ミクロトームのメス子さん



『アタシに触るとケガするよ。取り扱いには気をつけな』
 
 アタシはミクロトームのメス子。
顕微鏡で組織片を見るためにミクロン単位で薄く切る装置さ。
パラフィン切片の薄切が主な仕事なんだ。物騒な書き出しだけど、
アタシの取り扱いを間違えると血を見ることになるからね。
本当に気をつけてもらわなくちゃ困るよ。組織切片を数ミクロンに刻むためには、
切れ味バツグンの鋭利なメスが付いているんだ。ちょっと油断した
隙にザックリと行くかもしれないよ。
 ミクロトームにも回転式や滑走式など色々種類があるが、
アタシは滑走式のユング型ミクロトーム。替え刃式だが、刃を変えるときにも
初心者には怪我をする危険性が高いから充分注意しておくれよ。
その他にも、アタシを使用するにあたって注意してもらいたいことはたくさんあるんだ。
そうだね、文字数が限られているから取り扱い上の注意を一つだけ言っておこう。
アタシには飛行場とまではいかないけれど、滑走路がついているんだ。
そこを鋭利なメスが行ったり来たりしている。滑走路は滑りが大切だから、
油を塗ってツルツルにしてもらわなきゃ困るよ。ツルツルなお肌って気持ちいいのと同じく、
アタシの滑走路もきれいにするように! 最近ではノンオイル式の後輩も出ている
みたいだけれど、パラフィン屑がレールの上に乗っていたりすると
仕事の妨げになるから気をつけておくれ。
 取り扱いだけでなく、組織切片を数ミクロン単位でコンスタントに薄切するには、
それなりの技術と熟練が必要だよ。まずは基礎の基礎、うまく薄切するためには
引きの角っていうのが大切なんだ。組織片と刃のなす角度のことだ。
パラフィン切片では45度だよ。組織片に対して斜め45度のお辞儀をするつもりで
合わせればいいのさ。他にも90度、35度なんていう引きの角を使う切片もあるけれど、
わからなかったら勝手に調べな!
 え? なんだって? ぶっきらぼうで態度が悪いって? 仕方ないだろ。
どうせアタシは嫌われ者。慣れない奴らが使うとアタシのメスでザックリ手を切るはめになる。
実習生負傷ナンバーワンの表彰を、つい最近もらってしまったよ。全然嬉しくないけどね。
アタシだって本当は血なんて見たくないんだ。切るのは組織片だけにしたいものだね。
 ちなみにアタシはパラフィン切片には適性があるけど、手術材料の迅速診断には向いてないんだ。
クリオスタットの氷子に任せることだね。アタシもこの通りの性格だけど、
氷子も負けないくらいぶっきらぼうだからね。なんてったって凍ってるんだから。
氷子に文句なんて言ったら、炭酸ガスで組織片と一緒に
凍結させられてしまうかもしれないから気を付けるな! 
 じゃあ、アタシは仕事に戻るよ。今日もパラフィン包埋された切片たちが待っているからね。
 鋭い性格のミクロトームのメス子さんは、今日も病理検査室でパラフィンブロックの薄切を
しているのでありました。

                                        コーヒーブレイク2004年4月号掲載


気にいら〜ん!書いてから一年も経って読み返すと気にいら〜ん!
でも書き直すのは面倒だ(笑)。
気に入らないのは置いといて、ミクロトームのメス子さん誕生の秘話。
もう3年くらい前になるけど、技師長に顕微鏡の顕太郎シリーズの
別刷りを持っていったとき、
「お前もよく考えるよなァ〜、今度はミクロトームのメス子さん
なんてどうだ?」
「それいい! メス子さんいただきっ!」
技師長ありがとう……。




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