〜第3章 宵の明星〜

 正妻の死と帝の死で不幸続きだった御所も 落ちついた頃、カイルは紫上を正妻として迎えた。しかし、紫上の母の身分は低かったので 世間には正妻としては認められなかった。
 時を同じくして 現帝、朱雀帝ジュダも新しく妃を迎えた。弘徽殿ナキアの末の妹、朧月夜ナディアを妻とした。ナディアは 姉に似て気が強く、大変美しかった。
カイルにとって 紫上にはないナディアの気の強さが カイルの心を惹いたようであった。
また、ナディアも 夫であるジュダには物足りなさを感じていたらしく、
二人は 心を通わすようになった。そんな カイルとナディアの様子を 弘徽殿ナキアが見逃さないはずはない。自分の妹に手をつけ、また子であるジュダに対する侮辱にナキアは激怒し、まだまだ皇太后として絶大な権力を持つナキアは カイルを失脚に追い遣った。
 カイルは 京の都から遠く離れた、明石に左遷されることになった。
最愛の妻ユーリが悲しんだのは言うまでもない。カイルは 側近数人を連れて明石に旅立った。
そんなカイルの姿をユーリは涙ながらに見送った。
必ず、カイルが元気な姿で、自分の元へ帰ってくることを願って・・・。

 これでやっと目の上のタンコブ、光の君カイル源氏を始末できたと喜んでいたナキア。
だが、何千年経っても 天はカイルに味方しているのだろうか?
まだ若き朱雀帝ジュダが病に倒れ、続いてナキア自身も床に伏せってしまった。
その他にも ナキアの周りで数々の悪事が 度重ねて起こった。
このように悪事が続くとは 亡き帝シュッピルリウマの祟りでは?
葵上アッダ・シャルラトの祟りでは?と噂されるようになり 
カイル帰還への兆しが 立ちはじめていた。
「母さま、こんなに悪事が続くのは カイル源氏を 明石へ追い遣ったせいでは?一刻も早くカイル源氏に帰還の命をお出ししたい。」
「何を言うのじゃ、ジュダ。あのような女の敵(ねねもちょっと思うぞ)、一生辺境にいればいいのじゃ。」
ナキアのそんな言葉も空しく、カイルの人望、存在するだけで光り輝く華やかさは他の誰にも変わることは出来ないという、元老院...じゃなかった官僚の声でカイルは帰京を許された。
 帰京を一番喜んだのは、言うまでもなく 紫上ユーリであった。
文の交わしはあったものの カイルのいない夜を過ごすのは淋しくて、心細くてたまらなかった。
何度眠れず、泣きながら夜を明かしたことだろう。
元気なカイルと再び一緒に暮らせると思うと 嬉しくて嬉しくてたまらないユーリであった。
 喜びの反面、やはりユーリの心配していたことが 起こっていた。
明石にいる間、あのカイル源氏に限って、女ッ気がないわけがない。
カイルはまたもや 身分の低い貴族の娘、明石の君ギュゼルの元へ通っていた。
ギュゼルは藤壺の宮に 少し似ていたらしく明石にいる間、たいそうの寵をかけたそうだ。
それも ギュゼルはカイルの子を身ごもり マリエ・イナンナという姫君を生んだのだった。

 カイルの帰京後、朱雀帝ジュダは東宮である冷泉帝デイルに位を譲った。
カイルが明石に左遷されて、一時衰えかけた源氏一門であったが、デイルの即位で再び栄華を誇った。
 珍しく、平和な日々を送っていたカイルの耳に 不報が入った。六条御息所セルトが危篤なのだという。急いでカイルはセルトの元へ駆けつけた。最期にカイルの顔を 拝めたセルトは 自分がもう時期死ぬというのに 嬉しそうに微笑み
「カイル様、寵を頂きありがとうございます。わたくしの人生もう、十分でございます。ただ一つ気がかりなことが・・・。娘トゥーイをよろしくお願い申し上げます。父である先の東宮は 早くに亡くなり、わたくしもこれから 先の東宮の元へ行かねばなりません。どうか、トゥーイ姫をお願い致します・・・。」
最期に、セルトはそう言い残し、この世を去った。
 カイルはセルトの最期の言葉の通り トゥ−イ姫を自分の元へ引き取り面倒をみた。
トゥ−イ姫の父は 先の東宮(シュッピルリウマの兄)であり 皇族の血をひく宮腹の姫である。身分には申し分ない。新しく即位した 冷泉帝デイルの妃として トゥーイ姫をカイルの力で入内させることに成功した。以後 トゥ−イ姫は、梅壺に部屋が与えられ梅壺の女御トゥーイとして 
冷泉帝デイルの支えとなった。

