もしも赤髪の白雪姫が学園モノだったら?
クラリネス学園
by nene's world

5.白雪と巳早

「鹿月、こっちこっち!」
 日曜日。
 鹿月は待ち合わせのコーヒーショップのチェーン店に入った。
 店内を見回すと、奥の席から白雪が手招きをしていた。
「お待たせ、白雪。ちょっとコーヒー買ってくるから」
「うん」
 白雪は2人がけのテーブル席に座っていた。
鹿月は反対側の椅子に荷物を置き、レジへ注文しにいく。
 白雪からお土産を渡したいから会わないかと電話があり、今日、このコーヒーチェーン店で待ち合わせをすることになった。
どこへ行った土産かと聞いたら、水族館だと言っていたような気がする。
オタクな白雪が水族館へ行くなんて珍しい。聞き間違いではないかと思った。
 コーヒーを持ってテーブルへ戻った。
白雪と向かい合わせに座る。笑顔の白雪と目が合う。
「あれ? 白雪、今日なんか……?」
 白雪の顔を改めてみると何か違うような気がする。
最初、化粧かと思ったが、コスプレ時ではないので本当に軽いメイクでいつもと同じである。
なのに何か違う。今日はいつもよりかわいいというか、綺麗というか……
優しい笑顔が落ち着いていて、なんとも言えない魅力があった。
「何?」
 白雪が首をかしげる。
「なんか白雪。今日、かわ……いやっ、なんでもない!」
 鹿月は顔を小刻みに振る。危うく本人を前にかわいいと言ってしまうところだった。
「鹿月、忘れないうちに渡しちゃうね」
 白雪はカバンの中から一冊のノートを出す。
「はい、これお土産。クラゲのノートだよ。ネタ帳にでも使って」
 白雪から青い海に浮かぶクラゲが3DになったB5ノートの半分のサイズのノートを渡された。
「うわっ! すごいノートだな。3Dのクラゲが浮かび上がってる……」
 鹿月はノートを前後に倒して3Dになっているクラゲを浮かび上がらせる。
ノートの表紙は青い海にふわふわクラゲが浮かび上がるよう、3Dに加工されていた。
「私も同じもの買ったの。鹿月とお揃いだよ」
 白雪は鹿月を見つめてニコリと笑う。鹿月は白雪の笑顔を見てドキリとする。
「そ、そうなのか。どこに行ったんだっけ? 水族館って聞いたようなきがしたんだけど……」
「うん、水族館」
「誰と行ったんだ?」
 白雪は固まった。一瞬下を向いたがすぐに鹿月に視線を戻し、照れくさそうに笑う。
 ――ああ、これはもしかして、一緒に行った相手は……。
「えっと、同じクラスの……クラリネス学園に来てすぐに仲良くなった…ゼンっていう人で……」
 ――やっぱり、男だ!
 白雪は顔を赤らめながら鹿月に説明する。
オタクな白雪が水族館へ行くなんておかしいと思った。
電話で水族館へ行ったと聞いた時、もしかしたらデートではないかと疑ったが、その予想は当たっていたのだ。
「それで……実は、そのゼンに告白されまして……。付き合うことになったの」
 聞いているこっちが恥ずかしくなるくらい白雪は照れていて真っ赤な顔であった。
 ――そうか。会った時、いつもの白雪と何か違う。かわいく……綺麗に
なったような気がすると思ったのは、そのゼンという男のせいか! 鹿月は納得する。
「よかったな……白雪にも彼氏ができたわけだ」
「そ、そういうことになりますね……」
 まだ白雪の顔は真っ赤であったが、嬉しそうでもあった。
彼氏ができて綺麗になるなんて、まるで漫画の世界だ。オタクな白雪らしいと鹿月は思った。
「じゃあ、これからこうして二人で会えなくなるな……」
「えっ!」
 鹿月の言葉に白雪が顔を上げる。
「そりゃそうだろ。彼氏がいるのに他の男と二人きりでお茶してるのはまずいんじゃないか?」
「そうなの?」
 白雪はきょとんとする。
「普通はそうだよ。だって俺と二人で会ったこと、そのゼンって彼氏に素直に話せるか?」
 白雪は沈黙し考え込む。
「だって鹿月は年下だよ。今までオタクなイベントいつも一緒に行ってくれたし、幼馴染なんだし……」
 白雪はブツブツと何か言っている。かなり考えているようだ。
「それよりさ、白雪。そのゼンって彼氏は白雪がオタクなこと知ってるの?」
 考え中の白雪は固まる。答えは聞かなくとも鹿月にはもうわかった。
「オタクなことは……それは、おいおい話そうかな…とは思ってる」
 白雪はゆっくりと、自分を納得させるように喋る。
「そうか。まあ、早めに話しておいた方がいいと思うよ。隠し事はよくないからな」
「うん……」
 白雪は歯切れの悪い返事をする。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか。クラリネスでも、もうすぐテストの時期だろ。
白雪は特に転校してはじめてのテストなんだから、しっかり勉強しないと……」
 鹿月は残ったコーヒーを飲み干し、立ち上がる。
「そうだね、転校して初めてのテストだし。ちょっと気持ちも浮ついていたから頑張らないとね!」
 白雪も荷物を整理して席を立った。
「そうだ白雪。ありがとうって言ってなかった。お土産ありがとう」
「ううん、鹿月。また会おうね!」
 また会おうと言われた鹿月は戸惑いもあったが嬉しくもあった。
彼氏ができたから会えないだろうと自分で言いつつも、本当に会えなくなるのは寂しいと思った。
白雪に彼氏ができたことは、嬉しい気持ちがある反面、寂しい気持ちもある。
矛盾するこの気持ちどこにぶつけたら良いかわからなまま、白雪と笑顔で手を振って別れた。


