第2章 〜赤と紫〜

 ある日の事、乳兄弟であるキックリの母の見舞いのため 京を離れ、北山まで足を運んだ。
キックリの母を見舞い、京へ戻る帰り道、ある貴族の別宅であろう屋敷から小さな9歳か10歳くらいの女の子の泣き声が聞こえた。
「雀の子を犬君(いぬき・小間使いの名前。犬ではない)が逃がしてしまったの。籠の中に入れてあったのに・・・。」
今までにこんなかわいらしい少女はいたであろうか?というくらい泣いている少女は美しかった。なんとなく 藤壺の宮にも似ている。きっと藤壺の宮がお小さかった頃はこんなかわいらしい少女だったのだろう。
「まあまあ、生き物を閉じ込めて飼うのはいけない事と 前から申しているでしょう。いつまでも泣いていてはいけません。」
少女の祖母らしき女性が 言い聞かせていた。
あまりに藤壺の宮の面影を残す少女だったので カイルはキックリにどのような素性か調べさせた。なるほど藤壺の宮に似ているのも当然である。
あの泣いていた少女は 藤壺の宮の兄、兵部卿宮の妾腹にあたる姫であった。
名前はユーリ。生みの母の身分が低くまた、姫の幼い頃、亡くなったことから今は京から離れた北山の山荘に 祖母とひっそり暮らしているという。
「あのような かわいらしい姫を放っておくとは・・・。
兵部卿宮は一体何を考えていらしゃるのだろうか?私だったら 妾腹とはいえ、このような田舎の山荘に 放っておくなんて事は絶対にしないぞ。」
単に自分の好みの姫というだけで カイルもなんとまた女好きであることやら・・・。

 その晩、御所へ帰ったカイル。御所に参内し、藤壺の宮の前を通りかかった。そこには いつもは御簾の奥にいるはずの藤壺の宮イシュタルの姿があった。
カイルの姿を見て 急いで御簾の奥へ隠れようとした藤壺。だが、強引なカイルは自分も一緒に御簾の奥へ藤壺と入り一夜の契りを交わしてしまった。
カイルは藤壺を 母として、姉として慕う気持ちがいつのまにか 恋心に変わっていた。
また 藤壺も弟と思うには あまりに凛々しく神々しい輝きを持つカイルを 
帝シュッピルリウマに気づかれぬよう恋慕っていたのだった。
やっとのことで結ばれたカイルと藤壺。だが 彼らの心は契りを交わした前よりもずっと複雑な思いになっていた。
 後、この契りがきっかけで藤壺か懐妊したことがわかると カイルも藤壺も
犯した罪の大きさに恐れおののき、それを一生後悔することとなった。
 契りを交わした夜から 十月十日たち、玉のような男御子が生まれた。
名前はデイル。後の冷泉帝である。勿論、藤壺とシュッピルリウマの間の子として丁重に育てられた。真実を知るのは 藤壺とカイルとわずかな側近だけであった。
 デイルが生まれた年、藤壺の女御イシュタルは藤壺の中宮に、弘徽殿の女御ナキアは皇太后になった。カイルもまた 位が上がった。


「カイル様。お耳に入れたいことがちょっとありまして。」
「なんだキックリ?言ってみろ。」
「1年ほど前、私の母の見舞の帰りに北山の山荘で 泣いてらした少女ユーリ様のことをカイル様は覚えていらっしゃいますよね?あの少女の育ての祖母が亡くなったらしいと 私の母より連絡があったのです。父である兵部卿宮様は ユーリ様を認知していないとのことで 行く当てがなく尼寺に行くしかないとか・・・。どう、思われますか?カイル様?」
「あのような幼く美しい姫が 尼寺なんて!あの姫は私が引き取り 父親代わりとしてひきとる。そのように手配しろキックリ。」
ユーリはカイルの好みであったことより 尼になるのは防がれたようだ。
カイルとユーリの歳の差は(たぶん)7つ。ユーリはすぐにカイルを兄のように慕いユーリはカイルのもとでスクスクと育った。
また、藤壺の宮の縁のものということで 紫上ユーリと名づけられた。

