恒温水槽の恒子さん

 恒温水槽の恒子と申します。同じ検査室にある機器達と
比べるとかなりの高齢になります。
 同僚の機器達はワタクシのことを、『恒子さん』と呼んでいますが、
影では『恒子婆さん』と言っているようです。
 ワタクシの仕事は、水槽に張ってある水を、ヒーターと
温度調節器で一定の温度に保つことでございます。
たいていは37℃に設定されているのです。
 何の変化もなく、一日中同じ温度に保っているだけの
簡単な仕事だと言って、ワタクシをバカにする者もいます。
ですが、検査の反応過程上、なくてはならない機器なのです。
 血清学検査や血液の凝固検査、輸血検査等に,恒温水槽は
頻繁に用いられています。最近では、分析器内に恒温水槽が
組みこまれているものもあり、ワタクシを使う頻度は昔より
減ってきましたが、まだまだ現役で活躍しております。
凍結血清を溶かすにもワタクシは毎日使われているのです。
婆さん扱いなど、以ての外です。
 ここで、皆様に注意して頂きたいことがあります。それは水です。
水槽と言うぐらいなのですから、水は命でございます。
その水は蒸発してしまうということを頭に入れて頂きたいのです。
ワタクシの場合、37℃に保っているのですから、普通の水道水より、
ずっと蒸発が早いのです。血清の不活性化ですと、
56℃または62℃に保たれます。蒸発の速度は37℃より、
もっと早くなりますので,頻繁な水分補給が必要となります.
忙しいのはわかりますが、定期的に水の補充をして頂きたいのです。
 もうひとつ、水に関すること。ワタクシに溜めた水は、
週に一度は交換して欲しいのです。
 先ほども申しました様に、ワタクシの温度は37℃です。
生体反応に適した温度なのですから、微生物の繁殖も、
ワタクシの中では早いのです。何週間も水を取り替えなかったりすると、
水は濁り、水槽全体は,水垢でヌメヌメします。
温めた試薬や検体をあやまってこぼす方も、たまにいらっしゃいます。
 婆さんと呼ばれようとワタクシは女です。汚らしいことは嫌いです! 
毎日取り替えろとは言いません。週に1回は水を交換し、
きれいに水槽を洗ってほしいのです。
 また、そのとき,水を交換したときには、ワタクシの設定温度にも
注意して下さい。水槽を洗っているうちに、いつのまにか
温度調節の設定が、ずれていることも多々あります。
温度確認を必ずして下さい。 とやかく口うるさい婆さんだと
思われるかもしれません。ですが、これらのことを守って頂けると、
大変、嬉しく思います。また、検査をするに当たっても、
とても良いことです.どうぞ、老人をいたわる気持ちで
ワタクシを使ってください。
 ……と、恒子さんは話し出すとお小言が止まりませんが、
普段は穏やかに、何の文句も言わずに仕事をしているのでありました。

      医学書院 検査と技術 2001年
 5月号コーヒーブレイク掲載



***
免疫血清の部屋にいたとき、恒温槽を1週間に1回洗うのが規則だったのですが、
忙しくて洗えなかった週は、私はいつも「ごめんね。今週も洗えなくてごめんね」と
心の中で呟いておりました。恒子とは名前はつけてないけどね(そのときは・笑)。



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