***

「この前の中間テストを返します。今回、生物のテストでの最高点は、なんと転校生の白雪さんです」
 担任であり、かつ生物教師のガラクは、白雪の名を呼んだ。
「すごいな、白雪!」
 ゼンが白雪を振り返る。
「白雪すごい。負けたね!」
 木々も白雪に向かって拍手する。
「ありがとう。今回のテスト範囲が得意の植物の分野が多かったから、
ちょっとできただけだよ。一応、薬草園芸部だし……」
 白雪は謙遜する。
「いやいや、それでもすごいぞ、白雪。転校して環境変わったのに最高点なんてすごい。なっ! オビ」
 ミツヒデも白雪を褒める。
「本当に、俺にその点数を分けて欲しい……」
 オビは自分の答案用紙を見ながら溜息をつく。
「みんな、採点間違いはない? 今のうちに言ってね」
 ガラクがみんなに答案の採点ミスがないか問う。
「あー! ガラク先生。なんでこれ間違ってるんだよ!」
 オビが大きな声を上げて答案を持ってガラクの方へ行く。
「ほら、これ。この答えあってるじゃないか!」
 オビが答案用紙を指さす。
「ああ、これね。オビ君、これは違うでしょ……」
 ガラクは呆れながらため息をつく。
「なんでだよ。『体の中で酸素を運ぶ蛋白質は何か?』
答えは『オレ!』これのどこが間違ってるんだよ!」
「あのねぇ、オビ君。答えは『ヘモグロビン』でしょう。オレじゃないのよ」
「酸素を運んでるのは俺のヘモグロビンだろ。だからオレでいいじゃないか!」
 自分の回答が間違っていないと信じるオビに、ゼンは溜息をつく。
「ほら、オビ。もうやめろ。ガラク先生、呆れてるだろ」
「そうそう、オビ。酸素を運ぶ蛋白質なんだから、ヘモグロビンが正解だよ」
 ミツヒデもオビをなだめようとする。
「いいじゃないか、俺だって蛋白質でできてるぞ。さっき焼きそばパン食ったし。見てくれ、この筋肉」
 オビはシャツをまくり上げ、スポーツで鍛えた自慢の力こぶを見せる。
「オビ、焼きそばパンは殆ど炭水化物だよ」
 木々が冷静に言う。
「うぐっ!」
 オビは言葉に詰まる。
「はいはい。みんな採点の間違いはもうないわね。みんな白雪さんを見習って頑張るように」
 ガラクが教室から出て行った。
「でも、ゼン。あんなにゲームばかりやっていたのに、よく成績下がらなかったな」
「うっ……。それを言うな、ミツヒデ」
 ゼンは分が悪そうにする。
「そうそう、ハルカ公爵に『殿下、ゲームは一日1時間まで』とか言われてたもんね」
 木々がクスリと笑う。
「白雪に教えてもらった、どうぶつの森をもっと攻略したくて……。
白雪はずっと前からやっているから、部屋の拡張も終わってるし、
沢山の花や木があふれる素晴らしい村になっているんだ。だから白雪に追いつきたくて……」
「ええっ! ゼンってばそんなに真剣にどうぶつの森やってたの?」
 白雪はゼンがDSのどうぶつの森にのめり込み過ぎて、ハルカ公爵に怒られたことを知り驚く。
「ああ、俺はまだベル(お金)が溜まってないし、部屋の拡張もまだだからな。
あんな部屋にいくらゲームの世界とはいえ、白雪を赤外線通信で招待するわけにいかないからな」
 ゼンの表情は真剣であった。
「いいよ、そんなに真剣にならなくても! ハルカ公爵や家族に怒られない程度にやってね、ゼン」
「いや、そういうわけにいかないぞ」
 ゼンはカバンの中からDSを取り出そうとする。
「ダメだよ、ゼン。ゲームはやっぱり一日1時間まで。ねっ!」
「うっ! 白雪にそう言われると困るな……」
「ははは、ゼン。白雪に言われたら1時間までにするしかないよな」
「ミツヒデの言う通りだね」
 木々と一緒にいたオビも笑う。
「わかったよ、ゲームは一日1時間までにするよ……」
 ゼンはしぶしぶ了解する。
「ははは、主。小学生みたいですね」
「うるさいぞ、オビ! お前は焼きそばパンでも食ってろ!」
「いいえ、炭水化物は控えることにします、主」
 5人は笑いに包まれた。