 ある平和な日のこと、カイルの髪結い女官Yohaがカイルにこんな耳打ちをした。
「わたくしの縁の姫で 美人ではないけれど とても奥ゆかしいねね姫という姫が常陸の宮にいらしゃっるのです。ねね姫は父も母も早くに亡くし、とてもお寂しい思いをしているのです。どうかカイル様、ねね姫に情けをかけて 一度お話するだけでも良いのでお会いになっては頂けないでしょうか?」
この髪結い女官Yoha。以前から ねね姫に手を焼いて困っていたのだった。ねね姫はYohaの姉姫。カイルの妾にでもなってもらいその恩恵を受けようというYohaの魂胆であった。
女好きのカイルは 試しに常陸の宮のねね姫のもとのに参上した。
ねね姫は恥ずかしげに 扇で顔を隠していた。最初に文の交換をしたが 女性とは思えぬ字の汚さ、情緒のない詩。また琴を弾かせれば とんでもない音を出す。・・・と今までの才色兼備の姫君とは一味違った姫であった。
たまにはこういう姫も良かろうということで カイルはしばらくの間ねね姫のもとへ通っていた。
しかし、会う回数が増えても一向に扇で顔を隠したまま、顔をみせようとしない。
 そんなある日カイルは どうしてもねね姫の顔を見てみたいという衝動にかられ、
嫌がるねね姫の扇を取り上げ ねね姫の顔を見た。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・が、見なければ良かった。顔の見えない姫ということ
でずっと通せば良かった。異常に痩せていて 目も窪み、瞳もよどんでいる。おまけに鼻は赤く長く垂れ下がり、芥川龍之介の「鼻」にでてくる僧侶のように大きかった。
一言で言えば ねね姫は不器量であった。かといって 人を外見で判断するようなカイルではない。
一応、ねね姫に不自由がないように 贈り物をし、何気なく、不自然のないようねね姫のもとを去った。最後に文を贈った。その使いにねね姫を紹介した Yohaに文の使いを頼んだ。
「おい、Yoha。この文をねね姫のもとへ届けておくれ。そうだな 文は末摘花(紅花)いや!薔薇だ!薔薇に文を結び付け届けておくれ。ピンクや黄色の薔薇ではダメだぞ。赤い薔薇だ。いいな。」
「はあ。」
Yohaはがっくりうなだれた。
「やっぱりダメか。そうよね。ねねがカイル様のお相手になるわけないわよね。
でもどうして 赤い薔薇なのかしら?その前に末摘花(紅花)とも言ってたわよね。
紅、赤・・・赤い薔薇、赤い花、ああ!赤い「はな」か!!!」
Yohaは笑いながら 赤い薔薇を探した。だが季節はずれということもあり
薔薇なんて何処にも咲いていなかった。困ったYoha。
こんな時は 薔薇の君、頭の中将ラムセスに頼めば良い。頭の中将ラムセスと言えば薔薇模様の直衣に薔薇模様の指貫、冠には一輪の薔薇が指してある。薔薇を一輪なんてラムセスにとっては たやすいことだ。Yohaが頼むとラムセスはすぐに温室から赤い薔薇を一輪取ってきてくれた。

 ねね姫などに無駄な時間を費やしてしまったカイル。そんな折、カイルの正室である葵上アッダ・シャルラト姫の懐妊が明らかになった。いくら冷めた夫婦とはいえきちんと夫婦の契りはあったようである。
 初めて我が子と呼べる子供を持つことが出来るカイルは たいそう喜んだ。
今まで 弾んだ会話もなかった夫婦であったが 葵上の懐妊で夫婦の間に出来た溝が少しづつであるが 埋まりかけていた。
 その一方で カイルの寵が離れて久しい六条御息所セルト。
彼女はカイルに見放されてからも強くカイルを思っていた。愛していないと言っていた筈の正妻、葵上アッダ・シャルラトの妊娠を聞いたセルト。夫婦なら御子ができるのは当然のことだが セルトはカイルに裏切られたような気がしてならなかった。
それに加えて この春行われた 葵祭りで、葵上に場所取り合戦で負けたことからセルトは葵上アッダ・シャルラトに対して 自分では気づかない心の奥底に恨みを持っていた。
 葵上アッダ・シャルラトはカイルの子を産むと同時に 物の怪に取りつかれ
この世を去ってしまった。もちろんこの物の怪が 六条御息所セルトの生霊であることは言うまでもない。

 葵上の死去から日も経たないうちに 帝シュッピルリウマが病に倒れた。
シュッピルリウマはやっとヒンティのもとへ行けると言い残し この世を去った。
桐壺の帝シュッピルリウマの崩御である。デイルが自分の子と信じて この世を去った帝。それが シュッピルリウマにとって幸なのか?不幸なのか?どちらかは まだ分からないカイルであった。
 時期、帝には 弘徽殿の皇太后ナキアの子である東宮、ジュダが即位した。朱雀帝ジュダの即位である。ジュダは 母ナキアと違い、心やさしい帝となった。

     

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