***走れタロス***


 タロスは激怒した。必ずや あの暴君ナキアを失脚させなければならない。
ここは紀元前13世紀バツトッサ。この国は今、皇太后ナキアが治めている。
ナキア独裁の専制政治に 絶対王政。国民は 恐れおののき、ビクビクしながら
毎日を過ごしている。
 タロスはバツトッサから 1日ほど離れたアリンナから 娘ハディの結婚式の
買出しの為に バツトッサを訪れたのであった。以前訪れたことのある国だったが
前とは随分雰囲気が違っていた。国全体がやけに寂しく、人通りも少ない。
不思議に思ったタロスは 通り掛かりの一青年、キックリを捕まえて何があったのかを
聞いた。
「皇太后様は 自分の為には 罪のない人を殺めます。何かにとりつけて
人を殺すのです。」
「たくさんの人が犠牲になったのか?」
「はい、先々帝の王妃ヒンティ様、先帝アルヌワンダ様、ご自身の姪御イシン・サウラ様、
それにザナンザ殿下まで・・・。その他にも市民が沢山、皇太后様の手によって
殺められています。」
「なんということだ!!!」
正義感の強いタロスは 激怒し、王宮へ殴りこみに行った。

「暴君ナキア出て来い、タロスが成敗してくれるぞ!」
タロスは王宮の正門前で叫んだ。
あっという間にタロスはナキアの私兵に捕まり、ナキアはタロスに極刑を命じた。
 極刑を命じられてしまったタロスは ナキアに頼み込んだ。勿論、命乞いなんかではない。
娘ハディの結婚式を挙げるために 3日間の猶予を与えてもらうよう頼み込んだのだ。
「ばかな、ここで逃がしたら帰ってくるわけがないだろう。今すぐ極刑じゃ。」
「いいえ、帰ってきます。信じられるぬなら ここバツトッサにいる私の竹馬の友であり
大親友のミッタンナムワを残して行きます。私が3日目の夕暮れまでに 
私が帰ってこなかったらミッタンナムワを殺してください。」
それを聞いてナキアは得意の意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「おもしろい。よし、その願いを聞き届けよう。ここへミッタンナムワを呼べ。
3日目の日暮れまでに帰って来なかったら、お前の変わりにミッタンナムワを殺す。
少し遅れてくるがいい。まあ、言わずとも遅れてくると思うがな。ほほほっ。」
ナキアは 笑いながら言った。
「何を必ず戻ってくる。」

 ミッタンナムワは王宮に呼ばれた。かくかくしかじか、タロスは事情を説明した。
ミッタンナムワは2つ返事でOKした。タロスはミッタンナムワとひしと抱き合ったあと
娘ハディのいるアリンナへ向かった。ミッタンナムワはタロスの背中が
夕闇に小さく消えるのをずっと見送っていた。

 タロスは帰路を急いだ。娘の結婚式を無事に挙げ、ハディが嫁ぐのを この目で
見届けなくては父親として納得がいかない。幸い天候も良く、アリンナへ無事帰ることが出来た。 
結婚式を早めてもらい ハディの幸せそうな顔を見て 思い残すことはなかった。
 タロスは またバツトッサに戻るとハディに告げ、何故戻るか、理由は言わなかった。
あと1日半日、ミッタンナムワが自分の変わりに処刑されるまであと1日半であった。
アリンナから バツトッサまで一日あれば着くはずだ。十二分に休息を取ったタロスは
いざ、バツトッサへ、死ぬためにひたすら走った。
「思えば生きていくとは 死に毎日、1日1日近づいて行くことだ。
それを歩いて行くか、走って近づいてゆくかの差である。
誰でも少しでも長く生きたいというのが 人間の本能かもしれないが
私は 死に走る。ミッタンナムワのために、正義のために、ナキアに本当の真の友情を
分からせるために。」こう思いながらタロスはひたすら走った。
走れ、走るんだタロス!

 途中、タロスは大きな河にさしかかった。ただの河ではない。赤い大地の土が溶け出し
河の色が赤い色をしている。通称赤い河だ。アリンナに戻るときは きちんと橋があったのだが
橋がなかった。おおかたウルヒが小細工して橋に火でもつけたのだろう。
「くそっ。これじゃあ、河を越えられないじゃないか。」
タロスは地団駄を踏んだ。その時一緒に タロスお手製の鉄剣が 赤い河へ落ちた。
すると、赤い河のからぶくぶく.。o○と泡を立てながら 底の方から
髪の長いギュゼルという女神が現れた。
「お主の落とした剣はこれか?」
女神ギュゼルは黄金に光輝く金剣をさしだした。
「いいえ、もっと古びた剣でございます。」
タロスは本当のことを答えた。
「金に目も眩まないなんという正直な男だ。褒美として古びたお前の剣と
この黄金の金剣をとりかえてやろう。」
そう、女神ギュゼルは言い、タロスに金剣を渡し、赤い河の底へ消えて行った。
「待ってくれ、紀元前では、どんな黄金を積んでも鉄が欲しいと言われているんだ。
鉄剣を返してくれ。」
そう叫ぶタロスの声も空しく 女神ギュゼルは再び出てくることはなかった。
が、しかし、女神が現れたせいであろうか?橋の掛かっていなかった赤い河は
水が引き、歩いてでも通れるようになっていたのだった。
これは好都合ということで タロスは赤い河を超え、また走り始めた。

