*****幸福の王子(カイル編)*****

 
小高い丘のにある王宮の中で 一番高い場所に幸福の王子カイルは立っていた。
正しく言うのならば 立っているのはカイルではない。幸福の王子カイルの銅像が立っていたのである。
その小高い丘からは すべての事が見渡せた。国民一人一人の暮らし、善も悪もすべて この丘の上から見る事が出来た。
 カイルは生前、国民のことを思い、安心して暮らせる平和な治世を目指していた。
何処の国にも侵されず、何処の国も侵さず戦いのない平和な国を築いてきたつもりであった。
だが そうではなかった。こうして国全体を見渡してみると まだまだ隠れた所に悲惨なことが 溢れていた。
 ある辺境の村では 一人の男の子が高熱を出して死にかけている。家が貧しく、医者に見せる金がないのだ。それに、こんな辺境では すぐに医者なんて駆けつけてくれない。母親は 熱い子供の手を握り ただ衰弱してゆく我が子を泣きながら見守っていた。
 また親に先立たれ 弟や妹を養って行かなければいけない姉。朝から晩まで弟や妹達のために働きどうしだ。食べるものも 小さな弟や妹達に与え 自分はまともな食事はできない。
その他にも権力を盾に市民に無理な税をかける市長。天変地異による飢饉、洪水、伝染病・・・。
生きていた時には 分からなかった、また分かることの出来なかった数々の悲惨な事が今、嫌というほど見る事ができる。しかし、幸福な王子カイルは 何もすることが出来なかった。
彼は 頑丈な大理石の土台に足をぴったり据え付けられ 動くことも 話すこともできなかった。
カイルの心臓は鉛で出来ていたけれども この世の数々の哀れを思うと 鉛の心でも涙を流さずにはいられない。カイルの頬には サファイヤで出来た瞳から真珠の涙が流れ落ちていた。
 
夏が過ぎ、木の葉が 綺麗に色づきだした秋。暖かい気候を好む鳥たちの南国へ旅立つ季節がやってきた。
そんな秋のある夕暮れ、群れからはぐれたらしい、一羽のツバメが低空飛行していた。
「くそっ、もう暗くなってきちまったぜ。ベトウィンのナイスバディのメスツバメを追いかけていたら 群れからはぐれちまった。今晩はここらで一休みするとするか。」
左胸に薔薇のワンポイントのついた黒々とした鮮やかな艶のあるツバメ、ラムセスが幸福の王子カイル像の足元で一番明かすことにした。
ラムセスが、羽根を休めていると空から水が落ちてきた。
「冷たい!なんだ?空は晴れているのに?」
冷たい水は 雨ではなくカイルの流した涙であった。
「おい、お前銅像のくせになんで泣いているんだ?お前の銅像を雨よけにしようと思っていたのにこれじゃあ、雨よけにならないじゃないか!」
ラムセスは怒って、銅像カイルに話しかけた。
「私は幸福の王子カイル。私が国を治めていた時世、国民に幸福をもたらした。私の死後、幸福の王子として 国で一番高いこの場所に銅像が建ったのだ。」
「はぁ〜?幸福の王子?幸福の王子のくせに何泣いているんだよ。俺は雨よけのためにここで一晩明かそうと思ってるんだぜ。幸福なんて もたらしてないじゃないか。」
「ツバメさん、ツバメさん。お願いがあるんです。私はこのとうり動けません。この世には 私が生きていた間は全く分からなかった 哀れが沢山あります。しかし私にはどうする事も出来ません。動くことができないのですから・・・。
ツバメさん、どうかお願いを聞いてください。」
「ツバメ、ツバメ言うなよ。俺様には ラムセスっていうナイスな名前があるんだ。」
「じゃあ、あらためてラムセスさん。どうかお願いです。ここから離れた辺境の村に高熱で苦しんでいる男の子がいます。お金がなく、医者にみせることが出来ないと言って母親は嘆き悲しんでいます。どうか、私の鉄剣についているダイヤをはずしてその子供の家に持って行ってください。」
「やだね。女のためならともかく 俺は男のための使いなんて行きたくないね。」
「そんな事を言わず ラムセスさん。お願いします。」
カイルは しとしととラムセスに向けて涙を流した。
「うわ!冷てえな。分かったよ。行けばいいんだろ。」
ラムセスは カイルの鉄剣についているダイヤをはずし 高熱でうなされている男の子の家までダイヤを運んだ。母親は看病疲れで眠ってしまっている。
「なるほど、たしかに 熱でうなされて辛そうだ。俺様が少し仰いでやるとするか。」
ラムセスはそう思い、男の子の頭の上にゆき、パタパタと羽根を動かし熱で真っ赤になった男の子の顔に向かって冷たい風を送ってやった。
するとどうであろう。男の子の顔からは すぅと熱が引き さっきまで熱でうなされていた子供はすやすやと寝息をたて 眠ってしまった。
ラムセスはテーブルの上にダイヤを置いて飛び去った。
ラムセスが出てゆくや否や、母親は目を覚ました。
「あら?坊やの熱が下がっている。それに・・・、ダイヤだわ。きっと神様からのお恵みだわ。このダイヤを売ればお医者様に見せる事が出来る。」
母親は ダイヤの輝きと同じくらい美しい涙を流しながら 喜んだ。

