***源氏物語***

              〜第1章 黒薔薇の水〜

 時は平安、舞台はハットッサ…じゃなかった、花の都 京。
父は大納言、母は皇族の姫という それはそれは美しいヒンティという姫がおりました。だが、その両親は姫の幼い頃他界。大きな後ろ盾もないヒンティは、帝の元に入内することとなりました。入内と言っても 更衣として。
後宮にお仕えする女官といっても過言ではないでしょう。
 ヒンティは 桐壺という一室に部屋を与えられ、以後 桐壺の更衣ヒンティと呼ばれるようになりました。
 現、帝の名は シュッピルリウマ。彼の妃である一番身分の高い 
弘徽殿の女御ナキアもおり、東宮(ジュダ)も決まっている。特にこの弘徽殿ナキアは気性も激しく、魔力を持ち、水を思うようにあやつることが出きると言う。何千年経とうと 後宮というものは 居心地のいい場所ではない。
まして 大きな後ろ盾もない 身分の低いヒンティにとっては相当の苦労があったようだ。

 うららかな春もすぎ、衣替えの季節になった。ヒンティは 女官たちと一緒に衣の整理をしていた。
ふと手に取った 美しい綾錦に見とれていると 爽やかな、もうすぐ夏を感じさせる風が
ヒンティの手元から 綾錦をさらってしまった。急いで ヒンティは綾錦を追いかけ外へ出た。丁度、綾錦は庭に木の枝に引っ掛かっていた。ヒンティは 引っ掛かった錦を取ろうとすると
「ガザガザ」と背後の草むらからから音がした。ビックリして振りかえると 香を炊き込めた上等の直衣をまとった身分の高そうな 美しい青年と目が合った。
そう、この青年は 現帝、シュッピルリウマである。シュピルリウマは一目見てヒンティを
気に入り、毎晩 桐壺の更衣ヒンティの元に通うようになった。

 帝が誰に寵愛を示しているか、そんなことは 瞬く間に後宮内に広まった。
勿論、弘徽殿ナキアの耳にも・・・。ナキアが黙って、指をくわえて見過ごす
上品なお姫様のわけがない。ナキアは 魔力で 飲めばどんな大男でも一瞬のうちに死が
訪れるという『黒薔薇の水』をこしらえた。
「桐壺の更衣様。弘徽殿の女御様がお呼びです。」
弘徽殿の女御の女官が 更衣の部屋まできて 弘徽殿の女御の部屋に来るように言った。
その頃、更衣ヒンティは 帝からの寵愛への嫉妬の、嫌味、いやがらせを受け床に伏せっていた。
 ヒンティを始め、ヒンティ付きの女官たちの顔は青ざめた。良いことのわけがない。
しかし、これで断りでもしたら後でどうなるか分かったものではない。
仕方なく更衣ヒンティは弘徽殿ナキアの部屋へ行くことにした。

「お呼び頂け光栄でございます。弘徽殿の女御様、何のご用でございましょうか?」
ヒンティは振るえながら ナキアに言った。
「うむ、近頃そちが 床に伏せっていると聞いてな。私が薬をお前の為に調合したのじゃ。
どれ、のんでみてはくれないかのう。」
弘徽殿ナキアは薄ら笑いを浮かべながら言った。弘徽殿ナキアの女官達もクスクスと笑っている。
ヒンティには 2つの道があった。飲まずに後宮を出て行くか、飲んで死を迎えるか・・・。
もし、ここで飲まずに後宮を出て、帝の側を離れたら、それは生きていても狂おしい思いだろう。
それならいっそのこと ここで一思いに死んでしまおうか・・・。
 そう思ったヒンティは薬の入った杯を手に持ち 震える手で口まで持って行った。
「ヒンティ。飲まなくてよい。」
その声は 帝シュピルリウマであった。
「何事だ。弘徽殿の女御ナキア。これはどういうことなんだ?!」
「何のことです?わたくしはただ更衣ヒンティ様に薬を 差し上げていただけですわ。」
「嘘を申すな。その薬とやらは毒ではないのか?」
図星されたナキアは 口をつぐんでしまった。
「帝がいけないのです!わたくしに御子がおりながら このような身分卑しい娘と浮気なんて!」
「確かに私も悪い。だが 心には逆らえないのだ。今後ヒンティに 害をなすものがあったらただではおかぬ。その者は帝の御子に害をなす者となることであろう。」
帝は ヒンティを連れてその場を立ち去った。
「御子?ではヒンティは・・・?!帝、お待ち下さい。」
ナキアが叫ぶも空しく 帝は振り向きもしなかった。
「男御子を生ませてはならぬ。もし男御子であったら 東宮になるやもしれん。」
表立って手出し出来なくなったナキアは ヒンティに男御子が生まれぬよう、毎日祈祷に励んでいた。

