屈したようである。
 もちろん血液採取の注射は逃げ回っていたが……。

         〜終わり〜



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この注射パロ。本当に小学校のときの注射の嫌な雰囲気を思い出しません?
私も小学校の頃はぎゃあぎゃあ泣いていた部類でした。
よく書けていると絶賛の声をまゆねこに送りたいねねである。
当のまゆねこは、「1週間の疲れが出た」といって、早々に寝てしまった。