***

 放課後。
 白雪は部活、薬草園芸部へ行くために廊下を一人で歩いていた。
「赤髪さん」
 背後から男の声がした。名前を呼ばれたわけじゃないが、自分を指す言葉だとわかった。
白雪はゆっくりと振り返る。視界に入ったのは、転校初日に校内を案内してもらった際に、
気を付けたほうがいいとゼンやミツヒデが言っていた人物、巳早だった。
「なんですか?」
 白雪は警戒し持っていたカバンをギュッと握りしめる。
 巳早は白雪にゆっくり近づく。緊張している白雪に顔を近づけ、耳元で囁く。
「あんたさ、実はオタクでしょ。世に言う腐女子って奴でしょ」
 白雪の瞳が大きく見開く。巳早の顔を驚いた表情で見つめる。
「ち、違います!」
 白雪は声を絞り出す。
「いや、オタクだろ。ほら、証拠ならあるんだぜ」
 巳早は2枚の写真を白雪に見せる。2枚とも鹿月と一緒にいる写真だった。
 1枚目は鹿月と並んでにアニメイトに入っていく写真。2枚目は白雪が鹿月の手を引いて歩いている写真であった。
数週間前に秋葉原と池袋のアニメイトを鹿月と一緒に行ったときの写真だ。
「何でこんな写真が……」
 白雪は青ざめ、巳早の顔を見る。
「一緒にいる美少年。随分と仲が良さそうだね」
 巳早は白雪を見つめ、意味深げに笑う。
 白雪はゴクリと唾を飲み込みなんとか声を出す。
「一緒にいるのは幼馴染です。それに、アニメイトに行くくらい何? 
漫画やアニメが好きなくらいであなたに非難される覚えはないんだけど……」
 白雪の声は震える。
「いや、あんたはかなりのオタクだね。コスプレもしてたでしょ。証拠をそろえようと思えば揃えられるんだぜ…」
 巳早はニヤリと笑う。白雪は背筋がゾクッとした。
「な、なんでそんなこと知って……」
「じゃあさ、この写真をゼン王子に見せてもいい? 
一緒にアンタがコスプレしているようなオタクだってバラすけど……」
 この写真をゼンに見せられるのは困る。特に2枚目の写真は執事喫茶に行くとき、
BOOK OFFにいた鹿月を無理やり引っ張って執事喫茶に連れていこうとしたときの写真である。
鹿月は嫌がっている表情をしているが、まるで二人は仲良く手を繋いでいるようにも見える。
いくら付き合う前だからといって、できればこんな写真はゼンに見せたくない。
「それは……やめてください」
 白雪は俯く。
「じゃあ赤髪さん、交渉しましょう」
 巳早はニヤリと笑う。白雪の耳元に交渉条件を告げた。