 ナキアの祈祷も空しく、ヒンティは難産ではあったが 玉のような男御子を産んだ。
美しい母親に似て、きれいなかわいらしい赤ん坊であった。名は カイル。
光の輝くように美しい御子であったことから 「光るの君」または「カイるの君」とも言われるようになった。桐壺の更衣であったヒンティは カイルを生んでから桐壺の御息所となり、帝の寵愛を受けつづけ のどかな日々を送っていた。

 そんな幸せそうなヒンティを見て、何千年たっても極悪人、
悪知恵にかけては右に出るものナシの 弘徽殿の女御ナキアが黙って見ている訳がない。 以前『黒薔薇の水』でヒンティを殺しそこなったが せっかく作った『黒薔薇の水』を
無駄にするなんてもったいない。薔薇にかけては 日本、いや世界、いやどの時代のものでも彼にかなう人はいないであろう、ラムセスに頼み込み、桐壺の御息所ヒンティを殺す手助けをしてもらい、ナキアが手を下したと分からないよう、ヒンティを死に追いやることに成功した。
 深く嘆き悲しむ帝、シュッピルリウマと 幼くして母に先立たれたカイル。
帝は 母のいない分、カイルを慈しんだ。

 時は過ぎ、シュッピルリウマは新しく妃を召すこととなった。
ヒンティの死がまだあきらめきれない帝は、ヒンティにそっくりだという
先帝の姫イシュタルを藤壺に招き 藤壺の女御イシュタルとした。
その時、光るの君カイルは9歳、藤壺イシュタルは14歳のことであった。
カイルは 姉のようにまた母のようにイシュタルを慕い、年月が過ぎ行くに連れお互い惹かれあうようになっていた。
 カイルは12歳の時 元服し、一人前の男として認められるようになった。元服してからは
藤壺の宮はカイルを避けるようになっていた。会うときも御廉越し、会話も殆どなくなっいった。
 帝の薦めでカイルは左大臣の姫である葵上アッダ・シャルラト姫を正室に迎えた。
アッダ・シャルラト姫は教養があり、気位が高く、カイルとは心を許した真の夫婦には
なれなかったようである。


 ある日カイルは 文書の整理をしていると すばらしい筆使いで墨付きも良く品格の高そうな文書を見つけた。誰の文書か確かめてみると 先の亡くなった東宮(シュッピの兄)の妃である六条御息所セルトの文書であった。カイルは その文書に惹かれてしまい 是非にお会いしたいと六条御息所セルトに謁見を申し入れた。
 夫である先の東宮は亡くなり、今は未亡人であるセルト、歳もカイルよりずっと上だ。
始めはカイルの申し入れを断っていたセルトであったが、あまりのカイルの熱意に負けて 一度だけ会うこととなった。一度会って以来、セルトは自分が未亡人ということも忘れすっかりカイルの虜となってしまった。
そして毎晩カイルが自分の屋敷に来ることを待ち望むようになっていた。
 またカイルも藤壺の女御イシュタルへのあきらめ切れぬ思い、葵の上との上手く行かぬ
夫婦仲。それを六条御息所セルトが慰めになっていたのだった。
 しかし、ふとした些細なことでセルトとカイルは喧嘩をしてしまい、
だんだんカイルは セルトの元から遠のいて行った。

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