 河を越えると、今度は山道だ。上り坂を必死に駆け上がるタロスの背後から
盗賊が襲い掛かってきた。
「お前を通すわけにはいかぬ。」
盗賊の一人が言った。
「私には命以外何も持っていない。そこを通せ。」
「その命が欲しいのだ。」
「さては、ナキアの回し者だな。」
とタロスは言い、剣を出した。いつもの調子で鉄剣を出したつもりだったが
さっき、取りかえられてしまった黄金の剣を出した。これを見た盗賊達の目の色は変わった。
「おい、その黄金の剣を俺達に渡せば 命は助けてやってもいい。」
盗賊達は言った。所詮ナキアに雇われた盗賊達だ。目の前の金に目が眩みタロスの
黄金の剣を奪って去って行ってしまった。別にこれから死にに行くタロスにとっては
黄金の剣などどうでもよい。タロスはまた 走りつづけて行った。

 ギラギラと太陽がタロスを照り付け、タロスの体力をどんどん消耗していった。
持って行った水も底をついた。目眩がしてきて、太陽が照り付け、暑いはずなのに
タロスは寒気を感じた。どうやら熱射病にかかってしまったようだ。
タロスはガクンとその場に倒れこみ もう、1歩も動けない状況になってしまった。
「無念だ。私はもう、走るどころか、立ちあがることも出来ない。ミッタンナムワよ。
許しておくれ。お前の無二の友タロスはこんな所で 力尽きてしまった。
私はもう、動くことは出来ない。ナキアの思う壺になってしまった。でも仕方ないのだ。
私は力の限り走った。ミッタンナムワのため、正義のために走った。
一緒に死のう、ミッタンナムワ。そしてあの世で仲良くまた会おう・・・・・。」
タロスはそう思い、気を失った。

 ぼんやりした意識の中で タロスは水の流れる音を聞いた。どうやら近くで水が流れているようだ。
タロスは なんとか体を起こし辺りを 見渡した。すると足元で流れていた。
何故今まで気づかなかったのだろうか?タロスはそう思い、とりあえず水を手ですくって
口に流し込んだ。冷たい水がのどを通り タロスの体は一気に目が覚めた。
どうやらこの水は フランスのエビアンが入っていたようだ。(だから何なの?)
「私はなんということを考えていたのだろうか?もう少しでミッタンナムワを裏切ろうと
考える所だった。日没までまだ間がある。走れ!走るんだタロス!!!」
自分にそう言い聞かせ タロスはまた走り始めた。

 タロスはバツトッサに入った。日は傾き 天は赤みを増していた。
まだだ。まだ日は沈んでいない。そう思い、王宮に向けて走って行った。
「タロス様ではありませんか!あなたは少し遅かった。もう、ミッタンナムワは
処刑代台にのぼっています。ああ、もう少し早ければ・・・。」
キックリは言った。
「なんだと!?キックリ。まだ日は沈んでないだはないか?」
「お急ぎください。まだ間に合うかもしれません。」
タロスは全速力で走った。やっとのことで王宮に着くと ミッタンナムワは処刑台の上に
昇り、今や処刑される瞬間であった。
「待ってくれ、正義の味方タロスは帰って来たぞ。殺すのなら私を殺せ。」
疲れきった体で タロスはミッタンナムワが昇っている処刑台の上によじ登った。
処刑の見物に集まった群衆はどよめいた。ナキアは勿論だか 市民もタロスが
戻ってくる筈などないと 鷹をくくっていたのである。
「ミッタンナムワ。私を殴ってくれ。私は途中、あきらめようとした。お前を裏切ろうと
したのだ。私を殴ってくれなくては お前の胸に飛びこめない。」
ミッタンナムワは 力いっぱい タロスを殴った。
「タロス、私を殴れ。思いっきり殴ってくれ。私も 一度だけ 君は来ないのではないか?
と疑った。君を信じなかったのだ。さあ、思いっきり殴ってくれ。」
タロスは ミッタンナムワを殴った。
二人は泣きながら 抱き合い、また再び生きて会えたことを喜んだ。
 すると群集の様子が 変わってきた。タロスとミッタンナムワの友情を目の当たりにして
ある勇気が沸いてきたのだ。市民は立ちあがり 暴君ナキアに対するクーデターを
起こした。ナキアは追放され、その変わりの王座には ミッタンナムワが腰を
降ろした。タロスは一番の側近として ナキアの変わりにバツトッサを支えることとなった。
すべてが めでたしめでたし・・・と思われるが1つだけ.....。

王座についた ミッタンナムワは必死に花嫁を募集しているそうです。

参考;太宰治 「走れメロス」