***

 鹿月は授業が終わり、タンバルン学園の校門をくぐった。
数メートル歩いたところで、ポケットのスマホが震え続けた。
メールやLINEではない、この震え方は電話の着信のようだ。
 ポケットからスマホを取り出し待ち受け画面を見る。
 白雪からだった。
「もしもし、白雪? 珍しいね、こんな時間に電話なんて……」
「……ひっく、か、かづ…き。ううっ……ひっくっ」
 鹿月はギョッとする。電話の向こうの白雪は泣いているようである。
「ど、どうしたんだよ! 白雪。何で泣いてるんだよ!」
「ううっ……どうしよう、鹿月……」
 白雪は泣き続ける。
 鹿月は周囲を見回す。校門からすぐの場所だったので他に下校している生徒が大勢いる。
泣いている白雪とこのまま話を続けるのは難しい。
「今、下校途中なんだ。15分くらいで家につくから、かけなおすよ。白雪は今、家にいるの?」
「ひっく……うん……家にいる」
 涙声が電話の向こうから聞こえる。
「じゃあ、家に着いたらかけなおすから待ってて」
「うん……」
 鹿月は電話を切って急いで家へ向かった。

***

「で、白雪はその巳早って奴に、ゼンにオタクだってバラすって脅されたわけだ」
「うん」
 鹿月は大きくため息をつく。
「別にオタクだって隠す必要ないんじゃない? 脅されるような内容じゃないと思うんだけど……」
 鹿月は冷静に答える。
「うっ…ひっく。他にも…鹿月とアニメイト行ったときの写真が撮られていて……それもゼンに見せるって言われて……」
「ええっ!」
 鹿月は青くなる。まさか自分も脅される要素に関わっているとは思わなかったからだ。
「な、なんでそんな写真撮られてるんだよ……」
「やっぱり髪が……髪が目立ったのかな? あのとき帽子もフード被ってなかったし……」
 確かに白雪はあの日、帽子も何も被らずに、そのままの赤い髪だった。だが、隠すようなものではない。
「それで脅されたって何かされたのか? その巳早って奴から?」
 白雪はしばらく沈黙する。
「……お金取られた」
「はぁ? 金? いくらだよ!」
「3000円。それ以上持ってなかったから」
「何なんだよ、それ。犯罪じゃないかよ!」
 鹿月は怒る。白雪は電話口の向こうで無言であった。
「ちょっと、オヤジさんに相談しようか?」
 鹿月は単身赴任している白雪の父に相談しようと持ち掛けた。
「いや、やめて。心配かけたくないし。それはちょっと待って!」
 白雪は反対する。
「だけど……」
「大丈夫、自分で何とかするから。今日はこんなことがあってショックで…鹿月に話を聞いてもらいたかっただけだから……」
 オヤジさんの話を出したら急に早口になった。
「けど、もっとその巳早って奴に脅されたら困るだろ?」
「大丈夫だよ。自分で何とかする。だからお父さんには言わないでね。ありがとう鹿月」
 プツッ。
 電話が切れた。
「大丈夫じゃないだろ……」
青ざめた鹿月は繋がっていないスマホに向かって呟いた。



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