「届けてきたぜ。これで満足か?カイル。」
「ありがとう、ラムセスさん。ついでにもっと頼みたい事があるんだ。いいかい?」
「冗談じゃない。もうすぐ寒い冬がここにはやってくる。俺はエジプトに帰らなきゃいけないんだ。やだね。」
「そんな事を言わずお願いします。今度は 親に先立たれ 弟や妹を養って行かなければいけないかわいそうな姉の元へ サファイヤで出来ている私の瞳を持って欲しい。
人に親切にしたり、情けををかけると いつかどこかでその恩恵は帰ってきます。
どうか 私の使いを頼まれてください。お願いします。」
「ちっ、しょうがねえなあ。」
ラムセスはそう言い、カイルのサファイヤでできた 瞳をとり、かわいそうな姉の元へ
サファイヤを届けた。それから、カイルとラムセスは協力して
カイルの身につけられている数々の宝石、また宝石がなくなるとカイル体全体に塗られている金箔をはがして 貧しいものに配った。 
「さあ、もうお前の銅像には 宝石も金箔も残ってないぜ。俺はエジプトへ旅立つぞ。」
「待ってくれ、もう一つだけお願いだ。丘の上の王宮に、ユーリという娘が泣きながら毎日を送っている。ユーリは私の正妃であった。エジプトとの戦争が起こりユーリと共に私は戦場に出た。しかし、私はユーリをかばい矢に刺さって 命を落としてしまった。
ユーリの腕に抱かれて戦場で命を落としたのだ。それ以来、ユーリは ずっと嘆き悲しんでいる。
しかしタワナアンナとして 国を治めようと悲しいのもこらえて 健気に毎日を送っている。もう、私はユーリがかわいそうで見ていられないのだ。一人になるといつも泣いており毎夜泣きながら夜を明かしている。私からはユーリの姿は見えるのに、ユーリの声も聞く事が出来るのに ユーリからは私の姿を見る事は出来ない。
私はいつもユーリを見守り、常に共に生きているのにユーリはそれに気づかない。
どうかお願いだ。ユーリに伝えて欲しいんだ。私はいつも側にいる。いつも見守っていると。」
「分かったよ。で、どうやって伝えるんだ?俺は人間語なんて話せないぜ。」
「百合の花をユーリの元へ持って行って欲しい。ユーリは百合の花が好きだった。私も ユーリの象牙色の肌のように真っ白な百合の花が好きだった。汚れのない、清純な白百合。清楚な存在感のある白百合のようだと 私はユーリを百合の花に例えていた。
百合の花を一輪、彼女の元へ持って行ってほしい。」
「ユーリ=百合の花なんて、下手なダジャレだな。俺なら薔薇の花を持って行くがな。」
ラムセスはそう言い、百合の花を探して 王宮で暮らしているユーリの元へ
白百合の花を持って行った。

 ユーリは王宮の中庭で 緑から黄色や赤に模様替えした紅葉をみつめて ぼうっとしていた。
ユーリは 人前ではカイルが亡くなって沈んでいる様子は 見せないよう気を配っていた。
皇帝が亡くなり 隣国がスキを狙っている時に タワナアンナである自分が しっかりしなくては国は侵略されてしまう。まだまだ、政治に関する権力は自分の手の中にある。
カイルの死後、国が混乱しないよう一生懸命 国を治めていた。
しかし、一人になると 涙が溢れてきて止まらない。もうカイルが亡くなってから
何ヶ月も経とうとしているのに まだ 彼を忘れる事は出来ない。
「ああ、私も死んでしまいたい。カイルがいない世界なんて信じられない。どうして あの時、あの戦場で私も一緒に連れて行ってくれなかったの?
どうして一人で逝ってしまったの?ああ、カイル、早く迎えにきて。」
ユーリは泣きながら 天に向かってそう話しかけていた。
そこへ 百合の花を持ったラムセスが飛んできた。ユーリの目は 涙が溢れていたためツバメラムセスが飛んでいるのを気づいてはいない。
全く自分に気づこうとしないユーリにしびれを切らせて ラムセスは百合の花を持ったままユーリの肩に止まった。
「何?こんな時期にツバメ?どうしたのかしら?それに百合に花を持ってる。
こんな季節に百合なんて何処に咲いているのかしら?」
そう言いユーリは ツバメラムセスから百合の花を取った。
するとどうであろう、百合の花を手にした瞬間から ユーリの心は急に温かくなった。
カイルの気持ちが百合の花を通して伝わってきたのだ。
「この百合の花・・・。もしかしてカイルが・・・。カイルが私に・・・。
まさか そんな奇跡が起こるわけない。でも、こんな季節に百合の花なんて...。
カイルは生前、私を百合の花のようだと例えてくれた。それに この百合からはなんだか 暖かい気持ちが伝わってくる。まるでカイルと一緒にいた時のように・・・。
そうよ、泣いてばかりいちゃダメ。こんな冬の近づいてきた寒い季節にも 百合の花は何処かに咲いている。きっと、カイルも私をどこかで見守っていてくれるわ。」
ユーリはそう言い、涙をぬぐって百合に笑いかけた。
そんな笑顔のユーリを見て ラムセスの心も和んだ。寒い冬が近づき ツバメには
辛い季節になってきたが ラムセスの心は暖かかった。
「ツバメさん。百合の花をありがとう。」
ユーリの言葉をあとに ラムセスは空に飛び去った。

ラムセスはカイルの元へ戻った。
「ありがとう。ラムセス。私はこれで思い残すことなく成仏できる。」
カイルの銅像から すうっと魂だけが抜け出て カイルは天高く昇って行った。
これから カイルはずっとユーリを 天から見守ることになるのであろう。
「ああ、なんだか今回はいい事しちまったな。貧しいものを救うにはには金銀が必要だが人の心を救うには 一輪の薔薇...もとい一輪の百合で十分ってわけか。さあ、俺もエジプトへ 早いところ戻って、俺だけの薔薇の花を探すかな。」
ラムセスはそう言い、エジプトへ向かって 旅立った

                  ♪おわり♪