うらしまナキア
天河版浦島太郎編


 むかしむかし、どのくらいむかしかというと3000年くらいむかし。
 ヒッタイト帝国の皇太后、ナキアは浜辺を散歩していました。
「何かよい悪巧みはないかのぅ〜」
 長いドレスを引きずりながら、いつものように悪巧みを考えていたナキア、
数メートル先の波打ち際で何かやかましく騒いでいることに気づきました。
 近寄ってみると、子供たちが大きなカメをいじめていたのです。
「何だこのカメ、変なカメ!」
「カメのくせに金髪が生えてるぞ。それも長髪」
「カメらしくない顔してる。人面カメだぁ〜」
 こどもたちはカメを殴る蹴るしてさんざんな目にあわせています。
 ナキアはカメに見覚えがありました。カメはウルヒと同じ顔をしていたのです。
それも金色の長髪。しらんぷりして通り過ぎようかとも思いましたが、
もしここでカメを助けなかったら、ウルヒが化けて出るのではないかと思い
一応声をかけてみることにしました。
「これ、生き物をいじめるでない」
「なんだ、このオバサン。へんてこなカメなんだ。いーじゃねーか!」
 こどもたちはナキアに食ってかかりました。
 最近の子供たちはガラが悪い。これもカイルとユーリなんかが帝国を治めているからじゃ。
なんて逆恨みを思いましたが、それよりなにより、自分のことを『オバサン』と言ったことに
たいそう腹を立てました。
「ガキども、これでもくらえっ!」
 ナキアは隠し持っていた薬ビンを取り出し、こどもたちにかけました。
子供たちは卒倒。中身は白い水だったのです。仮死状態にしてだまらせたのです。
「ふん、殺されないだけマシと思うのだな」
 ナキアは鼻を鳴らしました。
「ナキアさま、助けていただいてありがとうございました」
 ウルヒカメはナキアを見上げながら丁寧にお礼を言いました。
「当然じゃ。それでは、早速連れて行ってもらおうか。竜宮城へ」
「ええっ! ちょっと早すぎじゃありませんか。ナキアさまはここで、『いいえ、カメさん
お怪我はありませんか?』などとやさしい言葉をかけてから、私が『お礼に竜宮城へ
ご案内します』っていうんですよ」
 ウルヒカメは既に竜宮城へ行こうとしているナキアに驚きました。
「台詞を少し飛ばしただけで、展開に違いはない。さあ、行くぞウルヒ。ギブアンドテイク
という言葉を知らんのか!」
「元古代ヒッタイト人なので知りません……」
 ナキアはウルヒカメの甲羅に乗って、海の奥底にある竜宮城へ向かいました。

***

 竜宮城では、乙姫さまがナキアを迎えてくれました。
ウルヒカメの恩人として、ナキアは手厚いもてなしを受けました。豪華なご馳走に
タイやヒラメ、イカ、タコのダンス。でも、ナキアは生まれながらの王女さまで皇妃で皇太后
なのですから、そんなもの珍しくもなんともありません。
「つまらん宴会じゃな。でもまあ、一晩くらいは泊まってやろうぞ」
「まあ、別にお帰りになってもよろしいのでございますよ」
 乙姫さまは引きつりながらナキアに言いました。
「一晩泊まってやると言ってるのじゃ、感謝せい」
 乙姫さまは奥歯を噛み締めていました。
 一晩泊まれば帰ってくれるものと思いきや、次の日になるともう一泊すると言い出しました。
仕方なくまたご馳走を用意し、タイやヒラメのダンスを見せました。
「はぁ〜あ、つまらん宴じゃ」
 ナキアは踊っているタイやヒラメを目の前にして堂々と言いました。
 乙姫さまはウルヒカメに、「どうしてあんな女に助けられた!」と鋭い視線を
投げつけました。ウルヒカメは申し訳なさそうにしています。
「つまらないけど、まあもう1日いてやろうぞ」
 ナキアはつまらないと言いつつ、どうやら竜宮城の暮らしが結構気に入ってしまったようです。
だって、嫌いなカイルもユーリもアレキサンドラもいないんですもの。
 3日目、乙姫さまはナキアに言いました。
「ナキアさま、そろそろ帰りませんか?」
「ほあ? 別に、帰っても待ってる人いないし……」
「いいえ、そろそろ帰りましょう」
「わらわはまだ帰りたくな……」
「いいや、帰れ。おみやげやるから帰ってくれ」
 ナキアは乙姫さまに竜宮城を追い出されました。
 おみやげに玉手箱をもらって地上に強制送還させられたのです。

***

 3日ぶりに浜辺に戻ると、3日前と全く景色が違っていました。
浜辺に打ち寄せる波は変わらないけど、周りには高層ビルが建っていたのです。
「なんじゃあれは……」
 そうです。竜宮城でも3日は、地上で三千年だったのです。
「誰か〜迎えに来ておくれ〜。ジュダや〜」
 叫んでも誰もナキアのもとに来てくれません。当たり前です。3千年も経っているのですから。
ジュダはもちろんのこと、ナキアのことを知っている人は誰一人いないのです。
「うむむ、どうなっていることやら。とりあえず腹も減ったし、乙姫からもらった
玉手箱でも開けてみよう」
 みやげに赤飯くらい入っているだろうと思い、ナキアは玉手箱を開けました。
 ボンっ!
 玉手箱の中からは、もくもくと白い煙が出てきました。煙をかぶったナキアはみるみる
おばあちゃんに。髪は白髪に、顔や手はしわしわに、おっぱいはデロンと垂れてしまいました。
「な、なんじゃこれは〜」
 ナキアは驚きまくりました。とりあえず誰か人を探そうと杖を使って歩き始めました。
すると、持っていた杖まで曲がっていました。ドレスを引きずり杖をつきながら歩いて行きました。
 ナキアは浜辺から、アスファルトの道路へ出ました。ふらふらとドレス姿で歩く
ヒッタイト帝国の皇太后の姿を、まわりのひとはジロジロ見ます。
 しばらく歩いていると、二人の婦人警官がナキアの前に現れました。
「おばあちゃん、どうしたんです?」
「なんじゃお主らは、変な格好をしておるな」
 変な格好をしているのはナキアのほうです。
「おばあちゃん、お名前は? どこから来たんですか?」
 婦人警官はやさしくナキアに聞きました。変な格好をして歩いている老婆がいると、
近隣住民から警察に通報が入ったのです。
「わたくしはヒッタイト帝国のナキア皇太后。王宮から来たのじゃ」
 婦人警官は顔を見合わせました。
「相当痴呆がすすんでいるようね。とりあえず、署でお預かりしてそれから
身元を確かめましょうか。尋ね人が出てないかも調べてね」
「そうね」
「さあ、ナキアおばあちゃん。こっちに来ましょうね」

      


 ナキアは婦人警官にやさしく連れて行かれました。
 名前も住んでいる所も本当のことを言ったのに、三千年後ではまったく通じないのは
当然のこと。玉手箱を開いたことによって老婆になったナキアは、
途方にくれることなく、21世紀の老人介護法によって手厚く保護を受けることになりました。
 乙姫さまが渡した玉手箱は、今のナキアにとっては大正解だったのです。



♪おわり




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