 また、カイルは新しく後宮を建てた。今までカイルが愛した女性たちの暮らす後宮である。
餓死直前であった赤薔薇の君 ねね姫、ここでは紹介出来なかったが
花散里ウーレ姫、空蝉ウルスラ・・・などカイルと関係のあった姫が集められた。
 次々と集められてゆく姫君達をみて、ユーリの心は やはり穏やかではなかった。
しかし、恋をした相手が今をときめく光の君カイル。身分、容姿からして
ユーリにとっては勿体無さ過ぎる人だ。そんなカイルを想い、
またカイルに想われているだけで幸せなユーリであった。皇家の血を引く者が複数の妻を持つことは、この時代では当然のこと。妻の後ろ盾もカイルにはなくてはならないものだ。そう考え、ユーリはじっと耐えた。
「せめて明石の君や葵上のように 私にもカイルとの御子があれば・・・。
自分とカイルとの愛が 形となって残るものが あったのなら・・・。」
そう、嘆き悲しむユーリがあった。
 忘れてはならない、勿論カイルの子を産んだ 明石の君ギュゼルも新しく建てた後宮に呼んだ。だが、ギュゼルは 正妻である紫上に悪いと言ってカイルの後宮には来ようとしなかった。しかし、娘のマリエ・イナンナはカイルの高貴な血を引いている。
カイルは 貴族の姫としてマリエを 不自由なく育てたかった。その思いは
生みの母であるギュゼルも一緒であった。
カイルは 考えた結果、マリエ・イナンナのみを引き取り 自分の宮で娘として育てることとした。
 マリエ・イナンナは紫上ユーリの養女として ユーリに育てさせることにした。ユーリは マリエの生みの母であるギュゼルに感謝し、快くマリエの母親を引き受けた。
自分には子供が出来なかったゆえ カイルが信頼して
マリエ・イナンナを自分に預けてくれたことが 嬉しかったのだ。
 
 マリエがユーリの元へ来てから カイルはギュゼルのもとへ通う回数が増えた。
しかし、ユーリは何も言わなかった。
「カイル様、またお出かけになりましたわよ。」とユーリ付きの女官シャラが言った。
「そうですわ。ユーリ様、一度カイル様にガンと言ってやった方が
よろしいのでは ないでしょうか?」とハディ。
「本当に、身分もない方が カイル様を一人占めしようなんて!」とリュイ。
「身分なんて、私にもないわよ。
ハディ、リュイ、シャラ そんなことを言っては なりません。
ギュゼル姫は娘である マリエ姫を手放して さぞお辛い気持ちでいらっしゃることでしょう。
それをカイルまで 取ってしまったらどんなに苦しいことでしょう。
それ以上、申してはなりません。」
ユーリは 女官に言い聞かせると同時に、自分にも言い聞かせていた。
 マリエ・イナンナはユーリの教育が行き届き 美しく立派な姫に成長した。
後に マリエは東宮である 今上帝のもとへ女御として入内した。
その際、ユーリは生みの母である明石の君ギュゼルをマリエ付きの女官とし、長年離れ離れに暮らしてきた 生みの母の元へ マリエを還した。

 冷泉帝デイルの元へは カイルが父代わりとなった六条御息所セルトの娘トゥ−イを、その後継ぎである東宮には 実の娘である明石の君ギュゼルの娘、マリエ・イナンナを入内させることに成功した。カイルを通し源氏一門は更に栄華を誇った。
天は まるでカイルに味方でもしているようだと 唱えるものあった。
 だがそんな折、カイルの大切な人が、またこの世を去った。
藤壺の宮イシュタルの薨去(こうきょ・皇族が死ぬこと)である。
藤壺の宮はまだ 35歳の若さであった。
高貴な身分に生まれ 帝の元へ女御として入内。男御子をもうけ、中宮とまでなった。
女として最高の軌跡を辿った藤壺の宮イシュタル。だが その心底には
夫である、先帝シュッピルリウマへの裏切りの思い、義理の息子である
カイル源氏を愛してしまった道ならぬ想いがあった。
決して結ばれぬ恋、結ばれてはいけない恋しかできなかったイシュタル、
本当に幸せにこの世を去ったかどうかは 誰にも分からない。
 カイルはこの世の終わりではないかというくらい 藤壺の死を悲しんだ。
母であり、姉であり、恋人であった藤壺の宮イシュタル。天に輝く 宵の明星のようにカイルを残して 天高く昇って逝ってしまった。だが、カイルの心の中には天に輝く宵の明星イシュタルと同じように 藤壺の宮は輝いていた。

 

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